魔物と花
ある日、人間たちと魔物たちの戦争が始まりました。
これは魔物たちが人間のいる国に攻めていくときのお話です。
ある魔物がいました。
魔物の『彼』は父と母を人間に殺されました。
魔物たちは何もしていないのです。
何もしていないのに、人間は魔物を見つけると、ただ醜いという理由だけで、片っ端から殺しました。
魔物たちは怒り狂いました。
奴らは、我らを殺し、土地を奪い、奪った土地を枯らす!
もう我慢できない!
戦争だ!人間を殺せ!仇を討て!
家族を殺された魔物たちは口々に叫びます。
『彼』もその中の一匹でした。
ついに、戦争の日がやってきました。
魔物たちは自分の家族を殺された怒りを胸に、人間の国へ行進していきます。
人間を殺せ!奴らに我々の苦しみを思い知らせてやれ!
魔物たちは口々に叫びます。
何千、何万という魔物が、人間の国に向かって行進します。
途中で出くわした兵隊たちを片っ端から殺しながら、魔物たちは人間の国に向かって行進します。
『彼』も叫びました。
復讐だ!家族の仇を!
その時です。
ふと、『彼』は足元を見ました。
足元に一輪の花が咲いていました。
その花は、辺り一面が荒野だというのに、ピンク色の美しい花を咲かせていました。
『彼』は花を踏みそうになりましたが、慌てて足を退かせました。
そして思ったのです。
美しい、と・・・。
『彼』は戦いには参加せず、ずっと花を見つめていました。
復讐を忘れてしまったのです。
他の魔物たちからは、罵声を浴びせられ、臆病者扱いされました。
戦争は魔物の勝利に終わりました。
復讐を終えた魔物たちは自分たちの巣へ帰っていきます。
『彼』は自分の巣に戻った後も、あの花のことを考えていました。
荒野に咲いた花のことを。
どうして、あのような所であれほどまでに美しい花を咲かせられるのだろう。
不思議に思った『彼』は、来る日も来る日も、この花の所へ訪れました。
すっかり、この花に心を奪われてしまったのです。
しかし、花の咲いている所は荒野。
徐々に花は元気をなくしていきます。
『彼』は水を探しました。
けれど、辺り一面の荒野には水なんてどこにもありません。
『彼』は魔物の巣へ戻り、水を手ですくって、花の所へ持って行こうとしました。
けれど、どれほど急いでも花の所へ着くまでに水は、手の中から無くなってしまいます。
自分にはどうすることもできないのか。
『彼』は花の前に跪き、涙を流しました。
この美しい花は、もう枯れてしまうのだ、と。
『彼』の目から溢れる大粒の涙は、花の周りにたくさん落ちました。
一晩中涙を流した『彼』は、疲れ果て眠りに落ちてしまいました。
次の日、『彼』は自分の目を疑いました。
枯れかけていた花が、元気になっているではありませんか。
『彼』はとても喜びました。
それから、また毎日のように『彼』は花の所へ訪れるようになりました。
ある日のことです。
『彼』は、いつもの様に花の所へ行きました。
けれど、その日はいつもとは違いました。
隣国の勇者が魔物退治のために、この地へやってきたのです。
『彼』は勇者を恐れ、近くの木の陰に隠れました。
勇者はとても強いのです。
見つかってしまえば、殺されてしまいます。
『彼』はそっと様子を窺いました。
勇者は辺りを見回しながら歩いています。
しかし、勇者は足元を見ていませんでした。
危ない!
『彼』は咄嗟に勇者の足を払いのけました。
勇者が、あの美しい花を踏みそうになったのです。
おのれ、出たな魔物め!
勇者は剣を抜きました。
しかし、『彼』は逃げませんでした。
驚くことに、『彼』は美しい花の上に覆いかぶさったのです。
花が踏まれてしまわないように、と。
しかし、勇者はそんなことには気づきません。
これを好機と見た勇者は、『彼』に斬りかかりました。
『彼』は倒れませんでした。
いくら斬られても。
いくら血を流しても。
『彼』は花を庇い続けました。
そして、ついに『彼』は息絶えてしまったのです。
勇者は不思議に思いました。
一国を滅ぼした魔物が、たとえ一匹だからと言って、こんなにも弱い物なのか、と。
何かを守っていたのだろうか?
そう思った勇者は、そっと『彼』を退かせました。
そして、『彼』のいた所にある美しい花を見て、勇者は驚きを隠せませんでした。
なんということだ!魔物は、この美しい花を守っていたというのか!
勇者は自分のしたことをとても悔い、そして恥ました。
どうしてあの時に気が付かなかったのだ、と。
勇者は花の傍に穴を掘り、『彼』を埋めてあげました。
それが、勇者が『彼』にできる唯一の罪滅ぼしでした。
今日では、その場所は荒野ではなく、様々な動物が集まるオアシスになっています。
あの美しい一輪の花を取り囲むように、湖ができていました。
もう誰も、花を踏みそうになることはありませんでした。
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