ロイヤル抹茶ティーのすゝめ
僕の彼女は姦しい。3人寄らなくても姦しいって言葉が使いたくなるくらいには、姦しい。
「ロイヤル抹茶ティーって、どう思う?」
読みかけの本から目を逸らさず、僕は即答した。
「抹茶とティーの二重表現」
「はいはい、ロイヤル抹ティーね。ってちがくて! ねぇ、美味しいかな?」
机に身を乗り出してきた彼女のせいで、手元が影になる。暗くなった紙面の上を、あやうく目が滑りかけて、僕はため息をついた。
「英語と日本語の混ざり方が変だし、響きが汚いよ」
どこまで読んだかな。この数式には見覚えがあるけど……ああ、そうか。さっきのを書き換えたのか。やはり間を飛ばしてしまったようだ。ただでさえ不親切な書だけど、内容は文句なく面白い。すくなくとも彼女の持ちこんでくる、どうだっていい思いつきよりは、ずっと。
「ならロイヤルグリーンティー?」
「玉露かなにか?」
せめてロイヤル抹茶にすればいのに。それじゃあ、ただのリッチな緑茶だろう。
ああもう、気が散って仕方ない。バレないようにうつむいてクスクスと笑っていたら、彼女は憤慨した様子で代替案を出してきた。
「もう! じゃあ皇室式抹茶でいいでしょ」
「直訳するなら英国王室式抹茶だけど……きみにしては良い意訳したね。偶然だろうけど」
「そんなことはどうでもいいの! 私が聞いてるのは名前じゃなくて味よ」
「ところで――」
ぱたん、と表紙を閉じながら、ずっと気になっていたことを聞いてみる。
「それ、抹茶ミルクとなにかちがう?」
彼女は、パチパチと目を瞬いて、それから急に腹を抱えてゲラゲラと笑った。僕にはなにがおかしいのかわからないけど。
「気分!」
……ああ、そう。
なんだそれは、と思いながら、もう続きを読む気はなくなってしまって、書斎の棚に本を戻す。
彼女は、まだ笑っている。さすがにもう腹を抱えてはいないけど、にこにこ、にこにこ、妙に機嫌が良さそうだ。
「……なにがそんなに楽しいの?」
「だって、やっと専門書に勝てたから」
ふふん、と得意げに胸を張る彼女に、僕は言葉を失う。
「本の虫を本から取り戻す方法、その四。なんてね」
いつかミステリにリベンジするんだから、と闘志を燃やす彼女を前に、僕自身はとっくに負けている。
やられた、と苦笑い。それから、彼女の仰せのままに『ロイヤル抹茶ティー』を用意するために席を立った。
そういえば、前はコーヒーの定義について、その前がココアの混ぜ物だったっけ。次はきっと紅茶関連だろう、なんて予想を立てるけれど、彼女の発想はいつだって斜め上をいくから、きっと当たらない。
どんな専門書よりも難解な、彼女の行動はミステリー。予測のつかない展開に、つまるところ僕はとっくに溺れさせられていて、ページを捲る手が止まらないのだけれど。
読み終わるつもりはないから、感想を伝える日はきっとこない。