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第9話:近い距離

城の裏手。


 


 人の少ない、静かな場所だった。


 


 手入れの行き届いていない庭と、古びた石のベンチ。


 


 城の中心とは違い、ここだけは時間が止まっているように見える。


 


 


「やっぱりここにいた」


 


 


 声がした。


 


 


 振り向かなくてもわかる。


 


 


「……ルナか」


 


 


「うん」


 


 


 軽い足音が近づいてくる。


 


 


 隣に座る気配。


 


 


 


「ここ、好きなの?」


 


 


「静かだからな」


 


 


「そっか」


 


 


 


 それだけの会話。


 


 


 だが、妙に落ち着く。


 


 


 


 風が吹く。


 


 


 葉が揺れ、柔らかな音が響く。


 


 


 


「ねぇ」


 


 


 ルナがぽつりと呟く。


 


 


「終わったんだよね、戦」


 


 


「ああ」


 


 


 


「誰も死んでないんでしょ」


 


 


 


 一瞬だけ、言葉が詰まる。


 


 


 


「……ああ」


 


 


 


 それだけを返す。


 


 


 


「そっか」


 


 


 


 ルナは小さく笑った。


 


 


 


「よかった」


 


 


 


 その一言が、静かに響く。


 


 


 


 


「……珍しいな」


 


 


 


「何が?」


 


 


 


「戦の結果で、そう言う奴は」


 


 


 


 普通は違う。


 


 


 勝ったか、負けたか。


 


 


 それだけだ。


 


 


 


「だって」


 


 


 


 ルナは少しだけ空を見上げる。


 


 


 


「勝っても、誰か死んでたら意味ないじゃん」


 


 


 


 


 ――。


 


 


 


 


 何も言えない。


 


 


 


 


 その言葉は、正しい。


 


 


 


 


 そして。


 


 


 


 


 昔の自分には、言えなかった言葉だ。


 


 


 


 


「……そうだな」


 


 


 


 


 静かに返す。


 


 


 


 


 


 しばらく沈黙が続く。


 


 


 


 


 だが、それは重くない。


 


 


 


 


 


「ねぇ、カイン」


 


 


 


 


「なんだ」


 


 


 


 


 


「少しだけ、変わったね」


 


 


 


 


 


 その言葉に、目を細める。


 


 


 


 


 


「前より」


 


 


 


 


「優しくなった」


 


 


 


 


 


「……変わってない」


 


 


 


 


 


 即答する。


 


 


 


 


 


「そうかな?」


 


 


 


 


 ルナは首を傾げる。


 


 


 


 


 


「前はさ」


 


 


 


 


「もっと遠かった」


 


 


 


 


 


「遠い?」


 


 


 


 


 


「うん」


 


 


 


 


「近くにいるのに、遠い感じ」


 


 


 


 


 


「でも今は」


 


 


 


 


 一歩、こちらを見る。


 


 


 


 


 


「ちゃんと、ここにいる」


 


 


 


 


 


 胸の奥が、わずかに揺れた。


 


 


 


 


 


「……気のせいだ」


 


 


 


 


 


「そういうことにしとく」


 


 


 


 


 くすっと笑う。


 


 


 


 


 


 そして。


 


 


 


 


 


「でもさ」


 


 


 


 


 


 一瞬、真剣な顔になる。


 


 


 


 


 


「無理しないでね」


 


 


 


 


 


「していない」


 


 


 


 


 


「違う」


 


 


 


 


 首を横に振る。


 


 


 


 


 


「戦ってないのに、無理してる顔してる」


 


 


 


 


 


 言葉が、刺さる。


 


 


 


 


 


「……そんな顔はしていない」


 


 


 


 


 


「してるよ」


 


 


 


 


 即答だった。


 


 


 


 


 


「だって」


 


 


 


 


 


 少しだけ、視線を落として。


 


 


 


 


 


「ずっと、何か我慢してる顔してる」


 


 


 


 


 


 沈黙。


 


 


 


 


 


 否定できなかった。


 


 


 


 


 


「……そうか」


 


 


 


 


 


 それだけを返す。


 


 


 


 


 


 


「ねぇ」


 


 


 


 


 


 ルナが、もう一度呼ぶ。


 


 


 


 


 


「カインはさ」


 


 


 


 


 


「いつまで、止まったままでいるの?」


 


 


 


 


 


 その一言。


 


 


 


 


 


 心の奥に、落ちた。


 


 


 


 


 


 


 ――止まっている。


 


 


 


 


 


 その自覚は、あった。


 


 


 


 


 


 


「……別に」


 


 


 


 


 


「止まっているつもりはない」


 


 


 


 


 


 


「じゃあ」


 


 


 


 


 


 一歩、近づく。


 


 


 


 


 


「前に進もうよ」


 


 


 


 


 


 


 まっすぐな目。


 


 


 


 


 


 


「ゆっくりでいいから」


 


 


 


 


 


 


「少しずつでいいから」


 


 


 


 


 


 


「ちゃんと、生きようよ」


 


 


 


 


 


 


 その言葉は。


 


 


 


 


 


 優しかった。


 


 


 


 


 


 あまりにも。


 


 


 


 


 


 


「……難しいな」


 


 


 


 


 


 小さく呟く。


 


 


 


 


 


 


「うん」


 


 


 


 


 


 ルナは頷く。


 


 


 


 


 


 


「でも」


 


 


 


 


 


 


 少しだけ、笑って。


 


 


 


 


 


 


「一人じゃないでしょ」


 


 


 


 


 


 


 風が吹く。


 


 


 


 


 


 


 静かな時間。


 


 


 


 


 


 


 何も答えなかった。


 


 


 


 


 


 


 だが。


 


 


 


 


 


 


 ほんの少しだけ。


 


 


 


 


 


 


 胸の奥の重さが、軽くなった気がした。


 


 


 


 


 


 


 ――前に進む。


 


 


 


 


 


 


 その言葉が。


 


 


 


 


 


 


 頭から、離れなかった。

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