畜生と修羅
オーガがひっくり返された直後に起こった事態。ドルザとウェスリーの体が糸の切れた人形の如く崩れ落ち、吹き出す血潮が斬った者を朱に染めた。
血だまりに転がっている二つの球体のどれかと、不運にも目が合った山賊は腰をぬかしてしまい、少年の次の標的としてうってつけの格好を晒してしまった。
ジャックの曲剣が一閃し、腰が落ちて死に体になった山賊の喉を突く。剣尖が軟らかい菅に埋るとわかると、刺さり過ぎないようにすぐさま引き、今度は目線を左にいる男に移す。
音もたてず踏み込んで距離を詰められた恐怖からか、反射的に腕を出した男の顔を、薙ぐことで怯ませる。
痛みで顔を抑え隙ができたことで、するりと腰まで手を伸ばせば簡単に新しい得物が手に入った。
「て、てめえっ!まだ生きてやがったのかぁ!!」
頭目を合わせて3人殺されたことに鈍くも気づいたようで、山賊らは腰にある一様の曲剣を抜いて襲いかかってきた。
『……いやに遅いわ』
ジャックもとい「寂 主水」は、息も合わせず闇雲に斬りかかる山賊たちの技量を低く判断した。
何せ、力が劣る相手から搾取と略奪を生業とすることばかり日常的にしていれば、適切な刀剣の扱い方を理解するなど至難であり、ましてやそれを術として会得するなど夢でもあり得なかった。
降り下ろされる幾筋の攻撃はほんの少し間合いをはずせばむなしい空音となり、主水は一番前に出過ぎている一人に、古い方の曲剣を投擲した。
唸りをあげて剣が回りながら飛来し、男の下腹部に刃の部分がちょうど突き刺さる。
敵はまだ15人はいる。それでも主水は迷いも間隙もなく、またもや一息に距離を詰める。
ジャリッ
土床を鋭く蹴りつける音を響かせ集団の懐に入り、腕を伸ばして半回転する。一度に四人が斬られたことにより相手は混乱したが、さらに目に入った人間を今度は大上段から叩き斬る。
残忍な山賊らも横たわる死体はこれで5人、床で呻いているのも足すと9人が瞬く間にやられた。山賊たちは一方的にやられたことで、今更ながら恐怖を覚えたようだ。主水が一歩踏み出せば揃って一歩後退する始末だった。
「どうした、こい」
山賊たちは動かない。
溜め息を大きくついて死体からまた新しい剣を奪い、まだ呻いている山賊を一人ずつ止めをさしていくと、二人の男が業を煮やして突っ込んできた。
「死ねぇっ!」
力任せに振りかぶるならばわざわざ待ってやることもない。
片方には、はるか遠くの間合いから右手一本の片手突きを見舞わせた。
ひと突きで仲間が殺された片方は、急に怖じ気ついたのか、正直に斬りかからず体をかがませてこちらの足を斬ろうと狙ってきた。
「生兵法に頼るか」
知恵をかろうじて回せたとしても、技量云々はまた別の話である。
足元で矢鱈目鱈に振り回される剣を踏みつけてへし折り、お返しにこちらの剣を降り下ろして無防備な背中を切り裂いた。
「む、おっと」
主水が攻撃動作を終えたところに矢が2本飛んできたが、苦もなく弾く。
矢を射たのはあのラッピドとカウンだ。
「……つまらん」
脈絡もなく吐き捨てられた主水の言葉に、山賊たちは怪訝な顔をした。
「強い奴が弱い奴を倒していけば、人の世はただそれの無限地獄になるのがわからんか。どこまでも道理を知らないで落ちる様は羽虫の『いさかい』にも劣るわ」
憤慨をあらわにして弓を引き絞るラッピドとカウンは、主水の額を目掛けた。
だがそれは主水の頬を掠めるだけで終わり、一瞬早く投げ放った主水の二つの曲剣がそれぞれ、カウンの大腿部を抉り、ラッピドには首筋に刺さった。
吹き出す血は辺りにいた山賊に降りかかり、その山賊らの極めて畏縮した表情は主水を苛立たせた。
「そんなにも情けない顔をするな。それは理もなく非もなく虐げられた奴等のする顔であって、お前らの領分ではない!そこの三つ目や畜生より意地の腐ったお前らが、弱った犬猫のような表情を出すなっ!!」
この恫喝はじんと山賊らの根源的な恐怖を煽ったようで、ついには弾けたように一人が逃げはじめた。
「しゃっ……面白くもない!」
乾いた嗤いをあげてから猛然と駆け出すと同時に、また曲剣を一本拾う。
及び腰ながらも応戦する山賊もいたが、主水の体に一太刀を浴びせる者がいるはずもなく、胴を、腕を、頭を撫で斬られ、倒れたところに主水にとどめを刺される。
「あとは4人、で2人ほど逃げたか?……まあ、あやつらの面は割れている……いずれ会った時に斬るとして、まずはお前らだ」
残って主水と対峙する4人は、じりじりとした足取りで各々が円を描いて動く。
どうやら四方から一斉に掛かるのを狙っているようだ。
男たちの中にはもう、少年の姿の主水に対して油断を持つ者はいない。
『本当にまだわからんか。これだけの人数を斬り伏せられて抵抗する考えは、生一本通って貫く武士の精神とは一見似ていて全く非なるものだ。……弱者を潰して悦に入ってその結果、今や手痛いしっぺ返しを受けているのに、まだ手向かうとは馬鹿げているにも程度がある』
この時、主水は恐怖や警戒の顔色をはりつけて自分を囲む、潔さの欠片もない山賊に呆れの念しか出てこなかった。
ゴクリ……ッ
唾を呑み込む音を耳にし、ふとおかしな郷愁を覚えた。
山賊はあの日の代官のように自分を前にしてひどく緊張しているようだ。が、それを知ったとて容赦するしないには関係なかった。
主水は突然、囲んだ4人の内、自分の真後ろをとる男の方をがばりと振り向いた。しかも、構えもとらず大股でずんずんと歩み寄る。
「ッ?!」
いきなりの主水の行動に、全員の思考が真っ白になった。
距離を難なく詰められた男が、慌てて主水の胸を刺しにくるが、苦し紛れの突きは容易になやしこまれ、返し技で胴を斬られ、臓腑を飛び散らせた。
「……う、うう……お、おいもう充分だろ!殺さないでくれ!もう降参するし逃げても追わないから……逃げたあいつらを追えばいいじゃないごっ」
これ以上聞くに耐えず、五月蝿く喚く男の口に刃を飲ませる。
残り2人になった山賊も逃げ出したが、数歩駆けたところで背中に一太刀受けて、もんどりうって倒れる。最後の一人は隠れ家の入り口で追い付き、刃よ折れろとばかりに延髄を貫いた。