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朝起きると、私は死んでいた。

作者: 月の三月兎

 朝起きると、私は死んでいた。


 別に、幽体離脱をしていたとか、そういった類ではない。

朝、いつも通りに目覚めると、私は自分が死んでいると感じた。


 呼吸は、している。

胸に、手をやる。心臓は、動いている。

窓から見える朝日はまぶしく、いつも通りの光景が広がっていた。


 しかし私は、自分が死んでいると、そう認識していた。


 眼鏡をかけ、階段を下りる。キッチンにはいつも通り、私の分だけの冷めたトーストが置かれていた。妻は、もう食べてしまっている。リビングからはいつものように、バラエティめいたニュース番組の音が聞こえる。

 私はいそいそとトーストを腹に詰め込み、身支度をして家を出た。

「行ってらっしゃい」の声は無い。いつも通り。


 通勤途中の電車の中で、私は不思議な違和感に包まれた。

呼吸はしているし、心臓も脈打っている。食べたトーストをもどすこともない。どれも、どこにも異常は無い。いたって普通だ。

 だけれど、私は死んでいる。その認識ばかりが、ずっと頭にある。


 私は映画や漫画に出てくるようなゾンビになってしまったのだろうか?

そういったものはよく知らないが、あれは確か、もがもがと動き、人を襲う死体のバケモノだったはずだ。

私は別段、人を襲いたいとも思わないし、動きもいつも通りだ。

 そんなことをぼんやりと考えていると、いつの間にか電車は目的の駅に着いていた。


 始業より1時間前に出社し、机に向かい、仕事をする。

 昼食はいつも通り、近所の定食屋だ。400円の、安かろう悪かろうの日替わり定食。

今日のおかずはアジフライだったが、分量を間違ったのか、かなりしょっぱかった。

高血圧で死ぬかもしれないな、と冗談が浮かんだが、私はもう死んでいたのだ。何を今さらだ。

 食事が終わったら、すぐさま仕事の続きだ。黙々と仕事をこなす。

傍らでは同僚が談笑をしているが、誰も私を奇異な目で見ないということは、どうやら傍目には死体に見えないらしい。目立たなくていい。結構なことだ。

 今日も定時より2時間過ぎて退社。帰路につく。


 家へ帰るべく電車に乗っていて、ふと思った。

そういえば私は、どうして自分が死んでいると思ったのだろう?

昨日、別に何か変わったことをしたわけでもない。いつも通りの1日だった。

いつも通り起きて、仕事に行って、帰って、遅い夕食を食べて、風呂に入って、寝て。


 そんな時、視界に車内で堂々とキスをしているカップルが入った。

それを見た私は、なぜかいつもは思わないようなことを――ああ、こいつらは生きてるんだなあ、と――ふと思い、次の瞬間、ようやく理解した。


 そうか、私はとっくに死んでいたんだ。

とっくに、生きていなかったんだ。

いつも通りだったのに、なぜ、今になってそう思うようになったんだろう?

 そして私は思い出した。

ああそうか。昨日は私の40歳の誕生日だった。


 電車の外に見える夜景は、いつも通り、何ら変わりなかった。

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