出会い、そして逃走
仕事が遅く終わり、辺りはもう真っ暗になっていた。俺は早く家に帰りたくて、1人夜道を足早に歩いていると。
「あ、あのっ!…すみません…」
誰かが野良猫のように電柱の影からとびだしてきた。
「ひゃっ!?……え、え?な、なんですかぁ?」
余りにも突然声をかけられたので、俺はオカマのような返事をしてしまった。
「わ、私、そ、そう!実は幽霊みたいなんです!」
「はぁ?え、えっ?ちょ、まって、何の話し!?」
「だから!私気付いたら幽霊になってたみたいなんですってばぁ!」
彼女は自分でも分けが分からなそうな口振りだった。
正直俺は困った。宗教の勧誘程度ならまだ分かりやすかったが、自分が幽霊だと言って話しかけられたのは初めての事だったからだ。
「あ~うん、なる程、なる程ってなるかっ!」
「私にも分からないんです…ぐすっ…私気がついたらこの場所にいて、自分が誰なのかも覚えてなくて、うぅ…ぐすっ…」
「な、泣くなよ」
泣きたいのは俺の方だった。
「警察とかは行ったのか?」
そこで俺は国家権力に助けを求めればいいんだと、ピコピコと頭の中で閃いた。
「駄目なんです…あなたが来る前から、色々な人に声をかけてみたんですけど」
「うん?なになに?」
「誰も私の事見えてない様子で、あ、あなたが初めてなんです!会話が通じたの!」
「はぁ、左様でござるか」
どうやら俺の脳はオーバーヒートしてしまったようだ。
「もう!真面目に聞いて下さいよぉ」
「俺にどうしろって言うんだよ」
「私の考えでは、多分何かしろの無念とか、やり残した事とかがあって成仏出来ないでいるのかなって、ほら!幽霊ってそう言う存在だと思うんですよ!」
「思うんですよって君、自分の事じゃないか」
「それで、その理由を一緒に探して私の事を成仏させてもらいたいなって」
そう言って彼女はニッコリ笑った。
「い、や、だ」
「な、ななななんでですかぁ!」
まさか断られるなんて思っていなかった様だ。彼女は腕をブンブン振り回しながら焦っている。
「だって、そんな事面倒くさいし」
「うぅ…」
「大体そんな事して何か俺に得があるの?」
「ないです…」
「俺だって暇じゃないんだよ、明日だって朝から会社であのハゲの相手をだな」
俺が課長のハゲ具合を彼女に説明しようとした時だった。
「いいんですか?」
「ひょえ?」
俺の口から間抜けな声が漏れた。
「あなたの事呪っちゃいますよ!それでもいいんですか?」
彼女は何を言ってるんだろう、俺は等々付き合いきれなくなって本気で逃げようかとクラウチングスタートの構えをとった。
不意に横を見たら彼女の足元が目に入ってきた。
「あ、あれ?」
ーー全身に鳥肌が立つ。
「あのー、1つ質問なんだけど」
「はい」
「なんか君の足見えないんだけど」
「はい」
「それに宙に浮いてる様に見えるんですけど」
「はい」
「良く見たら身体も透けてるんですけど」
「はい」
「もしかして本当に幽霊なの?」
「はい」
俺は彼女に背負い投げを決め、猛スピードで家まで逃げた。