汚れた血統種(中)
入学四日目。晴れ。当然だが機嫌が悪い。
私はエメロットから又借りした書籍『妖精猫と生きる』を教室で読み耽る。
妖精猫の生態について多少詳しくなったが、意味は無い。妖精猫の捕縛法は書いてないからだ。ともに生きるための本なので、それは仕方ない。
「あー、フィロちゃんが可愛い本を読んでる系」
なにを勘違いしたのか、休憩時間に馬鹿が来た。
1-Bでエメロットを除いて、唯一私に近づく人物――根木茜だ。脳天気が服を着たようなデコ娘ですわ。
「色々あったけど、同じクラスだし仲良くしようよ。私たちは『暴言吐きあったフレンド』系!」
入学初日の宣言を受け、私は彼女の友達にされた。『暴言吐きあったフレンド』といい、非常に不可解な言葉遣いをする女ですわ。言語変換フィールドに不備があるとも思えないし、日本という国の女は言葉に不自由なのかしら。
「フィロちゃん、妖精猫を飼う系かな」
「まあ、そんなところだわ」
面倒だが会話を交わす。この女は構わないほどに近寄るという、最高に面倒くさい類の女なのだ。超面倒ですわ。
――聞いた。妖精猫を飼うらしいわ。
この妖精猫を飼うという話が、よほど私の印象にそぐわなかったのか、教室のどこからか嘲笑が上がった。いちいち苛つく野犬の群れどもが。
隣席のエメロットが私を見た。
大丈夫よ。喧嘩を売る気はないから。
――私の方はね。
「……あん」
嘲笑に気づくと、私より喧嘩っ早いのが睨みつけた。この女、魔法少女としてヘボの癖に妙に血の気が濃い。さすがはあの野犬の友達ですわ。
「止めなさい。私は構いませんわ」
バカ女の頭に手を置いて、頭をこちらに回す。友達至上主義という、私には理解しがたい感性をこの女は持っている。だから、私は友達になった覚えがないわよ。
「まあフィロちゃんが言うなら、良いけど」
不承不承といった風に納得する女に、『妖精猫と生きる』を開いて見せる。
直ぐに妖精猫の魅力に取り憑かれて、可愛いと言いながらページをめくる。
バカは気楽でいいわね。
「茜ちゃん。身体測定の続きが始まるよ」
休憩時間の終わり際に、馬鹿の保護者が来た。確か青菜という名前だ。クラスメイトなのだが、のっぺりした女なので、印象に残りにくい。
「うん、一緒に行こう」
馬鹿特有の元気の良さで答えると、根木は自席の健康診断表を取ってきた。
「あっ、今日こそ一緒に昼食とろうね。フィロちゃん」
その場の思いつきで振り返り、提案された。
止めなさい。隣の青菜とやらが困惑してるでしょ。世の中、貴方みたいなバカで溢れてないのよ。
「悪いわね。今日も用事があるの」
「えー今日も」
「ええ、間が悪いことに今日も」
「明日は食べると約束系!」
このやりとりも四度目だ。
嫌に決まってるでしょ。野犬と同じ席で食事をする趣味はなくってよ。悪いけど、貴方と一緒に食事をする機会は永遠にないわ。
やがて私たちを除いて全員が教室を退出した。
静かで良い。このクラスは二人で十分だ。私とエメロットがいれば、それで良い。
机に右頬を置いて突っ伏していると、真横で同じように突っ伏すエメロットがこちらを見詰めていた。何ですの、変な格好ですわ。
「良いのですか、お嬢様」
「別にいいわよ」
「じゃあ、今日はベトナム料理を攻めますか」
「昨日のボルシチの二の舞いはごめんよ」
銀髪の従者を連れ立って、最後に教室を出た。
私はいつも通り彼女と二人で歩く。
◆
放課後になると、四度目の捕獲に向かう。
今日の早朝も捕獲に失敗した。
下手に魔法を使うと、野生の生き物を刺激する。
それが早朝の失敗から得た教訓だ。
特にセントフィリアに棲む魔物は、大なり小なり魔力を持っているので、魔力の匂いには敏感なのだ。厄介ですこと。
なので極力魔法の使用は控えて歩く。
ロックボールみたいに温厚なのは良いが、アカサビのように好戦的なのは困りものだ。滑空して襲う小型は面倒だと思ったのですが、エメロットにかかれば無問題でしたわ。
「てりゃっ」
こちらへ滑空するアカサビを、エメロットはチョップで迎撃。
「もう一丁」
そして、足元に落ちたアカサビをミドルシュート!
……魔法少女とは一体何かわからなくなるわ。
「それにしても、今日の施設紹介は退屈だったわね」
「ええ、いまさら図書館の使い方とか説明されても」
施設紹介は不毛な時間だった。
演舞場という施設には多少興味を惹かれたが、フラワーガーデンなどという施設を見て、一体私の何になると言うのか。
「あそこには、うちのお花もお裾分けしますか」
「……悪かったわよ」
第一女子寮303号室。
今、私とエメロットが住む部屋には、色とりどりの花が溢れかえっている。
当然私の趣味でなければ、エメロットの購入したものもでない。
空中レースで移動花屋の売り物をダメにしたお詫びに買い占めた品だ。
あれだけ怒っていたおばさんも、笑顔でニコニコしていた。現金なものだわ。
「あれ全部の手入れするの大変なんですよ」
「いっそう捨てたらどう」
無言のエメロットは、ゴミを見るような目つきで私を見ていた。
止めなさいその目つき。
これでエメロットは、凝り性なところがある。
買ってきた花も、種類分けして配置している。
日のあたり具合やら、色彩の組み合わせを意識しているらしい。
前に気まぐれに水をあげたときも、珍しく怒られた。
花の種類ごとに適量と水やりのタイミングがあると言われた。
知らないわよそんなこと。
「全く、花の愛で方も知らないとは」
「うるさいわね。今は花より、高価な猫よ」
「まあそうですね。金がなければ花を愛でる余裕はありません。本来は」
「……うっ」
根に持っている。この娘は粘着質なので、一度怒らせると分が悪い。
私は今日食べたベトナム料理の話へと話題をシフトして誤魔化した。
会話を続けて歩くこと三十分。
私たちは、初めて妖精猫を見つけた場所に来た。
そこがお気に入りなのか、ボロの妖精猫は、今日も誰の手も届かない木の枝の上にいた。頑なである。何がそこまで駆り立てるのか。
「バカは高いところが好きなのかしら」
「お嬢様と一緒ですね!」
いつも能面みたいなエメロットが、接客業の偽物の笑顔を見せる。
すごくその頬を叩きたい衝動にかられた。
……静まれ私の右腕。
「冗談はさておき。もしかすると、飼い主を待っているかもしれません」
「……飼い主」
その発想はなかった。
この妖精猫が捨て猫だという考えだ。
確かに本来アウロイ高地にいる魔物でないのだ。
大半は猫島で人工的に飼育される種族だ。
と、『妖精猫と生きる』で学んだわ。
「うちで飼いましょうか」
「はっ、何言ってんのよ」
あの守銭奴が驚きの提案を出した。
私の隣にいるのがエメロットなのか疑わしい。
貴方一体誰ですの。
「失礼ですね。私は人間以外には惜しみない愛を注ぐ寛容な人物ですよ。お花に妖精猫に、お嬢様etc」
「人のこと、さらっと人外にしないでくれる」
しかも完全に序列が下位だった。
この娘は一体どういう目で私を見ているのか。
「どちらにしてもダメよ。うちに余裕はないわ。猫なんて穀潰しは置けないわよ」
「大丈夫です。私もっと大きい穀潰し飼ってますから」
「……飼い殺すわよ、この従者もどき」
エメロットが首をひねる。
今のプレゼンで妖精猫を飼えるなんて考える方が、頭がどうかしている。世の少年少女とて、もっと考えて両親を納得させてるわよ。
「どうしてもダメですか」
「ダメよ。第一、女子寮はペット禁止よ」
「寮長を懐柔する自信があってもダメですか」
「ダメよ。本当にやりかねないところが特に」
「こうして上目遣いで、きゃわわなエメロットが涙で目を滲ませてもダメですか」
「……ダメよ。あなたの養殖くさい顔じゃ同情は誘えないわ」
しかし、こうして駄々をこねるのは珍しい。
エメロットはワガママ放題に見えるが実は違う。私に何かを要求することは少ないのだ。たまにの頼み事です。飲んであげますか。
「仕方ないわね。飼っていいわよ」
「ありがとうございます。お嬢様もニヤつきながら『妖精猫と生きる』を読んでましたからね」
なに要らないところ見てんのよ、この従者は。
確かに妖精猫をベッドに入れて一緒に寝たいとか考えたけど、それは本に載っている可愛いやつよ。
「家計をやり繰りした上で、きちんと面倒みるのよ」
「ええ、安心してください。肌に合わなかったら、毛並みを整えて売却します」
「貴方の動物愛はどこにいったの!」
どこまで適当で、どこまで本気かわからない。まあそれはいつものことか。
さて、問題なのは木の上の野犬ですわ。私たちが話を進めても、当人不在では意味がないわ。
「今日こそ引きずり下ろしてやるわよ、この野犬」
小汚い妖精猫に宣言し、勝負を挑んだ。
そして三時間ほど振り回されて、今日も日が沈む。
夜目の利く妖精猫を追うのが難しい時間帯に入り、あえなくタイムアップ。
悔しい、畜生ごときに。
帰り道、エメロットの私を見る目はいつにも増して酷かった。
夢に出そうだ。
妖精猫との仁義なき戦いの記録
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2日午後:○妖精猫―✕お嬢様
3日午前:○妖精猫―✕お嬢様(安定の連敗)
3日午後:○妖精猫―✕お嬢様(残念すぎる)
4日午前:○妖精猫―✕お嬢様(胸が小さい)
4日午後:○妖精猫―✕お嬢様(従者に劣る)
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記録者:主に勝る従者エメロット