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裏方聖女は逃げ出した!~ブラック職場やめます!お洒落なカフェハウスの店長になったので、今更戻れと言われてももう遅い!  作者: 柚屋志宇
第1章 鳥籠の裏方聖女

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09話 夜明けと悪夢

 ――三日目。


(あと少しで終わる……)


 疲労が溜まり、魔力が充分に回復できなくなったせいでしょう。

 作業速度が落ちてしまい、三日目になっても未処理の神器が大分残っていました。


 夜になっても終わらず、私は夕食を急いで済ませると、残りの神器たちに光魔法を注ぐ作業を続けました。


(今日中に帰りたい)


 私は今日中に仕事を終わらせて帰りたいという一念で神器に光魔法を注ぎ続けました。

 今は辛くても、この仕事さえ終われば、また薬草園に戻れるのです。


(これが終われば、ぐっすり眠れるんだから……。あと少しよ……)


 薬草園の仕事も日に日に辛くなっていましたが。

 セラフィナ様に任されたこの仕事に比べたら、みんなの畑に光魔法を注ぐ程度のことはラクな仕事にすら思えてきます。


「終わりました……!」


 最後の一つの神器にようやく魔力を注ぎ終わって、私は顔を上げました。


「ご苦労様」


 小間使いも、少しほっとしたような顔で言いました。


 小間使いたちは交代で私に付いていましたが、毎日夜遅くまで作業する私に付き合うのはそれなりに大変だったことでしょう。


「運び出しはやっておきます。ルネは先に休んで良いですよ」

「いいえ……」


 返事をしながら、私は窓の外に目をやりました。


 空はもう、うっすらと、朝焼けの薔薇色に染まっています。


「このまま薬草園に帰ります」

「三時間もすれば朝食よ。朝食はここで食べていったほうが良いのではなくて? 薬草園の食事は質素でしょう」


 小間使いが言うとおり、薬草園の平民巫女のために神殿が用意する食事はここの食事に比べたらとても質素です。


 ここの食事、というか、貴族出身の聖女や巫女たちの食事は、平民巫女とは全く違う豪華なものなのです。

 何故なら彼女たちの実家である貴族が、神殿に多額の寄付をして、娘の生活に不便がないように神殿に融通を効かせてもらっているからです。


「ここで栄養のあるものを食べていきなさいな。朝食の時間になったら起こしてあげるから、それまで少し眠れば良いわ」


 三時間の仮眠をとって朝食を食べてから帰るという、小間使いの提案は良いように思えました。


「はい。そうします」


 全ての作業を終えて、ほっとしていた私は、小間使いの提案を受け入れて朝食の時間まで仮眠をとることにしました。

 心身ともに疲れていましたが、達成感や充実感がありました。


(仕事が終わるまでは余裕がなくて、せっかくの豪華な食事も味わえずに大急ぎで食べていたけれど。今日の朝食はゆっくり美味しくいただけそうね)


 私は与えられている部屋のベッドに倒れ込むようにして横たわると、目を閉じました。

 仕事を終えたことで安心感もあり、私はすぐに眠りに落ちました。


 ですが私には、次の衝撃が用意されていました。



 ◆



「ルネ、朝食の時間よ」


 泥のように眠っていた私は、小間使いに起こされました。

 明け方まで私の仕事に付き合った小間使いとは別の小間使いです。


 そして朝食を運んできた小間使いは、それを私に告げました。


「食べ終わったら、祈祷室へ行ってくれる?」

「え……、仕事はもう終わりましたけど……?」

「まだ残っていたのよ」


 小間使いは眉を下げて、申し訳なさそうな顔で私に言いました。


「祈祷室に置き場がなくて、別室に保管していた神器がまだあったの。ごめんなさいね」

「……」


 私は目の前がすっと暗くなりました。


「……もう、無理です……」


「残っているのは眠り袋よ。あれはそれほど難しくないでしょう」


 眠り袋と呼ばれているのは、魔物の動きを鈍らせる消耗品の神器です。

 光魔法と親和性の高い香木の枝を、粉末状にして、握りこぶしくらいの量を布の袋に詰めたものです。


 ただの香木の粉末を詰めた匂い袋なのですが、聖女が安眠の術を施すことによって、魔物たちに睡魔を与える神器となります。


 安眠の術は魔術ですが、初歩的な術なのでさほど難しくはなく、魔力消費量も低いものです。

 消耗品なので、大抵が三十個くらいが箱に詰められた状態で聖女の元に届けられます。


「食事がすんだら、取り掛かってちょうだい」


 小間使いは明るい笑顔でそう言いました。

 彼女の笑顔を見て、私の中には怒りがふつふつと湧きあがりました。


「……」


 やり残しの仕事が後から出て来たのは、小間使いの落ち度です。

 小間使いたちは交代制で働いていて、私よりよほど余裕があったのに失敗をしたのです。


 私が朝食の後に作業をすれば、彼女たちの失敗はなかったことになります。


 そのときはその理不尽を言葉にできませんでしたが。

 元気で疲労の欠片もなさそうな小間使いが、明るい笑顔で私に仕事を言いつけてくることに、言葉にできない怒りが湧きあがりました。


「……もう魔力が残っていないので、できません……」


 魔力が足りないのは本当のことです。

 私は徹夜で光魔法を注ぎ続けました。

 その後、三時間ほど仮眠をとっただけでは魔力は少ししか回復できていません。


「眠ったんだから回復しているでしょう」

「三時間しか眠っていないので回復していません」

「眠り袋は、あまり魔力を使わない簡単な仕事でしょう」


(簡単なんだからセラフィナ様にだって出来ることよ)


「私はもうこれ以上は無理だと、セラフィナ様に伝えてください」


 小間使いは食い下がりましたが、私は断り続けました。

 いつもの私であれば、小間使いが不機嫌そうな顔や困った顔をすれば、空気を悪くしたくなくて承諾の返事をしていたでしょうけれど。

 今は、湧きあがる怒りが私を後押ししていました。


「仕方ないわね。セラフィナ様に伝えるわ」


(仕方ない……?)


 小間使いは引き下がりましたが、彼女の言葉が引っかかってモヤモヤしました。


 豪華な朝食は、もう味がしなくなっていました。


(でもこれで帰れるんだから……)


 嫌な顔をされて、嫌な思いはしましたが。

 ようやく帰れるとほっとする気持ちもありました。


 ですが……。


「ルネ、出来ないってどういうことなの?」


 すぐにセラフィナ様が来ました。


 私が残りの仕事を断わったことを、小間使いはすぐにセラフィナ様に知らせたようで、私が朝食を食べ終わる前にセラフィナ様が来ました。


 セラフィナ様は、神殿にいらっしゃったのですね……。

 とてもお元気そうです。


 セラフィナ様の溌剌とした美しい姿を前にして、私の心の中の怒りの火が再びゆらりと燃え上がりました。


「まだ仕事は残っているのでしょう? 途中で帰るってどういうことなの?」

「セラフィナ様、私は魔力がつきてしまいました」


 私は今回ばかりは、セラフィナ様のお願いをずるずると引き受けたりせず、断わると決めました。


「魔力がないのでもう出来ないのです」

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