金の糸Ⅲ
うつ伏せの状態で組み敷かれること、かれこれ三十分。
私は好き放題に身体を触られていた。
痛い……早く終わって欲しい。我慢しきれない気持ちが手にこもる。じんわりと汗をかいた手が、敷かれたシーツに皺を描いた。
「もう止めて。お願い……だから……っ!」
「でも、気持ちいいのでしょう?」
くっ……最悪ですわ、この従者。
こういうときに限って、喜々として主人を労うのだから。
「痛い痛い! もう少し優しくなさい!」
「あまり力を抜いてはマッサージにならないでしょう。全く、ちょっと運動したぐらいで腰を痛めるなんて、軟弱にもほどがありますよ」
「ぐっ……っ!」
二重の意味で痛いところを突かれてしまった。
リアの誘いを受けて、箒部とやらの一日体験を決めたまでは良かった。謎の箒教団の活動に興味がなかったといえば嘘になるし、それに高を括っていた部分もある。
しょせんは野犬のお遊戯会。
庶民の部活動というのも気になるしね。どれここは一つ、私のライディングテクニックを魅せる代わりに、箒部とやらの活動を見せて貰おうじゃないの。
……そんな軽い気持ちで参加した私が甘かった。
彼女等は、犬は犬でも軍用犬であった。常人であれば直ぐに音を上げるであろう訓練を軽々とこなし、編隊を組んでは一糸乱れぬ箒騎乗で、逆に私の度肝を抜いてみせたのだ。
「魅せるつもりが魅せられるなんて、なんたる屈辱……っ!」
「そこまで気に入ったなら、入部したらどうですか?」
「はあ?」唐突な提案に面食らう「どうして私が、あんな訳のわからない集団に入らなきゃいけないのよ」
「気づいてないのですか? お嬢さま、帰ってきてから箒部のことばかり話していますよ」
……そうかしら? ああ、そこそこ! 気持ち良いわ。
「お嬢さまに日銭を稼げるとは到底思えませんし。無駄な独自トレーニングで時間をドブに捨てるくらいなら、いっそ部活で心身を鍛えるのも手かと」
「ドブに捨てるって、貴方ね」
これでも私だって強くなろうと必死なのよ。
数ヶ月後には登竜杯だって控えている。フィロソフィア家の復興を世に知らしめるのに、これ以上のイベントはないだろう。
散々私のことを苔にしてきた愚民ども目、今に見ていなさい。黄金の夜明けが訪れる日はそう遠くない。その日、フィロソフィア家は復興を遂げるのだ。
「箒部……ね」
お遊戯会だと侮っていたことは心のなかで謝ろう。あの軍用犬の群れは、流されるままに生きている野犬どもとは違う。
彼女等には芯がある。確固たる意志がある。
飛行訓練を行う上での気付きを得られたのも確かだ。箒部の連中は単に興味深いだけでなく、空を飛ぶことに対しても非常に造詣が深い。
きっとあの群れに混じれば、私にも何がしかの成長が望めるのかもしれない。
しかしだ。
「やめておくわ。私には私のやり方があるもの」
急に生き方なんて変えられない。
集団に与するということは、無数のしがらみに囚われるということだ。栄華を極めたフィロソフィア家の末路を知るからこそ、私は犬のことなど信用ならない。
「お嬢さまがそう仰るのであれば、これ以上申し上げることはありません」
マッサージとともに会話を切り上げる。エメロットも心の奥では理解しているのだろう。私が集団のなかでは生きていけない人間だということを。
ベッドにうつ伏せのままでいると、背中にフィーが飛び乗ってきた。
「ったく。甘い汁ばかり吸うんじゃないわよ」
もう箒部に顔を出すつもりはない。
フライトで勝利を収めたら……それでリアとの関係も終わりだ。
◆
「このキャベツスープは実に良いお出しが出ている。そうは思わないかい?」
これで9連敗。胸をムカムカさせながら家路につくと、つい先ほどまで速さを競い合っていた宿敵が我が家で朝食をとっているではないか。
「恐縮です。コンソメだけでなく鶏ガラからも出しをとっているのですが、わかる人にはわかるのですね」
「道理で……風味が豊かなわけだ」
リアとエメロットが微笑み合う。キャベツスープしか食卓に並んでいないのに、なに優雅な朝食を演出していますの!
「ちょっとエメロット! これはどういうこと!」
「説明もなにも、お嬢さまが日ごろお世話になっているお方なら、丁重におもてなしするのが筋でしょう。せっかく足を運んで下さったというのに」
……やられましたわ。
今日はやけに早く引き返したから、おかしいと思ったのよ。キッと睨みつけてやるも、リアはどこ吹く風でキャベツスープを啜っていた。
「風に誘われて来た、なんて言い訳は聞きませんわよ」
「いや、今日は風の帰る場所を見たかったんだが、これはなかなかどうして……風通しのいい処じゃないか」
それは単に間取りの問題じゃなくて?
と、数日前までの私なら安易に捉えただろうが、リアの言葉は額面通りに受け取ってはいけない。
インスピレーションよ。インスピレーションを沸き立たせるのよ、フィフィー!
「もしかして、私を心配して来てくれたの?」
リアがコクリと頷く。
やった、再翻訳成功ですわ!
エメロットが感心したような顔をしていたが、どんなものよ。伊達にリア語を間近で聴き続けていたわけじゃないわ。
……って、私は何をはしゃいでいるのかしら。
「き、気持ちはありがたいけど、心配されるような覚えはないわ」
すっ、とリアは私のお腹を指差す。
「ここ最近、フィフィーはいつも風の音を鳴らしている」
腹の音!
何でそこだけわかり易いのよ。エメロットが失笑しているじゃない!
「成長期なのよ! 放っておいてちょうだい!」
「そう吹雪かないでくれ。私だって風配りが利かないながらも考えているんだ」
何が冷たくするなよ、虫が良い。人の気持ちがわからないなんて、よく恥ずかしげもなく言えたものね。
「君にとっての恵風になればと思って用意したものだが」
リアが【小袋】から取り出したものを、私は呆気にとられながら眺めていた。色気のない茶封筒。こんなものに容れる物など限られている。
「受け取って欲しい」
差し出された包み金に言葉を失くす。なによ……それ。点になった目がようやく現実を受け入れた。
「なに遠慮することはない。君と私の」
「バカにしないでよ――ッ!」
叫ぶが早いか、差し出された封筒をはたき落としていた。
「恵まれない子に手でも差し伸べたつもり? ふざけないでちょうだい! 良いことをした貴方はさぞや気分が良いでしょうが、可哀想な子にされた私は堪ったものじゃないわ!」
「お嬢さま!」
「早くその薄汚い袋を拾って帰ってちょう――」
横合から飛んできた張り手が、無理やり私を黙らせた。恐れ知らずにも手を上げたのは、エメロットだ。
ぶった……エメロットが私をぶった。
「口が過ぎますよ、お嬢さま」
「なによ! 私は何も悪くないわ! それよりも今、私のことをぶちましたわね、エメロット! 貴方、何さまのつもりよ!」
「お言葉を返すようですが」奥を見通せない、見る者によって色を変えるような湖沼の瞳は静かに怒りを湛え「貴方こそ何さまのつもりですか? 他人の好意を無下にできるほど、今の貴方は偉くありません」
何さまのつもりかですかって?
お嬢さまよ、とでも申し開きできたなら楽だったが、現実の私は歯嚙みしていた。
エメロットに一銭の給金も渡せぬどころか、外に働きに出させ、挙句その好意に生かされている私には何も……何も反論する資格がなかった。
「不用意にお金をちらつかせるような真似も褒められたものではないですが」と、リアを牽制し「お嬢さまがお世話になっている方のことです。何か考えあってのことでしょう。その封筒を突っ返すか判断するのは、最後まで話を聞いてからでも遅くないんじゃないですか」と、エメロットは外向けの微笑を浮かべた。
如才がないとは、ウチの従者のことを言うのだろう。この世で私を叩いても許されるのなんて、エメロットぐらいのものだ。
水を向けられたリアは、口をもごもごと動かしては何度か言葉を飲み込んだ。焦ったいが、彼女のコミュニケーション能力が壊滅的なことなんて、今さらだ。いちいち疑問符をつけて相手の意向を確認するのが、その良い証拠である。
「私は……」
ゴクリと喉を鳴らす。意を決したのか、ついにリアが言葉を紡いだ。
「敵に風を送ったつもりだ」
「……そう」
さんざん考えた末の答えがこれとか、塩をまいてやろうかしら。なおも不機嫌な顔をする私に、リアは白い歯を見せた。
「同情じゃないさ。私は、順風な状態のフィフィーと空を飛びたいんだ」
「なら初めからそう言いなさいよ」
繋ぎの言葉があと一秒遅かったら、危うく塩を探すところだったじゃない。最初からきちんと訳を話せば、私だって無闇に怒らないわよ。
「どうでしょう、お嬢さま。リア先輩のお気持ち、お受け取りになりますか?」
言葉は綺麗だが、暗に金を受け取れと強要しているようにしか取れない。この腹黒メイド、珍しく客人をもてなしているかと思えば、裏しかないじゃないの。
「……わかったわよ」
乗り気ではないが仕方あるまい。
正直なところ、明日の食事すら危ぶまれる状況なのは確かだ。これもエメロットとフィーのためですわ。
「リアの気持ちはありがたく受け取りますわ。……けど、勘違いしないでちょうだい。これは借りよ。お金は借りるだけですわ!」
限界まで矜持を曲げて、頭を数ミリ単位で下げる。
すると、ぱあっとリアの顔が明るくなった。グラサンのハンデをものともしない、だらしない口元をしていた。
……なによ、そういう顔されると、こっちの顔まで緩みそうになるじゃない。
「貴方は運がいいわね。私は借りたものは十倍返ししないと気がすまない質なの。私にお金を貸せた幸運に感動して咽び泣きなさい!」
「……風を感じる」
本当に感動していた。いや、咽び泣いてはいませんけど。
そこは「こいつは本当に可愛げのない子ね」と嫌な顔をする場面ではないかしら。
「いいの? 本当にいいの? 私が万全の状態になったら、もっと速くなりますわよ?」
「ああ、それこそ望むところだ」
真正面から応えるリアの言葉には、何の衒いもなかった。本当にこの人は……調子が狂いますわ。
それから。
リアは私たちの部屋が気にいったのか、ここに居続けることを選んだ。
「この部屋と、リアの部屋は違うのかしら」
「ああ、違う風が吹く」
どうやら部屋の造りが異なるらしい。寮というのは不思議な動物小屋ね。
「リア先輩。お紅茶になります」
資金難から解放された影響だろう。エメロットの応対も柔らかくなっていた。
紅茶とは別添えでジャムの小皿とスプーンまで付いている。
……エメロット? 貴方昨日、私が紅茶を所望したとき、ロシアンティー用のジャムは切れたと言いましたわよね?
「Foo。こういう飲み方があるのかい?」
「ジャムを適量口に含んでから飲んで下さい。美味しいですよ」
「どれどれ……新しい風が吹いた」
一口嚥下しただけで、甚く気に入ったらしい。そう、良かったわね。ジャム切れがどうとか考えていた私が馬鹿らしくなりますわ。
「リア先輩も寮住まいなのですか?」
エメロットは、当たり障りのない会話を振ってはリアの会話に耳を傾けた。
時おりリア語に困ったエメロットを助けていたりすると、朝の時間はあっという間に過ぎ去ってしまった。
「そろそろ風は立つころか。名残惜しいが、すっと吹き去るとするよ」
一限の講義が迫っているので帰るらしい。エメロットと一緒にお見送りすると、リアは口元を緩めて忠告した。
「フィフィー、風の音が鳴らないように、ちゃんと御飯は食べるんだぞ」
「子供じゃないんだから、言われなくてもわかっているわよ」
「ならいい。妖精猫の集まりは、存外ハードなのだよ」
「だから、それもわかって――」
んっ、今さらっと私が部活に出る前提で話が進みませんでした?
「ちょっ、ちょっと待ちなさい、リア! 私は部活には」
再翻訳のラグが致命的だった。言い切る前に、リアは玄関の向こう側に消えてしまった。本当に、風のように。
手を伸ばしたまま固まる私の肩に、ポンとエメロットが手を置いた。
「部活頑張って下さいね」
「貴方、昨日と言っていることが違うじゃない!」
「仕方ありません。腹はお嬢さまに代えられませんから」
「……ずいぶんと見上げた忠義心をお持ちのようね、エメロット?」
「いえいえ。従者想いのご主人さまの足元にも及びませんよ。ねー、フィー」
エメロットが持ち上げたフィーが、振られたから話合わせときましたとばかりに鳴いた。
……こいつら。
◆
鬱蒼とした雑木林のなかを走る。人の手が行き届かないような場所だが、どうも人の足はしっかり入っているらしく、赤茶けた地面はよく踏み均されていた。
どうして……私がっ!
「箒部~!ファイト、オー!」「ファイト、オー!」
犬の群れに混じって、ランニングしないといけないのよ!
息を切らしながらも先頭集団に食らいつく。
百名にも上る部員が一斉に走るともなると、自然とグループがばらける。最後尾には体力に難ありの第三グループ、多くの部員を包括する第二グループ、そしてその更に先には、
「声小さい! もっと声出さないと、もう一周追加するよ!」
明らかに第二、第三グループとは一線を画す第一グループが先頭を引っ張っている。体力お化けども目、どうしてそんなに速いのよ!
負けじと背中を追いかけるも付いていけず、第一グループと第二グループの間で浮いたままゴールに着いた。着順は上から数えてざっと三十番目といったところか。とてもじゃないが、満足できる結果ではなかった。
一位以外は……ぜえ……ビリと……はあ……大差ないのよ。
「あら、意外と根性あるじゃない」
肩で息をしていると、余裕綽々で汗を拭う箒教徒が寄ってきた。大声出しながら上位でゴールした奴が、よく言う。
「これぐらいは当たり前ですわ」
「そうでもないのよねー。ウチって練習厳しいから、バックレる子とか多いし」
なるほど。
ランニングに付いていけるか以前に、もう部活に顔を出さないと思われていた、と。
ここだけはリアに感謝してもいい。
私は練習が厳しくて逃げ出すような軟弱者ではない!
「へえ……この程度で。軽いわね、何なら直ぐに練習を再開してもいいぐらいだわ」
「よーし、新入りのリクエストだ。休憩終わり! 箒ダッシュいっくよー!」
「……っ!」
なけなしの休憩時間が削られた。
トップ集団が真っ先に切り替えたので、誰一人として文句は言わないが、汗ばんだ肌にひしひしと感じる。余計なことを言いやがってという非難の眼差しを。
ふ、ふん。私の知ったこっちゃありませんわ!
私はいそいそとその場を飛び去り、空中に並ぶ箒ダッシュの列に加わる。
初日に一通りの基礎練は体験しているので、この練習も当然知っている。箒ダッシュとは読んで字のごとく、箒で一直線に走る練習である。
……まあ、私は杖ですけどね。
「フィロソフィアちゃんは、箒には乗らないの?」
と、私の前に並ぶ箒教徒が声をかけてくる。
「なによ、箒に乗らなきゃいけないという決まりでもあるのかしら? それともあれかしら、杖乗りのためには杖部なんて言うものがあるとでも?」
「あるよ、杖部」
「ありますの!?」
いや、箒教徒に担がれたという可能性も……咄嗟に周囲を見渡したが、「あるよー」とその他教徒どもが生暖かい目で伝えていた。
「ぶふーっ! その感じだと本当に知らなかったんだ。部活巡りとかしなかったの?」
「う、うるさいわね。そんなことしないわよ」
その後、箒教徒は聞いてもいやしない杖部の情報を教えてくれた。杖部と箒部は伝統的に仲が悪いだとか、杖術の訓練を中心にする杖部はあまり空を飛ばないとか。
「杖に比べて箒の方が飛ぶのに適してるから、当たり前っちゃ当たり前の住み分けなんだけどね」
「そうなの!?」
「おんやあ~、これも知らなかったのかな? それはいかんですよ~。杖派箒派の争いといったら、きのこたけのこ戦争ぐらい激しいんだから」
全然知りませんでしたわ。
きのこたけのこ戦争についても知らないけど、それを言ったら尚のこと馬鹿にされそうね……後でこっそりエメロットに教えて貰わないと。
「と、いうわけで~」
ずい、と箒教徒が身体を寄せる。
「箒の初体験してみる?」
思いがけぬ提案を受けて、息を呑む。
箒教徒の言を信じるならば、箒に乗った方が速くなるのだ。もし杖から箒に乗り換えれば、リアに……あのリアに勝てるかもしれない。
「あっ、怪我すると危ないし、次のダッシュからでもいいけど」
返答に窮する私を、箒教徒はそう取ったようだが違う。空中で乗り換えるのが怖いのではない。私が恐れているのは……。
「ちょうどいいハンデですわ! ほら、貴方の番でしょう。早く行きなさい」
「そう? 気が変わったら何時でも貸すからね」
「だから結構よ! この杖は高級品ですの。貴方なんかが触っていい物じゃなくてよ!」
「ちぇ~」と、布教に失敗した箒教徒が冗談交じりの舌打ちとともに飛び去っていく。
箒教徒が素直に引き下がってくれたことに安堵している私がどこかに居た。そう……大事な品なのだ、これは。替えの利かない……相棒なのだ。
――Ready,Set
その声で我にかえる。フラッグを挙げた魔法少女が出走の準備を促していた。
いけない、私の番ですわ。
横一列に並んだ四人。その他教徒たちの魔力を燃やす匂いが風に乗る。
Goの声に合わせて一斉に飛び出す。一時の迷いを置き去りに、ただ疾く、前を目指す。
そうよ、何を迷う必要があるのかしら。杖でだって箒に負けないぐらい空を翔けられることを証明する。ただそれだけで済む話じゃない。
ぶつかる風を真っ向から切り裂き、誰よりも早く青空に線を引いていく。軍用犬の群れになんか負けていられない。私の目標は遥か彼方、もっと高い場所にあるのだ。
………………
…………
……
ふふん。どんなものよ!
ランニングでは後れをとったけど、箒ダッシュでは負けなしよ。第一グループとこそかち合わなかったが、正直その面子にだって競り負けない自信がある。
速いのよ、私は!
得物の差なんて関係ありませんわ。
昨日より今日、今日より明日と速くなっていく。手のつけられない速度で進化する怪物、それがこのフィロソフィア=フィフィーですわ!
気を良くした私は、
「はーい。じゃあ次はワインディング行こうか」
直ぐに思い知らされることになる。この世には速さだけではどうにもならないことがあるのだ、と。
ワインディングとは、これまた文字通り曲がりくねった道を指す。一定間隔に配置された部員――いわゆる『浮き』と呼ばれる者――をS字で何度も曲がる訓練だ。
……ワインディングか。
前回は上手くいかなかったけど、今の進化した私ならば。
「きゃあ!」
箒や杖で曲がるというのは、想像以上に難度が高い。よく絵本で見かける魔法少女は難なく杖や箒を乗りこなすけど、あんなのは嘘っぱちである。
「ひゃっ!」
曲がりの基本は速度を落とすこと……であるが、杖や箒にはブレーキなんて便利な機能は付与されていない。
推進力を上げるのが【加速】ならば、あえて勢いを殺すように魔力を上乗せするのが【制動】である。
なんだ簡単じゃないと思われそうだが、否、断じて否ですわ! 考えてもみて欲しいものね。時速60kmほどの前のめりの物体が【制動】を誤ったら、
「きゃああああっ! フィロソフィアさんがすっ転びましたわ!」
こうなる。
杖が手から離れて大空に落ちる。青空と大地がグルングルン回転して、さすがの私も肝を冷やした。
どんどん近づいてくる地面が――唐突に止まる。一瞬、視界が上下に揺れたと思ったときには抱きかかえられていた。
照り返す夕方の日差しが、見上げる私の目を焼いた。
「風威があるのは良いが、風狂な真似をしてはいけない」
ニカッと白い歯を輝かせると、リアは杖を差し出した。
あの一瞬で落とした杖まで回収してきたのか。感嘆していた私はハッとして、奪い取るように杖を手にする。
「触らないで――ッ!」
口走った後に言い方が不味かったことに気づく。
どうして私は、いつもこうなのよ。ああ、もう! 杖に触れられたくない理由なんて、いちいち教えたくもないし。
「ごめん……ありがとう」
リアは困惑していたようだが、最後には微笑んでくれた。
……良かった。これで安心してワインディングに集中することができる。杖に飛び乗り、タイミングを見計らって練習に戻った。
って、なんで私が人の顔色を窺わなきゃいけないのよ!
訳のわからない感情に心を乱されながらも、浮きに差し掛かる。互いの姿が重なった瞬間に、こうグイッと!
上手く曲がれた――のは、想像上の私だけだった。
「うひゃあっ!」
「あ、痛っ!」
「ちょっと危ないでしょ!」
浮き役の部員に杖をぶつけまくった私は、とうとう浮き役に回されてしまった。一定回数ぶつけると、交代するのが箒部内のルールだとか。
「うう……なんで上手く曲がれないのよ」
言い訳がましいかもしれないが一つ言わせて欲しい。箒や杖には、やはり曲がるという機能も付与されていないのだ。
◆
明くる日も私は空をたゆたっていた。
西から東へ移ろう朧雲はまるで夜を目指すように。沈む夕日の上に紺碧の空が降りてきて……ああ、今日もこうして一日が終わるのね。
最後の走者が私を曲がりきったところで、今日の練習も終わりだ。結局今日も私はワインディングをまともに走り切ることができなかった。
せっかく最後の練習をワインディングに切り替えてくれたというのに。申し訳なさよりも情けなさが先立つ。
――腐らない、腐らない。浮きだって大事な役目なんだから!
箒教徒の言葉が単なる気休めでないこともわかっている。
浮きには落下した魔法少女をセービングするという立派な役割があるし、そもそも浮きなしではワインディングという練習だって成り立たない。
でも、浮きに徹しているだけで上達するわけないじゃない?
――手っ取り早くワインディングを攻略できる方法を教えてちょうだい!
そう恥を忍んで訊ねたというのに、箒教祖ときたら横から出しゃばってきて、
――んー、愚妹に教えることはないかな。
なんて言いやがりましたのよ!
信じられませんわ。私が教えろと言ったら喜んで教えればいいのよ!
そりゃ確かに私の態度だって悪かったわよ!
杖をぶつけても謝らなかったし、浮きは嫌だと駄々をこねたし、減速せずに曲がっては何度もセービングされたし、他の練習も軒並みボロボロだったし、全体の足並みを乱したし、その他諸々自覚がないけど働いた粗相もあったでしょう!
たぶん箒教祖はそういったもの全てに怒っていたのかもしれない。
冗談めかして笑っていたが、それも表面的なものに過ぎない。腹の底では、どす黒い炎が渦巻いているのが透けて見えていた。
……ちゃんと悪かったと思っているわよ。バツの悪さを覚えているからこそ、こうして浮き役に甘んじていたんじゃないの。
降りるに降り辛くて空に留まっていると、翔けて来る一騎の影があった。リアだ。彼女はぴたりと私に横付けしてきた。
「何しに来たのよ」
「飛んでいったきり帰って来ない風船を捕まえに来たのさ」
閉口しそうなほどに恥ずかしい台詞だったが、口を閉じるより先に言わねばならないことがあった。
「……迷惑かけて悪かったわね」
今日のリアは私に付きっきりだった。あまりに私が落下するものだから、専属の救助員となってくれたのだ。ロクに練習もできなかっただろう。
「フィフィー」
リアがゆっくりと右手を持ち上げる。その仕草がお母さまの影と重なり、目をつむってしまう。怒られる……反射的に身構えたが、その手は痛くなかった。
「明日、宮古姉にもそう言ってあげるといい」
リアが髪を撫でつけてくれると、少しだけ心が落ち着いた。明日と言ってくれることが何よりの救いだった。
明日も来ていいよ、と彼女は言ってくれる。
私が直ぐには非を認められない人物なのだと、彼女は理解している。
リアが優しいから。
急に身体が軽くなった気がしたから、上手くバランスが取れなくなったのだ。リアに寄りかかると、急に薄焼けが滲んで見え出してきた。
「ねえ、リア」
「なんだい、フィフィー」
「私は……ずっと上手く曲がれないのかな」
ぶつかって、ぶつかって……我を張る生き方しかできないのだろうか。
「そんなことはないさ」
「じゃあ、どうしたら上手く曲がれるの?」
微かにリアの肩が震える。一瞬、彼女が言い淀んだのがわかった。
「疾風のごとく上達したいのなら……箒に乗り換えることだ」
ああ、やっぱりそうなのね。昨日から、皆がやけに布教してくるからおかしいと思っていたのよ。
箒教祖なんかは、きっと私が箒に乗らないことにも怒っていたのかもしれない。
けど。
今の私にワガママを言う資格なんてないかもしれないけど、
「それだけは嫌」
杖だけは捨てられない。
愛想を尽かされることも覚悟の上だったが、リアは撫で付ける手を止めなかった。
「ならフィフィーが納得するような風道を示そう」リアは謎かけでもするように「なあフィフィー、どうして雛鳥は飛べるようになるかわかるかい?」
「雛鳥? そんなこと考えたこともないわ。鳥は鳥だから飛べるのでしょう」
「違うよ。親鳥が側にいるから飛べるようになるのさ」
「……そうかもしれないわね」
全面的に同意するのも癪だから、曖昧な答えを返した。
不思議なものね。あれだけ降りるのが怖かった地上が今は怖くない。海に沈む夕日を追うように、星が瞬き出した夜空をゆっくりと降下する。
ああ、今日はもうこれだけしか砂が残っていないのか。名残惜しくもある時間にさよならを告げて、そして私はまた夜明けを迎えるのだろう。
◆
「ここは、雛鳥にはうってつけの練習場だ」
翌朝。
リアに連れて行かれた先は、演舞場――複数階建ての体育館とでも言うような馬鹿げた巨大施設だった。
窓口で半分眠りこけている窓口嬢と言葉を交わすと、リアは私を3階に案内してくれた。普段は共通実技などで使用される施設なのだが、講義時間帯でなければ時間貸しを行っているらしい。
「そう、悪くない場所じゃない」
バカみたいに飛び跳ねても困らない広さがあり、対魔力物質で造られているので頑丈さにも問題はない。練習場所としては文句なしの場所だが、いささかの不満はある。
「けど、何でここなのかしら?」
天井が高いから飛ぶこと自体に支障はないが、演舞場はあくまでも地に足つけた魔法少女のための訓練施設だ。
「ここなら雛鳥は落ちない、そうは思わないかい?」
「思わないわ」
「……この高さからでも落ちるのかい?」
「元から落ちないって言っているのよ――ッ!」
やっぱり、私のことをバカにしていたのね。いや、リアのことなんて信じていた私こそバカでしたわ。
「悪いけど、別の場所に移らせて貰うわ!」
「いいのかい? 妖精猫の溜まり場には、朝から練習熱心な子もいるが」
うっ……踵を返そうとしていた私の脚が鈍る。部活の時間帯ならともかく、あの連中の前で恥を晒すのだけは勘弁である。
「学内での無断飛行は、もちろん禁止だ」
「なら、いつものフライトのコースで!」
「フィフィーは、そもそもどうやって練習する気なのかい?」
……あっ。
こんな初歩的なことに問われるまで気づかないなんて。
目標物がなければ、ワインディングの練習はできない。真似ごとなら可能だが、勝手に曲がっては悦に浸るだけの、自己満足の域を出はしまいだろう。
そもそも私は、今まで曲がる必要がなかったから下手なわけであって……。
「風も吹き場に困るこのご時世だが、場所を移すかい?」
「……ここで練習するわよ」
一度3階を後にして、私たちは倉庫からカラーコーンを運び出すことにした。これを適当な間隔で置いていけば、ワインディングの模擬練習ができるというわけだ。
埃っぽい倉庫に足を踏み入れると、そこにはカラーコーンを運びだそうとする先客がいた。
リアよりも頭半分ほど背が高いのに、腰の細さは私ほどしかない。見惚れるほどにスレンダーな女生徒だが、何より彼女を彼女たらしめているものは、その目つきだ。
癖のある翠髪の隙間からのぞく、野生の猛禽類を彷彿とさせるほどに鋭い目が、私たちを見据えていた。
すわ、カラーコーンの奪い合いかと身構えたが、彼女は目つきに反して、物を半分こしてくれる程度には友好的だった。
「手前、確か箒部の副部長……ですよね」
「いかにも。君に覚えられているなんて光栄だね」
先客とリアは顔見知りというには、どこか距離がある。二人は共通の知人である箒教祖について二言三言話すと、あっさりと会話を切り上げた。
わずかに頭を下げた先客が扉に向かう。暗がりで気付くのが遅れたが、彼女は左腕に白いギプスを嵌めているようだった。
ふうん、片腕だと難儀しそうね。そんな月並みな感想が頭を過ったが、それが要らぬお節介であることを、彼女は直ぐに証明してみせた。
ずらり、と。
重ね置かれた無数のカラーコーンが、彼女に付き従うように空を歩き出した。
……あり得ない。
髪色から判ずるに風属性の魔法少女であることは間違いなさそうだけど、何者なの?
あれだけの物を【浮遊】でコントロールするなんて、並大抵の技量ではない。目を丸くする私の横を通り過ぎる。彼女は欠伸をしながら倉庫を後にした。
「……ねえ、リア。あれは何者なの?」
「おや、フィフィーが他人に興味を持つなんて、どういう風の吹き回しだい?」
「いいから早く名前を教えて」
急かす私に、リアは大袈裟に肩をすくめてから応える。
「ウルシ=リッカ――この女学院で一番良い風を吹かす女神の名だ」
カフェ・ボワソンの女神、翠の風見鶏。その二つの通り名は女学院で暮らしていれば嫌でも耳にするものだが、そう……彼女が。
「あれが……ウルシ=リッカ」
その名前、しかと覚えましたわ。
上を目指す以上は避けては通れない……いずれは乗り越えねばならぬ女の名だ。
震えが背中を走るのを感じた。
怖気? ううん、これは武者震いですわ。
いつまでもこんな場所で立ち止まってはいられない。早く、一秒でも早く体を動かしたかった。
「そうか、そうか。フィフィーはそういう子か」
「なにニヤけてるのよ、気持ち悪い」
「なに、フィフィーのことを知れて嬉しかったのさ。風尚だな君は」
「無駄口叩いて入る暇があったら、さっさと戻るわよ」
ったく、一々小っ恥ずかしい台詞を吐かないと、会話ができないのかしら。
手分けしてカラーコーンを設置すれば準備は完了だ。
いざ、ワインディングの特訓ですわ!
このところ失敗続きで自信を失いかけていたけど、ちょっと小石に蹴躓いただけのことじゃない。
「そうよ。たかが曲がり、たかが曲がりじゃないの……っ!」
炎みたいな感情が、お腹のなかを揺らめいている。
今なら何だってやれるような気がした。
「よしっ! やるわよ、リア! こんなの直ぐにマスターしてやりますわ!」
「Foo! その意気だフィフィー! さあ私の後ろに乗り給え」
「ええ任せて! リアの後ろに――」
乗るの?
深く考えずに応じかけ、はたと我に返る。いくら勢いづいているとはいえ、二人乗りはちょっと……抵抗ありますわ。
「何をしてるんだ、フィフィー! 乗り遅れるぞ!」
スパーン、と自分の臀部を叩いて、リアが私を誘う。
まあ、はしたないったらはしたない!
いつもより前に詰めた彼女の後ろには、どう見ても一人分の座席が空けられている。しかもご丁寧に杖まで持参ときた。
「なんか嫌よ! そもそも二人乗りをしなきゃならない理由はあるの!?」
「風を感じろ。ここが君のための特等席だ!」
ああ、もう。深く考えずともリアの意図を汲めてしまう自分が嫌になる。雛鳥が飛べるようになるには親鳥がいる。昨日、彼女は確かにそう言った。
それは親鳥の羽ばたき方を、一挙手一投足を肌で感じることが、何よりの上達法だと、彼女は訴えているのだ。
リアは頑として動かない。まるでご主人さまを待つ忠犬のように、その場に留まったまま私に熱い視線を注いでいた。
なによ……なによ、それ!?
私が嫌と言ったら、それに合わせて回るのが世界ってものなのに。
ああ、もう!
右を見て、左を見て、この場には他に誰もいないことを認め、
「これで上手くならなかったら、承知しないわよ!」
杖の後ろにお邪魔する。
互いのジャージが衣擦れの音を立てる。見知った顔なのに、目前に広がるのは見知らぬ背中だ。恥ずかしさを押し殺し、腕を回してギュッと抱きつく。
「ああ、任せておけ。超特急で身体に叩き込もうじゃないか!」
頼もしい返事が背中から聞こえるや否や、身体は浮遊感を覚える。空気の流れに溶け込むように、私たちは風になった。
一つ、二つ……淀みなくS字を描いては、カラーコーンを置き去りにする。すごい、すごい! 前に進めば進むほどに、見たことのない世界がこの目に飛び込んでくる!
二人乗りの恐怖もどこへやら。私は夢中になって、この世界に酔っていた。ただ目前の背中を抱きしめて、そうして小一時間ほど飛び方を教わった後。
「そろそろ次の段階に移ろうか」
二人一組の飛行訓練――コアライド(コアラの親子みたいなので、そう命名した)の終了宣言が出た。遂に一人乗りを許されるときが来たのね!
「さあ、今度は私が下りの風になろうか」
リアが杖の後ろへと回る。
依然、コアライドであることには変わりないようだ。脇から滑りこんできた両腕がお腹でクロスし、ふにゅり、と重量感のあるマシュマロが背中に乗る。
「ちょ、ちょっと、近づき過ぎですわ! 前ならまだしも、後ろに乗ることに意味なんてないでしょ!」
「……Foo」
なんですの、今の腹立たしいため息は。わかってないなこいつ、みたいなニュアンスが多分に含まれていましたわ。
「いいかい、フィフィー。曲がりにおいて重要なポイントは二つ」
「――【制動】と【制御】でしょう」
曲がりで速度を落とすことの重要性は言うに及ばず、方向転換する際には得物の進行方向を調整することだって不可欠である。
そんなことは、耳にタコができそうなくらい聞かされたわよ。
「でも、フィフィーはスピードを落とすのが苦手だ。そうだろう?」
「うっ!」
リアの指摘は的を射ていた。
実のところ、私は【制動】をかけるのが大の苦手だ。杖から降りるときは魔法を用いるのではなく、自然に減速するのを待っていたぐらいだ。
加えて、どうにも私はスピードを出し過ぎるきらいがあるらしい。もっと速くもっと鋭く、と偏った努力を重ねた結果、ここにきて綻びが生じてしまったのだ。
速度は出せるが殺せない。
ブレーキの壊れたMiG-21――正しくそれが私の状態を示すに相応しい表現だろう。
くっ……【制動】さえ利けば、戦闘機並に動き回れる逸材なのに。私は己の有り余る才能を活かせぬことに歯噛みした。
「だからこその私だろう? 私がフィフィーのブレーキになろう」
「なるほど。確かに理にかなっているわね。上背があるリアなら重石役にぴったりだわ」
「……フィフィー? 私の体重は春風3リットルだぞ?」
怖くて後ろを向けませんわ。
「ま、まあ、いいわ。春風に文句を言ったって始まらないものね」
震える声で許可を下ろす。
リアには重石になる他にも、いざというとき【制動】をかけるという立派な役目がある。決して遊んでいるわけではないのだ。
「ふふ。干したての布団みたいだ」
……そうよね?
決して大義名分を掲げて抱きついているわけではないわよね? 信じていますわよ?
こうして始まった二人一組の特訓は深夜まで及んだ。講義と部活の時間を除けば、昼夜コアライドに専念していたといっても過言ではない。
杖を握る手に力が無くなってきて、全身を伝う汗が気にならなくなって、更に数時間が過ぎて、
――あのう……そろそろ、ね?
見回りに来た窓口嬢を黙らせて、魔力切れを危惧する頭痛の波が高まってきて、そうして半分の月が天頂に限りなく近づいたころ。
私たちは演舞場の壁の前にいた。距離にすれば百メートルにも満たない、実に長い長い数十メートルだった。
振り返れば己が成したことがよくわかる。
曲がりくねった道を形成するカラーコーンは、一本たりとも倒れていなかった。
「しゃあっ!」とか「どんなものよ――ッ!」とか。
いずれにせよ、それらに類する汚い言葉を使って吠えた気がしたが、そのときのことはよく覚えていない。プツンと糸が切れるように意識を失ったからだ。
気づけば、私は303号室の天井を眺めていた。
小鳥のさえずりが朝の訪れを教えてくれる。
「夢……じゃないわよね?」
夢からさめても興奮は冷めやらず。ぶつ切りにした時間を繋げるように、私は拳を突き上げながら飛び起きた。
「しゃあっ! どんなものよ――ッ!」
夜明け前の静けさを破る。
ワインディングを見事に曲がり切ったフィロソフィア=フィフィーが、午前四時半をお知らせいたしますわ!
「……お嬢さま、うるさい」
お眠のエメロットが何やら訴えているようだけど、関係ありませんわ。おーほっほっほ、今の私は誰にも止められないのよ!
「るっせぇぞゴルァ! 明日の朝刊に載りてえのか、テメーは!」
「ひいいいい! この時間帯だったら今日の夕刊ですわ!」
午前四時三十一分。鬼の寮監生、襲来。
恐ろしい剣幕で迫られたが、大事に至らずに済んだのが不幸中の幸いだ。……良かった、寮監生のルームメイトが箒教祖でなかったら、海の底に沈むところでしたわ。
全く勘弁して欲しいものね。ワインディングを攻略した私には、輝かしい未来が待っているというのに。
ああ、今日の部活が待ち遠しくて仕方ありませんわ。
リアとの仁義なき戦いの記録
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1戦目:○奴―✕お嬢さま(弱い)
2戦目:○グラサンライダー―✕お嬢さま(ネーミングセンス✕)
3戦目:○グラサンライダー―✕お嬢さま(人生のルート取りが下手)
4戦目:○グラサンライダー―✕お嬢さま(凹凸に欠ける)
5戦目:○グラサンライダー―✕お嬢さま(猫を言い訳にし出すとか末期)
6戦目:○グラサンライダー―✕お嬢さま(言い訳の種すらなくす)
7戦目:○リア―✕お嬢さま(……名前を覚えてきた?)
8戦目:○リア―✕お嬢さま(筋肉痛とか)
9戦目:○リア―✕お嬢さま(ジャム没収)
X戦目:NO GAME(一時休戦の模様)
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記録:おもてなし従者エメロット




