婚約破棄された聖女候補ですが、浮気した王太子より冷酷辺境伯に溺愛されています
「――よって、リシェル・アルヴェーンとの婚約を破棄する!!」
その瞬間、王城の大広間が静まり返った。
いや、正確には静まり返ったあと、ザワッッッッ!!!!!って感じで貴族どもが騒ぎ始めた。
うるっさ。
マジで。
私はゆっくり顔を上げた。
玉座の前でドヤ顔しているのは、第一王子エドガルド。
私の元婚約者。
……元、ね。
「リシェル。お前のような冷たい女ではなく、私は真実の愛を選ぶ」
その隣に寄り添っているのは、男爵令嬢のミレイナ。
潤んだ瞳。
細い肩。
守ってあげたくなる系の顔。
はいはい。
で、その裏で王子と不倫してたわけね。
「リシェル様が怖かったんですぅ……っ」
いやお前が私のドレスにワインぶっかけたんだろうが。
被害者面うまいな。
「王子殿下……!! 私はただ、愛されただけなのです……!!」
「ミレイナは悪くない!!」
悪くないのはどの口だ。
私、普通に過労で倒れるまで公務やってたんだけど。
しかも浮気。
終わってる。
私はため息を吐いた。
「つまり、王族としての責任より、不倫相手を選んだということでしょうか?」
「ふ、不倫ではない!! 真実の愛だ!!」
「婚約中に肉体関係を持っておいて?」
「ッ……!!」
会場がザワつく。
王妃殿下が頭抱えてる。
国王陛下は「やっぱりか」みたいな顔してる。
知ってたんかい。
「リシェル、お前は嫉妬しているだけだ!!」
「いえ全然」
「強がるな!!」
「いや本当に」
なんなんだコイツ。
話通じねぇ。
するとミレイナが、勝ち誇ったように私を見た。
「リシェル様みたいな愛のない方には分からないんですぅ」
その瞬間。
「――愛がないのは、どちらだ?」
低い声が響いた。
空気が変わる。
会場の温度が、一気に下がった気がした。
人々が左右に割れる。
そこを歩いてくる男。
黒銀の軍服。
鋭い灰色の瞳。
辺境伯、クロード・ヴァレイス。
“氷血卿”なんて呼ばれてる戦争帰りの化け物貴族。
エドガルドですら顔を引きつらせた。
「ク、クロード辺境伯……なぜここに」
「陛下に呼ばれた」
短く答えて、彼は私の前で止まる。
そして。
片膝をついた。
「リシェル嬢」
「……はい?」
「迎えに来た」
は?
会場中が固まった。
いや私も固まってるけど。
「……どういう意味です?」
「そのままの意味だ。君はもう王家には不要なのだろう?」
「えぇまぁ……今まさに捨てられましたね」
「なら、ヴァレイスに来い」
クロードは淡々と言った。
「俺が必要とする」
その瞬間。
エドガルドが叫んだ。
「待て!! リシェルは私の――」
「婚約破棄したのでしょう?」
私が言うと、王子は詰まった。
アホなのかな。
「で、ですが……!!」
「安心してください。返品は受け付けませんので」
笑顔で言ってやった。
するとクロードの口元が少しだけ上がった。
え。
今、笑った?
この氷の塊みたいな男が?
「行くぞ」
「え、今ですか?」
「今だ」
「荷物とか」
「用意させてある」
「仕事早……」
私は最後に振り返った。
真っ青な顔のミレイナ。
悔しそうなエドガルド。
そして、どこか安心した顔の国王陛下。
……あぁ。
なるほど。
王家もコイツを持て余してたんだ。
「では皆様、ごきげんよう」
私はスカートを摘み、優雅に礼をした。
「浮気男のお世話、頑張ってくださいね」
「リシェル!!!!!」
絶叫が響いた。
知らん。
もう他人だ。
◇
ヴァレイス領は、噂と違って温かい場所だった。
民は笑っているし、街は豊か。
何より――。
「リシェル様!! 旦那様がまた大量にドレスを!!」
「は?」
「宝石も追加です!!」
「なんで!?」
クロードが溺愛系男子だった。
意味分からん。
「似合うと思った」
「限度ってものがありますよね!?」
「足りなかったか?」
「逆です!!!!」
この人、戦場では冷酷無比なのに、私相手だと距離感がおかしい。
しかもやたら甘い。
怖い。
「……なぜそこまでしてくださるんです?」
夜。
書斎で聞いてみた。
クロードはペンを止める。
「昔、君に救われた」
「え?」
「十年前。王都の教会だ」
……あ。
思い出した。
痩せ細った少年。
傷だらけで、誰にも見向きされなかった子。
私はパンを渡しただけ。
「泣きながら食べてた子?」
「泣いてない」
「いや泣いてたでしょ」
「泣いてない」
絶対泣いてた。
でもクロードは真顔だった。
「君だけだった」
「……」
「俺に、人間らしく接したのは」
その言葉は重かった。
静かで。
でも、真っ直ぐで。
「だから決めていた」
クロードが立ち上がる。
私の前に来る。
「君が泣く時は、俺が奪い返すと」
心臓が跳ねた。
近い。
顔が良い。
圧がすごい。
「……反則ですよ、それ」
「そうか?」
「そうです」
すると彼は少しだけ笑った。
「なら、もっと反則をする」
頬に触れられる。
熱い。
いや私の顔が。
「リシェル」
「……はい」
「愛している」
真っ直ぐすぎて、逃げ場がなかった。
◇
その頃。
王都では地獄が始まっていた。
ミレイナは王太子妃教育についていけず、癇癪を起こしまくり。
エドガルドは公務放棄。
さらに不正会計まで発覚。
結果。
「エドガルド王子。継承権を剥奪する」
国王陛下の一言で全て終わった。
ミレイナは泣き叫び、エドガルドは取り乱した。
でももう遅い。
信頼を裏切った代償だ。
◇
「ざまぁみろですね」
紅茶を飲みながら新聞を読む私に、クロードが言った。
「顔が悪いぞ」
「今さらですか?」
「好きだが」
「急に褒めないでください!!」
心臓に悪い!!
クロードは楽しそうに笑った。
最近この人、めちゃくちゃ笑うようになったな。
「リシェル」
「はい?」
「結婚式は盛大にやる」
「えっ」
「世界一幸せにする」
「……」
ずるい。
そんな顔されたら。
「……もう十分、幸せですよ」
そう言うと、クロードは目を見開いた。
次の瞬間。
ぎゅうっ、と抱き締められる。
「ちょ、クロード様!?」
「もう離さない」
「苦しいです!!」
「無理だ」
ダメだこの人。
完全に重い。
でも。
嫌じゃなかった。
婚約破棄されたあの日。
全部終わったと思った。
けれど本当は逆だったのだ。
あの日から、私の人生は始まった。
――冷酷辺境伯に、甘すぎるほど愛されながら。




