ハンデン邸にて その2
お待たせしました。まだクトゥルフTRPGのシナリオ作りが残ってますが、ひとまず1話分投稿します。
リレイラス・ハンデンの邸宅を訪れた冒険者、ホンバット、マーシュ、クレアの3人はハンデン邸にて、正体不明の襲撃を受けた。熱帯雨林のように変化した庭、執事に重傷を負わせた殺傷性をもつ白ブドウの実、そしてホンバットとマーシュの目の前には不気味な蜂型モンスターが現れた。
身を屈めたままのマーシュとホンバットは羽音の正体をそこで初めて見た。噛みつき顎に半透明の針、そして赤と黄が混雑した羽をもつこのモンスターに、ホンバットは見覚えがあった。
「な、こいつは何だ?!」
驚いたマーシュに狙いをつけた蜂は、胴体をくの字に曲げて尻の針と頭の顎を目の前に突き出した姿勢になってから飛んできた。
「うぉおうッ」
針と顎を同時に喰らわせようとする蜂をマーシュは間一髪避けてから、その蜂が突っ込んだ方を見た。針も顎も見事に壁に突き刺さった蜂は、抜け出すためにもがいて羽をばたつかせている。
やすやすと蜂が壁を貫いたことにぞっとしたマーシュだが、それも意に介さずホンバットが右拳で叩き潰した。
「やれやれ・・・こんなところで出くわすとは」
容赦なく拳で蜂を潰して、平然とそう呟いたホンバットは依然として鼻先から血が流れている。彼のえぐられた鼻先は、肉が無くなったせいで鼻骨が見え隠れしているという状態だ。
「今の蜂は・・・モンスターですか?」
「そうだ。君やクレア君は見たことは無いだろうな。あれはファルス王国の南にあるピルカ王国に生息するモンスター『ジェット・ビー』というやつだ。高温多湿な熱帯雨林に分布するモンスターで、危険度はC、名の如く背中の空気孔から空気を取り込んで噴出し、加速をつけて標的に襲いかかる・・・・・・・やられたよ、薄っぺらな鼻先の肉なんか、イテテ・・・この通りだ」
「でも、今のは何か遅かったような、」
「今のマーシュ君に襲いかかったときは羽の力だけだった。運が良かったな。・・・それよりも今のジェット・ビーはどこから現れた?」
鼻を押さえながらホンバットは探し始めた。少し辺りを見回してから、先ほど自分が鼻先をえぐられた方向をホンバットは思い出した。廊下の方角ーーーふとその方向を見た。
扉は開いたままだ。庭から飛んできた白ブドウが、廊下の壁に突き刺さり誰もが戦慄した。だが、ホンバットが目撃したのは、そのめり込んだ白ブドウの実から次々にジェット・ビーが飛び出ているところだった。
「数えき、れん・・・」
白ブドウの内側から現れたジェット・ビーの大群は一斉に体をくの字に曲げると共に、キュルキュルといったかん高い空気音を鳴らし始めた。
「い、いかんッ避けろマーシュ君!」
叫ぶと同時にホンバットが立ち上がって駆け出し、ソファの間にある大きなテーブルの脚を掴んで強引に引き上げた。直後にガスンバスンといった突き刺さる音が無数で響く。
広いテーブルの面をとっさに利用してジェット・ビーたちの一斉突撃を防ぎ、テーブルはそのまま床に倒した。テーブルと床ですべての蜂を挟み潰したホンバットだったが、間髪入れず庭の植物たちがやかましく葉と葉を鳴らして、彼の背へ白ブドウの実を発射した。
しまった、とホンバットが叫ぶ暇もなくブドウの実が襲いかかったが、マーシュが足首を引っ張ってホンバットを転ばした。
結果的に不恰好だがホンバットは白ブドウの実を避けた。またもブドウの実は廊下の壁に突き刺さったが、今度こそマーシュが扉を閉めてこの部屋に入ってくるのを防いだ。
「ふぅ〜間に合った・・・」
「マーシュ君、助かった!」
「いやいや・・・ってそれよりもどうすれば?あんなにCランクモンスターがいるなら勝ち目ないでしょう!何とかクレアとリデルさんとハンデン氏を連れて逃げないと」
「駄目だ」
ここにいる全員の安全を確保して逃げる、というマーシュの意見をホンバットは真っ向から一言で否定した。ぴしゃりと却下されたことにマーシュは一瞬言葉を失う。
ホンバットがマーシュの驚いた目を見て、声を抑えてながら話し始めた。
「君の提案は別に悪い方法じゃない。悪くはない判断だよマーシュ君。だがね・・・仮にここが人里から離れた密林の中なら『逃げて』も問題ないが、ここは住宅街だ。逃げて近隣の住民に被害を与えるわけにはいかない。ならば答えは1つ・・・・・ちゃんと私たちがここで蜂も敵も全滅させる。わかったね?」
この時、ホンバットの目に冗談のかけらも無い。ホンバットの言葉を聞いたマーシュは、本気でCランクモンスターの大群を相手にすることに目眩を覚えた。困惑と恐怖によるそんな目眩を打ち消そうと、マーシュは眉間をつまんで呻いた。
「・・・わかり、ましたよ。じゃあ、まずどうすれば?1匹1匹相手にするなんて真似はしないですよね」
「いくらなんでもそれは無謀だ。なに、心配するな。もっと手っ取り早い方法がある」
心配そうなマーシュに対し、にやりと笑ってホンバットはそう言った。ホンバットはマーシュから、甲冑のもとで細剣を構えているハンデン氏に目を移した。
手っ取り早い方法そしてハンデン氏、マーシュもなんとなくホンバットの考えていることが分かった。
「ハンデン氏、あなたの力を貸してください」
「・・・ふむ」
「もう分かるでしょう、あなたの魔力探知を発動させてジェット・ビーの出どころ、もしくはそれを裏で糸引く術者がどこにいるかを探し当てます。闇雲に動き回ってもまたジェット・ビーがわんさか襲いかかるだけで、マーシュ君やクレア君はおろか、私やハンデン氏の身も危うくなります。ここはどうか、魔力探知を使って頂けますか・・・?」
ハンデン氏はじっと黙ったまま細剣を握りしめて座っていたが、一度息をついてから近くにあるタンスを開けた。ハンデン氏が取り出したのは精巧な装飾彫りが施された1本の白いチョークだった。
まるで芸術品のような1本の白いチョークを、ハンデン氏はホンバットに投げてよこして「いいだろう」と一言おいてから説明を始めた。
「ーーー時間が無いから手短に説明するぞ。魔力探知の仕組みは案外簡単で、探知する範囲をそのチョークで決めることがまず第一だ。探知する範囲の形は『四角形』にしかできないのだ。チョークはその『四角形』の四スミ・・・つまり角の部分を印づけるための特別なチョークであり、この邸の敷地内すべてを探知するなら、塀の角の部分に印をつけなければならない」
「ならば、外に出て四スミに印をつけに行く必要がありますね」
「ああ。四スミの印をつけ終わって、その時に四角形の内部に私自身がいればもうやる事は無い。あとは『探知』を開始するだけだ。生物や魔道書、一部の魔力を帯びた道具などには必ず魔力がある。間違いなく何もかも分かる」
淡々と説明し終えたハンデン氏は、手の仕草でチョークを折れと指示してきた。ホンバットがその通りにチョークを半分に折った。
なおもハンデン氏は言葉を続ける。
「さっき言った通り、四スミに印をつけに外に出て行かねばならんから2つに折って手分けしたほうが良い。・・・・・またあの蜂が襲いかかる可能性が高いが、それでも誰かが外に出て、危険を犯して印をつけに行かねばならん。ただこの部屋に籠ってやり過ごすならばまだしも、君たちは冒険者で、しかもこれから都市ロメオを守るつもりなのだろう?だったら行動で示してくれ。・・・・・ホンバット君は表情を見るに、すでにこの状況を『好機』と捉えているな」
ホンバットの方を見てそう言ったハンデン氏に、ホンバットは笑いを返して答えた。
「さすがですね。おっしゃる通り、ここで僕たちが口だけの人間ではないと示せれば、僕たちは協力の約束を取り付けることができる、と考えてました。もし今、僕たちが尻尾巻いて逃げたら絶対にあなたは協力してくれません」
「よく分かってるじゃあないか・・・よし、依頼を頼もう。見事この事態を解決してくれ冒険者」
「報酬は?」
「『私自身がこれから1年間、都市ロメオに関する事柄への全面協力』、でどうだ」
ハンデン氏のその提案に、満足気にホンバットは一礼をした。ちょうどその時、扉が開いてクレアが部屋の中へ飛び込んできた。腕の中にマーシュの弓と矢そして自分の短剣を抱えていたが、それらをすぐに床に放り出し慌てて扉を閉めた。扉は穴こそ開かなかったが、それでも無数の刺突音が響いた。
荒く息をついていたクレアは体のいたる所に切り傷があり血が滲んでいて、扉を閉めきったら安堵のため息とともにへたりと座り込んだ。
「大丈夫か?!クレア!」
「え?ああ、うん、別に大した傷じゃないから心配しないで。それよりもあの蜂たちは何だったの?やたら多いし凶暴だったし・・・」
「よくかすり傷で済んだな。俺も初めて見たがホンバットさんが教えてくれたよ。Cランクモンスターのジェット・ビーってやつらしい」
「Cランク、ね」
「驚かないのかよ」
「今更何言ってるのよ?エイドスとか色々いたでしょ」
「そりゃそうだが・・・慣れるのが早いな」
マーシュがそこまで言うと、ホンバットが咳払いをして2人の会話を中断させた。マーシュとクレアはホンバットとハンデン氏の方を見た。
ホンバットは2人に向かって「低い姿勢でこっちにこい」と指示し、クレアとマーシュは床に放り出した武器を持ってホンバットのところまで来た。
「・・・さて、時間もないことだし迅速にいこうか。今のこの状況で、植物や虫を操る人間がいるのかそれともモンスターの仕業なのかは・・・判断がつかない。そこで、ハンデン氏に『魔力探知』をしてもらうことになった。魔力探知は探知する範囲の四スミにこのチョークで印をつける必要があり、つまりは外に出ていく必要がある。クレア君、何となく分かったか?」
「ええ。何となく分かりました。魔力探知のすごさは聞いてます。探知さえ出来ればこの状況を打破できる・・・・・・そうですよね?」
「だが軽々しいものでもねぇぞクレア。廊下にも蜂が大勢いたんだろ。下手すればこっちが『蜂の巣』にされちまうぜ」
「わかってるわよ。それでもただ立て籠もり続けるわけにもいかないでしょ」
きっぱりと言い切ったクレアは、短剣を自分の背中と腰の鞘に差した。蜂に襲われても特に恐怖を感じていないクレアの様子に、マーシュも幾分かいつも通りになってきたようで、ふっと笑ってからチョークをホンバットから受け取ってクレアにも渡した。
「ほれ、このチョークだとよ。ったくとんでもないことになってきたな」
「そう?私はそこまで難しいと思ってないわ。別にジェット・ビーを全部倒すわけじゃないんだし、私たちはこの敷地の四スミに印をつけて戻ってくるだけで済むのよ」
扉からは依然として蜂たちの暴れる音が聞こえてくる。この部屋の扉は見たところ1つだけなので、その扉から廊下に出て外へ行かなければならない。だが間断なく蜂たちは扉に突撃しているようで、頑丈な木製扉だが、時間がかかればいずれは突破されるのは明白だ。
「おいおいおいおいあんな風になってるぞクレア。さすがに今、扉を開けたら一気に蜂たちが入ってきちまうんじゃあねえか?」
「けどこの部屋から出ないと始まらないでしょ。それとも窓から飛び降りる?」
「それこそ狙い撃ちになるだろ。あんな森の中に入るなんて冗談じゃないぞ」
言い合うマーシュとクレアだったが、ハンデンが絨毯の一部をめくって地下へ降りるはね上げ戸を開けてくれた。梯子が掛けられていて、薄っすらと樽が見えた。
「ここからならば安全だろう。ワイン室へと続いているから安心して降りたまえ」
「・・・どこから外へ出られますか?」
「庭側に扉が1つ、そしてその反対側にも1つ扉がある。そこから出ると良い。窓はあるが無闇に開けるなよ」
「わかりました、ありがとうございますハンデン氏。俺たちがチョークで印をつけたら大声で知らせるので、その後はよろしくお願いします」
「ふん、そんなことせずとも印が4つ付けられたらすぐにわかる。君たちは余計な心配せず印をつけに行くことに専念しなさい」
「はい、それでは。・・・よっと!」
先にマーシュが地下へ軽快に飛び降り、続いてクレアが少しは警戒しなさいよ、と愚痴を入れてから慎重に梯子を下りていった。
地下室は薄暗く冷えた空気に包まれていた。さらにワインが貯められた樽からは芳醇な香りが漂うが、2人の血の臭いが余計に際立った。
申し訳程度の細長い窓からしか光は入らない。
通気窓は庭側に面しているため、仮に窓を開けてしまえば蜂たちが入ってくるかもしれず、下手なやり方で、外の様子を伺うのは危険である。
マーシュは庭側の扉、クレアは反対側の扉の側にしゃがみこみ、2人はポケットから半分のチョークを出した。
「おい、クレア。そっちの外はどうだ?」
数メートル向こうにいるクレアに向かってマーシュは声をかけた。互いに相棒の姿は暗くてよく見えてはいないが、2人の声色に怖じた様子は無い。
音を立てず小さく扉を開けて、クレアが外を伺った。確認が出来ると、またそっと扉を閉めた。
「そうね・・・密林みたいには、なっていないようね。ここから出て行けば四スミの内『3つ』はいけるわよ」
「はっ・・・!そうかいそうかい、こっちは1つチョークをつければ良いわけだ。こりゃ楽だ!・・・ただし、危険地帯の密林を無事に突っ切ればの話、だがな」
「私がつけに行く?マーシュ」
「よせやい、お前は怪我しているだろ」
「・・・かすり傷よ」
「どうかな。もし大したことないなら、梯子を降りるのはもっと素早く降りてたぜ。ちょっとトロくさいなと思ったのは俺だけか?」
そこまでマーシュが言うとクレアは何も言い返さなかった。図星だったクレアはため息1つつきながらチョークを手の中でクルクルと回していた。
「無理するなよ。相手はCランクモンスターなんだぞ?俺は意外とそこまで鈍臭くないぜ」
「どうかしら」
「へっ、良いからけが人はのんびり印をつけに行きな。3つ分、忘れるなよ?」
「そっちこそ死なないでよ?この前貸した靴のお金返してもらって無いんだから」
「こんな時にしょうがねえやつだな」
2人はいつもどおりの会話を交わす。それから呼吸を整えて心を落ち着けてから同時に扉を開けて飛び出した。




