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右に曲がり続ける円舞曲(ワルツ)


 「最近、デジタルデトックスって言葉、ひそかにブームらしいですね・・・」  カシオはスマホをいじりながら、疲れ切った顔で独り言を漏らした。  睡眠の質が上がる、集中力が戻る、セロトニンがどばーっと出る。専門家もセレブも勧めるその魅惑の響きに、自分だけが取り残されている気がしていた。だが、地図アプリがなければ道に迷い、通知が来なければ不安で死んでしまう。スマホはもはや、生活の一部というより、命の補助装置だった。


 その時、スマホが短く震えた。届いた通知に目を落とした瞬間、カシオは凍りついた。 『頑張ってるね!』『相談にのるよ!』『学院内恋愛リアリティショー爆誕!!!』  次々と届く、脈絡のない野次と声援。 「・・・これ、やってんなぁ。元カノに送ったつもりの未練たらたらLINE、共通の巨大グループに誤爆してる!」  カシオはあまりの羞恥心に、目の前が真っ白になった。今すぐスマホを叩き割り、この世界からログアウトしたい。 「これ、神がくれた強制デジタルデトックスのチャンスだ。よし、スマホを置いて、あの伝説の『静寂の森』へ行こう!」


 数時間後。カシオは人里離れた山道を、フラフラになりながら歩いていた。 「道がわからなくなったら現地の人に聞く。このコミュニケーションこそが旅の醍醐味・・・」


 向こうから歩いてきた村人に、縋るように声をかける。

「すみませーん!『静寂の森』に行きたいんですが、こっちであってます?」

 村人は迷わず逆の方向を指さした。

「あってますよ~。ココを真っ直ぐ行ったところにある橋を渡って、右手の森です」


 礼を言って歩き出すが、行けども行けども橋は見当たらない。

 次に会った村人に聞くと、さらに混乱は深まった。


「この村には川は通ってないですよ。曲がり角の度に右に曲がってください」 「え、それ大丈夫ですか?」 「大丈夫ですよ! 曲がりに曲がったところにある橋を渡って、はしかにかかっても大丈夫な地蔵がいますから」 「はしか地蔵・・・?」


 もはや道案内なのか、ただの怪談なのか判別がつかない。

 ついに森の中で完全に迷ったカシオは、絶望して座り込んだ。助けを呼ぼうにも、スマホはもう手元にない。その時、遠くから声が聞こえた。 「誰かいますかー!」 「います! います!! こっちです!!」


 パッと顔を輝かせて声の方へ駆け寄るが、そこにいたのは一体の「かかし」だった。カラスを追い払うための録音音声が、虚しく虚空に響いている。 「かかし・・・。カラスに『誰かいますか』って聞く必要ある?」


 カシオが脱力して座り込み、リュックから村の名産である団子を取り出したその時、信じられない音がした。


 グーーー。


 かかしが、あからさまにお腹を押さえた。

「え、動いた! かかしに内臓がある!」

 パニックになるカシオの目の前で、かかしは指をチッチッチッと左右に振った。

「デジタルマンだ! お前みたいに『スマホなくても生きられる』なんて言う人間に、デジタルがないとどれだけ困るか思い知らせてやるマンだ!」 「もしかして、さっきの嘘の道案内もあんたの仕業か!」 「そうだ! 道に迷わすのが一番効果的だからな。帰りたければ団子をくれ!」


 デジタルから逃げてきた先で、カシオを待っていたのは「団子レビュー」や「即興団子ダンス」を強要してくる、ネットよりも執拗で面倒なリアルだった。


「YouTubeにちょうどいいBGM上がってたんだけどな~・・・あれ? 電波どこ?

 アンテナ立ってない?」  デジタルマンと名乗りながら、電波のなさに焦り始めるかかし。      

「おーーーい! 何やってるんだよ!」 「・・・お、おーーーい! 地図、持ってまーーーす!」  

デジタルマンは急にアナログな地図を広げ、威風堂々と胸を張った。

「ここはどこですか?」

 カシオが地図を覗き込みながら尋ねると、デジタルマンは真顔で言い放った。 「知らん」

 静寂を求めた旅の果て。カシオは、スマホがない不便さよりも、目の前のデジタルマンという名の「毒」に、ただただ立ち尽くすしかなかった。


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