ほんの昔のお話
『序章』と同時投稿です。
『水守海上研究都市』という場所がある。
通称『水守都市』それは、今から18年前の西暦2050年『VR競争』の影響で政府の莫大な予算によっての宮城県沖に建設された人口150万人の大都市だ。
直径およそ100キロメートルの膨大の敷地にある海底都市には大きく分けられ5つのエリアが存在し、それぞれエリアA・B・C・D・Eと割り振られている。
海上都市の北東に位置する『エリアA』には単なる住宅街や彗青学園の学生寮がありこの海上都市の全人口150万人が一同にして住んでいる。『エリアB』にはあらゆる商業施設が建ち並んでいる。『エリアC』には大研究場が、『エリアD』には運営委員会本部が、『エリアE』には、この海上都市に唯一存在するこの世界でも珍しい、幼、小、中、高、大、専の一貫校『彗青学園』が建っていた。
ゆえに研究都市ということもあるため、人口の約6割、およそ105万人は白衣を着た研究者。その他の45万人は、学生若しくは普通の社会人だった。
◇◆◇
今から8時間ほど前――――
海上都市の中心、およそ25平方キロメートルもある膨大な敷地『エリアE』の中心にある彗青学園の教室移動モノレールにて。
きっちりその彗青学園の制服を着こなした少年――、琴吹景侍の姿がそこにはあった。
この学園は膨大な敷地を有し徒歩での移動が困難な為、教室移動は全てモノレールやバスとされている。例えば各学年校舎から実技教科校舎に移動する場合や登下校もしくは『エリアE』から各エリアに移動するときなどに使われ他にも、他のエリアへの直通列車なども在るため、普段の日常生活の他にも、生徒以外の一般人も利用する人が多い。
彗星学園の制服を身にまとっている彼の右手には商業関係の店が揃っている『エリアB』で買ったであろう数本の菊の花が握られており左肩からエナメルバッグを提げていた。
下校時刻でもあるこの時間帯、12両もあるモノレールはたくさんの彗青学園の生徒が利用していた。
景侍は、電車の緩やかな揺れを感じながら駅表を眺める。
中学校舎駅や大学校舎駅もある彗青学園。景侍が向かおうとしている駅は、ここから二駅過ぎた所にある『彗青学園中等部・実技教科棟駅』という場所だった。
ただでさえ、全校生徒数万越えの超マンモス校『彗星学園』は実技教科教室の数も尋常では無かった。ハッキリ言ってしまえば、普通の国立大学の総面積をはるかに凌駕する大きさだった。
しばらくすると、電車内の所々にある電光掲示板やスピーカーから到着を合図するアナウンスが表示された。
景侍は、椅子から立ち上がりドアの方へ移動する。
キキキィィィ――!! と車輪とレールが擦れる音が聞こえると同時に、徐々に電車の速度が落ちていきドアが開く。
景侍は目的の場所へ向かって一歩一歩進んでゆくのであった。
◇◆◇
彼がまだ中学1年生の頃。
彗星学園中等部の入試に合格し初めてこの海底都市にやって来た時の話。
商業関係の店舗が揃う『エリアB』にて。
(うっわ、何だこれ……バーチャルゲーム機器だけでもこんなに種類有るのかよ……)
景侍は悩んでいた。
今、彼が今居るのはとある電気屋のVR専門のコーナーだ。
テレビなどの物は『旧世代機器』と呼ばれるようになり、見事にVR機器がほとんどの割合を占めていた。
(さすがにこの量は多過ぎだろ……どうやって選ぶんだよ……)
ノリノリのBGMが流れる店内。そう琴吹が悩んでいると彼の横に一人の少女が並ぶように入ってきた。
特徴的な茶髪は肩程まで長く整えられており服装は白のワイシャツに紺色のセーター、下はジーンズパンツだった。首には鉄製のネックレスがかけられており、身長は景侍より5センチ程低く、見た感じ同い年でとにかく明るい印象だった。
慣れない様子で――。ちょうど横に並んでいた景侍に話しかけてきた。
「ね、ねえ……き、君もしかして地上の陸地の方から来たの?」
「……あっ、ああそうだけど……何でそれを?」
不意に話しかけられた景侍は、少々慌てた様子で適当に答える。
「ま、まあね……なんか見ない服装だったからさ……」
「そ、そう言う君は……どこから?」
景侍自身、小学校当時余り喋らず、休み時間教室の隅っこで一人寂しく読書ばかりしていたのが見事裏目に出た。
「『エリアA』にある一軒家だよ。親がこの水上都市の研究員なんだ。だからボクは、万年ずっとこの都市に住んでいるんだ。おまけに一度もこの都市から出たことが無いんだよ……」
景侍は少女の話を聞きながらVR機器を見つめていた。すると少女は、何かを察したように再び話しかけてきた。
「も、もしかして君、VRって初めてなの?」
「あぁ……まあ、そうだけど……」
そう景侍は答えると、少女は安心した様子で胸を撫で下ろす。
「ああよかったぁぁぁ。まだこんな所に仲間がいたんだぁ~」
景侍にとって少女の様子はまるで『テストで赤点を記録し、同じ位の点数の人を探し続けようやく見つけることができた』ときのような様子だった。
「は、恥ずかしながら、ぼ、ボクも初めてなんだよ。お、親が研究者なのにね……」
景侍は心の中で『初めて……』と思いながらも、自分が何をしにここに来たのか少々考えていた。
(あるれぇ? 俺って何でここに来たんだっけ? ……えーっと、そうだVR機器買いに来たんだった。)
一瞬、脳内にて忘れかけていたがなんとか記憶を取り戻す。景侍は右腕に取り付けられていた腕時計を見た。時間はある程度経っていたことに気づきここから離れようと試みた。
当時ただでさえ彼は、人との関わりを極端に嫌う。そのため彼にとってその判断はとても賢明だと思った……が、すぐに気付かれる。
「ち、ちょ……何逃げようとしてんの!? せ、せっかく仲間見つけたんだから少しは付き合いなさいよ!!」
(はァ……いつお前に『仲間になる!!』なんて言ったんだよ……?)
少女の口から告げられた突然のお仲間宣言に呆れつつ、仕方なくその場に留まる景侍。ただVR機器を買いに、電気屋に来ただけなのに余りにもこんな仕打ちが来るとは思っていなかった。
正直さっさと話を切り上げて機器選びをしたい景侍だが、数多にあるVR機器を思いだし途方に暮れていたため……。
結局店員に聞くことにした。
これ以上時間をかけてはいられなかったためその選択肢を選んだ。
幸い店員が丁寧に教えてくれたため数分で決めることができた。景侍にとってあれほど時間をかかったものが嘘のように終了した。
しかしもう一つ選ぶべきものがあった。
それは、VR機器の専用ソフトだった。
数百を超えるソフトの中で再び選ぶ、景侍にとって異常ある意味苦行に値するような物だった。
再び悩み始める景侍、すると先ほどの少女が彼に向かってくる。同時に、少年の右手に持っていた物を差し出した。
「ね、ねえ、せ、折角だしさあ一緒にこのゲームで遊ばない?」
「……えっ?」
少女が差し出した物、それはとあるVRゲームソフトだ。
ゲームの名前は『Crystal World Online』というものだった。
景侍がそのゲームソフトのパッケージを手に取る。そして流れるように裏面を見る。
ある程度このゲームの詳細を理解したところでまた少女の口が動く。
「い、いやーさぁ、こ、ここで会ったのも何かの縁だしさ!」
軽率でにこにこ話しかけてきてくる少女。対する景侍は、さっきから向こうから会って話しかけてきて数分後に『何かの縁』という発言に違和感を抱いた。
「いやいやいや、こういう物ってさ普通は君の近くにいる友人とか誘ってやろうよ! そもそも俺ら初対面じゃん? どうしてこうなった!?」
景侍がそう言うと、つい先程まで明るかった少女がまるで感情が抜け落ちるかのように突然表情が暗くなる。
それに気付いた景侍はしまった、と思ったのか少女《、、》に話しかける。
「も、もしかして……友達……居ないのか?」
すると少女は、涙を溜め、辛そうに頷く。
「……そ、そうだよね……う、うん……と、突然話しかけてごめん……」
ここは海上都市、日本列島から隔離された1つの都市。景侍自身も元は日本列島生まれ。小学校時代共に過ごした仲間は全員向こう側に居る。こうして今、誰も知らない所に自分が居ることが寧ろ孤独だと思っていた。
だが自分よりも孤独な人間が残念ながらここにいた。
自分が思っている以上に……。
「わ、悪い……そんなつもりじゃ……」
「い、いいよ……ぼ、ボクは友達なんていないただのゴミ屑……じ、自分のコンプレックスを突かれると何も言えないんだね……うん……」
不覚にも少女を悲しませてしまった景侍。同時に何とかしようと慌てた様子で考え――閃く。
「……琴吹景侍……」
そう言うとそれに反応するように少女は顔を上げる。
「えっ?……」
「琴吹景侍。俺の名前だよ……ほら、これ……えーっと……お前友達いないんだろ」
頬を指で掻きながらそう言うととっさにポケットからメモ用紙とペンを取り出し書いた一枚のメモ用紙を渡した。
紙には景侍自身、後に設定するアカウントの名前が書いてあった。
「これ、今日中に設定するから」
「え……こ、これ、ち、ちょ、ど、どういうこと?」
突然の景侍の行動に困る少女。
「友達いねぇなら俺が友達になってやるっつーことだよ」
景侍はそう言うと後ろを振り向き帰ろうとする。
「ちょっと!!」
ん? と景侍は少女方を振り向く。
「ひ、柊み、みのる……。ボクの名前!!」
恥ずかしくなりながらも自身の名前を景侍に向かって叫んだ。先ほどの重い空気は、一体何処に行ったのだろうか。
「ああ、みのる……かわいい名前だね」
景侍がそう言うと、少女は景侍に何か訂正させるように言った。
「け、景侍君、もしかして誤解しているかもしれないけどボクは男だよ! お・と・こ!」
「……えっ?」
瞬間、景侍の中で何かが壊れた音が聞こえた。
稔が男である事実を知ってしまった景侍はその場に固まる。
誤解している事を指摘されての、『男』であるというカミングアウト。その二つが景侍のメンタルにトドメを刺す。
こんな子が男? いやいやどう見たって仕草から女にしか見えねぇよ。という数秒間の無駄な発想を抱きながら、彼の硬直の時間が更に延長する。
少女もとい稔君は、左手の腕時計を見る。
「あ、ボクもう行かなきゃ。じゃあね景侍君、フレンド申請、後で送っとくから!!」
そう言うと稔は走り出し景侍の視線から姿を消した。
(なんか……ここに来て初っぱなからこんなことになるとは思わなかったなぁ……)
ふと思いながらため息をつく。
(これからどうなるのかな、俺の生活……)
景侍は深く深呼吸をした後この場から歩いて去るのだった。
あれから4年後、
◇◆◇
景侍の今いる場所――実技校舎の屋上にて、ふとそんなことを思い出すと、やるべき事をやったのか彼は後ろへと体を向けザックを肩に掛け歩き始める。すると屋上の出入り口の扉の前で一度立ち止まると首だけ後ろに向けた。
彼の瞳には何処にでもある緑色のフェンスと他に縦長の長方形の形をした大きな墓石が写っていた。
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次回は3日の12時です。