06話 黄金世代
「ルネ、私の畑にも癒しの魔術をお願いね」
「はい……」
薬草園の貴族巫女たちは、最初のころは、私がお手伝いをすると私を褒めて感謝してくれていたのですが。
三年経った今では……。
彼女たちは当たり前のように私にお手伝いを言いつけるようになりました。
そして成果が不十分だと、不機嫌な顔をするようになりました。
「ルネ、私の畑の薬草の成長が遅れているわ。光魔法ちゃんと注いでくれた?」
私は、人の不機嫌な顔が苦手でした。
誰かが不機嫌になると空気がピリピリして居心地が悪くなり、何か悪い事が起こる気がして不安になるからです。
だから人を不機嫌にさせて空気を悪くすることは、良くないことだと思っていました。
「足りないみたいだから、もう一度やっておいて」
「はい……」
不機嫌を示している相手の要求を飲めば、相手の機嫌は直ると、私は経験から知っていました。
それはもう、クセのようなものでした。
私が相手の要求を受け入れさえすれば。
不機嫌そうな、険のある痛い視線を向けられることはなくなり、ピリピリした空気がやわらぐのです。
私はそれを何度も経験して体で覚えていて。
まるで暖かい場所に自然に集まる動物や虫のように、おだやかで優しい空気を求めて、私は相手の機嫌を損ねないように要求を承諾していました。
「……」
私が彼女たちの要求の通りにお手伝いをした畑は、私がお手伝いをする以前に比べると、倍以上の収穫量となっています。
私がお手伝いして収穫量を増やしたのですが、畑は彼女たちのものですので、これらは彼女たちの手柄です。
そして彼女たちは聖女セラフィナ様とともに、世間からはこう呼ばれるようになっていました。
――『黄金世代』と。
私は黄金世代の巫女には含まれていません。
何故なら、私の畑の収穫量は倍増していないからです。
黄金世代に含まれる巫女は、収穫量が倍増した畑を持つ貴族の巫女たちだけです。
(世間の人たちは、裏方で私がお手伝いしていることなんて知らないものね……)
私の畑はもともと貴族巫女たちの畑より小さく、条件も悪い場所でした。
最初は頑張っていましたが、お手伝いを頼まれることがどんどん増えて、自分の畑の手入れが不十分になりました。
それでも、小さく条件が悪い畑にしては収穫量は多かったと思います。
ですが評価されませんでした。
(平民の巫女のほうが、魔力は強いのに……)
平民巫女ジルさんは、私に手伝いを頼まず、ずっと一人で畑の世話をしているので毎年収穫量は同じです。
ジルさんは悪天候の年でも例年と同じ収穫量を上げていたので、実は凄いと思うのですが、評価されていません。
他の平民巫女も私に手伝いを頼むことはないので、彼女らの収穫量も倍増することはなく評価されません。
(平民の巫女はみんな一人で成果を出しているのに、どうして評価されないのかしら)
もともと貴族巫女たちには、二人ずつ、巫女見習いがついています。
巫女見習いたちも光魔法が使えます。
貴族の巫女と、その見習い二人。
貴族巫女たちは三人一組で一つの畑を世話しているのです。
貴族巫女たちが担当する畑は、平民巫女の畑の二倍から三倍の広さがあります。
そのため一見では、貴族巫女は、平民巫女の二倍から三倍の能力があるように見えます。
ですが貴族巫女は見習いたちと三人一組でその畑を世話しているので、成果は貴族巫女一人のものですが、見習い二人の労働力がそこに含まれています。
(三人なら、一人の三倍の収穫ができるのは普通のことだわ。平民の巫女が劣っているわけじゃないのに……)
言葉にならないモヤモヤが私の心に渦巻くようになりました。
さらに……。
貴族巫女たちの会話が、私の心を荒らしました。
「実はね、スタイン公爵令息との婚約が内定したの」
「まあ! おめでとうござます!」
「子爵家から公爵家に輿入れなんて、快挙ですわね」
黄金世代と称賛されるようになった貴族巫女たちに、格上の縁談が舞い込むようになりました。
彼女たちはあちこちで縁談の話に花を咲かせるようになり、私の耳にもそれは頻繁に届きました。
「スタイン公爵は、黄金世代の巫女だからと評価してくださったのよ」
「日頃の努力が実を結びましたわね」
(……日頃の努力……? 誰の……?)
黄金世代の貴族巫女たちの会話の内容は、私には引っかかる部分があまりにも数多くありました。
「実は私も、まだ内々の話ですが侯爵家のご令息とお見合いすることになりましたの。黄金世代であることを評価してくださったらしく……」
「ナタリア様の畑は今年も大豊作でしたものね」
「ありがとうございます。ですが私の貧相な畑などメレディス様の畑には到底およびませんわ」
(貧相な畑……?)
「ご謙遜を。私の畑は去年より収穫量が少し落ちてしまいましたの。お恥ずかしいですわ」
(収穫量が少し落ちて、恥ずかしい……?)
彼女たちの畑は、私が手伝って収穫量を倍増させたものです。
その畑を、彼女たちは何かと貶めました。
収穫量が少し落ちたと言っているメレディス様の畑も、私が癒しの魔術や光魔法などで手入れをして収穫量を倍増させた畑です。
去年よりは収穫量が少なかったかもしれませんが、私が手伝う以前の二倍以上の収穫量にはなっているのです。
(彼女たちは、自分自身の仕事を謙遜しただけよ……)
私はそう思うことで、荒れる心を納得させていました。
ですが彼女たちが謙遜するたびに、私は自分の仕事を貶められている気がしてモヤモヤしました。
――功績はすべて聖女様と貴族の巫女たちのもの。
――彼女たちは『黄金世代』なんて呼ばれて、名声を得て、良い縁談も得ているわ。
ジルさんの言葉が、私の頭の中でぐるぐる回りました。
――彼女たちは、あなたの仕事の成果をかすめ取って得をしている。
全部ジルさんの言う通りだと、私の理性は答えを出していました。
ですが感情ではそれを認めたくありませんでした。
(本当はみんな優しいはずだもの……)
私には、彼女たちに優しくされた記憶がありました。
彼女たちは最初のころは、私を頼りにしていて、私に感謝して、私を称賛してくれて、私に優しかったのです。
(今はみんな縁談で忙しいから、私にかまける時間がないだけ。平民の私では貴族の縁談の話にはついていけないから……)
今現在、私は彼女たちに雑な扱いをされていました。
ですが私の感情は、彼女たちは優しい人だと信じていたかったのです。
(落ち着いたら、みんな元通りになる。本当は優しい人たちなんだから、忙しい時期が過ぎたら、きっとまた優しい人に戻るわ)
彼女たちは私を道具として利用しているわけではなく、彼女たちは私を人間として対等に扱い、私に好意を持ち、私を認めてくれていると、信じていたい。
それは私の感情でした。
(セラフィナ様だって、王子様と婚約して忙しくなってしまっただけなんだから……)
私の理性はジルさんの言葉に真実を確信していましたが。
私の感情はそれに反発していました。
みんなが私の成果をかすめ取っている泥棒だなんて、そんな人を疑わなければならない過酷で寂しい世界よりも。
みんな今は忙しいだけで本当は優しいのだという甘い世界を感情は求めていたのです。
(今は忙しいだけ。みんな本当は優しい人だから……)
しかし……。
私の甘い幻想を打ち砕く事件が起こりました。
それは不運な悪い事件でしたが。
結果的にはその事件が、幸福の呪縛に囚われ幻想に曇っていた私の目を覚ましてくれましたので、長い目で見れば幸運でした。




