3.姫勇者の末裔?
カチッ、カチッ――
「ふぅー、ふぅー、おっ、ちゃんと火が付くんだ」
夜通し付けておくはずだったたき火は寝ている間に消え、串に刺した魚を前にして新たに集めた薪に火打ち石で火を付けていた。
魚は、出来損ないとスプリガンに断定された罠だったが、一晩中川の中に放置したことが功を奏したのか二匹の川魚が捕まっていた。
魚が焼けるまでに身支度を終えようとするフェル。陽はすでに昇り、森の木々よりも上に見えようとしていた。
「しかし、火が消えていたのに良く平気だったな……俺」
今更ながらに自分の危機感の無さに恐怖する。
普通、河原の近くで一晩過ごせば、水場として使っている魔獣の襲撃を受けてもおかしくなかったのだ。
いくら薪を燃やしていたとはいえ、四方を取り囲んでいたわけではない。討伐難度の高い魔獣ならば容易く迫ってくることは可能だ。
旅慣れした者ならば、周囲を警戒しつつ浅い眠りで身を休めるところだ。まして、たき火が消えないように終始注意を払っていなければならなかった。
なのに彼は朝まで熟睡してしまっていた。
日頃からジャンク弄りの途中で無茶な場所無茶な体勢で寝落ちすることもあり、その睡眠対するずぼらさが悪い方向で発揮されてしまったのだ。
通常、真っ当な人ならば、寝付きの悪そうな河原でここまでの熟睡は不可能だ。
旅に出て初日にての反省点を述べるとしたら、危機感の無さに尽きる。魔獣の存在をあまりに軽視していることだった。
自分の良いんだか悪いんだか解らない運に感謝しつつ、枕にしていたカバンを取り上げれば、
「紙切れ?」
一枚の紙片――呪符が落ちた。
表面に描かれた紋様が輝いていることからして、それが起動しているのが解る。そして、その描かれた紋様の意図に気付き、自然と笑みがこぼれ落ちた。
「会長、魔物除けの符まで用意しておいてくれたんだな」
それは魔力を流すことで発動する紋様魔術の呪符であった。
カバンを頭の下に敷いていたのが幸いしたのだろう。触れた黝の髪から魔力を得て起動したようだ。
「この紋様だと、かなり高価な魔除けだよな?」
紋様魔術は描かれた紋様の複雑さ、精密さで効果が違ってくる。基本、呪符は使い捨てであり、火付け符程度の呪符ならば簡単な紋様しか描かれていない。
なのに、フェルの手にある符は一面びっしりに複雑な紋様が描かれていた。
これならば、中位程度にランク付けされている魔獣すらも近寄せないだろう。それほどまでの符であり、安宿なら一週間は泊まれるぐらいの価値がある代物だ。
よくぞ貸してくれたと、感謝しきりのフェルだった。
「あーあ、惜しいことしたかな」
思わず独り言ちる。
あのまま学院に残っていれば恋人同士になれたかも知れないのだ。
フェル自身、女にうつつを抜かすよりもメカ弄りが好き――な少年だ。年相応程度には性欲はあるものの、あまり好きな女性のタイプとかは考えたことが無かった。
だからこそ改めて考えてみれば――
「リトス会長って美人で気配りの出来る才女じゃないか……」
少し負けん気が強い気もするが、それを差し引いても申し分ない。更に家柄を考えれば、大賢者の末裔にして、姫勇者の血筋も引いている最高レベルの女性だ。
もう少し接点が多くなれば確実に惚れていたのが解った。
「まぁ、彼女との縁はこれでお終いなんだろうけどさ」
自虐的に呟いては肩を竦める。
仮にこのまま借金をチャラに出来たとしても、残りの人生において恋愛なんて無理なのは承知していた。
「こんなことなら、倶楽部活動以外にも青春――やっておくべきだったかな?」
今更後悔してもどうにもならない問題だった。
その後フェルは、焼けた魚を食べてはこれからのことを考えた。
当初、水場である川沿いを行くことに危惧を抱いたフェルは、一度街道にまで戻ってからちゃんとした道を辿り、トイラに教えられたコペ村を目指そうと思っていた。
でも、魔除けの符があるならば多少の無理は出来そうでもある。
符を見て考えること暫し、すっくと立ち上がっては、
「呪符の効果がどれくらい保つかは解らないけど、森を抜けた向こうの街道まで一気に進んだ方が良さそうだな」
当面の目標を森横断へと定めるのだった。
問題が有るとすれば、
「現在地の確認か」
フェルにとって、今自分が大森林のどこら辺にいるのかが解らないことだった。
ハッキリしているのは川沿いにいることだけで、それ以外に現在地を特定できる情報が何も無かった。
地図で川を確かめるも、流域は広く長くその上大きく蛇行し、方角の特定すら難しかった。
「せめて場所と進むべく方角だけでも解ればな……」
途方に暮れていると、くいくいとだぶついた服の裾が引っ張られた。
「ん?」
いつの間にか現れたのか、それはスプリガンの少女の小さな手だった。
彼女は地図を地面に置くように告げる。
言われるままに地面に地図を広げれば、
「今、ここ。コペ村、あっち」
少女はあっさりと場所の特定をしてみせた。
それは宝物庫の番人とも称され、迷宮に住まう精霊スプリガンの能力だった。
「すごいんだな、スプリガンって」
何気に褒めてみるも、無い胸を張ってどや顔をする少女に、不思議な気分に陥った。
冷淡に債権回収だけをしていく精霊かと思えば、結構良いところがあるように認識を改めるフェル。
「なぁ、お前の名前は? これから長い付き合いになると思うしさ、名前ぐらいあるんだろ?」
「名前、無い。精霊、自分で名前、付けない」
史実において、姫勇者の登場と入れ替わるように数を減らした精霊達。高度に発展していた精霊学も今では下火となっているが、最低限の基礎知識は魔導学院でも教えており、目の前の少女精霊に名前が無いことをフェルは疑問に感じた。
「お前って契約精霊だよな? 契約精霊って精霊使いに名前を付けられるんじゃないのか?」
プルプルと首を横に振る精霊。
「精霊使いの契約、違う。紋様魔術による、疑似的精霊契約。だから、名前は付けられていない」
解るような割らないような説明だったが、目の前の彼女に名前が無いのは確かだった。
「じゃあ、仮の名前を付けていいか? スプリガンじゃ素っ気ないしさ。愛称みたいなもので」
コクコク。
承諾を得てから、考え始めるフェル。何かないかと頭上の木々を見上げれば、木漏れ日が射し込んでいた――キラキラと。
「……キラ」
「キラ?」
つい出てしまった呟きに反応する精霊。
「キラ、名前?」
キョトンと小首を傾げて聞き返されれば、安易だがそれでいいかなと思ってしまうフェルだった。
「ああ、キラだ。お前の愛称はキラだ。それでいいかい?」
「うん。キラ、気に入った」
満更でもない様子に、ホッと胸を撫で下ろすフェルだった。
「じゃあ、行くか」
何はともあれ、現在地と進むべく方向が判明したのだ。
▽
三日ほど掛けて大森林を無事抜けたフェル。道中は自生していた果物やら木の実やらで飢えを凌いでいた。
そんな彼の眼前には長閑な田園風景が広がっており、しばらくは雑草の生えるあぜ道を歩いて行くことに。
人里が近いこともあってか、寝床に馬宿か軒下を借り、労働を対価に食べ物を分けて貰えないかと考える。
僅か三日の冒険で、多少なりとも図太くなってきたフェルだ。
「ん?」
ふと自分の視界を過ぎった影に気付き、頭上を仰ぎ見る。
「あれは……精霊駆動式の小型飛翔機!? しかも、博物館級の骨董品じゃないか!」
雲一つ無い青空を、円筒形を横にした形の飛翔物体が見えた。
「稼働してるとこ、初めて見た」
その場で佇み、フェルは呆然と見上げ続ける。
「何だ?」
不意に飛翔物体は大きく蛇行を始め、高度を落としてきたた。
そして、
「――あっ、落ちた」
正確には不時着だ。
白煙を上げ、飛翔機は麦畑の向こうに降り立ったのだ
・
・
・
「えぇい、ポンコツめ! 蹴っ飛ばせば直るか?」
大きく足を振り上げ、壊れた飛翔機目掛けて蹴り下ろそうとする男だったが、
「ダメだ!」
「え!?」
不意に飛び込んできた人影がそれを阻止した。
「何だ、貴様は?」
「何だっていい! それより、俺が診てやるから蹴ろうとするな!! 殴って直るなんてただの迷信だ!」
フェルの剣幕に押され、男は身を退いた。そんな、持ち主が黙ったことを是幸いとばかりに、フェルは飛翔機のハッチを開けていく。
道具はあった。
使い古しの工具一式を、選別とばかりにアルが貸してくれたのだ。
それらを使ってばらせる部分はばらしていくフェル。マニュアルもないのに慣れた手つきで淀みが無い。
「経年の割には状態は綺麗だけど、埃がかなり溜まってるな……」
パーツのどれもこれもが新品の如く摩耗していないが、埃が大量に付着していた。
「駆動系に差してある油も乾いているし、メンテ無しに動かしたのか?」
ぶつぶつと呟くフェル。メカを愛するが故に、ぞんざいな扱いが許せなかった。
「メンテだと? 倉庫にあったのを勝手に持ち出したんだ。そんなものしてあるはずも無いだろ」
「無茶苦茶だろ!? 八〇〇年以上前の精霊式駆動機関をメンテ無しで動かすなんて、使い潰す気か!?」
悲鳴混じりに叫ぶフェルに対し、
「フン。飛べれば何だって良かったんだよ」
男は冷淡だった。
「俺の魔力じゃ魔導式の飛翔機は動かせないからな」
魔導式駆動機関は使い手の魔力を糧に動く機構だ。魔力が著しく乏しかったり、特殊な波長をしていたりすると、起動させることすら難しくなってくる。
外部の魔力タンクに頼った飛翔機も多々存在するのだが、基本的にそれらは大型機で用いられ、個人乗り用の飛翔機では使われない。タンクがでかすぎるのだ。
「だからって、ゼピュロスモデルのtype-EXなんて持ち出すか? こいつは空飛ぶ芸術品とも言える最高級の逸品なんだぞ。どこから持ち出したんだ? これ一台で王都の一等地に豪邸が建つぞ」
「そんなに凄いのか? 博物館の倉庫の片隅に放置されていたんだが」
「博物館だって!?」
自分がやばいことに首を突っ込んでいることを自覚するフェル。作業の手がぱたりと止まった。
「まさか、盗んだのか?」
訊ねる声音が震えていた。
「王立博物館だからな。問題無いだ――」
「問題大ありだろ!!」
思わず言葉に被せるように叫んでしまう。
「王立博物館の倉庫ならそれだけで秘蔵中のお宝だろ! そんな所から盗み出したりしたら死罪だってあり得るぞ!!」
状況を認識して顔を青ざめるフェル。
「王家の姫様に知り合いがいる。口添えしてやるから、出頭して返すんだ。素直に返せば懲役刑で済ませてくれると思う」
そんな言葉も何処吹く風とばかりに、男は平然としていた。
「貴様は何をそんなに慌ててるんだは? 王立ならば何ら問題無かろう」
「だから、王立博物館は王家の物なんだよ! 王国民の物じゃないんだ!! そんな物を勝手に持ち出したなんて――って、ここで俺がばらしてるのも不味いんじゃ!?」
頭を抱えフェルは低く唸った。先日から運気が極端に落ちている気がしてきた彼だった。
「だから、何度も言わすな。王家の物なら問題無いだろ」
憮然と言い放つ男に、顔を上げるフェル。
「あんたは何者なんだ?」
今更ながらに、人物について訊ねていないことに気が付いた。そして改めて見れば、どこか見覚えのある顔立ちをしていた。
「俺か? 俺の名はサン=ハイドナーだ」
「ハイドナー王家の!? でも、姫勇者の一族は女系じゃ……まさかそのがたいで女なのか? 嘘だろ!? あそこは美人の家系のはず。あっ、でも、言われてみれば先輩によく似てるかも」
つい先ほど知り合ったばかりのお姫様とどこか似ていた。
顔だけ見れば美男子とも言えるマスクをしているサンだったが、その体付きは細身ながらも筋骨隆々で女剣闘士でもここまで見事な身体はしていなかった。何より、分厚い胸筋はあれど、双丘の膨らみが無い。
マジマジと見つめてしまうフェル。そんな彼の視線が鬱陶しく感じたのか、
「俺は男だ、男!」
苛立たしげに言い放つサンだった。
「男って――あっ、そう言えば一人だけ王子がいるとか聞いたことがある」
姫勇者の末裔である女系王族。その直系には今まで男は産まれなかった。それが十八年前に産まれたのだ。
産まれた当初は凄い騒ぎになったが、当時まだ産まれていないフェルには知らない話であり、その後王子は表舞台に登場することがほとんど無かったためすっかりと失念していた。
「――って、失礼しました! サン王子」
慌てて膝を付き、頭を下げる。
それは昨晩から数えて二度目の出来事だった。
「王家に対する礼ならば不要だ。今の俺はただの旅人。それに、俺には継承権が無いからな」
「旅人……ですか」
「口調も正す必要は無い。呼び捨てでかまわん。それより、貴様こそは何なんだ? 王族に知り合いがいるとか言っていたな。誰だ? 言え」
サンの追求に、フェルはトイラとの邂逅を話した。
「なんと、フェルはフル姉上と出会ったのか!? もう三年近く顔を会わせていないんだが、元気だったか? フル姉上は俺と違って魔術の達人だから、心配は不要だと思うが」
「元気でし――元気だったよ。今頃、ベリー魔導学院に魔導王ルトの発掘紙片を届けていると思う」
「魔王ルトの!? 面白そうだ! もっと詳しく話せ」
再度、驚きの声を上げるサン。がっつりと話に食い付いてくる。
フェルが昨晩のやり取りを話せば、
「ほぅ。勇者への道を着実に歩んでおるのだな。フル姉上は勇者への旅路を嫌がっていたから乗り気じゃないと思っていたんだが……」
サンは感慨深げに遠い目をしてみせた。この場にいない姉に想いを馳せてるようだ。
「サン、その勇者への旅路って?」
「ハイドナー王家では代々、娘を旅に出させる風習があるんだ。初代様であるスイに倣ってのことだと言われてる。それを俺達は勇者への旅路と言い、その冒険譚の内容で次期女王を決めることになっている」
「次期女王……ってことは、サンは?」
「うむ。継承権を持たぬ俺は対象外だ。でもな――」
一旦言葉を句切り、そして続ける。
「俺は旅がしたい。勇者になりたい。だから倉庫にあった飛翔機を奪って、勝手に飛び出したんだ」
「勝手にって……」
無茶苦茶な王子様であった。
「大丈夫なのか?」
「平気であろう。問題が有るならとっくに追っ手を差し向けているはずだ。元々母上――女王も俺の勇者への旅路には反対では無かったしな。反対していたのは宰相と一部大臣どもだけだ」
何やら思いだしたのか、憎々しげに言い放つ。
「宰相と大臣が?」
「あやつらは娘しかおらぬからな。大方、俺を婿として迎える算段でもしておったのであろう。それで、下手に旅に出してキズでも負われたら困ると思ったんだろうさ」
子に男子を持たぬ権力者にしてみれば、サンの存在は王族と親戚になれるチャンスであった。
「王族って大変なんだな……」
しみじみと呟く。
「でも、連れ戻すんじゃなくて、護衛とか付けたりしないのかな?」
「元々俺には、王家最強の守護者が二人ついているからな。まぁ、お目付役って気もするけど……」
ブツブツと呟いたかと思えば、サンは自らの両手に呼び掛けた。
「じいやばあや、いい加減挨拶くらいせぬか。どうせ、フェルのことを見定めておったんであろう?」
「うるさいぞ、坊主。聞こえておる」
「そうですよ、坊や」
サンの手から年老いた老人の声が聞こえてきた。
よく見れば、グローブの手甲に填められた石が明滅しているのが解る。
「フェル=ジンク殿と言ったな。我が坊主の師であるポロスだ」
「私は坊やの教育係のナトリよ」
右手と左手がそれぞれ名乗りを上げた。
「喋った――って、精霊憑きアイテムなのか? でも、ポロスとナトリって確か、剣聖に聖女……」
かつて勇者スイと共に旅をしていた仲間に七人の英雄がいた。その中に、最強の剣闘士である剣聖ポロスと、英雄の癒やし手聖女ナトリの名があった。
「本物の英雄なのか?」
「その二人、英霊。精霊、化した、英雄」
いつの間にか現れたスプリガンが教えてくれた。
スプリガンとしての固有能力の一つ、鑑定が使える彼女にしてみれば、アイテムの本質を見抜くことくらい容易いものであった。
「ほう、フェルは精霊使いなのか? いや、違うな。これは、精霊殿が憑いているのか――」
突如現れたスプリガンに探るような一瞥を向けるサン。
「憑いているって、キラとの繋がりが解るのか?」
「一応俺も、勇者の一族だからな。それくらい見抜く目を持っている」
「目が?」
「姫は力の流れを観る魔眼の持ち主です。坊やはその能力を色濃く引き継いでいられるのですわ」
左手の手甲に宿るナトリが教えてくれた。
言われてみて初めて、フェルはサンの瞳が赤く輝いていることに気が付いた。
「引き継いでいるって言っても、勇者スイほどに強力な魔眼はしてないがな」
そっと自らの目を瞼越しに撫でれば、サンの瞳から輝きは消えていた。
「して、その精霊殿は何故にフェルに憑いているんだ?」
「キラはスプリガンの精霊で、俺の借金取りなんだよ」
別段隠す必要も無いので素直に話すフェル。
「ほう、借金取りとな……そう言えば、ジンクと言ったな。それはあのジンクか?」
「そのジンクで正解だよ」
フェルが頷けば、何とも言い難い空気が二人の間に漂った。
「あー、それは何て言うか……災難だったな」
ジンク商会倒産の報はサンの耳にも届いており、それしか掛ける言葉が浮かばなかった。
「まぁ、命があるだけマシだと思ってるよ」
たはっはっと苦笑しては肩を竦めるフェル。
「それよりサンはどうしてこんな所を飛んでいたんだ?」
あまり話したくないのか話題を変えた。
「坊やはコペ村まで行かねばならないのです」
サンの代わりに、聖女ナトリが教えてくれた。
「コペ村って姫勇者のダンジョンですか?」
「あら? ご存じなのですね」
「トイラ先輩――フル姫からあそこにある憑依の指輪ってのを借り受ける許可をもらい、俺も向かってるところなんです」
「ほう。姉上が許可を出したのならば、俺からは何も言わぬが……それで、飛翔機は直りそうか?」
言われ、止めていた作業を慌てて再開するフェル。
「うーん、メンテ無しで動かしたから色々とおかしくはなっているけど……一番の原因は質の悪い精霊力カートリッジを使ったことで、転換炉で不純物が発生してるね。それが駆動系に纏わり付いて煙を噴いたみたいだ」
「何だと!? カートリッジは純正のを使ったんだぞ」
フェルの見立てにサンは反論してみせた。
「いや、純正って言われても……」
内心冷や汗を伝わせるフェル。その手には飛翔機から取りだしたエネルギーカートリッジがある。
「これ、使用期限が精霊歴二三〇五年ってあるんだけど?」
「精霊歴二三〇五年だと? それは、勇者歴にすると何年になるんだ?」
精霊歴とは姫勇者スイが王位に就く前に使われていた元号であり、精霊歴二〇一八年(勇者歴元年)に終わりを迎えた。
そこから換算すると精霊歴二三〇五年とは勇者歴二八七年。現時点(勇者歴七七二年)から遡ること四八五年前だった。
「五〇〇年前に期限が切れていたのか……」
無知とは言え、自分の命を預けた代物の危なさを今更ながらに痛感するサンだった。
「それで転換炉がいかれているからな。一部部品も変形してるから応急処置で飛ばすのも無理だね。一度オーバーホールをして、変形した部品をオーダーメイドで作り直してからじゃないと」
「むっ。本当に何とかならないのか? 村に着くまで飛べればいいんだが」
「転換炉を魔導式のに載せ替えれば飛べなくもないけど……こんな所であると思うかい?」
周りは見渡す限りの麦畑。精霊工学にしろ魔導工学にしろ、その手の機械は何も存在しない地だ。
「ならば、最寄りの集落を探せば!」
「無駄だよ。牛とかの家畜で耕してるみたいだからね。こんな田舎じゃ、魔導式の農耕機具を持ってる家なんて無いと思う」
麦畑には牛らしき生き物の足跡が残っていた。
「代替え部品、ある」
今まで黙っていたキラがポツリと呟いた。
「あるのか? 精霊殿」
サンの呼び掛けに、コクコクと頷くキラ。次々と、虚空からパーツを取り出してみせた。
それら機材の山にフェルは見覚えがあった。
「それって、俺から取り上げたジャンクじゃないか! 使ったりしていいのか?」
「壊れた転換炉、寄越す。それで、等価交換?」
何故か最後は疑問系で小首を傾げるキラ。
「ちょっと待て! 壊れたとは言え、ゼピュロス搭載の純正転換炉だぞ!! 俺のジャンクと等価であるはずないだろ!」
二束三文のガラクタと最高級品だ。釣り合う価値ではない。
「じゃ、不等価交換? 商売、鉄則。安く仕入れ、高く売る」
安く仕入れて高く売る。それを出されればぐぅの音も言えなくなるフェルだった。
「精霊殿。それでかまわぬから、部品をフェルに渡してやってくれぬか」
サンが同意した以上所有権を持たぬフェルに反論できるはずもなく、キラから提供されたジャンクパーツを使っての応急処置的修理が始まった。
「修理は出来そうか?」
「コペ村まで飛ばす程度で良いなら何とかなるとは思うけど……」
「何か問題でもあるのか?」
奥歯に物が挟まった様な言い回しがサンには気になった。
「精霊力カートリッジがね。さすがにこれを使ったらどうなるか俺も予想が出来ない」
使用期限の切れたカートリッジを使うことに抵抗があった。
「ならば、借金取りの精霊殿に頼ったらどうだ?」
視線をキラへと向ければ、彼女はフルフルと首を横に振った。手を貸す気は無いようだ。
「そっちのポロスさんとナトリさんは? 二人とも精霊になるんだよね」
「無理だ、フェル殿。我ら英霊は精霊としての力は乏しいのだ」
「仕方ないか」
ポロスの言葉を受け、フェルは深々と息を吐いた。
「あまり手を入れたくはなかったんだけど、魔導式に改造するか」
方針が決まった後のフェルの修理は早かった。ジャンクの中で比較的状態の良い魔導式転換炉を二つ選び出すと、互いに生きている部分をつなぎ合わせて一つの転換炉に仕立て上げることに。
サイズが一回り大きくなったためフレームの中に収めることが出来ず、はみ出した部分をロープで縛り上げては強引に固定する。
「魔導式にするのは良いが、エネルギーはどうするんだ? 俺の魔力は特殊でその手の代物は動かせないんだが」
それが出来ないから、サンは博物館の物置から骨董品を引っ張り出してきたのだ。
「俺の魔力を使う。ゼピュロスなら二人乗りぐらいは可能なはずだ」
転換炉から伸びる二本のエネルギー供給用のチューブを握りしめ、フェルは自らの魔力を注ぎ込んだ。
するとチューブは青く輝きだし、転換炉が回り始めた。
動力機が動き出したのを確認すると、サンは飛翔機に乗り込んだ。その後ろにフェルが腰掛ける。
ふわりと浮き上がる飛翔機。
「行けそうか?」
「ああ。行くぞ! しっかりと掴まってろ!!」
いきなりスロットルを全快にされ、飛翔機は一気に空へと舞い上がっていった。
「おいおい、もっと大人しく飛ばせって! こっちはチューブを持っていて、掴めないんだぞ!!」
「だったら、俺の腰に手でも回せ。加速するぞ!」
「男の腰に手を回すのは何か屈辱的かも……」
嫌々ながらも振り落とされない様にするにはそれしかなかった。
・
・
・
飛翔機ゼピュロスモデルtype-EX(改)によって、徒歩では数日掛かる山越えも小一時間ほどで飛び越えてしまい、二人はコペ村のある盆地へとあっさり辿り着こうとしていた。
そんな折、フェルにはサンにしがみつくことで気になったことがあった。
「サン。キミは武器を持っていないのか?」
密着することで、彼が軽装なレザーアーマーしか身に着けてないことが解ったのだ。見た感じ戦士タイプだから、てっきりマントの下で剣でも背負っているのだと思っていた。
「俺の武器? 俺の武器ならここに――」
トンッと自らの胸を指差しては言い掛けた言葉を止めるサン。険しげな視線を眼下に広がる盆地へと向けた。そんな彼の様子の変化に気付き、フェルもまた下へと顔を向けることに。
「へ?」
それを目の当たりにしては、思わず間の抜けた言葉をこぼしてしまう。
「何だ、あれ!? 巨大なスライム……なのか?」
言ってはみたもののいまいち自信が持てないフェル。そこにいたのは街道を進む超巨大な龍の頭を象った半透明の物体だった。しかも、街道沿いにある全ての物を喰らい尽くしながらコペ村へと向かっていた。
周りでは村人達が武器やら農具やらで戦いを挑んでいるが、その進行を止めるまでには至っていない。
「あら、珍しい。あれはドラゴンスライムですね」
ナトリが教えてくれた。
「ドラゴンの体液を浴びたスライムが進化した姿です。浴びる体液で進化の特色が異なりますが……あの感じからして、ドラゴンの唾液を浴びたことで食欲に特化してるみたいですね」
だからこそ、貪欲なまでに周りにある全てを取り込んでいた。
「ほう、食欲に……して、あれは悪――で良いんだな?」
「知性を持たぬものの善悪を決めるのは難しいが、人の敵ではあるな」
サンの言葉にポロスが返した。
「坊主、行くか?」
「やらいでか! それが勇者の仕事だろ!!」
楽しげに、それでいてキッパリと断言する。
「フェル! 貴様は俺の武器を気にしていたな」
背後にいるフェルへと呼び掛けるサン。
「ならば見せてやるぞ、かつて勇者スイが振るっていたとされる無銘ながらも最強の聖剣を――」
握っていたハンドルから手を離すと、
パンッ!
サンは胸の前で叩くように左右の手のひらを併せる。そして離した瞬間、その間で輝きだした蒼い光を握りしめるようにして、サンは左掌から一本の剣を抜きだしてみせた。
「剣が……現れた!?」
あり得ない光景に驚くフェル。その驚愕の表情に気をよくしたのか、サンはニヤリとほくそ笑んでみせた。
「見ておけ、こいつがスイの剣だ!」
強く握りしめるその剣の刃には、蒼く揺らめくオーラが纏わり付いていた。
そして、
「操縦は任せたぞ!」
そう告げると、飛翔機から飛び降りてみせるサンだった。後に残されたフェルは慌てて空いたハンドルを握りしめる――
も、彼は今までエネルギー供給用のチューブを持っていたのだ。それを手放したことにより、転換炉は強制停止。
動力を失った飛翔機は重力に従い落下を始めた。
「うわぁぁぁぁ!!」
迫り来る地面。そんな激突必至な状況で、フェルは握っていたハンドルを放し、宙を舞うチューブを咥えることに成功。
慌てて魔力を注ぎ込めばギリギリで転換炉が回り出し、再び得た浮力で地面への衝突は寸前で免れた。
ただし、それで飛び上がれるはずもなく、大地を抉るように不時着するのだった。
その際、フェルの身体は飛翔機から放り出され、地面を転がる。
「痛たったった……サンのヤツ、無茶苦茶してくれるなよ」
鈍痛に顰めた顔を上げれば、村人達の前に立ってはドラゴンスライムへと剣を構えるサンの姿を見付けた。
「あれが……姫勇者の武具」
家業柄か伝説クラスの装具を見たことがあるフェルだったが、サンの持つスイの剣は桁違いな存在感を放っていた。
あれならば、硬い鱗を持つ龍すらも斬れそうな気がする。
なのに――
「あんたは?」
突如、空より振ってきた男に戸惑いをみせる村人達。
「気にするな。通りすがりの勇者――見習いだ」
言っては斬り込むサン。
「あっ、剣は無駄だ――」
止める村人だったが、それよりも速くサンは斬り込んでいた。二度三度と、その巨体に剣を振るう。
なのにその全てがすり抜けるだけで、ドラゴンスライムは微塵も傷つかなかった。しかも、その上見向きもされなければ屈辱的なものだった。
「ぐぬぬっ――」
「落ちつかんか、坊主。よく敵を見るのだ。姫の剣とは言えど、ドラゴンスライムには斬撃は利かぬ」
言われ観察すれば、ドラゴンスライムの体内には村人から吸収した無数の武器やら農具やらが埋もれていた。
「狙うならば、核を刺突するんだな」
剣聖ポロスからの的確なアドバイスに従い、構えを変えた。
水平に、その尖った切っ先を真っ直ぐ真横へと構え直す。そして、核を探し出すべくサンの瞳は激しく動き出した。ただ、ドラゴンスライムの体内には、武器以外にも貪り喰らった木々や土砂が多数残っており、その発見は困難を極めた。
一度瞼を閉じ、再び開けるサン。魔眼を発現させたのか、その双眸が赤く輝き出す。
「見付けた!」
一点。
無数の瓦礫の中から、魔力を宿す黒く小さな球状の物体を見付け出した。
そうなれば後は早かった。
「てぇい!」
かけ声一つ、弾けるようにして地面を蹴り上げ、爆発的な勢いをもってして一歩踏み込む。その、真っ直ぐな様はまるで一本の矢の如く。
疾く、速く、そして鋭く。
彼が伸ばしたスイの剣は見事、ドラゴンスライムの核を突いてみせたのだった。
「成敗!」
付いた汚れを払い落とすように剣を振り、サンは再び左腕の中へと剣をしまってみせた。
周りから立ち上る村人達の歓声を遠巻きに、
「凄い……あれが姫勇者の末裔なのか」
唖然呆然とその戦い様を見ていたフェル。彼の口を衝いて出るのは感嘆の溜息のみだった。
やっとこさ、もう一人の主人公であるサンが登場しました。
これ以降は、二人で物語が進展していく予定です(過程は未定で、決まってるのがこの話のラストのみなので、更新状況はかなりゆったりとしますけど)