47話 女神様の思し召し
(ジルさんにお金を返しに行きたいけれど……。私が神殿に行くのは不味いよね)
私は考え事をしながら、カフェ豆の粉砕機のハンドルを回しました。
――ガリガリガリ。
そう、私は先月の給金でカフェ豆の粉砕機を買ったのです。
もちろんカフェの生豆も一緒に、マゼラン商会で買いました。
私が再びマゼラン商会に買い物に行くと、店員のネヴィルさんは少し驚いていましたが、今度はちゃんと売ってくれました。
私はニーナに助けてもらいながら、カフェ豆の焙煎をしました。
最近は焙煎の作業にも慣れて、一人で出来るようになりました。
焙煎したカフェ豆を容器に入れて、光魔法の結界術を施せば、風味を逃がさないようにできることも発見しました。
(ニーナにお使いを頼んでみよう)
◆
「ねえ、ニーナ、お願いがあるんだけど」
ニーナと一緒に朝食の片づけを終えた後、薬屋の仕事に取り掛かる前に、二人でカフェで一息入れるのが最近の習慣になっていました。
私はその時間に、ニーナに相談を持ちかけました。
「神殿にいるジルさんに、金貨百枚を返したいんだけど……」
私は神殿を出るときにジルさんに金貨を借りたことをニーナに話していたので、ニーナはジルさんという平民巫女が神殿にいることを知っています。
「私が神殿に顔を出すのは不味いと思うんだ」
「そりゃあ、そうよ。貴族たちは『ルネ』を探しているもの。アリーは神殿には近づかないほうが良いと思うよ」
「それで、ニーナにお使いをお願いしたいんだけど。頼めるかな」
「それは良いけど……」
ニーナは少し考えるようにして言いました。
「金貨百枚を返してしまって、アリーの手元にお金は残るの?」
「また稼ぐから大丈夫。今月分のカフェはもう買ったから」
「そういうギリギリのお金の使い方はしないほうが良いよ……」
半ば呆れるような顔で、ニーナは半目で言いました。
「もう少し貯めて、手元にお金が残るようにしてから返したほうが良いよ」
「……」
「来月の給金を貰ってからにしなよ。金貨十枚を百枚にして返すんだから、一カ月遅れても不義理にはならないよ」
「そうかな」
「アリーは生活の心配をしなさすぎ。神殿にいたせいかもね。浮世離れしてるよ。何があるか解らないんだから、お金は全部使い切るもんじゃないよ。普通はいざというときのために、ちゃんといくらかは残しておくものだからね」
ニーナはそう私を諭すと、約束をしてくれました。
「来月の給金を貰ったら、アリーの代わりに、私が神殿に行ってジルさんを呼び出して連れて来てあげるよ」
「巫女を連れて来れるの?!」
「当たり前じゃない。巫女は神殿に監禁されているわけじゃないんだから。外出できるよ」
「……」
神殿の薬草園の巫女だったとき、私は一度も外出したことがありませんでした。
外出するという発想がありませんでした。
薬草は毎日手入れをしなければならなかったので、畑を離れることができなかったということも理由の一つです。
一番の理由は、私には時間がなかったからです。
私はセラフィナ様や貴族の巫女たちの手伝いを頼まれていたので、時間がありませんでした。
休息時間や睡眠時間を削っていたので、時間をとって外出をするなんて考えたことがなかったのです。
でも、言われてみれば……。
セラフィナ様は頻繁に外出して夜会やサロンに行っていました。
貴族の巫女たちは、見習いに畑の世話を任せて実家へ帰っていて、いないことがありました。
多分、夜会にも行っていたと思います。
聖女も巫女も、自由に神殿の外に出ていました。
(外出していなかったのは、私だけだった……?)
「私が神殿に行ってジルさんの都合を聞いて来てあげるから。そしたら予定を合わせて会えば良いよ」
「うん。ニーナ、お願い」
「任せといて。ちゃんとジルさんを連れて来てあげるよ」
ニーナは神殿へのお使いを快く引き受けてくれました。
(来月、ジルさんに会える)
ジルさんに会える算段がついて、私は来月が楽しみになりました。
(ジルさんに私が煎れたカフェをご馳走しよう。ジルさんはカフェが好きだって言ってたもの。私がカフェを煎れてあげたら驚くかな?)
今度は私が、ジルさんにカフェをご馳走しようと思いました。
ですが……。
女神様が織りなす運命のタペストリーは、私の思い描く模様とは異なるものでした。
◆
一カ月後。
「ジルさんがいない?!」
その月の給金を貰った後、ニーナは私の代わりに神殿にお使いに行ってくれました。
そして私が予想していなかった報告を持ち帰って来ました。
「うん」
ニーナは申し訳なさそうな顔で私に言いました。
「ジルさんは半月ほど前に神殿を出て、もういないんだって。行き先は解らないって」
「そんな……。どうして……」
私は愕然としました。
「金貨百枚を楽しみにしてるって言ってたのに……」
「それは……アリーにあげるつもりで、期待していなかったと思うよ」
ニーナは暗い顔で俯きました。
「アリー、ごめん。先月、私が止めたりしなければ、間に合ったね……」
「……ううん。ニーナのせいじゃないよ」
「ごめん……」
「ニーナが謝ることじゃないよ。女神様の思し召しだよ……」
女神様の手により織り上げられた運命を前にして、私は立ち尽くしました。
(ジルさん……)
――ルネは正当な報酬が貰えれば、金貨百枚なんて余裕で稼げると思うわ。
(ジルさんの言うとおり、余裕で稼げるようになったのに……)




