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人の持つ牙  作者: 赤胴貫介
都市ロメオ編
44/105

ジャックとラスクの戦い その2

 春の雨煙る今朝の都市ロメオは、いつもと違っていた。いつもならば、物見兵のラッパが鳴るとともに、朝市場が(にぎ)わいを見せ、ギルドには冒険者が集い、山を越えてきた旅団が街門に訪れる。

 だが、今朝は冷たい雨の降る中、警備兵や冒険者たちが都市の要所に、街中にも関わらず武器を抜いて(かたまり)になっていた。

 理由は他でも無い。街の至る所にモンスタさーが現れ、戦える者を今まさに総動員しているのだ。

 工房街では、ジャックとラスクに2匹のオークが立ちはだかったが、街の各地でも、突然現れたモンスターが人々を襲い、これまでにない混乱が起こっていた。


「おいっ背中合わせるんだ!討ち漏らすなよッ!」

「み、右手が持ち上がんねぇよ・・・」

「なよったこと()かすなぁ!剣が持てねえならこいつらの喉笛にナイフ突っ込め!」


 大通りから少し離れた、安い飲み屋が何軒かある区画では、男3人組の冒険者が3匹のはぐれウッドウルフと対峙していた。

 背中合わせる指示をしたリーダー格の男は、オーソドックスな両手剣を構える。右の肘をすでに噛みつかれた男は、槍を左手で持ちながら弱音を吐くが、長身坊主の男がそんな槍使いを怒鳴りつけた。坊主の男の得物は片手剣と小盾だ。

 このパーティは、酒場で遅い夜食をとった後、酒瓶片手に宿へと歩いていた時に襲われた。最後尾を歩いていた槍使いは、咄嗟(とっさ)に体をずらしたが避けきれず、肘を喰いつかれた。何とかはぐれウルフを振りほどいたが、もうすでに深々と牙を突き立てられたため、肉は露出し、今でも小気味良いほど血が流れている。

 ちなみに朝帰りなのは、単に呑んだくれていたわけではない。夜遅くに討伐依頼を終えて、都市ロメオに帰ってきた彼らは、その日の疲れを癒そうと酒場に寄ったのだ。


「く、くそったれ・・・ほろ酔い気分で宿で寝ようと思ったのによぉ!」


 肘から血を流す男が、はぐれウルフに向かって怒鳴った。

 3人は酒をある程度あおり、さて帰ろうかというところで、奇襲を受けてこの状況である。いやでも全員の酔いは吹き飛び、怒りと狼狽(ろうばい)が互いに交じる。

 3人を囲んだはぐれウルフのうち1匹が、奇襲で負傷した槍使いに、狙いを定めて飛びかかった。

 槍を持つ男は、ひっと叫んで硬直したが、すんでのところで両手剣を持つリーダーが、はぐれウルフを剣で叩きつけた。容赦なく、地面に打ちつけられたはぐれウルフは、泡を吹いて舌をだらりと出し、数度の痙攣をしてから動かなくなった。


「す、すまねぇ・・・」

「そんな傷でヘタってるようなら、里に帰ってミルクでも飲んでろ」

「うぐ」


 滅多に叱責(しっせき)を言わないリーダーに、辛辣な言葉を言われた槍使いは黙ってしまったが、片手剣を持つ坊主の男が、何も言わず大きめのナイフを渡してきた。

 ナイフを渡された槍使いは気を取り直したようで、地べたに槍を投げ捨てて、左手でナイフを握って構えた。


「ようし・・・やってや、る・・・ぎぃ?!」


 少し乱暴な激励により、ナイフ一本で立ち向かおうとした男だったが、その決意もつかの間、ついさっき叩き潰した筈のはぐれウルフが、彼の足首に噛みついていた。


「うぎゃああ〜〜ッ!!」


 残りの2人も気づいて、仲間に噛みつくはぐれウルフを斬ったり刺したりするが、はぐれウルフは全く意に介さず牙を食い込ませる。はぐれウルフの頭、背中、腹には何度も刃が突き刺さっているのに、血は流れず、代わりに体表がみるみるうちに不気味な暗赤色(あんせきしょく)に変貌していく。


「なんだこいつッ!なんで死なねえ?!」

「野郎ッ・・・全身ぶち割ってしまえばッ!」


 業を煮やしたリーダー格が、はぐれウッドウルフへ両手剣を高々と振り上げたが、残った2匹がここぞとばかりに襲いかかった。一気に2匹にのしかかられた男は両手剣を取り落とし、腕を振り回して抵抗するも、喉を食いちぎられて息絶えた。


「う、嘘だ・・・うわぁああッ!」


 足首を噛まれた槍使いも、もう腹を貪られて臓器を咀嚼されていた。

 次々と仲間が呆気なく殺され、片手剣を持った坊主頭が、背を向けて逃げ出した。脇目もふらず、路地を走って抜けていき坊主頭は大通りに着いたが、大通りにも複数のオークが集まっていた。オークたちの足下にはすでに何十と死体が転がっていて、そのほとんどが戦えない婦人や子どもだった。

 逃げ場が無くなった混乱からか、何か叫ぼうとした坊主頭だったが、追いついたはぐれウルフたちが彼の(うなじ)に、背中に、(もも)に食いついた。


 ーーーーーーーーーーーーーー


 金床通りからおよそ50メートルほど離れた、工房街の路地では、ジャックが蘇ったオークと戦っていた。

 今も拳を振り回して攻撃してくるこのオークも、前述のはぐれウルフと同様に、一度は完全に息の根を止めた。しかし、ほんの僅かな時間で息を吹き返し、皮膚は暗赤色に変化し、痛みや傷を無視できる死兵となったのだった。


「むんッ!」


 親方の亡骸を背負いながら応戦するジャックは、刀の鎬を利用して、オークの拳や腕を上手くいなしているが、次第に押され気味になっていった。

 理由としては、オーク自身の身体能力が強力になり、凶暴性も増して、先ほどとは別物と言えるほど、より猛り狂ったモンスターに変貌したからだ。


『やはり・・・これもエイドスの細工か?配合された怪物は蘇るようになったのか?』


 押されて徐々に後退しているジャックだったが、何も防戦一方ということではなく、オークの肉弾攻撃を防ぐついでに、手首や肘を斬りつけている。

 片手一本で斬っているとはいえ、ジャックはかなり深く刀を入れているのだが、オークの傷は瞬時に塞がっていき、まったく怯む素振りは見えなかった。


「くっ、しぶとい・・・!」


 雨がさらに強くなっている中、時折(ときおり)目に雨粒が入っていく。決め手のないジャックの顔には、焦りが現れていた。このオークに追いつめられて、命の危機を感じているのではない。

 ジャックの脳裏に浮かぶのは、ラスクのことだ。ラスクがもし、今頃、逃げたオークを倒してしまえば(・・・・・・・)より強くなって蘇ったオークにやられてしまう。

 今になってジャックは、ラスク一人にオークを追わせたことを悔やんだ。

 このまま時間が過ぎていくことを、まずいと考えたジャックは、そこで一つの賭けに出た。

 守るために使っていた刀を鞘に収めて、大きく後ろに飛んで下がったのだ。いきなり離れたジャックを逃がすまいと、オークは全力突進してきたが、ジャックは両手でしっかり親方を背負い直すと、魔力を全身に流動させて真上に飛んだ。


「ゴガァアアアアッ!・・・・・アギャ?」


 いざジャックの脳天を殴りつけようとしたオークが、真上に跳躍したジャックを瞬間的に見失う。

 その一瞬がオークの命取りだった。

 建物の屋根に届くほど高く飛んだジャックは、大急ぎで親方の服の(そで)を、自分の首に(くく)る。飛んだ最高点からわずかに落下したところで、ジャックは袖を結び終え、再び刀を抜いて、落下の勢いとともにオークを脳天から斬り割った。

 豪快に半分にされたオークは音を立てて地面に倒れたが、その生々しい血色の体は、またもや元通りになろうと蠢き出す。


「もういい。もう十分だ」


 ジャックはそう言って刀を収め、ぴくぴくと動くオークの体に近づいた。そして、袖を(まく)ってから、くっつきかけたオークを無造作に引きちぎった。

 またまた半分にされたオークは、何かしらの抵抗をしようと動いたが、ジャックは迷わず体の部位を次々にむしっていくので、再生が追いつかなくなった。

 オークの体が、ようやく逃げようとした時には既に遅く、ジャックは分解した部位を、全て念入りに踏み潰し、最後に残った頭の部分を刀の鞘で突いて粉々にした。


「ふん・・・しぶといだけの死体に、この親方の遺作はもったいない(・・・・・・)わ」


 それだけ言い残して、ジャックはラスクを助けに行こうとしたが、ウジュルウジュルといった音が聞こえて、素早くオークの方に振り返る。

 オークの体は復元していない。ジャックが徹底して破壊したので、復元は出来ずにいたが、頭の内部がいまだに不穏な動きを見せていた。

 まだ何かあるのか、とジャックがぼそりと呟いた。すると、オークの潰れた頭から、ちょうどこぶし大の大きさをした血の塊が飛び出た。

 血の塊はすぐそばの地面に落ちると、その場で急速に螺旋状の回転を始めた。

 警戒するジャックは刀の柄を握っていたが、血の塊は、ジャックの方に向かってくることはなく、物凄い速度で何十周も自転していた。

 回転によって血の塊がどんどん小さくなっていく。外回りの血の部分が、遠心力で剥がれて飛んで、塊の中にあった『何か』が露わになっていくのだ。

 回転が止まって、地面に残っていたのは、血がこびりついた獣の指だった。血で汚れ、黒い毛のその指の先には鋭いカギ爪があり、ジャックはそれに見覚えがあった。


「エイドスの・・・指、か?」


 指の断面はこちらからは見えないが、綺麗に根元から取れたその指は、あの人狼のモノで間違いなかった。


「配合されたオーク、生き返るものと、そうでないもの・・・これが元凶か」


 脈絡もなく現れたエイドスの指に、疑問は残っていたが、ジャックは躊躇(ちゅうちょ)せず刀を抜いた。

 その時、ジャックの殺気に反応したのか、エイドスの指はひとりでに這って逃げ出した。

 這うと言ってもイモムシのように遅くはなく、俊敏なジャックでも追いつけないほどの速さだ。濡れる地面をゴキブリの如く這っていく。

 指に、闇雲に逃げている様子は感じられない。器用に路地を、右に左にと曲がっていって、追うジャックが見失わないようにするのがやっとだった。


「どこへ逃げる?ヤツの居場所か?それともまさか」


 走るジャックの頬には雨粒が吹きつける。指の這っていく方向に走りながら、ジャックは説明できない焦燥感にかられていた。

 路地を10回以上曲がって、たどり着いたのは街壁を沿った道だった。雨のせいで薄っすらとしか見えないが、向こうには都市ロメオの北門があった。初めて都市ロメオに入った時も、西の森に行った時も通った、あの門だった。

 そして門の数メートルそばには、大柄な人影と小柄な人影が戦っている様子を認めた。大柄な方が腕を振り回し、小柄な方が剣を持ってそれを防いでいる。どちらも、走って来るジャックに気づいていない。


「ラスクッ!」


 叫んだジャックの声と同時に、小柄な人影-----ラスクがオークの拳を避けて、絶妙な呼吸でオークの懐に入る。剣は素直に半回転して、鱗の薄い脇腹を薙ぎ斬った。

 友人の見事な一撃に感嘆したジャックだったが、喜ぶ間も無く、もう一度叫んだ。


「ラスク!そこから離れろッ!!」


 広い所に出たせいで、一時ジャックはあの「指」を見失っていた。それからラスクを見つけるとともに、あの指が、まっすぐラスクに向かっているのに気づいた。

 間に合え、と水球を発動させながらジャックは走る。

 ラスクの背後から近づく指が、ラスクの踵から這い上がり、軽量な作りをした金属鎧の腰部分に入り込んだ。

 ラスクがジャックの足音を聞いて、敵を倒せた誇らしさか、笑顔でジャックに振り返る。そして、腹からどっと血が流れ出て、ゆっくりと足から力が抜けていき、前に倒れた。




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