ソル・グレンジャーの執務室にて
お待たせしました。
これからは少しずつピッチを上げて投稿していこうと考えてます。
都市ロメオの街門脇の扉を通って、マーシュ、クレア、ジャックの3人は大通りを進んでいく。まだ朝方なので起きている人間は少なく、人の通りはあまりない。門で応対してくれた警備兵の顔にもどこか眠たさがあったのだから、起きているとしても、商店の奥で準備をする下働きくらいだろう。
大体の店は閉まっていてしんとしているが、例外な場所が1つある。冒険者ギルドはいつ依頼が来て、いつ冒険者が利用するとも限らないので、基本的に24時間365日活動している。そのまま冒険者ギルドに直行した3人は、討伐したゴブリンと大爪ネズミの素材だけ換金して、その後はマーシュの知り合いの『珍獣マニア』に先ほど捕まえたピッターフロッグを売るつもりだった。
「さすがにこんな朝早くから人がいるわけねぇしな」
ギルドの入り口扉を開けてマーシュがそう言ったが、その言った通り、冒険者の姿は1人も見えず閑散としている。ギルド内には受付嬢と食堂のコックが居るだけだった。昼時や夜と比べてとても静かなもので、厨房の奥から仕込みの音が聞こえるだけだ。
受付嬢にしっかりと切り取って持ってきたゴブリンの耳や大爪ネズミのツメを渡して換金した。1つ1つの値段は少ないが討伐量は多かったので、合計して銀貨2枚を得た。
マーシュが手にぶら下げている鉄カゴを見て、新米の受付嬢のラーランが興味深げに訊いてきたので、マーシュが捕まえた経緯を話した。
街の外での生活の話をすると、受付嬢の中でも最年少のラーランは興味津々といったように、楽しげに目を輝かせていた。毒々しい色合いのカエルを目にして、怖じ気もせず捕まえたときの話を訊きにくるところは、さすがにギルド嬢と言えるだろう。
「じゃあなラーラン」
「はい! また面白いお話を聞かせて下さい!」
「おう、その時はこんなカエルじゃなくて、可愛い動物を見せに来るよ」
そうしてマーシュがようやくジャックとクレアのところに帰ってくると、クレアはやれやれと言いたげにしていた。マーシュはラーランに聞こえない大きさで言った。
「なんだよクレア、別に仲良くすることぐらいいだろ」
「そうねえ、それだけならいいけど『マーシュさんかっこいい』って言われたいんでしょ?」
「そりゃ言われたいよ。あんな可憐な女の子の口からそう言ってもらえたらそりゃ幸せさ」
「言い切ったわね」
「言い切りましたな」
「……むしろ清々しいだろ?」
そんな軽口を叩き合いながら、3人はギルドから出てカエルを買ってくれるマニアのところへ行こうとした。集めたモンスターの部位は換金も済ませ、テントも返却したのでもう用はない。
さて行こうか、とマーシュが扉を開けたその時、階段を下りてくる音とともに呼び止められた。
「ちょっと待ってくれ君たち!」
3人が振り向くと、2階へ続く階段を下りながら現れたのは金属鎧と長剣を身につけた大柄な男だった。緑がかった短い髪に、右頬から右耳にかけての大きな火傷を見れば、この都市ロメオにいる人間なら、すぐに彼がアンソニー・ホンバットだと分かるだろう。
マーシュとクレアは一瞬戸惑った。自分たちと面識が無く、はるかに高クラスのホンバットがどうして自分たちを呼び止めたのか分からなかった。
2人はジャックがホンバットに一礼した姿を見て、1週間前にジャックが、ホンバットと会ったと言っていたことを思い出した。
「おはようございます、ホンバット殿」
「ああ、おはよう。一週間ぶりだね。……それと、マーシュ君とクレア君で間違いないね?」
「はい、あの、1週間前にジャックがお世話になったようで、ありがとうございます」
緊張した口調のクレアだったが、ホンバットはにこやかに笑いながら「別にかしこまらなくても」と言った。
「いやいや、呼び止めて悪いね。君たち3人に用があって待っていたんだ。ここ1週間見かけなかったけど、どこかに行っていたのか?」
「街の外でテントを借りて生活していました。ジャックに色々とサバイバルの知識を教えるために、最近はずっとロメオの外でした」
マーシュが答えるとホンバットは合点がいったようだ。
「それは良いことだ。ただ力が強いだけだったり、魔術が強かったりするだけでやっていけるほど、冒険者は甘くはないからね。知識不足や経験不足で死んでいった者はいくらでも見てきたから……っと、すまない。そろそろ本題に入ろうか。君たちはこれからちょっとグレン、いや、ギルド長の部屋に来て欲しいんだ」
ギルド長の部屋、つまりこの建物の階段を上がって、右奥にある執務室に行くということである。すぐに3人は自分たちがソル・グレンジャーに呼び出されていると分かった。
心当たりは少なくとも3つある。3人とも心の中でそう呟いた。
1つは三眼オーガと山賊たちの件だ。マーシュとクレアが倒したことになっているのに、全員斬られて殺されているじゃないかと問いつめられる可能性がある。
2つ目はウーゴとそのパーティの件だ。これはジャックが先に襲撃された側だったため、あまり責められることはないと考えられるが、それでも4人中3人を殺して、リーダーのウーゴを再起不能にさせたのだ。極端な考え方をすれば、冒険者の人材を削りに来た異国のスパイと言われてもおかしくはない。
そして3つ目は最も頭の中に浮かんだ件だ。1週間前に『はぐれウッドウルフの討伐』を、ある意味で素直に報告した件だ。理由は簡単で、いくら3人が「本当にいたんです」と事実を言い張っても、配合モンスターとエイドスの存在をギルド長が信じてくれなければ、その報告は『虚偽』とみなされる。最悪の場合だが、これはギルド追放とされる可能性があるのだ。
マーシュもクレアもジャックも、あまり顔には出していないが、ホンバットの後ろをついて行きながら、かなり深刻に以上のことを考えていた。
「さあ、入ってくれ」
ホンバットに促されて3人は扉の前に立った。よけてあげたホンバットは今は3人の後ろに立っている。3人はできればここから逃げ出したいところだったが、笑顔のホンバットがそこに立っているので逃げられない。
マーシュがドアノブを回して開ける。覚悟を決めて3人が部屋の中に入ると、正面奥の大きなデスクにもたれかかって、白いムササビと戯れているソル・グレンジャーの姿が見えた。明らかに拍子抜けする行動を目にしたため、始め3人は言葉がちょっと出なかったが、後ろからホンバットに「まあ座りなよ」とソファを示されて座った。
3人が座ったソファの向かいにホンバットが座り、彼の腰に下げていた長剣は膝の上に置かれた。座って腰につけたままでいるよりも膝の上のほうが抜きやすい、とジャックは判断していた。一応、ホンバットは3人を逃がさないつもりだ。
「おいグレン、はやくそのムササビしまえよ。せっかく朝早く3人とも来てくれたんだしさ」
いきなりホンバットが発したギルド長への言葉を聞いて、ジャックはともかくマーシュとクレアは驚愕した。
いくらクラスB冒険者とはいえ、相手はギルド長のソル・グレンジャーであって、易々ととくだけた口調で話せるような人間ではないはずだ。だが、当のギルド長は特に気にした様子もなく言葉を返した。
「もうちょっと待ってくれ。こいつの機嫌が収まるまでな」
「やれやれとんだ過保護っぷりだ。すまないね3人とも」
「いえ全然、お気遣い無くホンバットさん」
ギルド長とクラスB冒険者が目の前に居るという状況だったが、マーシュはまだ落ち着いた様子だった。
「よ~しよしよし、ほらそろそろ戻るぞ……よし」
ムササビをあやしながら席を立ったグレンジャーは、部屋の隅にあるカゴの中にムササビを入れて、パタリと閉めた。そしてデスクに戻って向き直った時には、もう先ほどのような穏やかな雰囲気とは違っていた。
「さて、と。君たち3人がどうして呼ばれたか分かるかな?」
「あまりまどろっこしいことするなよ、グレン。さっさと切り出せば…」
「やっぱり、1週間前の報告は信じられませんか?」
ホンバットの言葉を遮ってそう言ったのはマーシュだった。グレンジャーに向けるその視線と表情にはまだ畏怖や緊張が見られるが、真剣な意志も感じられた。
「……ハッ、そう睨むなよマーシュ君。まだ何も言ってないだろう? でもまあ、正解だ。あの夜、私は部下のビルガー・バインから報告書をもらったんだ。書いていたことには驚かされたよ。さすがに配合された新種のモンスターなんて夢物語かと思ったよ」
あまり真剣に捉えられていないと知って、3人は半ば落胆半ば予想通りといった顔色を示した。だが、ふとジャックは今のグレンジャーの言葉に不自然なところがあったことに気づいた。
「あの、ギルド長殿」
「何だね?ジャック君」
「配合されたモンスターが真に信用出来ないのは別段驚きましませぬ。……ただ、エイドス・セイルズという男のことは、どういったご判断を?」
グレンジャーは配合モンスターのことを信じられないと言っただけだ。もう1つの報告、ディーセント帝国の商人エイドス・セイルズがいたということを、グレンジャーは触れなかったのだ。
グレンジャーはジャックの目を見て、にやっと笑ってから答えた。
「エイドス・セイルズという男が存在した。それはちゃんとウラはとってある。君たちが1週間いない間、何もボサっとしていたわけじゃない」
「察しがついた顔をしているね。そういうことだ、ジャック君。この間、私たちは街にあるただ1つの留置所に足を運んでね……君を襲撃して無残に返り討ちにされたウーゴ君に会ってきたんだよ」
ホンバットが説明すると、マーシュとクレアはなるほどと、ジャックはそれとなくバツの悪そうな顔になってからそっぽを向いた。
決して怒ってはいない口調だが、ホンバットは困ったように言葉を続ける。
「それにしても本当に容赦がないね、ジャック君。あんなに痛めつけるのに手が込んでるなって思ったのは初めてだ……両足の指と利き手の指、それと両目もオシャカになって牢の中でうずくまっているウーゴ君を見て、何だか可哀想になってきたくらいだ。先に手を出したのは彼だけどね。それに、私たちが来た時にはウーゴ君はもう精神的にも結構ガタがきてたから、話を聞き出すのに少し手間取ったよ」
「それはご迷惑をかけました」
「ジャック君、私たちは別に怒っていないぞ。ギルド長として私はむしろ感心しているくらいだ。足の指を全て奪えばまず歩けない。利き手の指も落としておけば武器は満足に振れないし、極めつけに目も潰せば完璧で合理的だ……君の徹底的な『報復の予防』はその慎重で堅実的な性格ゆえかな?」
ウーゴを返り討ちにした事を話だけには聞いていたマーシュとクレアも、さすがにその惨さを感じていて、ぐっと息を呑んで黙っていた。
当のジャックはいつもと変わらない平然とした様子で言った。
「その通りでございます。いらぬ危険は避けるために念を入れて始末するのも、殺さずにちゃんと『どちらが吹っかけたのか』を証明させるのもそのためです。なによりマーシュ殿とクレア殿に変な『とばっちり』がふりかからない」
「だってさ、マーシュ君―――」
そう、グレンジャーがマーシュに何かを言う前に、マーシュが立ち上がるとともにジャックを引っ張り上げた。すぐにクレアも続いて立ち上がり、ジャックは両脇の2人の年上に挟まれる形になり、次の瞬間にはマーシュとクレアに思いっきり頬をつねられていた。
「つっ!? むむ、むぐ」
「なあ、ジャック……なんでこんな事、俺らがしてるかわかるよな? ウーゴたちと殺り合った事はちゃんと教えてもらったが、今の言葉はあんまりだぜ。というか俺よりもクレアが真っ先に怒ってたぜ? まあ俺も結果的には頭きてるから、あまり人のこと言えないけどな」
「別にたいした理由じゃないわよ、ジャック。年下をいじめるような趣味じゃないし、目上の人の前で偉ぶりたいわけでもないわ。そもそもこの人達にそんなお芝居や虚勢が通じるなんてありえないし……いい? 私とマーシュにいつも気を遣うあなたの礼儀はとっても美徳だけど、度が過ぎればそれは無礼であって敬愛じゃない。私とマーシュはあなたの子どもでもお姫様でもないのだから、今後私たちのために『一人でどうにかする』とか『とばっちりをかけない』なんてマネはしないで……ね?」
静かに戒めの言葉を紡ぎながら、グイグイとつねあげるマーシュとクレアは力を強くしていく。
両方のほっぺを思い切りツネられるということは、ジャックはこれまでにも、前世でも一度もなかった。それでも混乱せず、横に引き伸ばされた間抜けな表情のままでマーシュとクレアの言葉を、ジャックはよくよく考えて噛みしめていた。
それから10秒は経ったが、マーシュとクレアはそれでもまだ両頬をつねることをやめなかった。ちなみに、グレンジャーは興味深げに3人の様子を眺めているが、友人のホンバットは放っておいてあげようか止めてあげようか迷っている。
「ふぐむむむ……ッふむぅ! いい加減にしてくだされ!」
そろそろ我慢の限界になったジャックが、両腕を高く振り上げてから振り下ろしてマーシュとクレアの手を振り解いた。つねっていた2人も、特に抵抗しないで手を離した。
「確かに先の発言は無礼でした…申し訳ありませぬ」
「ん、分かればいいのよジャック」
「そういうことだ。お前さん風に言い換えるとだな、いらぬ気遣いご無用、侮る無かれってやつだ」
「…はい」
つねられて赤くなった頬をしきりに撫でながらも、ジャックは素直に謝った。クレアもマーシュもそれ以上怒ったりせず、つねったことを変に謝ることもせずソファに座り直した。
「ギルド長、ホンバットさん、見苦しい所を見せてすみませんでした」
「うん? いや全然構わなかったよ? もっと続けて見せてくれれば良かったのに。なあ、ホンバット」
「ずいぶん根性が悪いなグレン。年長者に怒られている少年を見て楽しむなんてだいぶ嫌なやつだな。そんなところがあるからやっぱり友人が少ないんだ」
「別にいいだろう。それに結果的に3人の関係性がしっかりと見ることが出来たのだから、手間が省けたじゃないか。そうだろう?」
「そりゃあそうだけども。まあ、これで決まりだな」
手間が省けたと聞いてホンバットは頷いた。ジャックたち3人は、グレンジャーとホンバットが今交わしている言葉の主旨がつかめていないようだ。
ホンバットが3人に向きなおって説明し始めた。
「必要な話がちょっと脱線してしまったからね。本題に戻ろうか。君たちを呼び出した理由を単刀直入に言うと、協力して欲しいんだ。ウーゴから聞き出して、エイドス・セイルズという男が、三眼オーガを買ってディーセント帝国に持っていこうとしていたのは分かった。ちょっと苦労した代わりにちゃんと嘘を『つけないように』したから、そこのところは問題ない」
「どうやったのですか?」
「それはまあ、企業秘密だ。で、エイドスという男はこの都市ロメオに現れたり現れなかったりを繰り返していたらしく、寝起きは、都市から離れた所か、もしくはよほど隠れ家的なところを、貧民街あたりに手に入れたかのどちらかだろう。君たちの報告書によるとエイドスは木こりのフルクが住む小屋を『死体置き場』として利用していたとあるが……どんな風だったか詳しく聞かせてくれないか?」
「どんな風? ええと、正方形の穴が掘られていて、それを床板で隠していました」
「どんな死体を保管していた?」
「それは、はっきりと分かります。旅人や冒険者風の男たちの死体、それと色々なモンスターの死体。かいつまめば、明らかに女性や子どもの死体はありませんでした」
「なるほど。なるべく体力のあるほうが、その『配合モンスター』には効果的なのかな…」
「フルクの話では、人間と掛け合わせた大爪ネズミの例は見たことがあったらしいです」
「へえ、モンスターどうしや人間とモンスターの合いの子でもアリなのか。厄介だな、屈強な冒険者も狙われる危険が出てくる。もしかしたらすでにその死体置き場の死体に冒険者が混じっていたかもしれん」
ホンバットはそこで一旦話を止めて、グレンジャーに「飲み物くらい出してくれよ」と言った。すると、またもやグレンジャーは面倒くさがって、自分は一切動かず魔法の力のみを使って、4人分のお茶を淹れてテーブルの上に出した。
ちなみに魔法による一連の動きを説明すると、棚の扉が開き、ティーカップ4人分がフワフワと浮いてテーブルの上に静かに着地する。それから紅茶を淹れた時は、さらに奇怪にも茶袋がポンと棚から飛び出して、カップの中に飛び込んだ。そして、どこからともなく空中に水の塊が現れたかと思うと、その塊から熱い湯が流れ出て、最終的に紅茶4つが出来上がった。
淹れたての紅茶はストレートで、マーシュとジャックは気がつかなかったが、クレアはこの紅茶がただの安物ではないことに気づいた。この執務室で紅茶を飲むことに慣れたホンバットは水を飲むように一気に飲み干していた。
すぐにホンバットが飲み終えた紅茶のカップをカチリと置いて話を再開した。
「さて、君たちに協力してほしいのはただの情報提供なんかじゃない。それは分かるね?」
「はい」
「率直に言えば戦力になって欲しい。いいかね『戦力』だ。エイドスという男だけでもBランクのラプターウルフ程度の危険度があり、配合モンスターという前代未聞のモンスターを創造するという技術が残っているという可能性、その可能性がちょっぴりでもあるのならば、準備に越したことはない。君たち3人もこれからエイドスと配合モンスターを迎え撃つ戦力になってくれ」
「……お待ち下され」
手を挙げてそう言ったのはジャックだった。ホンバットの真剣な面持ちからするに、断れるような状況でないことは知っている。マーシュもクレアもそうだ。だがしかし、ジャックがどうしても気になってしまったのは、ホンバットが『エイドスが生きていると確信している』というようなニュアンスで話していたからだ。
「あの、その、ホンバット殿その口ぶりからすれば、まるでエイドスが生きていると…」
「ああ、そうだよ。十中八九エイドス・セイルズは生きている。詳しい状態までは分からないが、死んではいないのは確かだ。調べるのに2日はかかったが」
その言葉を聞いたマーシュとクレア、そしてジャックの3人は驚くが、心のどこかでやはりと思うところがあった。
もしや、まさか、とは考えていたのだ。死体が消えていたことでエイドスが『何となく』死んではいなさそうなのは感じていたが、実際に教えられた時の衝撃は強い。
「あの、それもどうやって知ったんですか?」
次に質問したのはマーシュだった。その疑問に答えたのはホンバットではなく、先ほどから会話に参加しないで本を読んでいたグレンジャーだった。
「私の魔術を使った。都市ロメオには居ないが、半径10km圏内に1匹だけラプターウルフの生命反応があったからな。そもそもラプターウルフはピルカ王国とディーセント帝国に棲息していて、ここファルス王国でも南部の地域にわずかに棲息している、とても珍しい種族だ。迷ってここまでやって来る個体などいるはずもないのだから、その1匹の反応こそが、そのエイドスという男だと考えている。そして逃げずに時たま魔力を隠して徘徊しているのだ。おそらくだが…まあこれも『そのラプターウルフがエイドスだったら』という仮説の上での話だが、おそらくヤツは国に逃げ帰るつもりはない」
「ピンポイントに調べることは難しいですか? こちらから行けばエイドスの目的が分かると思います」
「マーシュ君、いくら私がギルド長でも出来ることと出来ないこともある。第一な、探知式の魔術は不得意だから結構消耗するんだ。さらに不得意ゆえに一々魔導書を開いて、手順通りに読みながら使用するから余計に時間がかかってしまう。そして結局どうする? 3人はエイドスという男とはもう一戦交えたのだろう? 生きていると知るとやはり怖いものかな? 私とホンバットは、君たちがエイドスに『もう一度狙われるだろう』と承知の上で戦力になってくれればなと考えている。嫌なら良い。どこか遠くに逃げればエイドスと会う可能性は減るだろう」
「今、決めなければいけないですか?」
マーシュの言葉に、ギルド長ソル・グレンジャーは静かに頷いた。
出来れば『蒼き駿馬亭』でジャックとクレアと3人で話し合って、よくよく相談してから決めたいとマーシュは考えていた。
マーシュは横を向いて2人の様子を見た。ジャックはギルド長の言葉を受け、眉をピクリとも動かさず黙っている。クレアは戸惑っているようで、その気持ちをマーシュはよく分かる。
なにせエイドスにいきなり蹴られて気絶させられ、フルクの人質に取られ、さらには一番危険な『燃え続ける』エレファントバードと戦っていたのもクレアだからだ。
「返事は後日、なんてことにしたら、君たちは仲が良いからちゃんと3人で話し合うだろう。それは良いことだ……でもね、その最中で君たちはありありと戦ったときのことを思い出す。誰だってそうさ。たとえ熟練の冒険者でも軍人でも、思い出すことがトリガーになって、その道から外れてしまうことが多々ある。結局恐怖に負けることがある。だから今、決めなさい」
グレンジャーの言葉は教師めいていて、かつ的を射ていた。図星だった。ウッドウルフ討伐だと思って、意外な強敵に襲撃されたあの夜。思い返せば誰だって死んでもおかしくはなかった夜であり、現にこの一週間、マーシュとクレアに至っては、それが夢に出てくる事だってある。
チャイコンイモムシやエレファントバードに追いかけられ、逃げ切れずに食い尽くされた、という瞬間で目を覚ますこともあったのだ。ジャックはエイドス・セイルズが現れる夢を見なかったが、エイドスの死体がなかったことに嫌なしこりを感じていたのは確かだ。
「どうする?」
マーシュは、ジャックとクレアに訊いた。クレアはまだ決められないわよと小さく答えた。
「じゃが、逃げるのも大して良く思えませぬ」
ジャックはそう言った。クレアはジャックの意見を聞いて「それはそうだけど」と返してそれっきりになった。
ホンバットは真顔で、グレンジャーはどことなく試すような視線で3人を見ていた。
ジャックとクレアは何となく意見が違う。その様子を見ていたマーシュは板挟みのように感じていた。少しの間3人は迷っていた。グレンジャーはため息をつきかけたのだが、沈黙を破ったのはクレアだった。
「………やります。Bランクモンスターだろうと、何だろうと戦います。ロメオの冒険者として、逃げません。ですが私たちを弾除けに使うのだけは勘弁してください」
クレアの言葉を受けて、ソル・グレンジャーは意外そうな顔をしていたが、すぐにニコリと笑って立ち上がった。背の高いグレンジャーが立ち上がったせいで、部屋の大部分が影になった。
「よし、いいだろう」
歩き出したグレンジャーは本棚の中から1枚の手紙を出して、ホンバットに向けて魔法で飛ばした。おっと、と言いつつもホンバットが軽々とキャッチする。
「ギルドにとって冒険者は大事な宝だ。利用して捨て駒にするようなことはしない。このソル・グレンジャーの名にかけて安心してくれ」




