墓場の女王が死んだ日
本編「第30話 夜明け前ネゴシエーション」以降に読むことをお勧めします。
それは遠い幼きころの記憶。
暖炉の前のロッキングチェアに座るおばあちゃん。
彼女の膝の上がガンロック=アンロップの特等席だった。
「ねえ、おばあちゃん。どうしてリッシュはセレナに勝てないの」
「これ、そんなことを言ってはいけませんよアン」
ノーテルスは膝上の孫を諌める。
「この国を建造したセレナ様に対して失礼よ」
「だって、おばあちゃん」
「アン」
唇を突き出すアンロップの動きは止まる。
彼女は膝の上で魔法のように物語を語るおばあちゃんが大好きだった。その膝の上で何度も夢を見た。よだれを垂らして眠りに落ちることもあった。目を輝かせて眠れない夜もあった。
アンロップはおばあちゃんが語る物語が好きで、おばあちゃんを愛していた。
でも、小さな頃から一つだけ気に入らないことがあった。
高名な作家として知られるおばあちゃんの代表作の一つ"盟友戦争"。
セレナとリッシュの建設記を題材にした物語は多くあるが、そのなかでもノーテルスの物語は人気が高く一、二位を争う位置にあった。
――アンは誕生日に何が欲しいかい。
あれはいつの頃だったか。
アンロップの誕生日がまだ両手で数えられるときの話だ。
おばあちゃんの問いかけに、アンロップは即答した。
――リッシュが勝つ物語を書いてよ。おばあちゃん。
アンロップは、リッシュ=ウィーンという魔法使いが好きだった。
おてんば姫のために献身する騎士に、子供ながらに淡い感情を抱いていた。
ある時はセレナの世話を焼き、建国記の十二傑であるアウロイ、ナタリー、アネロイ、クリッグ、リプロンといった面々と協力したり、やっぱり迷惑をかけられたりする。
そんな不遇な騎士がまんざらでもなく、微笑する様が好きだった。
――アン。そんなことを言ってはいけないわ。
結局アンロップの誕生日に送られたのは、セレナを称える物語だった。孫のためにだけ書き下ろした物語。それが嬉しくないわけではないが、アンロップが欲しい物語ではなかった。
――ありがとう。おばあちゃん。
ぎこちない笑みを浮かべ、アンロップはそれを受け取った。
居間から漏れる母親と叔母の会話から、おばあちゃんがそう永くないことをアンロップは知っていた。おばあちゃんの遺産がどうだのという会話が何度も聞こえて、耳を塞ぎたくなった。
祖母の死後。
アンロップは塞ぎ込み、斜に構えて生きていく。
人間の汚さから目を背けて、どこまでも深い物語の世界へと沈んでいく。
古今東西のありとあらゆる本に手を広げるうちに、男性同士のチョメチョメ本にも運命の出逢いを果たし、このときから奇妙な笑い声を身につけた。
「うひひ」
一人ぼっち。暗闇のなかで彼女はほくそ笑んでいた。
暗闇の青春を大いに堪能したアンロップは、セントフィリア女学院高等部に進学した。それはこの国に生まれた魔法少女の宿命だった。
他人と触れ合わず不気味な笑い声を立てるアンロップはクラスに馴染むことはなく、どころか目の敵にされた。集団の和を保つため、共通の敵に仕立て上げられた。
――あの娘、気味が悪いのよ。
――図書館に篭っていて欲しい。
――あの子の隣の席だけは嫌。
外の雑音は気にしなかった。
アンロップはただ「うひひ」と笑うだけ。
その態度が癇にさわったのか、囲まれることもあった。
女生徒たちに物陰に連れ込まれたこともある。
「うひひ」
翌日、アンロップを連れ込んだ者は揃って登校しなかった。
犯行現場に乱立する墓標に戦慄した乙女たちは、恐怖と畏怖を込めてアンロップを"墓場の女王"と名づけた。女学院の乙女たちが人にあだ名を付けたがるのは、もはや風習といっても過言ではない。
ひそひそと口元を押さえた噂話も聞こえない。
アンロップはやはり「うひひ」と笑うだけだった。
女学院に居場所はなく、図書館に通う日々が続いた。
おばあちゃんの遺産を食い潰す、母親も叔母も嫌いだった。
静寂なこの空間だけが、アンロップにとって居心地が良い場所だった。
「うひひ」
声を潜めて笑う。この居心地の良い場所から本の世界へと潜る。
入学から卒業まで毎日ずっとそんな日々が続くとアンロップは考えていたが、その日々は長続きはしなかった。
借りた端から通学カバンから消える書籍。
アンロップが入館すると立ち去る女生徒たち。
嫌な顔を隠し切れないカウンターの司書の顔。
アンロップは図書館に立ち寄ることを辞めた。
彼女は変わることなく「うひひ」と笑い続けた。
その頃から、アンロップは目につく敵を潰すようになった。
人を嫌悪する視線、仕草、表情をする者が敵だった。地属性の魔法で殴りつけ、墓標を置いていく鬱屈とした日々を過ごす。
敵を探していた。右を見て、左を見て。安寧を得るためにせっせと墓標を築くと、やがて静かになった。アンロップに嫌悪を示す者はなく、周りには誰もいなくなった。
「うひひ」
奇妙な笑い声はよく響き渡った。
アンロップが腰を下ろせば、そこが安寧の地となる。
洋食食堂の中央でも、教育棟の階段の途中であろうと。
そこが自分の場所だと示せば、人は彼女を避けて通った。
「あっ」
後悔は声になり、目まで黒髪で覆った女生徒は青褪めた。
踊り場から階段を下る途中。彼女は悪意なくとも蹴ってしまった。
墓場の女王の異名を持つ、アンロップの背中を。
「うひひ」
墓場の女王は笑顔で振り返る。
「うっせ。通行の邪魔だ」
ぐるりとアンロップの世界が回った。
階段の角が全身を打ち付ける痛みを知覚する。
彼女は後ろから蹴りを入れられて、階段を落ちていた。
偶然ではなく故意。悪意ある蹴りだった。
「うひひ」
逆さまの視界からアンロップは敵を見上げた。
墓場の女王に蹴りを入れたのは、目を黒髪で覆う女生徒ではなかった。
橙色のカジュアルショートの髪型をした勝ち気な女生徒――マグナ=リュカだった。
「下がってろ、エミ」
背中に東洋人の友人を隠すと、マグナの熱い双眸は階段下へ向かう。
割れた額から落ちる赤色を舐めとるアンロップがそこには立っていた。
「うひひ」
増やす墓標がひとつ増えただけだと。
いつものように、アンロップは敵へ襲いかかり、天井を眺める。
人を遠ざけてばかりの彼女は知らない。問題児は一人ではないことを。
――地獄の日々だったわ。心労で倒れるかと何度思ったことかしら。
女学院の長、カルチェット=マーサが"三人の戦姫"と名づけた世代。その問題児どもの頂点に君臨していたのが、マグナだった。
「うわあ。これ怒られても、私知らないからな」
「そこは何とかしろよ。理事長の孫だろ」
「わ、私が頑張ってみるよ!」
「エミには何も期待してねえよ」
からからと笑う勝者は、横の女生徒二人と軽口を交わす。
エミと呼ばれた女生徒が、マグナの背中をポカポカ叩く様子を、アンロップは床の上から見詰めていた。
教育棟3号館の二階へ続く階段が、跡形なく壊れた事件。
この出来事が語り継がれることはなかった。
白亜の城を半壊状態にして、青空教室にした事件と比べて、あまりにスケールの小さな事件だったからだ。マグナの三年間のなかでは日常に入る範疇だった。
「大丈夫か」
ざわざわと野次馬根性で集まる見物客のなかで一人、アンロップに手を差し伸べるものがいた。神経質に切り揃えた銀髪の下に気難しい顔を隠す女生徒――エリツキーシフォンだ。
アンロップは差し出された手を打ち払い、中指を立てる。
「うひひ」
アンロップはずたぼろの身体を引きずりながら、見物客を割っていった。
見物客の瞳に恐怖の色はない。映る色は墓場の女王に対する嘲りばかりだった。
今すぐにでも自分の場所を取り戻したくても、怪我は軽くない。アンロップは尻尾を巻いて帰るほかに道がなかった。
「保健室に行くなら反対側の階段から降りろ。4号館の地下が一番近い」
背中に届く情けの声にアンロップは従わなかった。
代わりになけなしの魔力で【土塊団】を撃ち放った。
慌てふためく見物客の悲鳴を背中に、アンロップはその場を去った。
「あれが、墓場の女王か」
甲羅状の【銀の盾】で受け止めると、エリツキーは呟いた。
◆
アンロップが全快するまでには三日を要した。
その間自宅に篭もることは苦痛だったが、仕方がなかった。女子寮は基本二人一組のため、アンロップと同居人になろうなんて酔狂な女生徒はいなかった。
静養している間は、東の国の名作に思いを馳せてみたり、美少年同士の耽美な物語を読み耽ることで、なんとかやり過ごすことができた。
三日ぶりの登校で、アンロップがやることは決まっていた。
墓場の女王としての地位を取り戻すべく、また墓標を築いていく。階段から蹴り飛ばしたマグナに、あの侮蔑の目を向けた女生徒たちに墓標を送るだけだ。
「やめておけ」
教育棟3号館の渡り廊下の途中。マグナの教室へ向かうアンロップを止めたのは、エリツキーだった。壁に背をかけた彼女は命知らずへと警告を送る。
「あの馬鹿は、お前の手に負える相手ではない。下手に手傷を負うだけだ」
親切心からの忠告も意味はなかった。
「うひひ」
いつだってアンロップは奇妙な笑い声を立てるだけ。
人の安寧への道を邪魔する者だけは許すわけにはいかなかった。
「おいおい。ご指名はあたしじゃねえのか」
ギイと、椅子を傾けたマグナが教室の引き戸から顔を出す。
「他人の喧嘩に水差してんじゃねえよ、エリツキー」
「黙れ」
エリツキーは無駄口を叩くより、行動で示した。
手元から【銀の短刀】を飛ばすと、マグナの椅子の脚を突く。
バランスを崩したマグナが盛大に転げ落ちた。
マグナは、周囲から失笑を買うこととなった。
「……テメエ」
「階段から転げるよりはマシだろ」
そのまま四足で飛び掛かる寸前のマグナを、エミが必死に押さえた。
「誰か、カーチェちゃん連れてきて! お願いだから!」
エミの叫び声に咄嗟にクラスメイトが動いた。
白亜の城が半壊した影響で、教育棟3号館に間借りしているのに、その仮の教室すら青空教室になったら、堪ったものではない。カルチェット理事長からも、「次やったら、連帯責任で教室はアウロイ高地にするわよ」と脅されてもいる。
エミに続けと、クラスメイトは狂犬を押さえにかかる。
「上等だ。エリツキーも、カーチェも、うひひも全員まとめて」
かかってこいや――と威勢の良い声は続かなかった。
ごん、と【黒い匣】が頭を叩いて、マグナの意識を奪った。
エリツキーとアンロップの視線が実行犯へと伸びた。
黒髪ロングを揺らす女生徒は人の良さそうな顔で、ひらひら手を振る。
「なーに。単なる通りすがりの親切さんや」
「自分で言う親切ほど信用できないものはないな」
「なんや酷い物言いやな。あっ、あめちゃん食べる?」
「いらん」
バッサリ切り捨てられると、彼女はそのまま渡り廊下を進む。
「あんたは、あめちゃん食べる?」
バチンと、アンロップは差し出された手を打ち落とす。
「なんや、けったいな連中やな……まあええわ」
「ごゆっくり」と、後の体育教員、白石は飄々と去っていく。
一触即発の廊下を何事もなく歩く。白石の顔つきもあって、周囲の人間は全員、狐につままれたような顔で数秒ほど固まっていた。
「邪魔が入ったが、これでお望み通りだろ」
渡り廊下を整えた二人は向かい合う。
「うひひ」
アンロップの笑い声を契機に、二人の喧嘩の火蓋は切って落とされた。
決着までに長い時間はかからなかった。分針が三回転する間に【銀の針】がアンロップを制服ごと地面に縫い付けた。
「悪いな。私は強いんだ」
エリツキーが【銀の針】を解除するも、アンロップは足腰が立たない。二人の実力の差は歴然だった。後に万年四位と揶揄されるが、エリツキーは化け物ひしめく"三人の戦姫"の時代で、四番手につける魔法少女だ。
ただ、墓場の王を寝かせたエリツキーへの賞賛はない。
数年前まで、まだ根深く残っていた差別意識がこの時代にはある。
――あの悪魔の魔法、錬金術ですわ。
――忌々しいリッシュ=ウィーンの血よ。
――なんで、あんな娘がいますの。
銀髪差別。
セントフィリアの歴史上、最大の背信者と同じ髪色を持つ者への当たりは強かった。御三家の一角"ヴァイオリッヒ家"の家名を持つ者以外の銀髪へ、セントフィリアの人間は良い顔をしなかった。
銀髪を持つ者は、髪色詐欺する者がまだ大多数だったこの時代、エリツキーは頑なに銀髪を染色することを拒んだ。
「この髪色は……母親からの贈り物だ」
ぎりと奥歯を噛み締めて、エリツキーは吠える。
「それを誇ることの何がおかしい――ッ!」
しんと見物客が静まり返ると、エリツキーは鼻息を荒く鳴らす。
悠然と歩き、床に伏せるアンロップへと肩を貸して起こした。
「……下ろして」
「却下だ。どうやら貴方はひどく方向音痴で、保健室への行き方を知らないようだ」
身体をよじり嫌がるも抵抗は薄かった。アンロップは、エリツキーの姿にあの不遇な騎士の姿を重ねていた。
結局アンロップは、エリツキーの手で4号館の地下室にある保健室へ寝かされた。そこからは泥のように眠っていて、気付けば夕日が沈みかけていた。こんなに長時間安眠できたのは、久しぶりの経験だった。
「調子はどうだ」
保健室へ入ったエリツキーの両手には、二人分のお盆がある。リルレッド先生に便宜をはかって貰い、閉店間際の学食棟の一店から譲り受けた食事だ。食材がなかったので、内容はケチャップライスと卵だけのオムライスだ。
「……何の用」
「うひひ」と笑うことはなかった。
見舞い客兼加害者にアンロップは良い顔をしない。一度寝て頭が冷めると、肩を預けた自分に恥ずかしさを覚えてすらいた。
不意にぐうと音が鳴る。アンロップの腹の音だ。
どれだけ取り澄ましても顔は赤く染まっていく。
「腹が減るぐらいなら、大丈夫だ。食え」
押し付けられたオムライス皿を押し返すも、エリツキーは有無を言わさない。ぐいと押し返して、無理やりアンロップに受け取らせた。
お互いに無言だった。
純白のベッドで上体を起こすアンロップ。
横にパイプ椅子を広げて座るエリツキー。
あまり二人とも自分から口を開くタイプではなかった。保険教諭が席を外している今、手元のオムライス皿から湯気だけが上がっていった。
「なんで、助けたの」
先に口火を切ったのはアンロップだった。
自分にまとわりつくエリツキーという存在は、あまりに不可解だった。
「気になった……からか。貴方は私に似ていた」
「不幸な境遇にいるとでも、同情なの?」
詰問するアンロップに、エリツキーは真っ直ぐ答えた。
「ああ、そうだ」
清々しいまでの申し開きに、一瞬アンロップは言葉を失う。
「可哀想だと思った。だから助けた」
「勘違いしないでよ。私は可哀想なんかじゃない。可哀想なのは、勝手に仲間意識を持ってる貴方の腐れ脳みそだけよ」
「ふふ」とエリツキーは薄く笑った。
何がおかしいのかと、アンロップは怪訝な顔をする。
「そうか。喋ると、そんな感じなのか」
微笑ましい眼差しを受けて、アンロップの胸がざわつく。
「何が可笑しいのよ――ッ!」
血相を変えてアンロップは証明する。
「私は可哀想なんかじゃないの。一人で日陰で楽しく生きてるのよ。放っておいてよ。居場所さえあれば幸せなの。人生を費やしても読み切れない本があれば、十分なのよ。だから私は決して」
――可哀想なんかじゃない。
そう断言するも、エリツキーの目は同情的だった。
雨のなか捨てられた猫を見るように優しかった。
「貴方は何にそんなに怯えている」
「……怯えてなんかいない」
「他人を排斥するのは強さじゃない。弱さだ」
強くないと落ち着かない弱者の性をエリツキーは知っていた。
かつての自分と同じ立ち位置にいるアンロップの孤独が、エリツキーにだけは透けて見えていた。うすっぺらな強がりが見ていられなかった。
「一人で生きるのは辛いに決まっている」
「知ったような口を聞くんじゃないわよ!」
「少なくとも、私は」
――辛い。
それはあまりに弱々しい声音だった。
錬金術で数多の銀の武器を製造する魔法少女ではない、エリツキーという何一つフィルターのかからない個人の声だった。
銀髪差別で距離を置かれ、帰る家には誰もいない。
天涯孤独のエリツキーは強がることにもう疲れていた。
「もし良ければだが」
いそいそと、エリツキーは通学カバンから紙を取り出す。
友達がいない彼女も初体験なのだ。どういう風に誘えば良いかわからない。
「私のルームメイトになる気はないか」
既に予約を入れたも同居人が見つからない、女子寮入居の申請書。
大事そうにクリアファイルにしまわれた紙には、一人分の判しかない。
似たような物にアンロップも見覚えがある。もっとも彼女のバッグに眠る申請書はしわくちゃで紙くず同然だったが。
「……なによ」
アンロップは自然と顔を伏せていた。
隠し切れないと知りながらも。
「貴方の方が可哀想な子じゃないの」
いつぶりかわからない涙が頬を伝い落ちた。
おばあちゃんが死んでから感じたことがない温かい感触が、アンロップの頬を優しく撫でていった。
もう泣いちゃいけないと思っていた。本当は一人で生きるのは寂しくて、空洞の胸に隙間風が吹くのが堪らなく苦しかった。毎日真綿で首を絞められているようで生きることが辛かった。一人は嫌だった。
「よろしく頼む、ガンロック」
「……ガンロック?」
久しく呼ばれたことがない家名に、アンロップの反応が遅れる。
高名な作家、ガンロック=ノーテルスを知る者は、アンロップを家名で呼ぶことはなかった。同じ血筋ではないと、侮蔑するように名前を、あるいは墓場の女王と彼女を呼んでいた。
「いや、その何だ」
目を泳がせ、エリツキーは頬をかく。
「友達を……だな。下の名前で呼ぶのは、その、恥ずかしいのだ」
不器用な友人に、今度はアンロップが微笑ましげに笑った。
「いいよ、ガンロックで。私はその家名の方が好きだから」
「そうか。それじゃあ、私も家名で読んで欲しい」
「うん。わかったよ、エリちゃん」
「……エリちゃん。それ私のことだよな」
可愛らしい呼び名に戸惑いを覚えるエリツキーが可笑しかった。
「うひひ」
自然とアンロップの口を、いつもの笑い声がついていた。
それからアンロップはエリツキーと一緒にオムライスを食べた。少し冷めたそれは、死ぬほど美味しかった。誰かと一緒に食事をとったのはいつぶりかも、彼女はよく覚えていない。
この日、墓場の女王アンロップは死に、ただのガンロックが息を吹き返した。
母親が汚すというなら、敬愛する祖母の家名は自分が磨くと決意する。
ただ、一つだけ天国にいるおばあちゃんに謝らないといけないことがあるとすれば、ガンロックは銀髪の魔法使いが大好きだった。
「うひひ」
奇妙な笑い声を立てて、ガンロックは自分の物語を歩み出す。
同居人のガンロックは知っている。
彼女が隠し持つ、男性同士の"あーん"な秘蔵本の置き場所が、ときおりいつもと違う配置になっていることを。
「ガガガ、ガンロックか。今日は早かったな」
用事があると伝えてから、不意打ちの帰宅をした日のこと。
ガンロックを迎え入れたエリツキーはトマトのように真っ赤だった。




