2 義弟と家族になった日
レオン・ベルトワーズはせっかく恵まれた容姿をしているのに、ゲーム内では素っ気なくて、冷たい感じで何せ近寄り難いキャラクターだった。主人公は彼の態度に度々不安になったりするけれど一緒に過ごしていくうちに主人公に段々と歩幅を合わせてくれたり、気にかけてくれたりと心を開いていってくれる。辛い過去を乗り越え、主人公を助けるために手を尽くす姿には私は涙を流しながらプレイした記憶がある。
冷たい影のあるキャラクターが見せるぶっきらぼうな優しさ。そんなギャップこそ至高。…なんて前世では思っていたが、その人物が自分の弟となると普段は少しでも多く笑っていてほしいし、何より毎日を幸せに暮らして欲しいものだ。純粋で優しいまま、育ってほしい。これは自分勝手な願望だけれど。私は前世の記憶を必死に辿りながらそう思った。
レオン・ベルトワーズ:
主人公の攻略キャラ一人。クロエ・ベルトワーズの義弟。
昔から成績優秀、おまけに目を引く容姿で一躍、女子の憧れの的となるが、非常にぶっきらぼうかつとっつきにくい性格、おまけに口が悪い。
家柄や顔目当てで近づく女性達が多かった為、女性に対して冷めた考えを持っている。昔は相当ヤンチャだった。
主人公と同い年ながらも、主人公の教育係。今まで人と関わってこなかったが、いつも全力で頑張る主人公に次第に惹かれていく。
「クロエお嬢様…もう少しでお声がかかりますので大人しく座っていていただけませんか?」
「えー。だって気になるものは仕方ないよ」
ちなみに私は今か今かと自分が挨拶で呼ばれる機会をうかがってるところです。両親とレオンの挨拶が一通り終わるのを遠巻きにじっと見つめている私の姿に、侍女のモリーは呆れたように溜息を吐く。
人間、とにかく第一 印象が大事だ。絶対に二人がお互いの目を見ることと、あと笑顔!全てはここから始まると思っている。若干つり目がちな目元は一見気の強そうな印象を与えるから、余計に第一印象が大事になってくるのだ。
…とか言ってみたけど、前世で一人っ子だったので、むしろ弟ができることにワクワクしているのが本音です。可愛がる予感しかしない。お父様からいよいよお呼びがかかり、へらへらと緩みそうになる表情を抑えて個人的精一杯の姉らしい、頼り甲斐のありそう(当社比)な表情をつくり私はレオンのいる玄関へと歩き出した。
「初めまして、クロエ・ベルトワーズと申します」
私は笑顔でドレスを持ち上げ片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げて背筋は伸ばしたまま挨拶をすると、目の前のレオンの俯いた顔があげられる。
ゲーム内の彼の見た目は栗色の髪、耳からは赤い瞳の色に合わせた同じ色のピアスを時々覗かせていて鋭い表情をしていた人物だったが、目の前の小さいレオンは、さらさらつやつやの生まれつきの栗色の髪に大きな目をした女の子のように可愛い男の子だった。すごい、目が痛くなるほどの美形を初めて間近で見た気がする。
「クロエ様初めまして。レオンといいます。これから、宜しくお願いします」
深くお辞儀をし口から出る言葉は丁寧ながら、無意識なのかレオンの眉間の皺は一層深くなっていた。言葉と表情があまりにも合っていない。もしかして先刻の覗き見で警戒されてしまった…!?
「様なんていらないよ!お姉ちゃんって呼んでくれたら嬉しいな」
「そうだよ、家族になるんだから。僕の事は是非お父さんと呼んでくれ」
「…分かりました」
う、うーん。お姉ちゃんと呼んでくれる日は少し遠そうだ。
ひとまずレオンに一通り屋敷を案内し終わえた後のことだった。
「昼は久しぶりに皆でピクニックにでも行こうか。」
お父様はにこにことそんな提案をしてきた。
我が父でもあるリトリア侯爵は、その温厚な人柄と誠実さでいつか人に騙されないか心配なほどである。少々過保護な面もあるが、理想ともいえるくらい良いお父様だ。
「お父様、ピクニックとは何処へ?」
「西のほうに少し高い丘があるんだ。クロエも小さい頃一度遊びに行ったことがあるんだよ。そこまで行って、屋敷の者全員シートを広げてみんなで昼飯を食おう。きょうは天気もいいし、外で食べる飯は格別だぞ」
お母様に視線をやると同じようなニコニコ顔で私とレオン二人を見守っている。なるほど。朝から良い匂いがすると思ったら、ピクニックの準備をしていたのか。どうやら子供の私たちには内緒で準備が行われていたらしい。
素敵なお父様の提案に「行く行く!」と私は即答で声を上げたのだった。
「シロツメクサの絨毯だー!」
木々の香りが濃厚に感じられるようになってきたので、より早足で先に進むと視界一面にシロツメクサが広がる。青々と茂っている太陽に照らされた木の葉は風に揺れて、さわさわと音を立て綺麗な色で彩られた山々はこれから初夏がやってくることを告げようとしていた。
昼間にもなれば少し暑いかなと感じるくらいには日差しも強くなってきた。とはいえ、風があれば昼寝が心地よいと感じられる程度の陽気で、まさにピクニック日和といった感じの晴れた日である。
「レオン、暑くない?」
「…大丈夫、です」
まだまだ他人行儀のレオンに苦笑いしつつ、視線を戻してふと思う。
そういえば前世で愛犬のソラと散歩でまだ暖かく強い日差しの下でこども達と元気に遊び回っていたっけ。楽しかったなあ。ソラや両親は私が亡くなったあと元気に暮らせているだろうか。
「………」
…って!いかんいかん。突発的にシリアス突入するところだった。私は胸の痛みを紛らわすかのように頭をブンブンと振る。 よし完了。
辺りを見回すと、レオンはお母様に本を読んであげると誘われたようで木陰に移動し、お父様はそんな二人の様子を微笑みながら観察しているし、モリー達は昼食の準備をしている様子が目に入る。
お昼ご飯までとりあえず、私は1人で暇をつぶすしかなさそうだ。かけっことか魚釣りとかしたいところだが、あんまりドレスを汚してしまうと怒られるので何か控えめな遊びを…。そうだ!
「どこにあるかなー、っと」
私は手を突っ込んで懸命にとある物を探す。頭上をチュンチュンと鳥が飛んでいって、小さな蝶々がひらひらと私の目の前で舞う。
…平和だ、本当に。
自分がこのままだと死亡エンドを迎えてしまうことを忘れてしまうくらいに、平和だ。
こんなことをしていると、もしかしたらこれは長い夢なんじゃないかと思うけど、頬をつねって痛かった!というのは実践済みだ。《クロエ・ベルトワーズ》として転生した今いる世界は正真正銘の現実なのだろう。ゲーム内でのクロエは悲しい人生だったけど、今なら軌道修正はいくらでも効くはずだ。とりあえず今の私は王宮には関わってはいなさそうだけど…油断は禁物だよね。気をつけよう!そう自分で結論付けた、その時。
「ん?」
視界を突然、一人の人物に遮られた。
「……何、やってるんですか?」
「あ、レオン!」
やってきたのはレオンだったようだ。私の横で小さく私に声をかける彼に私の本能が「これは…仲良くなるチャンスだ!」と告げた。
「四つ葉のクローバーを探してるの」
「よつば?」
「知らない?」
はい、と頷くレオンはやはりまだ元気がない。とりあえずレオンの手を引っ張って横に座るよう促す。しばらくしてから根負けしたのか、浮かない表情をしたまま横にしゃがんでくれた。
「四つ葉のクローバーにはね、人を幸せにする力があるんだよ」
「へー…」
「すごいよね。そうだ、レオンも一緒に探そうよ!」
私がそんな提案を付け足すように言うと、レオンはぎゅっと眉を寄せて、理解し難い、と言いたげな表情をする。
「…そんなの見つけてどうするんですか?」
レオンの表情は陰り、しぼんだ花のようにしおれてしまっていた。赤い綺麗な瞳はどこか揺らいでいるように見える。
そんなどこか歯切れの悪いレオンの言葉に私は首を傾げて言葉を続けた。
「だって幸せになりたいじゃん。二人で、一緒に」
次の話はレオン視点の予定です。
読んでいただきありがとうございました!