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人の持つ牙  作者: 赤胴貫介
ディーセント帝国・騎士団編
101/105

海辺の洞穴

お待たせしました!

連続投稿2話目です!

 女将軍シャルロットが『サジタリウスの明星』を、ヴェルティアの上空に発生させたことに、ジャックとハル・イブリッツも気づいていた。


「ハル、あれはなんだ?」


 ジャックが雷光の星々を指差してハルに訊く。


「どうやらあの光はヴェルティアの真上にあるらしいね。あんな魔術が撃てる人間は、将軍シャルロット・モルトしかいないはずだよ」


 ハルはそう答えると手綱を引いて馬を止めた。ジャックもそれにならって馬を止める。


 2人の右側は海岸線になっている。他の出場者と戦闘になることをなるべく避け、一直線にヴェルティアを目指すのではなく、南側に多少の迂回をしながら海岸線のルートを選択した。


 もちろん大多数の出場者が通っているように、北側の最短経路で野山を越えて行った方が速い。しかしその代わり魔物に遭遇しやすくなり、出場者どうしの戦闘にも巻き込まれやすくなる。


 ジャックとハルはそのリスクを減らすために、起伏も人通りも少ない海岸線を、何日も何日も東に向かって走り続けてきた。左側が野原、右側が砂浜と海になっている景色ばかりだったため、我慢強いジャックすら退屈な風景の連続で飽きてきたほどだ。


 おそらくジャックの前世でも、これほど単純なルートの旅はなかっただろう。だが、そのおかげで大した疲労もなく他の出場者より早くヴェルティアに向かえていた。


 現在、ジャックとハルはヴェルティアまで半日という距離まで到達している。ラスクとルイーネを含めたトップ集団と、残った距離だけは同じなのだ。


「ようやくここに着いたね」


 ハルがそう言って見上げたのは高い岩の崖だった。崖は波に削られて反り上がっており、登ることは到底不可能な障害物だ。


 また、砂浜はここで途切れているので、ここから東に進むためには、来た道を引き返して迂回しなければならないだろう。


 しかしジャックとハルは躊躇うことなく前進する。崖は砂浜を完全に寸断しているので、2人は海辺に進路を変えて進み、そのまま海に入っていく。


「今は干潮だから、多分なんとか進めるはずだ」


 ハルの呼びかけにジャックは頷く。2人の馬は海水を嫌がることなく、ジャブジャブと水音を立てて海を進む。そして崖に沿うようにして海の浅瀬を進んでいくと、岩壁にポッカリと大穴が空いていた。


 2人の目的はこの抜け穴を通ることだった。この洞穴の存在を知らなければ、大抵の人間は山野を越えてヴェルティアに向かおうとする。地図上では海岸線はヴェルティアに辿り着く前に崖で寸断されているので、この洞穴を知っている者は少ないだろう。


 ゆえに海岸線を進むルートを選ぶ人間が少ない。こうして余計な体力を使うことなく、ジャックとハルは近道できるということだ。


 そういった情報戦でもハル・イブリッツが他の出場者よりも一枚上手だ。この選考大会で優勝するつもりで出場しているハルにとって、この程度の事前情報を収集するなど当然だった。


「ここだ。あとはこの洞穴を抜ければヴェルティアまで一本道だよ」


 壁の大穴に向かってハルが指差した。ジャックは波の音を反響させる洞窟の奥を見据え、その奥から滲み出る殺気を敏感に感じ取った。


「ハル、この奥には魔物の類もいるようだな」


「もちろんいるよ。この洞穴の中にいる魔物たちは、そこら辺の森にいるやつより強いから油断は禁物だ。近道できるルートといっても簡単に通れるわけじゃないよ」


「承知した、ならば俺が先行しよう。俺の刀ならば洞穴の中でも小回りが効くからな」


 そう言ってジャックは下馬して馬の手綱を引き、洞穴の中に入っていった。ハルも馬から降りて、徒歩で洞穴を進むことにした。


 入ってみると洞穴の中はそれなりに広かった。自由に動き回ることはできないが、なんとか馬も通ることができる広さだった。


 この洞穴は人工的に掘られた通行用の古い洞穴のようで、朽ちかけた石段や鉄骨の支柱がまだ残っている。かなり年代は経っている洞穴だが、人間2人と馬2頭が通るくらいなら問題ないだろう。


 先頭を歩くジャックは左手でソルダートの手綱を引いている。前方を照らすためのランプは左肘にぶら下げ、抜き身の刀を右手に握っている。


「意外と魔物が襲いかかってこないな」


 そうジャックが呟いたがハルも同じ考えだった。警戒心が強いジャックほどではないが、ハルも洞穴に入れば魔物の襲撃が来るはずだと思い、いつでも応戦できるように警戒していたのだ。


 しかし2人のその予想に反して、洞穴の奥から敵がなかなか現れない。奥に入るほど明らかな殺気や敵意を感じるが、洞穴の中は水を打ったような静寂が広がっている。


 得体の知れない不安がありつつも、2人の少年は闇が続く一本道を確実に進んでいく。洞穴の奥にどんな怪物が潜んでいようとも、この2人は真っ向から迎え討つ覚悟を決めている。


「ハル、なにやら水の流れる音が聴こえるぞ」


「僕も聴こえてるよ。より足元に気をつけてくれ。もしも深い水場に馬が落下したら、この大会を棄権することになるからね」


「あい分かった」


 ジャックはハルの忠告通り足元に注意して、実に慎重に歩を進めた。水の音が聴こえてから20mほど進むと、左右から岩壁がせり上がった場所に着いた。


 壁と壁の間はとても狭くなっていて、ハルよりも身軽な装備のジャックですら、狭すぎて通るのが難しい。そして先ほどから聴こえてくる水の流れる音は、この隙間の向こう側から響いている。


「これでは馬が通れぬな……ハル、少し下がってくれ」


「分かったよ」


 ハルはジャックの指示通りにした。ジャックは肘にかけていたランプを足元に置いて、刀を両手で握って上段に構えた。


「ふぅぅ……」


 呼吸を整えて刀を構えるジャックから魔力が滲み出る。ジャックの刀は魔力を込めることで斬れ味を増し、ジャック自身の身体能力も、刀から循環する魔力によって強化されていく。


「……しッ!」


 己の心すらも刀と一体化させたジャックが、気合いとともに刀を振るう。鋭い太刀は右側の岩壁を容易く切断し、馬も通れるくらい広い道ができた。


「うん、お見事」


 後ろで見ていたハルがジャックに親指を立てる。ジャックも頷きを返してから、再びランプを掲げて歩き出した。


「これで馬も通れるはずだ。さて、進むぞ」


「ああ」


 2人はそれぞれの馬の手綱を握り、岩壁で馬が傷つかないように丁寧に誘導する。立派な体格を誇るといえども馬はデリケートな生き物であり、2人はそれも理解している。本来ならばこういった暗闇の中に入らせるのも、馬のストレスを増やす要因になる。


 そのため2人としては慎重かつ素早く洞穴を抜けたいし、魔物への応戦も必要最小限にするつもりだ。


「また広いところに出たものだな」


 ジャックとハルが岩の隙間を抜けると、洞穴の高さと幅が一気に大きくなった空間に出た。天井は3mを越えていて、横幅も槍を振り回せるほど広々としている。


「けど、危険なことには変わりないね。足を滑らせたら一巻の終わりだ」


 ハルが持っていたランプを右側に掲げると、そこから先は険しい崖になっていて、その下では激しい水流が洞穴の入口側に向かっていた。岩すら削り取ってしまうのではと思うほど荒れた水流である。


「山の湧き水が洞穴に流れ込んでいるのか?」


 ジャックもハルと同じく右側の水流を見下ろしている。


「うん、そうだね……この急流は洞穴の下の方に流れ続けて海へ行くようだ。ここは洞穴でもかなり奥のところだろうから、もしこの流れに落ちてしまえば、海に流れ着くまでに溺れ死ぬだろうね」


「それだけは避けたいが、道はなおも狭いままだ。左に寄って壁伝いに行くしかないな」


 この空間は右側が広々としているが、左側は依然として岩壁が続いている。足場はほとんど広がらず、馬も人間も1列になって通るしかないほどだ。むしろ右に転べば地下水流に溺れて死ぬという状況になったので、危険度はより増したと言えるだろう。


 特に足元を照らして足場が崩れないことを確かめつつ、ジャックとハルは壁に体を寄せて前へ進む。


「出口までどのくらいだ?」


「このまま何事もなく歩けば10分くらいで出れるよ」


「何事もなく、か。そういくと良いな」


 ふぅとジャックがため息をつくと、洞穴の奥からボチャンッという水音が聴こえてきた。音の様子からしてこぶし大の物が落ちたようだった。


 しかしジャックとハルの警戒度は一気に跳ね上がった。何かが落ちた音に対してではなく、その音が響いた直前に感じた敵意に対してだ。ジャックとハルの背筋が粟立つほどの寒気が走り、まだ姿の見えない何かに向かって2人は武器を構えた。


「ハル! お前は馬たちを守れ! 俺が仕掛ける!」


 腕に下げていたランプを地面に置いてジャックは進み出す。ハルは槍を構えながらソルダートとウンディーネの警護に集中する。


 奥にいるものが人か魔物か不明だが、このような足場の悪い暗闇で待ちかまえるとということは、こういった場所でも問題なく戦える存在だということになる。しかも普通の魔物であるならまだしも、並の戦士ではないジャックとハルに鳥肌を立たせる相手が待ち伏せしているのだ。


「……ん?」


 前に進むジャックとの距離が3mほど離れたとき、ハルは地下水流の上流から小さい何かが流れてきたことに気づいた。かなり速い速度でそれは流れていったが、ハルの目はその小さいものを確かに捉えていた。


「テラーウォンバットの死骸? さっきの水音はこいつか……でも何で死んでいたんだ?」


 ハルが目にしたのはコウモリ型の魔物の死体だった。当然、ただの死体が流れてきただけならハルは無視しただろう。


 だが、今流されてきたテラーウォンバットの死体には目立った外傷が無かった。別の魔物に傷つけられたわけでもなければ、弓矢などの飛び道具で撃ち落とされたわけでもない。ハルはその点に関して違和感を抱いたのだ。


「まさか……」


 嫌な予感を覚えたハルがジャックの方を見た。それとほぼ同時に、ジャックが身体をふらつかせて苦しげに膝をついた。ハルのところからでも分かるほど、ジャックは荒い呼吸をしている。


 ジャックが簡単に膝をつく男ではないと知っているハルは、この洞窟の中にただならぬものがあると確信した。


 ハルは急いで手で口元を覆った。洞窟という閉鎖空間、外傷のないテラーウォンバットの死骸、突然のジャックの体調不良、これらの点を考えるとハルの考えはひとつだった。


「ジャック! もう息を吸うな! なんでもいいから口と鼻を覆え! 有毒なガスか何かが……」


 しかしその呼びかけをジャックは手で制した。ジャックの顔はハルから見えないが、ハルはジャックの耳から一筋の血が流れ落ちたところを見た。


「違うぞ、ハル……塞ぐべきだったのは、耳の方だ……これは毒ではない。今まさに攻撃された俺だけが分かったことだが、これは、音だ」


「音、だって……?」


 音と言われてもハルは解せなかった。自分とジャックが聴こえていた音は水の流れる音と、絶命したテラーウォンバットが水面に落ちた音だけだ。他に怪しげな物音は全く聴こえず、毒物が空気中に散布されていると言われたほうがよほど信じられる。


 それでもジャックは脚に力を入れて立ち上がりながら、自分の見解をハルに訴えた。


「実際に体験しなければ、分かるまい。奥にいる奴は俺たちの常識を超えて、いる……初めはほんのわずかな振動だったが、耳の奥でその振動がみるみるうちに膨張して……弾けた………今思えば、あれは、異様な音攻撃の兆候だったのだ……」


「でも、僕には全然聴こえなかったぞ! 人の聴覚を損傷させるほどの音なら、近くに立っていた僕だってただでは済んでいないはずだ!」


 ハルが言い返すと洞穴の奥から脱力するようなため息が聞こえてきた。奥に潜んでいたのは魔物や魔獣ではなく、意思や理性のある人間のようだ。


「ーーーハル・イブリッツ、私が思っていたよりもあなたは愚かな人間だったのかしら? いや、むしろ相棒のジャックの方が殺し合いに関して柔軟な考えを持っていると考えられる……」


 その声は若く清涼なソプラノの響きだった。すぐそばに激流があるにもかかわらず、みずみずしいその少女の声はハルの耳に届いた。しかし話しぶりは人情を感じさせない冷淡さを秘めていて、まるで薄氷の刃で絹の衣を淡々と切り裂くように言葉を紡いでいた。


「お前は、誰だ……名を名乗れ…ッ!」


 不意打ちの音波攻撃を受けたジャックが声を絞り出す。攻撃を受けたダメージは完全には回復していないが、手負いになって決死となった武芸者ほど技に冴えが増すものだ。いまだ耳鳴りと目眩が続く中でも魔力と気勢が瞬時に沸き上がり、刀を青眼に構えて戦意を示す。


 構えたジャックの前に1人の少女が現れた。洞穴の奥から姿を現した少女の髪は白く、大胆に右側を刈り上げているので、長く尖っているエルフ特有の耳がとても目立っていた。その長い耳には豪奢な大トカゲのピアスを挿し、髪も至る所が複雑に編み込まれている。


 そのエルフの少女は旅装を着込んでいるが、両腕に黒い手甲を身につけ、右手には1本のレイピアを持っている。刀を構えているジャックを前にしても怯む様子はなく、これまでの出場者と一線を画する相手だと2人は思った。


「私の名はホルン・シンフォニア。リベラ領、ウロブ士官学校所属」


 ホルンと名乗った少女はレイピアの切っ先をジャックに向け、壁を背にするように体を半身に構える。膝を軽く曲げて腰を沈ませた体勢は、いつでも敵を刺し貫く備えだ。


『この娘、強い…ッ!』


 構え合った瞬間にジャックは相手の力量を肌で感じた。レイピアを突きつけるホルンの姿は、剣の達人であるジャックから見ても、それほどまでに堂に入っていた。


 激流の走る暗闇の中、エルフと人間の剣士の死合いが始まった。


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