70話 スタイン公爵家のティータイム
「父上、母上、お邪魔いたします。お二人ともご健勝そうで何よりです」
ホバートは今日、両親スタイン公爵夫妻と共にお茶が飲みたいと申し出て、スタイン公爵邸の一階にある居間に足を運んだ。
「おお、ホバート、よく来た」
スタイン公爵夫妻は、生まれつき虚弱だった一人息子ホバートを溺愛して育てた。
しかしホバートは子供時代が終わると、両親の過保護に辟易とするようになり、両親とは距離をとって自室で過ごすようになった。
しかし今日ホバートは両親に時間をとってもらうことにした。
カフェハウスで購入した光魔法料理のクッキーの効果を試すためだ。
久しぶりに歩み寄ってきた一人息子を、両親は大歓迎した。
「何か相談事かね。遠慮なく言いなさい」
「そうよ、ボブちゃん、何でも言いなさい」
ボブちゃんというのはホバートの子供時代の愛称だ。
母スタイン公爵夫人にとってホバートはまだ小さな子供らしく、今でも彼女はホバートのことをボブちゃんと呼ぶ。
「父上、母上、実はご賞味いただきたいクッキーがあるのです」
そう言いホバートが指をパチンと鳴らすと、給仕が得たりと、皿に乗せたクッキーをスタイン公爵夫妻に配膳した。
「これは?」
「ペットのおやつかしら?」
貴族のティータイムにふさわしくない素朴なクッキーに、スタイン公爵夫妻は首を傾げた。
「父上も母上も魔力が強くていらっしゃる」
ホバートのその言葉に両親は笑顔を浮かべた。
「もちろんだ。私たちをおだてて何を企んでいるのかな?」
「ボブちゃんったら、欲しいものがあるならはっきりおっしゃい。何でも買ってあげますよ。ほほほほ……」
溺愛する一人息子の我儘を待ち構えて楽しそうにしている両親に、ホバートは何はともあれクッキーを勧めた。
「まずはそのクッキーを召し上がってください。高魔力であればきっと味が解るはずです」
「ほう? 味が?」
「魔力に関係があるの?」
ホバートに勧められて、スタイン公爵夫妻は素朴なクッキーに手を伸ばした。
夫妻は楚々と皿の上でクッキーを割り、一口大にすると、口に入れた。
「っ!」
「……!」
スタイン公爵夫妻は驚愕に目を見開いた。
「こ、これは!」
「美味しいわ! 見た目はペットのおやつなのに! 極上の味だわ!」
夫妻はさらに楚々とクッキーを割り、一口大にしたクッキーの欠片を次々と口に放り込んだ。
そしてあっという間に食べ終わった。
「おかわりを!」
スタイン公爵は給仕に命じたが、給仕は困ったように眉を下げた。
「そのクッキーは坊ちゃまが持っていらしたもので、一枚ずつしかないのです」
「なんだと! ホバート、もう無いのか?!」
スタイン公爵は血相を変えてホバートに問い掛けた。
「ボブちゃん、このクッキーはどこで手に入れたの?!」
スタイン公爵夫人も目を爛々と輝かせてホバートに質問した。
「市井の茶房で買ったものです」
ホバートがそう答えると、スタイン公爵夫人は獲物を狙う猛禽類のように目をギラつかせてスタイン公爵に言った。
「あなた、店ごと買い取って! すぐに! どんな手を使っても!」
「うむ、市井の店などすぐに手に入れよう!」
スタイン公爵は妻のおねだりに権力者の威厳をもって堂々と答えた。
「良い値を支払えば平民は喜んで従うだろう。平民が店を営業するのは金のためだからな。私に任せなさい」
高位貴族らしく早くも策謀を巡らせはじめた両親をホバートは制した。
「父上、母上、落ち着いてください。店が入っている建物はすでに私の所有物です。私は建物の所有者として店主と契約いたしました」
「ホバート、でかした!」
「さすがは私たちのボブちゃんね!」
スタイン公爵夫妻はホバートの仕事の早さを褒め称えた。
ホバートは両親の賛美を受け取ると、しかし表情を引き締めて言った。
「実は、店主は父上もご存知の人物です」
「はて?」
スタイン公爵は首を傾げた。
「平民の飲食店に知り合いはいないが……」
「フィリップ王子殿下が調査を行った、神殿の薬草園でのいじめ事件を覚えていらっしゃるでしょうか。黄金世代の巫女たちが、平民の巫女をよってたかっていじめていた事件です」
ホバートはしかつめらしい顔で説明をした。
「私の元婚約者だったメレディスも、いじめの加害者であり、平民の巫女をいじめて手伝いを強要していました」
「ああ」
スタイン公爵は肯定の返事をした次の瞬間、はっとした表情をした。
「店主はその平民の巫女か?!」
「そうです」
ホバートはスタイン公爵の反応に微笑みを返した。
「店主は、神殿で黄金世代にいじめられていた平民の巫女ルネです」
「平民ながら高魔力の巫女だったらしいな。バンクス公爵が出奔した巫女の行方を探しているという噂だ。ホバート、見つけたのか!」
「はい。ポーションの味で解りました」
ホバートは威風堂々と答えた。
「さすがはホバートだ!」
「ボブちゃんはポーション専門家ですものね!」
ホバートの特技を知る両親はやんややんやと褒め称えた。
ホバートは自信満々に説明した。
「今、評判になっている最高級のツベルギア・ポーションをご存知でしょうか」
「無論だ。神殿のポーションより品質が良いという評判だな」
「市井でその上級ポーションを製薬していたのが、神殿でいじめられて出奔した元巫女ルネだったのです。ポーションの味で確信しました。それで私は、市井の薬師となったルネを影ながら支援しておりました」
「もしや我が家の御用達にしたいと言っていた下町の薬屋か?」
「ボブちゃんが良いポーションを見つけたと言っていたあれかしら?」
「その薬屋です。薬師ルネはその薬屋で働いていたのですが、先頃、カフェハウスという茶房を開店したのです。先程のクッキーはその茶房で出されている品です」
「なるほど。元巫女の薬師が作った薬膳クッキーなのか」
「いいえ、父上、クッキーの作成者は別の薬師です」
「訳がわからんぞ」
説明を求めるスタイン公爵に、ホバートは滔々と語った。
「茶房の店主が元巫女ルネで、茶房の料理人が薬屋の娘ニーナです。クッキーを作ったのはニーナで、ルネはカフェを煎れています。二人とも光魔法使いです」
ホバートの説明に耳を傾けていたスタイン公爵夫人は面白そうに笑った。
「光魔法使いが二人もいるお店なのね」
「はい。神殿の薬草園や大手の薬屋ならともかく、光魔法使いが二人もいる茶房は珍しいと言えます。絶品なのは先程のクッキーだけでなく、すべての品が絶品です。そして私の推測では……」
ホバートは、世界の謎を解き明かすかのように神妙に語った。
「おそらくこの味は、高魔力の者にしか解らない」
「そうなのか?」
「面白いわねぇ」
「それを検証しようとクッキー十皿分を買って持ち帰ったのです。高魔力の父上と母上は、私の予想通り、この美味がお解りになった」
「十皿分? ではまだクッキーは残っているのかね?」
「はい、あります。これから残りのクッキーを従者たちに食べさせて検証します」
「ホバート、残りのクッキーを出しておくれ。クッキーはまた買えば良いだろう」
「私もおかわりが欲しいわ」
クッキーを要求する両親にホバートはぴしゃりと言った。
「残りのクッキーは検証用ですのでお出しできません。ご理解ください。クッキーがお気に召したなら明日また買ってまいりますので、明日までお待ちください」
「従者で検証するのを明日にすれば良いだろう」
「そうよボブちゃん。主人が従者の後回しにされるなんて、おかしいわ」
両親にやいのやいの言われて、ホバートは仕方なく譲歩して、残りのクッキーの半分を両親に差し出すことにした。
「カフェハウスにはタルトやパイもあります。明日、私が買ってまいりましょう」
「頼んだぞ、ホバート」
スタイン公爵はホバートに光魔法料理の購入を任せたが、スタイン公爵夫人は物欲しそうな目でホバートを見た。
「私もそのお店に行ってみたいわ」
「私は明日の昼食を予約しています。昼食は予約制なのです。明日、母上の分の予約をしてまいりますので、明後日に昼食をご一緒するというのはいかがですか」
ホバートが案を出すと、スタイン公爵夫人はにっこりと微笑んで了承した。
「解ったわ。ボブちゃんの言うとおりにします」




