48話 新しい目標
(ジルさん、どこへ行ったんだろう)
ニーナが神殿で聞いた話によると。
ジルさんは巫女を辞めて還俗したとのことでした。
ジルさんが神殿を出た後、どこへ行ったのかは解らないそうです。
元巫女のその後を、神殿が把握していないのは当然と言えます。
私だって神殿を出るときに、神官に行き先を告げたりはしませんでした。
(でもジルさんは王都育ちだと言ってたから……)
王都育ちなら、ジルさんの家は王都にあるのではないでしょうか。
(ジルさんの家の場所も聞いておけば良かったな……)
私はジルさんがずっと神殿にいるものと思っていました。
私が王都の中央神殿に行った最初から、出て行く最後まで、ジルさんは神殿にいたので、ジルさんは神殿にいるものと思い込んでいたのです。
でも少し考えれば解ることでした。
平民の巫女は入れ替わりが激しいことを、私は知っていたのですから。
ジルさんだっていつかは神殿からいなくなる人だったのです。
(ジルさんに金貨百枚を渡したかった)
ジルさんからお金と知恵を借りていなかったら、今の私はありませんでした。
今の私には、金貨百枚はジルさんへのお礼として当然の金額に思えます。
もし私がジルさんに会えて、金貨百枚を渡せていたら……。
金貨百枚を見て、ジルさんは驚いたでしょうか。
それとも当然だとでも言うようにニヤリと笑ったでしょうか。
(これから、どうしよう……。ジルさんを探したいけれど……)
ジルさんに金貨十枚と知恵を借りたお礼に、金貨百枚をジルさんに返すことは、私が進む道の先にある道標でした。
でも金貨百枚を用意したのに道標が消え失せてしまい、ジルさんを探す手立てもなく、私は途方に暮れていました。
「アリー、気分転換に茶房にでも行かない?」
私が仕事中につい手を止めてぼんやりとしていると、ニーナが言いました。
「私が奢るからさ」
「茶房はまた行きたいけど。自分の分は払うよ。お金はあるもの」
「奢るよ。そのくらいのことはさせてよ」
「ジルさんのことはニーナのせいじゃないから気にしないで。私は神殿に顔を出せないから、もともと私一人じゃジルさんに会えなかったよ」
◆
「やっぱり素敵なお店だね」
私はニーナと二人で、人気の茶房へ行きました。
以前に行ったことのある茶房です。
所々に緑が飾られている落ち着いた雰囲気の店内。
お洒落をした女性客たち。
お茶や焼き菓子を運んでいる、可愛いフリルのエプロンの女性給仕たち。
こんな場所で、私が、のんびりとお茶を飲んだりタルトを食べたりしているなんて。
神殿の薬草園にいたときには想像もできなかったことです。
神殿にいたころの過酷な生活が、まるで長い悪い夢だったように遠く感じます。
(ジルさんだって神殿にずっといるつもりなんてなかったよね。お金があったら、市井の暮らしのほうが神殿より良いもの)
私はジルさんの部屋で見た、金貨がざらざら入った小箱を思い出しました。
(ジルさんはきっとお金がたくさん貯まったから、聖女ベルタ様の秘密のお手伝いの仕事を辞めたんだわ)
「私はお茶のおかわりを頼むけど、アリーは?」
「私もおかわりが欲しい」
「どれにする?」
ニーナがメニューが書かれている冊子をテーブルに広げました。
メニューには香草茶や花茶の名前が並んでいます。
「カフェは無いね」
カフェがメニューにあると期待したわけではありません。
あのときジルさんの部屋で、金貨の入った小箱を前にしてカフェを飲んだことを思い出して、何となく口に出してみただけです。
「無いよ。カフェを出している茶房なんて無いからね」
ニーナが笑いながら言いました。
そのとき。
(……!)
私に、一つの考えが閃きました。
(カフェを出す茶房があったら、ジルさんが来るかも?!)
ジルさんはカフェが好きだと言っていました。
カフェを出すお洒落な茶房があったらジルさんは来るかもしれません。
「ねえ、ニーナ、私もこういうお店がやりたい」
「え?!」
「こういうお店をやるには、どうすれば良いかな」
私がそう言うと、ニーナが目を輝かせました。
「まずお店の場所を借りるんだよ。建物ごと買うのは無理だから、借りるのよ。でもお店が開けるような、人通りが多くて良い場所の物件って、家賃もお高いのよ」
「お金がたくさんあればお店を出せるの?」
「そうよ。何をするにもお金が必要なのよ」
「たくさんお金を稼げるように頑張るよ」
私は新しい目標を見つけました。
「私は、カフェを出す茶房がやりたい」
「カフェを出す茶房?」
変なものを見たような顔をしたニーナに、私は説明しました。
「カフェがあるお店なら、ジルさんが来てくれるかもしれないから」
「……」
ニーナは、難問に挑むような顔をしました。
しばらく思い悩むように沈黙したニーナは、やがて顔を上げました。
「アリー、私も手伝うよ」
「ほんと?!」
「私も、アリーがジルさんに会えたら良いと思うから、協力するよ。それに……」
ニーナは真顔で言いました。
「アリーが一人でお店を経営するのはまだ難しいと思う。……浮世離れしてるから……。アリーはまだお料理もできない」
「カフェの豆茶が煎れられるよ」
私は一人でもカフェ豆の焙煎が出来るようになりました。
カフェ豆の粉砕機も買ったので、カフェ豆の粉砕も出来ます。
「茶房みたいなお店にして、カフェの豆茶を出すよ」
「カフェだけじゃお客は来ないと思う……」
ニーナは魂が半分抜けかかったような呆れ顔で言いました。
「カフェを飲みたがる人が大勢いるなら、茶房でも食堂でも、みんなとっくにカフェを出していると思うよ」
「……!」
言われてみれば。
いろいろなお茶を用意している茶房で、どうしてカフェの豆茶がないのでしょう。
「カフェは……売れないの?」
「多分ね。まず値段が高い。それから黒くて見た目が良くないから、高いお金を払って飲んでみようって思う人が少ないんだと思う。私も、アリーに教えて貰わなかったら一生カフェ豆茶なんて飲まなかったよ」
「……」
ニーナの言う通りです。
私も初めてカフェ水を見たときは、泥水にしか見えなかったです。
ジルさんがご馳走してくれたカフェ水を飲むためには、ちょっとした勇気が必要でした。
「私は料理人になりたい。アリーはカフェの豆茶がある茶房がやりたい。お互いに助け合えば丁度良いと思うの」
ニーナは笑顔で言いました。
「アリーがやりたいお店を私も手伝うよ」
「手伝ってくれるの?」
「うん」
知恵者で天才料理人のニーナに手伝ってもらえたら、とても心強いです。
「ニーナ、ありがとう!」




