第七十話 伝説の奥義、金星バスター投げ‼の巻
次回は二月一日に投稿するでごわすよ‼
セルフツッコミでごわすが、ファイバリットキラーという英語は存在しないでごわす!
羽合庵に急接近しようとするフラの舞を、SPと思われる男が行く手を遮った。
フラの舞は一喝を浴びせて退かそうとするがSPの男よりも先に光太郎と美伊東君が現れた。
フラの舞は正統派の美男子、光太郎は前よりも少しマシになったが色物感が抜けきっていない。
だがフラの舞は一目で光太郎の実力を看破してその場に止まる。
渦中の人、羽合庵はフラの舞の姿にかつてのハワイ相撲界のリーダー、ワイキキ浜の面影を見ていた。
(羽合庵よ…。もしフラの舞が力士になった時に俺がこの世にいなかったらお前がアイツを止めてくれ。アイツは力士には向いていない…)
過去、羽合庵がハワイ相撲界を去る時に死ぬ寸前のワイキキの浜に呼び出され密かな約束をしていた。
羽合庵は外側では動じていない様子を見せながら内心穏やかではなかった。
十数年前、ワイキキの浜の心配は的中してしまったのだ。
「何か言ったらどうなんだ、羽合庵。親父を殺したあの技を俺に使ってみせろ。この場で親子二代に渡る因縁の決着をつけてやる‼」
あくまで好戦的な態度のままフラの舞は挑発を続ける。
フラの舞とてスモーオリンピックに出場するからには相応の実力を持っているに違いない。
ましてハワイ州出身のアメリカ代表の一人して参戦するからには並大抵ならぬ苦労があったはずだ。
(しかし、この軽率な振る舞いはどういうことだ。アメリカ代表の一人としての矜持は無いのか?)
羽合庵は同郷の先輩、ワイキキの浜が何よりも礼節を重んじた性格であるがゆえにフラの舞に失望していた。
「フラの舞よ。確かに試合中の事故とはいえ、ワイキキの浜を死なせてしまったのは私の責任だ。命を寄越せと言われれば望み通りにくれてやろう。だが、今のお前は何だ?勝敗が決したとはいえ試合を終えたばかりの他国の力士の前に現れて因縁をつける。これでは無頼と変わらぬではないか?}
羽合庵は特に厳しい口調でフラの舞の無礼な振る舞いを責めた。
アメリカ人といえど試合を終えた選手にケンカ腰で接するのは歓迎されない行為である。
普通ならば日を改めて訪れるべきだったのだ。同時に羽合庵は光太郎の次の相手がフラの舞である事を察する。
羽合庵の記憶が正しければ、フラの舞は一回戦の対戦相手のオーストラリア代表のカンガルー山を倒したという事だろう。
カンガルー山は相撲の後進国オーストラリアのキックボクシング出身の力士とはいえ世界大会に出場するような猛者である。
フラの舞の実力は舐めてかかれるようなものではあるまい。
羽合庵は光太郎とフラの舞を見比べる。
(どちらも未完の大器…。光太郎、次の試合も辛いものとなるぞ)
羽合庵は心に火を灯すべく、光太郎の肩を叩く。
光太郎は師の真意をいち早く察して「ごっちゃんです」と答える。
しかし、仇敵たる師弟の姿が気に入らなかったのかフラの舞は羽合庵に向かって張り手を打ってきた。
ハワイ出身の力士によく見られる鮮烈なパイナップル張り手である。
一日三回、フレッシュなパイナップルジュースを飲むことで彼らハワイ力士は強靭な肉体と精神を手に入れるのだ。
フラの舞は歴代のハワイ力士の中でも最高レベルの身体能力を持ち、鮮烈なパイナップル張り手の威力はキラウェア級と称されていた。
作者の生半可のハワイ知識を責めてはいけない。
温かく見守ってあげよう。
そして、フラの舞のキラウェア級のパイナップル張り手を食らった羽合庵は大きく後方に吹き飛ばされる。
罪滅ぼしの意味も込めて一発もらいに行ったわけだが、無傷というわけにはいかなかった。
体勢を崩しかけた羽合庵に向かって、フラの舞は追撃を仕掛けようとする。
(いいねえ。ますます俺好みの展開だよ。相撲ってのはどこまでも力士の心情に寄り添ったもんじゃなきゃあいけない)
一方、その光景を観戦していた吉野谷牛太郎はポケットに入れていたウィスキー瓶の蓋を開けた。
口をつけて渇いた喉を潤す。
程無くして酒精が吉野谷牛太郎の生死を賭けた戦いへの渇望を押し止めた。
「羽合庵師匠ッ‼」
羽合庵は想定外の威力を持つ奇襲を受けて片膝をつく。
光太郎は美伊東君の制止も振り切ってフラの舞の前に立ちはだかった。
フラの舞はこの時を待っていたとばかりに獣の如き微笑を浮かべる。
そして、褐色の腕を振り上げてパイナップル張り手を光太郎に放った。
光太郎は脇を絞り、連敗ストッパーの構えで待ち構える。
(その技、ネタは割れている。俺に通用するとは思うなよ‼)
フラの舞はパイナップル張り手の連打で光太郎のガードを切り裂こうとした。
光太郎は全身に力を込めて全ての打撃を弾き返そうとした。
だが、いつものようにフラの舞の張り手を返すことは出来なかった。
フラの舞のパイナップル張り手は光太郎の皮膚を傷つけるだけで、連敗ストッパーの構えそのものが発動する事が出来なかったのだ。
「なるほどねえ。…人間ってのは常に何かを考えていやがる…」
吉野谷牛太郎はひどく冷めた目つきで観戦に徹している。
ウィスキーをちびちびと飲みながら両者の戦力分析をしていた。
(俺たちにさんざん煮え湯を飲ませた”連敗ストッパーの構え”にあんな弱点があったとはねえ…。”必殺技の殺し屋”と呼ばれた俺にとってもとんだ盲点だったぜ)
フラの舞の”連敗ストッパーの構え”対策とは、打撃の質を変えることにより構えを解除させることだった。
最初に打ったパイナップル張り手は威力よりも速度を重視した打撃である。
質の違う打撃では有効な防御手段も当然のように変化する。
適切な対応が遅れてしまえば、今の光太郎のように…。
「受けて見ろ、キン星山‼これが…ハワイ名物パイナップル張り手祭りだッ‼」
スナップを利かせた鞭打、ストレートのような張り手、連打を重視した鉄砲。
いずれも絶大な威力を秘めた”質”の異なるパイナップル張り手が光太郎に襲いかかる。
光太郎は”連敗ストッパーの構え”をとったまま嵐のような攻撃に耐え続けた。
連戦のダメージが残っていたが、今はそれどころではない。フラの舞の憎しみに満ちた攻撃には明確な殺意が込められていたのだ。
もしもこのままフラの舞が羽合庵と戦う事になれば命の奪い合いになる事は必至だろう。
光太郎は歯を食いしばり皮膚と肉を引き裂かれ、骨にまで届くような猛撃に耐え続けた。
「フラの舞。あんさんの憎しみに満ちた攻撃ではおいどんを倒すことは出来ないでごわすよ‼おいどんの命の炎が燃え尽きない限り、ここから一歩も下がらんでごわす‼」
この時、すでに光太郎の”連敗ストッパーの構え”は限界を迎えつつあった。
ガードに使った腕は血まみれのズタボロにされ、位置もかなり下がっていた。
しかし光太郎の目はいまだ輝きを失ってはいない。
フラの舞は光太郎の闘志を受けて内心の動揺を隠せない。
やがて攻撃の手が止まってしまった。
(なぜこんな男があの卑劣漢、羽合庵を慕っているのだ‼俺が目を覚まさせてやる‼)
フラの舞はバック転しながら光太郎から距離を取った。
「キン星山といったな。お前が師匠と慕う羽合庵は正真正銘の卑劣漢だ。これ以上、奴の味方をするというなら俺も容赦はしない。二度と相撲の出来ない身体にしてやる…ッ‼」
フラの舞は距離にして土俵際のところまで下がり、低い位置に構える。
光太郎は”連敗ストッパーの構え”の解いてフラの舞の攻撃に備えた。
「傷ついた師匠を置いて逃げるという選択肢はおいどんには無いでごわすよ。あんさんの好きにしたらいいでごわす。おいどんは力士、受け止めてぶん投げるだけでごわす‼」
光太郎は両腕を広げ、仁王立ちでフラの舞を舞った。
フラの舞は好戦的に笑みを浮かべた直後、光太郎に向かって突進してきた。
次の刹那、天地を轟かせ二人の力士が組み合った。
(これは掴みの位置が低いッ‼まさか、この技は…ッ‼)
羽合庵は取っ組み合いとなったフラの舞と光太郎の姿を見て狼狽した。
現在フラの舞が掴んでいるのは光太郎のまわしではない。
レスリングのように脇を通して直接、背中を取っているのである。
羽合庵が記憶している技の中で、この形となる技は一つしかない。
初代キン星山が、伝説のスモーゴッド綿津海から直伝したただ一つの技”金星バスター投げ”である。
この時、吉野谷牛太郎は中身の入ったウィスキー瓶を放り投げ、フラの舞と光太郎の姿を見つめていた。
「コイツは面白え…。門外不出のあの技をどうして部外者のフラの舞が使えるんだろうねえ。羽合庵さんよお‼」
光太郎は必死に力で抵抗するがパイナップル張り手で受けたダメージがそれを許さない。
フラの舞は光太郎の身体を逆さに持ち上げ、首を首で固定して両足の太腿を掴み身動きが取れないようにする。
「よく見ておけ、羽合庵。お前が海星雷電から教わった”金星バスター投げ”でキン星山が倒れる姿をなあッ‼」