69話 魔法塔とビスケット
――魔法塔。
それは王都にある王立魔法研究所の通称だ。
王立魔法研究所には、星読みのための天文台である高い塔がある。
その高い塔が、この国の最高峰の魔術師が集う王立魔法研究所の象徴となり、いつしか王立魔法研究所は『魔法塔』の通称で呼ばれるようになった。
「やあ、みんな集まったようだね」
宮廷魔術師リロイは、魔法塔の魔道具開発室の中でも特に優秀な魔法士を五人呼び出した。
皆、魔法士の制服である灰色のフード付きローブを纏っている。
「リロイ様、一体何のご用ですか」
「この忙しいときに」
魔法塔の中では魔法士たちは同じ研究者として気さくな付き合いをしていた。
そのため彼らは、上司であるリロイに対してもざっくばらんに話す。
もちろん彼らとて外では身分の序列に従う。
しかし魔法塔の中では同じ研究者として対等に意見交換をしていた。
「ちょっとした実験をしたくてね」
リロイは朗らかな笑顔で魔法士たちにそう言うと、雑用係である見習いの少年に合図した。
見習いの少年は銀の盆を持っていた。
盆の上には、ビスケットが盛られた皿が乗っている。
「いつも頑張っている君たちに、美味しいビスケットの差し入れだ」
リロイがそう言うと、魔法士たちは残念そうな顔をした。
「子供のおやつですか」
「ふざけないでください」
「我々が非常に忙しいことは解っていますよね」
「おやつなら研究室に差し入れしてくださいよ」
「不合理です」
魔法士たちの非難の声を笑顔で受け流し、リロイはビスケットを薦めた。
「とにかく一つ食べてみたまえ。話はそれからだ」
魔法士たちはしぶしぶと、見習いの少年が差し出した盆から、ビスケットを一つずつ、つまむようにして手に取った。
そして齧った。
――カリッ!
ビスケットを齧った魔法士たちは、驚愕に目を見開いた。
そしてむさぼるようにビスケットを食べ始めた。
――カリカリカリ……!
五人の魔法士たちは瞬く間にビスケットを食べ終えた。
そして……。
「もう一つくれ!」
「私も、もう一つ!」
魔法士たちは目の色を変えてビスケットのおかわりをねだったが、リロイはぴしゃりと言った。
「駄目だ」
魔法士たちはリロイに猛抗議した。
「そんな!」
「まだ残っているじゃないですか」
「そのビスケットは我々のおやつとして持って来てくださったのでしょう?」
口々にビスケットをねだる魔法士たちに、リロイは実験について説明した。
「このビスケットの旨味と魔力との関係を調べているのだ。魔力によってビスケットの美味しさが変わるらしいのでね。他の者たちにも食べてもらい、感想を聞きたいので、ここで君たちに全部あげるわけにはいかないんだ」
「もっと食べたいのですが」
物欲しそうにしている魔法士たちにリロイは入手先を教えた。
「このビスケットは市井の店で売られているものだ。例の上級ポーションを売っている薬屋の近くにあるカフェハウスという茶房が出しているティー・ビスケットだ。欲しいならカフェハウスに行ってみるが良い」
「薬屋って、ツベルギア草の上級ポーションの薬屋のことですか」
「そうだ。その薬屋の近くの通りにあるカフェハウスという店だ」
ルネが作る最上級のツベルギア・ポーションを売るローナの薬屋は、魔法塔の中ではすでに有名になっていた。
「カフェハウスって、もしやカフェ豆茶があるんですか?」
「そう、カフェ豆茶のある店だ」
「珍しい茶房ですね」
眠気を覚ますカフェ豆茶は、研究に打ち込む魔法塔の魔法士たちには知られている飲み物だった。
「そう、珍しいだろう? 私もカフェがあると聞いて興味が湧いて、息抜きに行ってみたら、とんでもなく美味な菓子があって驚いた。しかもこの美味は誰にでも解るものではなく、魔力量や魔術回路の状態が関係していると推測される。……魔力量が多い君たちには、やはりこのビスケットの美味しさが解ったようだな」
リロイの説明に、魔法士たちは唸った。
「たしかにこの美味しさは普通ではない」
「魔術的なものか……」
「錬金術により作られたのでは?」
魔法士たちが口々に述べた考察に、リロイは喜色を浮かべた。
「私もこれは錬金術によるものと考えている。このビスケットを作ったのは薬師だ。製薬の要領で作ったとのことだが、偶発的に錬金術を行っていた可能性がある」




