喪失
あの日見た夢を、
もう一度見させて。
ぐるぐると、思考が回転木馬のように回る。
視線だけは、あなたの表情を追っていた。
「今、何て言った?」
私の問いに、あなたは煙草を吹かすだけ。紫煙が立ちのぼる。その向こうに見えるあなたの顔は、いつもと同じ無表情だった。
「何回言っても同じ」
やっと煙草を灰皿に押し付けてくれて、でも、その唇から出た言葉は私の傷を抉るだけだ。ついこの前までは、私に愛を囁いていた唇。私の皮膚を撫で、心地良さを感じていた暖かく柔らかい感触。
皮肉めいた笑みさえ窺えない。
たった一言の言葉で、私達は終わった。
そんな失恋を味わったのは、ひと月前の事。相手の男とは三ヶ月間付き合っていた。
よくもった、友人にはそう言われた。
「あんた、無理をしていたよ、ずっと」
友人はそう言って私の肩を叩いた。
そっか。
私は無理をしていたんだ。
そんな事にも気付かず、幸せに酔い痴れていたんだな。
くすり、と笑う私に友人は半ば呆れ顔で肩を竦める。そして、話題を昨日のドラマの感想に変えていった。見てもいやしないドラマの話に相槌を打つ。知らない女優の演技に、感嘆の声を上げる。
――ねえ、今も無理をしているんだけど、気付いているかな。
新しい恋をすれば、前の失恋は忘れてしまう。
そうだろうか。
三ヶ月間付き合ってきた男と無理を重ねていたのなら、私は前の恋を忘れていなかったのかも知れない。
そう、今もあの人が好き。
だから、また新しい恋を探すの。
永遠に手に入らないあの人だから、新しい恋をして、あの人を忘れたいの。
胸の中がぽかりと空いたような、この虚しさを埋める為に。
あの日見た夢を、もう一度見たいが為に。