07話 天の采配
――その年の夏は、例年を上回る記録的な猛暑でした。
(今日も、昨日みたいに酷く暑くなるかしら……)
天の采配による猛暑が、私の人生に転機を与えました。
(地面が熱くなるから薬草の根が心配だわ。多めに光魔法を注いでおこう)
それまで私は自分が見たくないものは見て見ぬふりをして、なあなあにして、言い訳を探して、やり過ごしてきました。
しかし状況が悪化したことにより、なあなあでは乗り切ることができなくなったのです。
平穏な状況では誤魔化してやり過ごせたことが、余裕がない厳しい状況ではやり過ごせなくなり、瓦解することとなりました。
◆
「ルネ、セラフィナ様がお呼びよ」
その日。
いつものように聖女セラフィナ様の小間使いが私を呼びに来ました。
しかしいつもと違ったのは……。
「二、三日泊まってもらうことになるから。お泊りの用意をして来なさい」
「え……?」
セラフィナ様は筆頭聖女になり、お仕事が増えました。
国中の神殿の最高峰である中央神殿の筆頭聖女は、国一番の聖女ですから当然のことです。
この国が所有する神器の中でも、最も威力の高い神器たちが、中央神殿の筆頭聖女セラフィナ様に光魔法を充填してもらうために集められるのです。
威力の高い神器ほど、高魔力と複雑な術式を必要としますので、私はお手伝いに時間がかかることとなり、お泊りしたことが今までに三回ほどあります。
それらは最初からお泊りの予定だったわけではありません。
夜遅くまでお手伝いをしても終わらなかったため、結果的にお泊りすることになったのです。
(最初からお泊りって……。きっと仕事が多いんだわ……)
その年の夏は、猛暑から薬草たちを守るために、光魔法の必要量が増えていました。
朝夕の水やりは当然していますが。
日中の酷い暑さで薬草たちが弱ってしまうので、癒しの魔術を施したり、栄養となる光魔法を多めに注いだりしていました。
(薬草園の仕事も結構大変になっているのに。三日も泊まり込みでセラフィナ様のお手伝いをするなんて……。魔力欠乏で私の成長は本当に止まってしまうかも……)
――他人の手伝いなんて、やらなくても良いことなんだから。
――頼まれても断って良いのよ。
ジルさんの言葉が、私の脳裏に閃きました。
「あの、すみません、お手伝いには行きますが、夕方には帰りたいので……。お泊りはちょっと……無理かもしれません……」
私が恐る恐るそう言うと、小間使いは不愉快そうに眉を歪め、険のある目付きで私を見ました。
まるで私が悪い事をしているとでも言っているような、非難の眼差しでした。
「ルネ、セラフィナ様のご命令よ。自分の立場を解っている?」
「……」
私はいけないことをしてしまったような罪の意識を感じてしまい、心が重くなりました。
空気がピリピリしているように感じて、とても居心地が悪くなりました。
「早く準備をしなさい」
厳しい表情と命令口調の小間使いに、私は了承の返事をしました。
「……はい」
私が素直に従う返事をすると、小間使いは表情をゆるめました。
「……」
彼女の機嫌が直ったことで、私の心にほっとするような安堵感が広がりました。
ですが、もし三日もお泊りするとなると薬草たちのことが心配です。
(こんな暑い時期に三日も畑を放置したら薬草が枯れてしまう……)
「……す、すみません。あの、でも、少し時間をください」
「ルネ、あなたは我儘を言える立場じゃないでしょう」
「薬草が……。畑の世話を、誰かにお願いしないといけないので……。お願いに行く時間をください」
「仕方ないわね。一時間で準備なさい」
「はい、ありがとうございます……」
「急いでね」
「はい……」
◆
私は他の巫女を探すために薬草園に出ました。
すぐに巫女は見つかりました。
巫女見習いたちが働いている様子を見ながら、談笑している三人の貴族巫女がいました。
「シェイラ様、ナタリア様、メレディス様……」
私は三人の貴族巫女たちに近付くと、恐る恐る言いました。
「あの……すみません。……今日から三日間、私は聖女セラフィナ様のお手伝いをしなければならなくなりました。それで……私の畑の世話をお願いしたいのです」
私がそう言うと、それまで朗らかに微笑んでいた三人の顔からすっと表情が消えました。
「あなたの畑を?」
少し不機嫌そうにそう問い返されて、私は心臓がきゅっと縮みました。
先程まで和やかに談笑していた彼女たちの表情は、明らかに凍り付き、空気がピリッと張りつめました。
ですが、これは頼まないわけには行きません。
この暑さで三日も畑を放置したら薬草は枯れてしまいます。
(今まで私はずっとお手伝いしてきたのだもの。一度くらい、お手伝いしてもらえるよね……)
「……はい。お、お願いします。水やりと、あと、元気がなかったら光魔法もお願いします……! 帰ったら、お手伝いしていただいた分はお返ししますので!」
お手伝いした分を返すどころか、私は今まで三年間、彼女たちの畑を手伝って収穫量を倍増させた巨大な貸しがあったのですが。
そのときの私には、そういった視点はありませんでした。
私は深く頭を下げました。
貴族令嬢である彼女たちは、私にお願いごとをするときに頭を下げたことなど一度もありませんでしたが。
平民の私は頭を下げてお願いをしました。
「解ったわ」
シェイラ様たちはにっこりと微笑み、了承してくれました。
「仕方ないわね」
「筆頭聖女さまのお呼び出しではね……」
「いいわよ」
「ありがとうございます!」
私はもう一度深々と頭を下げてお礼を言いました。
(良かった……)
貴族巫女たちに了承の返事をもらえて、私の心は喜びにあふれました。
(やっぱりみんな本当は優しいのよ)
ですがその結果は惨憺たるものとなりました。




