マーシュとクレア
首を貫かれた山賊と折れた刃が、主水の前に転がっている。
山賊の骸は折れた刃と一緒に、草むらに転がして押し込んで、こんな人間などに墓標はいらないと唾を吐いた。
山賊はあと2人が逃げ出したのは覚えているが、ブルーノたちの死体をそのままにしてさらに追跡するのはもってのほかと考えた。
『そもそもこんな暗い森を準備もせず進むのは無理じゃな』
踵を返して山賊の隠れ家にまた入る。緊張が解けてきたからか嗅覚もまともになってきたようで、体中にへばりついた血の臭いに顔をしかめた。
奥の牢に戻って改めて見た死屍累々の様相には、自分が今の姿になる前の所業、筆頭家老の屋敷で私兵らを斬ったことをありありと思い出させられた。
思い返せば、つまりは自分は首を打たれて死んだ後に何故かこの世界にて「ジャック」という少年に生まれ変わったのだ。副都サクルースから出発するときの頭痛や、三つ目オーガと戦っていたときの不思議なもやと感覚は、どれも「寂 主水」の記憶を取り戻す予兆だったと確信している。
この時の主水は、仏教の世界でいう「転生」を頭に浮かべた。打ち首に処された時も少なからず、それを信じていたからこそ「畜生に生まれ変わりたい」と吐いたのだ。
『どうやら神仏は、俺を贔屓するつもりはこれっぽっちも無いらしい』
前世で何人も人を斬り、今もまた同じことを繰り返さざるを得なくなった。しかしただ嵌められて自分が死ぬなら前世と変わらないが、今度は自分が不甲斐ないせいで大切な友を失った。
ブルーノたちの屍を見ていると虚ろな感傷ばかりに浸ってしまう。
自嘲めいて笑いながら、適当に死んでいる山賊の曲剣を拾う。
いっそ自害するか
投げやりな考えも浮かんだが、身体はまだ皆の死体を担ごうとした。だが結局は剣を投げ捨てて、死ぬかどうかは奴隷の少年少女と三つ目オーガを葬ってから、ゆるりと考えることにした。
まず奴隷たちの亡骸を外へ運んでから、目立たない場所に埋める。
血濡れた手で死体を外に運ぶのは、年端もいかない彼らを極楽浄土から遠のかせているようで悪い気もした。どうせならば、自分のような人殺しの手向けよりましな葬られ方があっても良い。そうして独りで呟いた。
運び終わると、土を掘るための道具を探すため山賊たちの倉庫に向かった。
倉庫の中は初めは暗くて何も見えず手間取った。わざわざ火をつける道具をさらに探すため、山賊の死体を漁って火打石を手に入れ、それから壁にある燭台を灯した。そうして、ようやく山賊の溜め込んでいた物を目にした。
照らされた倉庫内は雑多に置かれた物で溢れかえり、主水の知らない道具や物がほとんどだった。
『武具は不揃いで矢は20本以上が使えるじゃろ。まあ、どれもこれも他人様から奪ったもんなんだろうな。生活用品は……いや、何の用途かわからん物が多すぎる。とかく、墓を掘るための頑丈な円匙を探さんと』
ぎやまん(ガラス)を含む物もあるため、それらを壊さないように道具の山を掻き出していると、錆びてはいるが丁度良い大きさの円匙を見つけた。
円匙を担いで持っていき、再び外に出る。死体は全て仰向けに横たえてある。体格の良いフォーンなどを背負うのは難儀したが、それでも運べたこの今の少年の肉体を主水は自らながら不思議に思った。
あとは死体を埋めて適切な木に名を刻んで簡易的な墓を作るのだが、墓の場所はよくよく考えなければならない。主水が避けたいのは通りかかった人間に眠っている場所を踏まれることと、人間動物に関わらずいたずらに掘り返されることである。ならば火をつけて土葬ではなく火葬をしようかとも考えたが、燃えるものが多い森でやるのは危険だった。
ゆえに、せいぜい見つかりにくい場所を見つけて土葬することに決めた。
「よし、やるか」
隠れ家から少し離れ、全員を埋葬できるうってつけの場所を探すと、ちょうど良く木の生えていない開けた所が見つかった。全員は無理だが5人くらいなら大丈夫だろう。
ザシュッガシュッザシッ
掘る作業を20分余り続けてかなり広い穴を作ることができた。
一人ずつ背負って移動させ穴の中に仰向けに横たえ、綺麗に一列にさせて並ばせる。
ポール、金髪のカイン、耳無しのペック、そしてフォーンとケニーは隣同士にさせておいた。
最後に土をかけ踏み固め、花を添えて一段落ついた。
「茶髪のあいつ、ジンバはオーガに喰われちまったな……ならばあとは、ブルーノか……」
死んだ親友の名前を口にすると、いよいよどうしようもない心の空隙が生まれる。一緒に外の世界を見ることもなく野蛮な山賊の棲み家で命を失った、あの青い髪と優しげな目をした少年を思い出すと、何となく辛さが先立ってしまうのだ。
もしもブルーノがこの世にいなかったら、失った悲しみなんぞを感じずに済んだかもしれない。
そんな友をないがしろにした考えがちらっとよぎると、惨めさも加わって自然と涙が出た。紛れもなく大切な友人に対してそう思うのは、心が弱っているからだろう。
主水は形だけでも悲しさに抗いたくなり、すぐに手で涙を乱暴に拭ったが、顔に血が余計に付いてしまった。
この血まみれた自分の姿を誰かに見られたら、鬼の子供か妖怪と誤解されるに違いない。
隠れ家に戻り、寝かせてあるブルーノを背負う。先程皆を埋葬した場所はもう一杯なので、円匙も片手に持って別の場所を探さねばならない。
疲れもかなりあるがあと一人、と自分に言い聞かせ、笑いかけた膝をぐいと踏ん張って歩き出そうとした時のことだった。
………!~~~!
人の話し声が、微かだが聞こえてきた。すぐさま、ブルーノを背負ったまま急いで隠れ家入口近くの草木の陰に隠れ、声の主の様子を伺った。
方向は馬車が襲撃された辺り、つまりはこの山林の山道の方からこちらへ近づいてきている。耳をさらに澄ませ、話している人数と草を掻き分けて進む人数は一致しているので、間違いなく2人だとわかり、さらに片方の声は女のものだった。
会話の内容はまだ途切れ途切れだが、言い合ってこちらへ徐々に向かっている。
『新手か?いや、ならば2人だけで来るわけがない。そもそも山賊なら女の人員などありえん……』
近づいてきているのがもしも山賊だとしても、2人なら楽々と始末できる自信がある。
問題はそうでなかった場合だ。
隠れ家の入口を発見されて山賊らや三つ目オーガの死体諸々を見られた上に自分の面も割れたとしたら……頭を振って飛躍し過ぎた後ろ向きな想像を振り払う。
頭に浮かんだのは罪人として処断された前世の自分。この国---ブルーノの話ではファルス王国と言った---の法で今後、おたずねものと触れ回られる未来を考えてしまった。
もし、ただの男女の旅人だったなら、このまま山賊の棲み家などを見つけずに旅路へ戻ってくれれば助かるのだが。
そうして近づく一組の男女の言い合いは、段々と内容が聞き取れるくらいになってきた。
『けっ、こんな夜の森で言い合いか。痴話喧嘩なら別でやれってんだ………む?違う、これはどうやらこの隠れ家に、はなっから用がある奴等らしいな』
「……おいおい洒落にならねえよクレア。灯りがなきゃ、山賊の根城を見つけるのが手間取るって言ったのはどこのどいつだよ」
「なにさ、わたしのせいにして。出発時間を間違えて時間をロスさせたマーシュが悪いんでしょ?!予定通りに進んでいけばもう根城に侵入できているんだから!」
「あのなぁ、冒険者稼業をするやつが何でも予定通り行くと思ってんのか?冒険者たるもの、ランタンに足す予備の油を持つくらい常識だろ」
「偉そうなこと言ってマーシュも予備の油を持ってきてないんでしょ。第一、あんたが集合時間に遅れたのって娼館に通ってたからで、早めに済ませればいいものをダラダラ長くやるせいでこんな時間に!」
「おいおいおい、シーッ!もうちょい声を抑えろよ、山賊たちにバレたらどうすんだよ」
そこまで聞いたところで、木立の下で主水は思わず苦笑った。
口論はかなり遠くまで聞こえるほど大きくなり、もう女の方は怒鳴り散らしていると言ってもいい。
山賊がもし健在で隠れ家にいたとしたら、2人の声は全員に聞こえるに決まってるのに、あのような口論をするのは余程の馬鹿か実力者か。主水はその男女らに興味を持ち始めた。
もっとも、当初と変わらず隠れてやり過ごそうとしたため、2人の顔や出で立ちを積極的に確認しようとはしなかったが。
そうこうしているうちに2人の冒険者は入口付近に着くと、クレアは顔を地面に近づけて四つん這いになった。暗くとも足跡と血の跡を辿って隠れ家入口を簡単に見つけて2人は中に入っていった。
主水も目をほんの少しだけ出して、クレアとマーシュという男女の動きを見ていた。クレアは少し後ろの方で立って待っている。どうやらマーシュがクレアよりも鼻がきくらしく、犬のように動いて草と陰で巧妙に隠された入口を見つけて、2人は示し合わせて根城に入っていった。
『どうするか……』
このままだと絶対にあの2人は転がっている死体の山を目撃するだろう。その前に主水の血の付いた足跡が隠れ家通路に無数にあるのだから、何かが起こったと気づかないのはあり得ない。草むらに隠した山賊の死体は発見されなかったが。
マーシュとクレアは自分たちのことを冒険者……と言っていたが、旅人と変わらないような冒険する人間がなぜ国の役人でもないのに山賊の隠れ家を目指そうとしたのか、主水にはそれがどうしても解せなかった。
「はぁ……仕方ない、あの2人がたちの悪い人間じゃないことを祈ろう。必要とあらばうまいこと言って追い返して、ブルーノを埋葬せんとな。あの2人に役人など呼ばれても困るのはこっちだ」
木の陰から主水は体を出して隠れ家に入っていく。あの2人は倉庫の方ではなく、山賊たちの宴会するスペースの方に向かったようで、すでに奥へ行ったとすれば牢屋の惨状を目にしているに違いない。
慎重な足取りで主水は後を追っていくと、食い物や酒を飲む場所には姿がなく、やはりもうさらに奥へ進んだとわかった。
そして主水は奥の牢屋のある部屋の様子が見られるように、通路からこっそり覗いた。
「おいおい何だよこれ……この隠れ家に入った時から静かすぎると思ってはいたけどよぉ、全滅してるってどういうことだよ、ワケわかんねえ!」
「ちょっと!そんなことよりも……って山賊が全滅してるのも結構な事だけど、あれ見てよあれ……まだ子供サイズだけど、あの巨体と赤い皮膚はオーガじゃないの?」
「ああ、そうだな。大人のオーガのサイズならこんな洞窟に入るわけないし。それこそオーガつったら凶暴なCランクモンスターだぞ?あそこで針ネズミみたいに矢を受けてるアレも、子供だから低く見積もれるとして……それでもやっぱりDクラス成り立ての冒険者が手を出すとしたら危ねえくらいだ……」
「ねえマーシュ、そもそもの話に戻すけど、私達が知らずに山賊たちを討伐しようとしていたら、かなり危なかったんじゃない?」
死体だらけの状況に驚きを隠していない冒険者らの姿を主水は観察した。
男の方…マーシュというのは、かぶっている西洋帽子からは茶色の髪がはみ出し、身なりは狩人が着るような色が森に馴染む厚手の服を着ている。主水は狩人と連想し、案の定腰には矢筒、左手には弓を握っていて、背に掛けてある大袋で、男の彼が荷物係なのだと推測した。
女の方…クレアは、赤みのかかった髪は短く揃え、闇に溶けるような色をした黒革鎧を着ている。それに加えて腰と背に短刀を装着する様は、狩人風のマーシュとは違い、前世ではあまり関わりたくなかった「忍」の者を思わせた。
「作戦どおりいけば…いけなくもなかったんじゃあないか?」
「冗談キツいわね…だってオーガを飼っている山賊たちとそうでない山賊たち、この2つ比べたなら討伐ランクはまったく別物よ?まだクラスDの私達なら確実に死ぬ内容……」
「まあ、当初の作戦は、山賊たちの様子を伺ってから爆弾を投げ込むはずだったんだ。山賊共だけでもまともに相手できない俺たちに、オーガが立ち塞がったら目も当てられねえしな…オーガが居ると知らずに、作戦通りに爆弾投げ込めたとして、その時に倒しきれなかったら命はなかったなぁ…たぶん…うん……」
マーシュの後半の言葉を聞いて、クレアは牢屋で仰向けに倒れているオーガに対して足を後退させた。
「どうした?」
「マーシュ今、爆弾でも死んでたかどうかっていったよね……そうよ、本当に矢が大量に刺さったくらいでオーガが死ぬのかしら」
この危機感を持ったクレアの口調に、マーシュは息を呑んでゆっくりと近づいた。
「ちょ、ちょっとマーシュ?!」
「静かにしろ!まだ矢は残ってるんだ……念には念をを入れて頭を射ってみる。心配すんな、頭が狙える位置に移動するだけだ」
開け放しになっている牢に入り、死体とは距離をとりながらマーシュは回り込む。
矢筒から矢を取る手は軽く震えていたが、矢をつがえると強く引き絞ってオーガの頭を目掛けて射た。
ドシュッ
命中し、またそろりと回って牢を出る。牢の外から2人は反応をじっと見た。
この様子に、主水は少し滑稽さを覚えた。
そもそも仮に三つ目オーガが息をしていたとしたら、死体を運ぶために牢を何度も出入りしていた自分が無事なわけがないからだった。
一度接触すると決めた以上、待つのも飽きてきた主水は後ろから声をかけた。
「……あの」
「ひゅいっ?!」「どわぁ?!」
かなり警戒していたからか、どちらも尻に火が付いたのを思わせる反応をした。さらに、驚いて振り返った2人が、血まみれた自分を目にした反応も恐々たるものだった。
「ぞ、ゾンビか?」
「いや違います。俺は山賊に捕まっていた奴隷です」
「本当に……?じゃあ、その背中で寝ている子も奴隷なの?」
「はい、奴隷です。もう二度と起きんのですが……」
ブルーノの遺体を背負ったままで、この冒険者らの前に姿を現したのは、もしも襲いかかってきたりする人間だったりしたらすぐ逃げられるからであった。だがそれは杞憂だったようで、マーシュもクレアもこちらを警戒してはいるが、最初から敵意や悪意を持ってはいなかった。
「………そうなのか。それから君たちはサクルースを出発し、山ん中で山賊に捕まった。それからやつらは奴隷だった君たちを、オーガの餌にするためにこの牢に閉じ込めたんだな。……それにしても本当にクソ野郎たちだな! 閉じこめて弓で射るなんて残酷すぎるぜ」
「けど、君はどうやって生き残れたの?山賊たちも牢の外で見物してたんでしょ?」
「……信じてくれなくても構わんのですがオーガの手首を斬ったのは俺で、山賊共も俺が始末しまして」
しっかりとそう言った主水だが、マーシュとクレアは理解が追いついていないようで、数秒互いに顔を見合わせた後に冗談を言ってるのかと聞いてきた。
しかし、わざわざ聞き返したにも関わらず主水の返り血だらけの体と表情を見るに、2人にはもしかすればという考えが一瞬よぎった。
「オーガに喰われたジンバってやつ以外は山賊の矢で射殺されてしまい……山賊は2人逃げて、後はここに倒れているので全員だと」
話しながら平然と牢の中に入り頭目の首をシャベルで掬って持ってきた主水に、マーシュとクレアはこの少年にはただならぬものが潜んでいると肌で感じた。
「こ、この首をどうしろっていうんだ?」
「山賊共の首魁です。役人などに届けるか、先だってあなたたちが言っていたようにギルドとかいう施設に渡すには十分かと思います」
言われたマーシュは少し慌てたように首を受け取って、適当な布を取り出して包みはじめたが、包む途中に冒険者の彼は首の断面を見るに、 剣で力任せに叩き切ったのではなく、自分の知っている剣とは違った「何か」で鋭く切断したものだと思った。
いよいよ冒険者2人のこの黒髪の少年に対して抱く薄気味悪さは増すばかりであり、オーガの死体がそこに倒れていることよりも、今はこの血塗れの少年がそばにいることの方が、居心地が悪くてしょうがなかった。
「ありがとうね、これで私たちもギルドの依頼達成したことになるし……まあ、君のおかげか」
「そういや君の名前を知らなかったな、何て言うんだ?」
やはり名前を訊かれたかと、主水は顔には出さないが胸中では歯噛みした。
山賊相手とはいえ大量の人間を殺した手前、名前を知られるのは抵抗があった。主水は名と顔が出回っておたずねものとして追われるならば、やはりこの2人がここを去った後で腹を切ろうかと考えていたのだ。
最良なのは、山賊を殺せたと吹いていたホラ吹きの小僧と勘違いされて、この場からすぐさま去ってもらうことだ。
だんまりを決め込んでも誤魔化すのも面倒な事だと思い、素直にこの世界での名を名乗った。
「……ジャック」
「ジャックか。ようし、ジャックはこのあとはどうするんだ?」
「まずは背負っているこいつを葬りましょうが、その後のことは一向に考えつきませぬ」
体を傾け、背負っている死んだブルーノを2人に見せた。
するとはじめはクレアが、次にマーシュもみるみるうちに青ざめた顔になり、急に2人共が後ろに飛んで身構えた。
「何か?」
「お、おい!ジャック……悪いことは言わねえ、背負ってるそいつからすぐ離れろ」
「ね、ねえジャック、もしかしたらあそこに倒れているオーガって目が三つ……だった?」
「ええ、三つの眼があったのは間違いなきことですが、それが?」
冒険者2人の明らかな恐怖の表情、緊張した構え方、ただならぬ雰囲気に主水も心拍が速まった気がしてきた。
何が危険でそんな反応をするのか。
気になった主水は、自分が背負う親友の躯を見ると、安らかに閉じている目とは別のそれがあった。額には開きかけている「眼」があった。