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婚約破棄された聖女候補ですが、浮気した王太子より冷酷辺境伯に溺愛されています

作者: 結城斎太郎
掲載日:2026/05/09

「――よって、リシェル・アルヴェーンとの婚約を破棄する!!」


 その瞬間、王城の大広間が静まり返った。


 いや、正確には静まり返ったあと、ザワッッッッ!!!!!って感じで貴族どもが騒ぎ始めた。


 うるっさ。


 マジで。


 私はゆっくり顔を上げた。


 玉座の前でドヤ顔しているのは、第一王子エドガルド。


 私の元婚約者。


 ……元、ね。


「リシェル。お前のような冷たい女ではなく、私は真実の愛を選ぶ」


 その隣に寄り添っているのは、男爵令嬢のミレイナ。


 潤んだ瞳。


 細い肩。


 守ってあげたくなる系の顔。


 はいはい。


 で、その裏で王子と不倫してたわけね。


「リシェル様が怖かったんですぅ……っ」


 いやお前が私のドレスにワインぶっかけたんだろうが。


 被害者面うまいな。


「王子殿下……!! 私はただ、愛されただけなのです……!!」


「ミレイナは悪くない!!」


 悪くないのはどの口だ。


 私、普通に過労で倒れるまで公務やってたんだけど。


 しかも浮気。


 終わってる。


 私はため息を吐いた。


「つまり、王族としての責任より、不倫相手を選んだということでしょうか?」


「ふ、不倫ではない!! 真実の愛だ!!」


「婚約中に肉体関係を持っておいて?」


「ッ……!!」


 会場がザワつく。


 王妃殿下が頭抱えてる。


 国王陛下は「やっぱりか」みたいな顔してる。


 知ってたんかい。


「リシェル、お前は嫉妬しているだけだ!!」


「いえ全然」


「強がるな!!」


「いや本当に」


 なんなんだコイツ。


 話通じねぇ。


 するとミレイナが、勝ち誇ったように私を見た。


「リシェル様みたいな愛のない方には分からないんですぅ」


 その瞬間。


「――愛がないのは、どちらだ?」


 低い声が響いた。


 空気が変わる。


 会場の温度が、一気に下がった気がした。


 人々が左右に割れる。


 そこを歩いてくる男。


 黒銀の軍服。


 鋭い灰色の瞳。


 辺境伯、クロード・ヴァレイス。


 “氷血卿”なんて呼ばれてる戦争帰りの化け物貴族。


 エドガルドですら顔を引きつらせた。


「ク、クロード辺境伯……なぜここに」


「陛下に呼ばれた」


 短く答えて、彼は私の前で止まる。


 そして。


 片膝をついた。


「リシェル嬢」


「……はい?」


「迎えに来た」


 は?


 会場中が固まった。


 いや私も固まってるけど。


「……どういう意味です?」


「そのままの意味だ。君はもう王家には不要なのだろう?」


「えぇまぁ……今まさに捨てられましたね」


「なら、ヴァレイスに来い」


 クロードは淡々と言った。


「俺が必要とする」


 その瞬間。


 エドガルドが叫んだ。


「待て!! リシェルは私の――」


「婚約破棄したのでしょう?」


 私が言うと、王子は詰まった。


 アホなのかな。


「で、ですが……!!」


「安心してください。返品は受け付けませんので」


 笑顔で言ってやった。


 するとクロードの口元が少しだけ上がった。


 え。


 今、笑った?


 この氷の塊みたいな男が?


「行くぞ」


「え、今ですか?」


「今だ」


「荷物とか」


「用意させてある」


「仕事早……」


 私は最後に振り返った。


 真っ青な顔のミレイナ。


 悔しそうなエドガルド。


 そして、どこか安心した顔の国王陛下。


 ……あぁ。


 なるほど。


 王家もコイツを持て余してたんだ。


「では皆様、ごきげんよう」


 私はスカートを摘み、優雅に礼をした。


「浮気男のお世話、頑張ってくださいね」


「リシェル!!!!!」


 絶叫が響いた。


 知らん。


 もう他人だ。


 ◇


 ヴァレイス領は、噂と違って温かい場所だった。


 民は笑っているし、街は豊か。


 何より――。


「リシェル様!! 旦那様がまた大量にドレスを!!」


「は?」


「宝石も追加です!!」


「なんで!?」


 クロードが溺愛系男子だった。


 意味分からん。


「似合うと思った」


「限度ってものがありますよね!?」


「足りなかったか?」


「逆です!!!!」


 この人、戦場では冷酷無比なのに、私相手だと距離感がおかしい。


 しかもやたら甘い。


 怖い。


「……なぜそこまでしてくださるんです?」


 夜。


 書斎で聞いてみた。


 クロードはペンを止める。


「昔、君に救われた」


「え?」


「十年前。王都の教会だ」


 ……あ。


 思い出した。


 痩せ細った少年。


 傷だらけで、誰にも見向きされなかった子。


 私はパンを渡しただけ。


「泣きながら食べてた子?」


「泣いてない」


「いや泣いてたでしょ」


「泣いてない」


 絶対泣いてた。


 でもクロードは真顔だった。


「君だけだった」


「……」


「俺に、人間らしく接したのは」


 その言葉は重かった。


 静かで。


 でも、真っ直ぐで。


「だから決めていた」


 クロードが立ち上がる。


 私の前に来る。


「君が泣く時は、俺が奪い返すと」


 心臓が跳ねた。


 近い。


 顔が良い。


 圧がすごい。


「……反則ですよ、それ」


「そうか?」


「そうです」


 すると彼は少しだけ笑った。


「なら、もっと反則をする」


 頬に触れられる。


 熱い。


 いや私の顔が。


「リシェル」


「……はい」


「愛している」


 真っ直ぐすぎて、逃げ場がなかった。


 ◇


 その頃。


 王都では地獄が始まっていた。


 ミレイナは王太子妃教育についていけず、癇癪を起こしまくり。


 エドガルドは公務放棄。


 さらに不正会計まで発覚。


 結果。


「エドガルド王子。継承権を剥奪する」


 国王陛下の一言で全て終わった。


 ミレイナは泣き叫び、エドガルドは取り乱した。


 でももう遅い。


 信頼を裏切った代償だ。


 ◇


「ざまぁみろですね」


 紅茶を飲みながら新聞を読む私に、クロードが言った。


「顔が悪いぞ」


「今さらですか?」


「好きだが」


「急に褒めないでください!!」


 心臓に悪い!!


 クロードは楽しそうに笑った。


 最近この人、めちゃくちゃ笑うようになったな。


「リシェル」


「はい?」


「結婚式は盛大にやる」


「えっ」


「世界一幸せにする」


「……」


 ずるい。


 そんな顔されたら。


「……もう十分、幸せですよ」


 そう言うと、クロードは目を見開いた。


 次の瞬間。


 ぎゅうっ、と抱き締められる。


「ちょ、クロード様!?」


「もう離さない」


「苦しいです!!」


「無理だ」


 ダメだこの人。


 完全に重い。


 でも。


 嫌じゃなかった。


 婚約破棄されたあの日。


 全部終わったと思った。


 けれど本当は逆だったのだ。


 あの日から、私の人生は始まった。


 ――冷酷辺境伯に、甘すぎるほど愛されながら。


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