春たけなわ
真夏の刺すような日差しに混じり涼しげな風鈴の音が響く頃
一組の男女が橋の影でかき氷を楽しんでいた
「涼しいねぇ…」
「足だけな、他は幾ら影に入っていても暑い」
額から汗を一筋垂らし、この暑い中長い黒髪をおろしているのは都井 壱玲
その隣で不機嫌そのものという表情を浮かべているのはグレイシア・アンディーン
二人の手にはガラス製の器に入ったかき氷
再びチリンチリンと風鈴の音が響く
「かき氷食べたんだから他も涼しいでしょ?」
「…いや。かき氷も段々溶けてきたし、変わらないな」
「早く食べないからだよ、もう半分液体になってんじゃん」
「急いで掻っ込んだら頭痛くなんだろ…そういうお前も半分溶けてるぞ」
「だって川が涼しいから、ついついのんびり食べちゃうんだもん」
「俺のこと言えねぇだろ…」
「……僕は風情を楽しんでたからいいんだよ」
「俺だってそうだよ」
グレイシアの反論が気に入らなかったのか、むっと眉間に皺を寄せた壱玲
確かに壱玲の方がグレイシアよりも主に髪の毛の長さから見ても暑そうな格好をしているのに涼しげな顔をしているが、かき氷を溶かしてしまったという点ではグレイシアと同類である
暫くして壱玲は、はたとグレイシアのガラスの器に目をやり、じぃと見つめた
そして自分の器にも目をやり、暫く交互にそれを繰り返す
「何だよ…」
「……ねぇ、グレイシスそれ何味?」
「メロン味」
「同じ緑だから抹茶かと思った」
「お前のシロップほど濃い色してねぇよ」
「グレイシス、メロンとか可愛い味を頼むよね」
「可愛い言うな、お前だって渋い味頼んでんじゃねぇか」
そう反論するグレイシアにチッチッチッと古い海外ドラマの刑事のように人差し指をふる壱玲
何処となく得意げな表情であるのが余計憎らしい
「抹茶は日本の心だよ?それを渋いだけで済ますなんて、甘いね…メロンくらい甘い」
「メロンはそこまで甘くねぇよ」
「抹茶に比べたら甘いよ」
「抹茶が苦すぎんだよ」
「抹茶もそこまで苦くないよ」
「じゃあ一口寄越せ」
「じゃあメロンも一口頂戴よ」
「勝手に取ってけよ」
ずい、と壱玲の前に自分の器を差し出すと壱玲は不満げに口を尖らせグレイシアに抗議の視線を送る
「食べさせてくれたっていいじゃん、ケチ」
「誰がそんなことするか、勝手にとってくぞ」
「あ、ちょ!!……全く横暴なんだから」
壱玲のかき氷を強奪したグレイシアをやれやれ、と言わんばかりの表情で見た壱玲はグレイシアのかき氷をひと匙分掬う
しっかりひと匙分だけ掬うところを見ると本当にあの横暴な壱玲の兄の妹だろうか、とグレイシアは首を傾げ、掬ったかき氷を口に含んだ
「……………苦ぇ」
「甘っ…!」
「充分抹茶は苦いぞ」
「メロンだって充分甘いよ」
「お前抹茶食ってたから余計だろ」
「そんなこと言ったらグレイシスもメロン食べてたから余計なんでしょ?」
「……まぁ、そうなるか」
「そうなるね」
「やっぱりメロンの方が美味いな」
「抹茶でしょ。日本の心」
「メロンだろ」
「抹茶」
「メロン」
「抹茶」
「メロン!」
「抹茶!!」
むきー!とグレイシアに食ってかかる壱玲を傍目にグレイシアは川面に目をやる
そして、微妙に舌に残っている抹茶味をもう一度吟味しふむ、と足を組んだ
「……でも確かに抹茶も美味いな」
「何、いきなり」
「お前の言う通り日本で発祥したものは日本独自のもので食べるのが美味しいのかもな」
「でしょ!それにそんなに抹茶も不味くないって!」
「不味いとはいってないだろ…メロン食べたあとは苦さだけ強調されてたからな…もう一口くれ」
「いいよ!はい、あーん」
「…自分で食える」
「いいじゃん別に!はい、あーん」
「………あー」
「何?その、不服そうな顔は」
本当にいい笑顔でグレイシアにスプーンを差し出した壱玲
好意を寄せている子があーん、をしてくれているのにそれを蹴ることはできない
だが、いい年にもなって何故あーん、なんて恥ずかしいこととされなければならないのかと葛藤しながらも壱玲の差し出すかき氷を口に含んだ
「実際不服だったよ…全く……抹茶もそこまで苦くないんだな」
「そりゃ抹茶そのままがシロップになってるわけないよ。砂糖くらい入れてあるって」
「意外と美味いな……」
「でしょ!今度からグレイシスも抹茶派だ!」
「メロンの次にな」
「は?」
「だから、メロンの次に抹茶が美味いって言ったんだ」
もう一度、吟味してやっぱりメロンの方が甘くていいと呟くと隣で壱玲がぷるぷるし始めた
しまった、泣かせたか?と少し焦り始めるグレイシア
「こんの脳内メロン野郎め!!!」
「どんな悪口?!!」
「そのまんまだよ!!」
「訳分かんねぇよ!!」
「抹茶好きって言ってくれたから抹茶派になってくれたと思ったのに!!」
「だから」
「何が日本発祥の物は日本の物で食べるがいい、だ!」
「あのな」
「メロンに心を売りやがったメロン野郎め」
「そこまで壮大な物語か?!!」
泣いているのかと思ったら、どうやら怒りで震えていたらしい
壱玲によって戦時中の売国奴のような扱いにされたグレイシアはめんどくさそうに頭を掻いて溜息を一つ零す
溜息を零したグレイシアにまた横から文句の声が上がるが、この際そんな文句はどうでもいい
大事なのはこれからだ
「全く……埓があかねぇ、一斉ので一番好きな味を言おうぜ」
「は?!いいよー、宣戦布告だ!幾らでも戦ってやるぜ!」
「構えるな、ほらいくぞ、いっせーのーで」
「「イチゴ!!」」
暫くの沈黙
グレイシア達は互いの顔に顔を見合わせた
「……メロンじゃないじゃん」
「……抹茶でもねぇだろ」
「だってイチゴが一番好きなんだもん」
「じゃあ何で抹茶頼んだんだよ」
「抹茶な気分だったから、グレイシスもそうでしょ?」
「そうだけどな」
「…じゃあ今度はイチゴのかき氷持ってここ来ようか」
「あぁ……今からでもいいぞ、氷全部溶けちまったしな」
「じゃあ、そうしよっか!行こう」
「行くか」
「でもイチゴの次は抹茶味!これは譲れないからね」
「メロンだろJK」
ズボンについた砂軽く払うと壱玲は隣で器をしっかり持って勝気な笑みを浮かべた
この笑顔は何かを企んでいる時の笑顔だ
「じゃあかき氷屋さんに一番についた人の味が良いってことにしよう!よーいドン!」
「あ、おい!てめぇずりぃだろうがよ!!おい、待て!!!」
真夏の刺すような日差しに混じり男女の楽しげな声が響く頃
チリンと風鈴がひと鳴きした