第6話:終わっていた戦
三日後。
戦は――始まらなかった。
「報告します!」
王城の会議室に、伝令が駆け込む。
「ヴァルディア帝国軍――進軍停止!」
空気が止まる。
「……停止?」
バルガスが眉をひそめる。
「どういうことだ」
「はっ! 敵陣に混乱が発生!」
「混乱?」
「補給部隊が襲撃され、物資の大半を喪失!」
ざわめきが広がる。
「馬鹿な……我が軍は動かしていないはずだ」
「その通りだ」
静かに言う。
「我々は何もしていない」
「では、誰が――」
「帝国軍自身だ」
沈黙。
「……は?」
理解が追いついていない。
「補給路に“情報”を流した」
「帝国内部で、物資横流しの疑いがあるとな」
「なっ――」
「護衛部隊と補給部隊が互いを疑い、衝突した」
「その結果」
「補給は壊滅」
静かに告げる。
「……そんなことで」
バルガスの声がかすれる。
「一万の軍が、止まるのか?」
「止まる」
即答。
「一万の兵は、腹が減ればただの人間だ」
「食料がなければ、戦えない」
「さらに」
一歩、地図に近づく。
「撤退路にも同じ情報を流した」
「後方でも、同様の混乱が起きているはずだ」
「つまり」
「前にも進めず、後ろにも下がれない」
完全に、詰んでいる。
「……そんな……」
誰かが呟く。
「戦ってもいないのに……」
「終わったのか……?」
その言葉に。
「いや」
首を振る。
「最初から、終わっていた」
戦力差三倍。
普通なら勝てない。
だからこそ。
「戦わなかった」
静かに言う。
その時だった。
「続報!」
再び伝令が駆け込む。
「帝国軍、撤退を開始!」
完全に、決着がついた。
沈黙。
そして。
「……勝った……のか」
王が、信じられないように呟く。
「ああ」
「勝った」
ただ、それだけを告げる。
歓声は上がらなかった。
上げられなかった。
あまりにも現実感がなかったからだ。
「……お前」
バルガスが、ゆっくりとこちらを見る。
「何者だ……」
「宰相だ」
それだけを返す。
それ以上でも、それ以下でもない。
会議室を出る。
廊下は静かだった。
誰も、まだ理解していない。
だが。
これでいい。
戦は終わった。
それだけで、十分だ。
窓の外を見る。
空は、変わらず青い。
――誰も死んでいない。
それが。
何よりも、重要だった。
「……それでいい」
小さく呟く。
戦わない。
その選択は、間違っていない。
そう、思えた。
ほんの少しだけ。
――あの日の罪が、遠くなった気がした




