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人の持つ牙  作者: 赤胴貫介
都市ロメオ編
25/105

訓練終わりの昼下がり

 治療が終わったラスクには氷をあてがいその上から包帯を巻かれた。白衣を着た女性のギルド員(名はサラ)は「2、3日はそこを痛めないように」と告げる。ラスクは立ち上がってしきりにお礼を言っていたが、ジャックの方を見るとすぐに革鎧を身につけて自分の胸を隠した。


 極力ジャックもラスクに視線をくれず、サラに治療代がいくらになるか訊いた。しかし、それを聞いたラスクが慌ててジャックが治療代を払うことを止めようとしてきた。


「ちょっとジャック君、僕が払うよ」


「怪我させたのはこちらだ。マーシュ殿から小遣いももらった事だしな」


「でも稽古をつけてくれって頼んだのは僕だよ」


「あのねえあんた達、治療代を払いたくないって言い合って喧嘩するならともかく、なんで出す方で争ってるのさ…そもそも」


 ジャックとラスクの一向に進まない言い合いを見かねてサラが割り込み、咳払い一つしてからさらに続けた。


「冒険者が訓練や依頼で怪我することなんて、しょっちゅうなのよ。だからいちいち高い治療費を要求することなんて無いし、今回は氷で冷やしてちょっとポーションかけたくらいだから、言い合うほどの金額じゃないわよ。ラスクちゃん、今回はひとまずこの男の子に甘えれば?」


 サラがそう言うとラスクは渋々とジャックの方を見て、お願いしますと頭を下げてきた。別に良いと言ってからジャックはサラに治療代、銅貨5枚を払った。


 それから医務室の扉から廊下に出た2人はまたもや、お互い何となく言葉を交わしにくい雰囲気のままでいた。どちらかと言えば、ジャックがラスクの方を向いてじっと黙っていて、ラスクは目をそらしている。


 たまに廊下を通行するギルド員が、2人をちらりと見てから通り過ぎていく。息を吐いてから先に切り出したのはジャックだった。


「ここで立っているのも邪魔になる。下の食事処で話さんか?」


「そう、だね」


 目はまだ合わせようとはしていないが、ラスクは頷いて返事し、先にジャックが歩き出した。


 ギルド一階の食事スペースの適当な椅子にジャックが座り、ラスクはテーブルを挟んで向かいの席に座った。先に座ったジャックが腕を組んで黙っているのを見ていると、ラスクからすると怒っているようにも、戸惑っているようにも思えて、ギクシャクとした感じがついて回った。


「怪我はまだ痛むか?」


 黙りこくっていたジャックが口を開いた。


 心配してくれることにも何か歯がゆさを感じながらも、ラスクは頷いた。


「うん。あ、でもちょっと痛いなってくらいだから、もう大丈夫だよ」


「そうか、ならば今はそれで良い。だが寝るときくらいは鎧を脱げ。胸を隠そうとして無理に押しつけていたら、治るものも治らなくなるからな」


 さらりと臆面もなく胸のことに触れてきたジャックに、ラスクは少し調子を狂わされた。鎧を剥がれた時のことをまた思い出してしまって、顔の熱がぶり返してきたのをジャックから隠すために、頬杖をついて顔を横にさせてごまかそうとした。


「うぅ、結構ズゲズゲ言うんだね。人が気にしていることを……」


「む? やはり気にしていたのか。男の格好をして冒険者になったのには訳ありか」


 男の格好。その言葉を聞くと、ラスクは痛いところを突かれたようで、さらに緊張した顔つきになった。ジャックからすればそれはもう深い訳があるんだ、と口に出して言っているようなものだった。


 よくよく考えれば、とジャックは頭の中で呟く。


 自分はどうして今、このラスクという少女と同席しているのだろう。冒険者同士が稽古して怪我をするのは、先ほどのサラというギルド員が言うには、ごくごくありふれたことらしい。


 何故なにゆえ俺は、たかが5分程度言葉を交わしたり稽古をした人間の素性をこうも知りたがっているのか。


 表情は変えないままジャックが考え込んでいると、ラスクがぽつりと言葉を返してきた。


「聞きたい?」


「ああいや、少しばかり驚いたし気にはなったからな」


「別にそんな変わった事じゃないよ」


「ほう、女の冒険者が男装するのはありふれておるのか? 今度から男が女かどうかよく見ておくか」


 自分でそんな質問しておきながら『それはない』だろうと、内心で自己完結していたジャックだったが、真っ先にクレアが思い浮かんだ。


 どちらかと言えばあのクレアも、女らしいところよりも男のような凛々(りり)しさが先に出る気質だ。前世で見てきた女性にょしょうと比べれば、クレアの格好や行動はとても男勝おとこまさりだ。


 ジャックのそんな質問を受けて、ラスクは思わずぷっと噴き出してから答えた。もうおどつきは解消できたようだ。


「いやいや、みんながみんな男装するっていうのとはちょっと違うんじゃないかな。僕の場合、僕自身が未熟で、女の格好をしていたら何かと危ないからってことだね。ま、そういう意味では『ありふれてる』って言えるかな」


 返ってきた答えはジャックが知っている者よりももっと実用的な、危険を避けるための対策だった。ラスクの男子に扮したそのワケは、あの機敏で容赦なく2本の短剣を振るうクレアとはまた違っていた。


 思わず根本的な疑問がジャックの内に沸き上がる。


 前世で女は内から家を守るものという常識が働いたからなのか、それともラスクのような(ジャックからすれば)あどけない少女だったからなのか――――後から気づいたが、この時のジャックは、どこか親爺おやじくさい説教めいた口調で質問してしまった。


「冒険者をすることは? それ自体が危険だぞ。ついこの間冒険者になった俺のような若輩じゃくはい者が言うのもどうなんだと思うが、おぬしは死の危険がある冒険者に、すでになっている」


「それとこれとは話が別だ。僕にとって男の子の格好をしたのは、目的のための必要な工夫だよ。モンスターに食い殺されるのも恐ろしいけど、それより、男に喰われて殺されるほうが悔いが残るんだ。鎧を剥がれて驚いたのはジャック君を信用出来てなかったからだ。ごめん」


「ほう」


 信用されてなかったと言われて、逆にジャックはラスクの見方を改めた。意外にも警戒心があったことを知り、ジャックはただの関心から感心へと変わってきた。


 先ほどのとがめるような表情も緩んだ。しかも「ほう」と小さく感嘆の声を上げていたのだ。それからジャックは「ずいぶんな目的があるんだな」とつぶやいた。


 ラスクは別段変わりのない様子でいたが、ジャックのつぶやきを耳にしてくすりと笑った。同じくらいの大きさの声で「そうだね、だからこそ冒険者になってやるって決断できたことだし」と言った。


「それでラスク、おぬしはどんな目的で冒険者になったのだ?」


「それは、ちょっと言えないかな。……ごめん、用事を思い出したからそろそろ行くね。訓練、ありがとう」





 昼下がりの太陽が輝く青空を、通りを歩くジャックが見上げていた。端から見ればどことなくぼーっと考え事をしているようだが、もちろん本人に意識はちゃんとある。ジャックの足は『蒼き駿馬亭』にちゃんと向かっていた。


 不思議なことにジャックは、空を見ていても通行人をするするとすり抜けて一切ぶつからない。


 いくらラスクとの会話の内容を思い出して呆けていても、今歩いている市場がいくら通行人でごみごみとしていても、危なげなくジャックは進んでいく。人とぶつかるほどジャックの運動神経は鈍っていないのだ。


「おっと悪い」


 だが相手からぶつかって来たならば、話が全く変わってくるのだが。


 すれ違いざまにそう言って離れようとした中年男の手首を、ジャックは即座に掴んで問答無用にねじ上げた。予期していない痛みだったからか、変な叫び声を上げた男は、たまらず右手の中から銅貨の入った袋を地面に落とした。


「それは、俺の物だ。スリをするにはお粗末だな」


「なっなーっ…っ急に何だよ小僧! 言いがかりはよせよぉお!」


 逆上したスリ男は抵抗しようとしたが、何か動き出す前にジャックが足を払って倒して背中に乗り上げた。じたばたと動く手が煩わしいので、手の甲に肘を一発入れると男は動きを止めた。


 周りにいる人間は怒鳴り声を上げた男に反応してざわつき、その人々の視線はジャックと男に集中する。そして人々は巻き込まれまいと後ずさり、人混みの中に2人のための円が形成された。


 マーシュからもらったお小遣いの金額は、ギルドを出てラスクと別れた時にとりあえず数えておいたのだ。ジャックは男の背に座り込みながら、袋を拾ってこぼれ出た分も拾って入れると、元の重さに戻った。


 ふうと息を吐いてから袋の口をもう一度結び直し、これ以上用がないジャックは立ち上がって歩き始めた。


「おぉい…待てよ」


 少し後ろで、立ち上がった音とともに震えた声が聞こえてくる。男は懲りていないようだが、ジャックは見向きもしなかった。


 周囲の人間のざわつきや悲鳴、それと男の荒い鼻息や息づかいで、すでに男が刃物の類を出したのは大体わかる。


 ジャックはそれを知りながら、そのまま男が向かってくれば指か耳を落としてしまえばいいと考えているので、先ほどと変わらない足取りで『蒼き駿馬亭』に向かう。


「んのぉッ! 小僧がぁッ!」


 案の定、こちらに向かって猛然と駆けてくる音が聞こえてくる。足音が途中で遮られたりしていないので、通行人は全員恐れて避けてるのだ。


 やれやれとため息をついて、いざ曲剣を抜いて振り向いたその時だった。


 ゴツリとした打撲音が鳴った。その直後にスリ男が走ってきた勢いのまま倒れこんで、ジャックのすぐ足下に転がった。うつぶせに倒れた男の後頭部を見てみると、わずかに血が出ていて、正確に気絶させるためだけの一撃の跡があった。


 『かなりの手練れに違いない。少なくともウーゴ以上だ』


 打撃痕を見てそう判断したジャックは、評価もそこそこに済ませて、人混みの中にいた人物に目を向ける。


 スリ男に一撃を当てて気絶させたであろうその大男は、周りの人間よりも、軽く頭一つは大きくて飛び抜けている。黒に緑がかったその髪は、湿地帯の水草を連想させた。


 やがて周りの人々も、ここでようやく、スリを働いて少年をナイフで刺そうとした暴漢を倒したのが、そこに居た大きな人物だということを理解した。


 ぬっと人混みから出てきた男は金属鎧を着ていて、とても大柄だった。縦もそうだが横幅もそれなりに大きく、腰には長剣を差している。右頬から耳にかけての派手な火傷にはんして、その表情はいたって柔和だった。


 歳は30半ばを越えた辺り、雰囲気からしてベテランの警備兵というのも思い浮かんだが、やはりギルドにいる冒険者のような匂いだ。


「いやあ、ふう、間に合って良かったよ」


 男は安堵の言葉を吐きながらジャックに近づき、倒れているスリ男の近くに転がるナイフを懐にしまってから、ジャックに話しかけてきた。


「一応聞くけど、もちろん怪我なんて無いね?」


「ええ。あなたも冒険者ですか」


「そうだ、私の名前はアンソニー。『アンソニー・ホンバット』という。今のちょっとしたお節介は、君のためじゃなくて自分のためだから、特に気にすることもないよ」


「というと?」


 ジャックに襲いかかってきたスリ男を気絶させた本人が、なぜか自分のためだと言った。


 ジャックが怪訝な顔で理由を訊くと、ホンバットはジャックのななめ後ろの方を指さし、それに従ってジャックもそちらの方を振り向く。


 そこには肉焼きの出店があり、鉄板の上で焼かれている4枚の肉は、ジュウジュウと香ばしい音を立てて焼かれている。その出店の主人は、いまだ騒ぎの戸惑いが収まっていない様子だった。


「あそこの肉を買って、家で食べるのが楽しみでね。2、3日に1回はそれを買いにここに来るんだ。もしもジャック君がこの男の首……はさすがに無いだろうが、それでなくとも、腕とか斬り飛ばしてしまっていたら、あのステーキにこの男の血が飛び散っていたかもしれないだろう? それだけは避けたかったんだ」


「なるほど、それはお手数をかけました。しかしこの男、俺にはとるにたらない人間だったので、腕を斬ってまで黙らせるつもりはありませんでした。耳もしくは指を狙っていました」


「ふふ、そうかね。ならば手を出さなくても良かったかな」


 ホンバットはそう笑ってからジャックの横を通って、出店の前で肉を買った。袋に入れてもらった肉は4枚で、つまり鉄板で焼いていた肉を全て買ったようだ。


 ジャックのもとに戻ってきたホンバットの顔は、ほくほく顔になっていた。


「どうかね? 1枚だけ食べるか?」


「いや、お気遣いなく。それよりどうして俺の名前を?」


「それくらい知ってるさ。少しは名の知れた冒険者ウーゴとそのパーティを殺した、珍しい黒髪の新入りって有名だからね。さらに私は先ほど訓練場にいたから、じかに君の剣の技量を見ることができたよ」


「その節は少しばかり間違いがありまする」


「ん?」


「確かに俺はウーゴの仲間を殺しました。ですが、ウーゴは殺さず警備隊に身柄を預けたので」


 聞いていた話が少し違ったからなのか、ホンバットは意外そうな顔をしてジャックを見てきた。悪意は無さそうだがじろじろと見てくる大柄なホンバットは、巨大な熊が目の前にいるようにも思える。


 一方ホンバットは、自分の前に立つこの少年の物腰の柔らかさに驚いていた。噂で聞くジャックという少年は、もっとこう、トラブルをよく起こすような残虐な性格で、どこか精神的に欠落がある危険人物と聞いていたのだ。


 ところが実際に話をしたホンバットは、ジャックのそのおとなしさや礼儀正しさにふれて、噂も意外にアテにならないものだと思った。


 それによくよく考えてみれば、このジャックという少年は、訓練場では 自分と同年代の少年と仲良く稽古をしていたのだ。


「ああいや、ジャック君、何も君だけが悪いとか凶暴だとかそんなことでは無くてね、あまりやり過ぎるのもほどほどにねって話だよ」


 急にそう言われて、ジャックは頷きつつもどこか腑に落ちない顔をしていた。


 そこで、大勢の人間の足音がこちらに向かってくるのが聞こえてきた。硬質なその足音は警備隊の革ブーツの音だろうとホンバットは察した。


「警備隊が駆けつけたようだね」


「このノビている男をわざわざ運んで、詰所に突き出しに行く手間が省けましたな」


 人混みをかき分けて現れ出てきた警備隊は全員で7名、みな一律に濃紺の制服と帽子、そして黒鉄の胸当てを装備している。


 警備隊の何人かがホンバットの顔を見て、すぐさま戦場司令官に報告する兵士のような、緊張と畏敬を持った表情になる。


 帽子をサッと脱いで話しかけてきたのは、先頭を走ってきた中堅的な年齢の警備兵だ。


「こんにちはミスターホンバット、あの、知らせてくれたご婦人の通報ではナイフを持った暴漢がいたとの事ですが…」


「この男だね」


 ホンバットがうつぶせになって倒れている男に指を差すと、すぐに3人の若い警備兵が、スリ男に意識が無いことを確認してから両肩と足を担いで運んでいった。


 運ばれていく暴漢を見て、買い物をしに市場に来た周囲の人々も、その場に残っていた警備兵も一安心といった雰囲気になった。


 だが、今までホンバットの大柄な体に自然と覆い隠されていたジャックがひょっこりと顔を出すと、4人の残った警備兵が一様に驚愕する。ジャックを見て猛獣に出くわしたかのような顔をした。


「な…お、お前は……」


「む? ああ、先日ウーゴたちを運び出してくれた方じゃな……その節はご厄介になりました」


 警備兵たちの驚きに対して、いつもと変わらぬ調子でジャックは一礼をしてそう言った。


 ホンバットもこの様子を見て、警備兵たちの心持ちを察した。


 彼らからすればジャックという少年は、ついこの間に3人の冒険者を斬っている恐ろしい人間である。もしも『冒険者同士の衝突は当人たちが責任を持つ』といった規則が無ければ、拘束しなければならない人間なのだ。


 もちろんこのジャックの外見を見ても、にわかには殺人を犯す人間だと思えないだろう。だが、人を斬ったことを否定せず現場を見せてきて、返り血だけで怪我もしてない状態を見たら、やはり恐ろしく感じるものだ。


「ご、ゴホン! ミスターホンバット、この少年とは知り合いですか?」


「う~ん、さっき知り合ったばかりだね。ああっと言い忘れてた。さっきの男はこのジャック君の財布を盗もうとして、ジャック君に取り押さえられたんだ」


「そうだったのですか! そこでこの少年がなんのためらいなくさらに一撃を食らわせたので、あの男はノビていたと…」


「ちょっとちょっとちょっと! 気絶させたのは私だよ」


「え?」


「ジャック君が何に見えているんだね君たちは……彼はお金を取り戻した後は、スリ男を放っておいてその場から離れようとしたよ。まあ、それで怒ったスリ男がナイフを出してきたから、私が横から頭を叩いて気絶させたんだけどね」


「なるほど……ミスターホンバット、ありがとうございます。それとジャック君も……誤解してすまなかったね」


「いえ、お気になさらず」


 気遣われたジャックは警備兵に向けて礼をしてから、ホンバットに対しても礼を言った。


「ホンバット殿、あなたのおかげでいらぬ疑いは避けられました」


「気にしなくても良いよ。それと、ホンバットさんで十分だ……もし良かったら今度手合わせを願いたいな。君の剣の腕はかなりのものだからね」


「わかりました。だが俺はまだクラスEの新米で、訓練場を自由に使えるわけではないので。…あまり身の入る稽古には不十分かも知れませんが、よろしくお願いし申す」


「ん? あははっそうかそうか、そんなこと大丈夫だよ。僕が言えば20分は開けてくれるさ。さて.ステーキも冷めちゃうし、じゃあまた今度」


 ホンバットはそう言ってにこやかに手を振り、その場から立ち去ろうとした。ジャックは『20分』という意味を一瞬理解できていなかったが、高クラス冒険者ならば訓練場を長い時間独占できると言っていたラスクの話を思い出した。


「ホンバット殿! 失礼でなければ、あなたのクラスを訊いてもよろしいか?」


 呼び止めたジャックの声はなんとか聞こえたようで、人混みの中に入ろうとしたホンバットは振り返って答えた。


「ん? ああ、私のかい? 今のクラスは『B』だよ……と言っても、半年前にようやく昇格したばかりの、ホヤホヤのBクラス冒険者だけどね」


 そう教えてからホンバットは人混みの中に姿を消した。ジャックはホンバットがただ者でなかったことに納得してから、いつまでもここに居る用もないので『蒼き駿馬亭』に戻ることにした。


 ジャックは見た目こそ15歳の少年だが、前世では50歳を越えた初老の男だった。やはり精神年齢が老けているせいか、じいっと長考して物を考えるくせがいまだに残っている。それこそぼさっとした様子に見られるため、スリからも狙われた。


 それでもジャックは宿に到着してマーシュとクレアの居る部屋に入るまで、色んな事を考え込んでいた。


 クラス『B』という単語を聞いてジャックがまず思い浮かんだのは、ホンバットの無駄のない暴漢への一撃だけではない。あの大柄な動きに似合わず即座に人を昏倒させたのはさすがクラスBといったところだろう。


 だがジャックが忘れていなかったのは、クラスB冒険者が討ち取るはずの実力を持っていた、あのエイドスという狼男の姿であった。


 一度は倒した相手だった。それでもジャックの気分はなぜか優れない。


 エイドス・セイルズという人狼は、この世界で初めてジャックを殺せる可能性がある男だった。まぎれもなく不意を突かれて一度は蹴り飛ばされたし、それでなくとも、真正面から戦っても内蔵を蹴り潰されそうになったのだ。


「やつの死体は消え、行方も知れない…か」


 そして昨晩の事を思い出して、誰に言うわけでもなく、小さな声でつぶやいたジャックだった。だが、本当にちゃんと声になって発したつぶやきだったのか、自分でもよく分からなかった。


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