08話 山積みの仕事と嫌な予感
(こんなに沢山あるの……?!)
私は聖女セラフィナ様に呼ばれて、聖女たちがいる神殿の本殿へと行きました。
そしてセラフィナの祈祷室を見て、唖然としました。
(どうしてこんなに…………)
聖女の祈祷室とは、聖女が神器に光魔法を充填する部屋で、平たく言えば仕事部屋です。
通常であれば、聖女の光魔法を待つ神器たちが、高価な布がかけられた祭壇のような台の上に整然と鎮座していて、厳かな祈りの場のような雰囲気の部屋です。
通常であれば……。
しかし今、セラフィナ様の祈祷室は、まるで物置部屋のように大小の神器が所狭しと散乱していました。
台の上や整理棚に収まり切らずに、あろうことか床に置かれている神器もあります。
「猛暑のせいで植物が枯れて、魔物たちのエサが減ったらしいの。それでエサを求めて人間の集落に出て来る魔獣がすごく増えているんですって。魔獣との戦闘が増えたせいで、光魔法を消耗した神器が沢山送られて来るから、もう大変よ。困っちゃうわよね」
セラフィナ様はにこやかな笑顔で、他人事のように私にそう説明すると、悪びれずに言いました。
「ルネなら、このくらいすぐ出来るわよね」
「……いえ、これは……ちょっと……」
沢山の神器たちを前にして茫然としながら、私は言葉を濁しましたが。
セラフィナ様は朗らかな笑顔で言いました。
「ルネはいつも出来ているじゃない。頼りにしているわよ」
「……でも、量が多いので……」
「三日もあれば出来るでしょう?」
そこにある神器の量は、夜まで働けば何とか一日でできる仕事量の、三倍ほどの量でした。
いつもの三倍の量だから、セラフィナ様は単純に三日間と計算したのでしょう。
ですが丸一日ギリギリの状態まで働いて翌日は休む場合と、三日連続でギリギリの状態で働き続ける場合とでは、全く条件が違います。
「……」
私は今までセラフィナ様のお願いを断わったことがありませんでした。
でも魔力欠乏が心配だったので、おそるおそるセラフィナ様に言いました。
「……こんなに沢山は、三日では無理だと思います……」
「四日間、泊っても良いわよ」
「いえ……それは……」
「民たちが魔獣の被害で困っているのよ。だから急いでやって欲しいの」
セラフィナ様は神妙な顔で、私を諭すように言いました。
まるで私が聞き分けがない子供で、セラフィナ様に道理があるかのように。
「今、大勢の民たちが魔獣のせいで危険に晒されているの。普段は見かけない凶暴な魔獣も出て来ていて、あちこちで民たちが襲われているわ。民たちを守るためには光魔法の神器が必要なの。解るでしょう? この仕事にはみんなの命がかかっているのよ」
「……」
セラフィナ様のこのお願いを断わることは、魔獣に襲われている人々を見殺しにするのと同じであるように思えて、罪悪感が私の心を重くしました。
何か違うとモヤモヤを感じましたが。
神器によって人々を魔獣被害から救えるのは事実です。
魔獣の危険に晒されている大勢の人々を見殺しにはできません。
「……はい。解りました」
私が承諾すると、セラフィナ様はぱっと笑顔を浮かべました。
「ありがとう、ルネ。魔力をたくさん使うでしょうから食事は栄養がつくものを用意させるわね。必要なものがあったら小間使いに遠慮なく言ってね」
「はい……」
「じゃあルネ、お願いね」
そう言い、セラフィナ様は踵を返しました。
(え……?! セラフィナ様は一緒に仕事をするんじゃないの?!)
「セラフィナ様!」
祈祷室から出て行こうとするセラフィナ様を私は呼び止めました。
「セラフィナ様はどこへ行かれるのですか?」
「フィリップ殿下のお召しなのよ」
セラフィナ様は少し困ったような顔で微笑み、婚約者であるフィリップ王子殿下の名を出しました。
「どうしても出席しなければならない行事があるの。フィリップ殿下のお誘いだから断れないのよ。困っちゃうわよね」
セラフィナ様は満更でもないような明るい声でそう言いました。
そしてすでに心ここにあらずといった様子で、くるりと私に背を向けると、軽やかな足取りで去って行きました。
「……」
茫然としている私に、私の世話係として残っている小間使いが声を掛けました。
「ルネ、仕事を始めてください」
「……はい」
◆
それから私は、祈祷室で神器に光魔法を注ぐ作業に取り掛かりました。
「ここまで終わりました」
「そう。ではこれは運び出しますね」
光魔法を注ぎ終わった順に、小間使いは神器を運び出して行きます。
祈祷室に散乱していた神器たちは少しずつ片付いていきました。
(……畑の薬草たちは大丈夫かしら)
祈祷室には高級品である氷の魔石が置かれていて空気を冷やしていました。
氷の魔石のおかげで祈祷室の熱はやわらいでいますが、窓の外には真夏の強烈な日差しが溢れています。
(外は暑そう。帰ったら薬草たちに癒しの魔術をかけないと……。でもその前に、ここの神器たちだわ)
まだまだ沢山残っている神器たちを、私は見回しました。
――他人の手伝いなんて、やらなくても良いことなんだから。
ジルさんの言葉が頭に閃きましたが。
大勢の人々が魔獣の被害に合っているのです。
やらないわけにはいきません。
――優しさを与える相手を間違えちゃいけない。
(大勢の人々を助けるためですもの。間違ってなんかいないわ)
モヤモヤする自分の心を無意識に欺きながら、私は神器に光魔法を注ぎ続けました。
ですが、二日目の午後から、だんだんと魔力が思うように注げなくなりました。
(疲れが溜まっているんだわ……)
心の中のモヤモヤの中に、嫌な予感もありました。
その嫌な予感は的中することになります。
私の予想を超えた方向で。




