山賊の目的
ジャックたちがどうすれば良いか慌てふためいているときには、運転席の方で誰かが倒れる音がした。それから馬車が急に止まって、そのせいで中にいた奴隷たちは転げ、ぶつかり、もんどりうった。
すでに女の子のケニーは、いつもの泣きじゃくっりどころではなく、わんわん泣いているし、ほとんど喋らないデカブツのフォーンも混乱した表情だ。
ブルーノも例に漏れず突然の出来ごとに恐怖していたが、ジャックは埒が明かないと感じて馬車から飛び降りた。
「ジャック!危ないよ」
「いいから。しっ!こっちに人がいっぱい来るみたいだ」
森の中、木と木の群がそびえているが、間違いなく灯りを持った人間がいる。ジャックはその眼に映る周囲の様子を計算し、少なくとも15人は下らないと判断した。
だんだん近づいてくる多数の影は輪郭をはっきりさせていき、ブルーノの言う「山賊」の出で立ちを目にした。
先頭にいる髭だらけ大男は、これまた大きなナタを肩にかつぎ、取り巻いている者はランタンを持ったり反り返ったサーベルを持ったりと様々だが、先頭の男を含めてほぼ全員が弓を背に担いでいるようだ。
『逃げられる状況じゃないな。奴らは弓を持ってる。なら走って逃げるなんざ阿呆のやることだ』
いの一番に馬車を出たときもそうだったが、心臓が破裂しそうなほどの恐怖があるのにも関わらず、今も無意識の内に状況判断する空耳に、ほかでもないジャック自身が驚いていた。
馬車の側で身構えて立っていると、自分の存在に気づいた先頭の男が話しかけてきた。
「おい、そこの小僧。お前は奴隷か?」
雄牛のような野太い声が上からジャックに降りかかった。
「そうだ、奴隷だ」
「馬車にいるガキ共も奴隷だな、それとお前らの主はホディッツってやつだったか?」
ジャックが頷くと男は目を細め、髭だらけの顔が異様に歪んだ。
男が顎をしゃくると、取り巻きが一斉に動きだして馬車の中にいた奴隷たちを引っ張りだし、ジャックも男に首根っこを捕まれて皆のいるところに転がされた。
ブルーノはやっぱり山賊だったと小声で教えてくれた。
山賊の装備は皮鎧や継ぎはぎ鎧、短く反りの強い刃を手で弄んでいる姿、また目付きは獲物を前にした獣のそれだった。
「さてと、今からお前らは俺達の支配下に入るわけだが、もしも歯向かったり逃げるようなマネをしたら野犬か狼か魔物の餌にしてやるからそのつもりでいろ。あと、変な詮索もするなよ?こちとらガキ共になんざに顔を知られても別にどうってこともないが、俺らの組織名や名前を知られるってのは仕事柄、面倒だからな」
髭の大男が背中を向けて森の奥に消えていくと、山賊たちは持っていた縄で少年少女たちを縛っていった。歩けるように足は拘束されなかったが、腕から手首にかけて痛いほどきつく、念入りに縛られた。
山賊たちに引かれながら奴隷たちは森をかき分け進んでいき、複雑な順路は、今日はろくに物を食べず馬車に揺られた彼らをさらに疲弊させている。
奴隷商人が近くにいてもジャックとブルーノは小声で会話ができたが、今は夜闇のなかで時々目配せをして不安を紛らすくらいしかできなかった。
「おい、そっちじゃないぞ。こっちだ」
山賊たちの隠れ家は樹木や草花で巧妙に隠されていた。
入口らしきものもないのに前を歩いていた山賊が草木に消えた、と奴隷たちは思って戸惑ったが、後ろを歩く山賊が口で指示してようやく入ることができた。
隠れ家は途中で2つの道に分かれる洞窟で、右に曲がると倉庫、左に曲がると大きな部屋があり、さらに奥に部屋が続いているようだった。
大きな部屋は石を切ってできた椅子とテーブルがあって、ジャックらは隅に立たされた。山賊たちが全員腰を下ろすと奥の通路から頭目の髭男が現れて少し高い石椅子に座った。ジャックとブルーノが数を目で確認すると、山賊は頭目を入れて22人だった。
「ようし、まずはご苦労だったなお前ら。馬車も壊さずに手に入ったし、奴隷のガキ共も全員捕獲できたから上々だ。特にラッピドとカウンは、ホディッツの野郎と二人の護衛の始末をつけたのはお手柄だ。やはりお前たちの弓の腕は頼りになるな、今度女を捕らえた時はお前らの好きにしろ」
「「ドルザ頭目ありがとうごぜえます!」」
「やっぱ今のは無しだ。俺の名前を教えてどうすんだ」
頭目ドルザの恩賞有無の切り返しと二人の射手の落ち込みように、山賊たちがどっと笑いだした。
それから山賊たちがこれからの方針を、というより明日からはどんな事をして稼ごうかという、漠然とした野卑な話で盛り上がっていた。
奴隷たちはつられて笑いだすはずもなかったが、山賊たちの、互いに名前をばらして笑いあっているあたりの余裕に、ジャックは何とも説明できない嫌な予感が走った。
ブルーノも他の奴隷よりも頭を働かせていた。労働奴隷として売り飛ばすなら、わざわざ頭目や部下の名前を教えたり、隠れ家の場所までわざわざ連れてきたり、挙げ句の果てには次にどんな略奪をどんな手でどのような奴を狙うか……普通ならそんなことは絶対に話さない。
そういう話題を、自分たちが居る前で大々的に談笑していることに不安を覚えた。
酒と食い物を貪りながら盛り上がる山賊たちだったが、ふと頭目のドルザが隣の男に耳打ちをした。
心なしかこちらを見て笑っているようなドルザと男に、予感が当たったかもしれないとジャックとブルーノは考えた。
そしてそれは的中することとなる。
頭目ドルザが先ほどの弓使い二人と、もう一人の名前を、喧騒を裂く大声で呼んだ。
「ラッピド!カウン!それとウェスリーは一番奥の牢に連れてけ!」
その声で水をうったような静寂ができた。
「あれのお陰で俺達はもれなく億万長者になれるかもしれねえんだ。こいつらを捕まえたのもいい機会だからな」
そう言い放った頭目の下卑た笑みは戸惑いのあった部下たちにも伝播していったようで、ジャックら奴隷たちは、ドルザの後ろにある通路から奥へ連れていかれた。
歩いていった通路の左右には、人が一人入るに充分な牢がいくつもあった。だが山賊たちはさらに奥へ引っ張っていくようで、先頭のジャックとそのすぐ後ろのブルーノも嫌な予感を膨らませていった。
先導していた山賊が小さな扉を開いて、大きな部屋に奴隷一同を入れた。
大きな部屋はさっきの飲み食いの部屋よりもなお巨大な空間で、照明もよく焚いていたので明るく、部屋の構成は半分以上のスペースをたった1つの牢に当てているというものだった。
だが、そんなことよりも、問題なのは牢の中で幼子のようにうずくまって寝ている存在だ。
寝入るそれは、皮膚は赤くごつごつとしていて、服は着ていない素っ裸の状態で右腕を枕にしている。体の大きさは、縮こまって寝ているが虎よりも大きく、目玉は余分に1つ額に付いていて、響くいびきは木が倒れた時のそれと似ていた。
この寝ている怪物を見た奴隷たちは、全員が恐怖におののいた。
歯抜けのポールも背の大きいフォーンも歯をかちかちと鳴らし、ぼさぼさ茶髪のジンバは後退りを山賊に咎められ、ケニーにいたってはもはや呼吸もおぼつかないほどの過呼吸に陥っていた。
ブルーノも言葉が出ないようで、不安の色を孕んだ目をジャックに送っていた。
「ようし、お前らを今からこの牢屋に入れるが、抵抗したりおっきな声は出すんじゃねえぞ?あの三つ目オーガを起こして怒らせたくなきゃ大人しくしてろ」
ラッピドがそう言うと、もう一人の弓使いカウンが鍵を取り出して牢を開けた。
恐怖で泣いている奴隷が多く三つ目オーガが起きやしないか、山賊たちも少し焦っていたが、全員を入れ終わると鍵をわざと音を立てて閉めて閉じ込めた。
ウガァ?
そう聞こえて奴隷たちが一斉に振り返ると、三つの寝ぼけたような眼を、両手で乱暴に擦ったオーガが起き始めた。
すでに山賊たちはこの部屋の牢じゃない狭いスペースいっぱいを使って、この状況を見て楽しんでいて、下っ端数人は部屋に入ることができず狭い通路から垣間見ていた。
頭目のドルザが笑いながら叫ぶ。
「お前らは売れば金になるが、そのオーガはもっと金のなる木に育つやつだ!痩せこけちゃあもったいねえ!しかも獣を食うのは渋るが人なら喜んで食うという面倒なやつだしなぁ。せいぜい逃げ惑うんだな」
ゴオォオオーーッ!!
もうオーガは完全に覚醒したようで、ジャックたちの耳をつんざいて吐き気をもよおさせる咆哮をあげ、自らの腹を満たすために大股で大口をがぱりと開けて向かってきた。