43話 密告と太客
――王都、第二騎士団の詰所。
「ロゼラス草を使った違法な回復薬を売る薬屋があるという密告があったんだが……」
騎士ダレスは微妙な表情でそう言いながら、団長であるエリオットに書類を差し出した。
「ふむ……」
ダレスから書類を受け取ると、エリオットは目を通した。
それは違法なポーションについての密告をまとめた書類だった。
ロビニア横丁の薬屋が、神殿以外には扱いが許可されていないロゼラス草を使い、上級ポーションを製薬している疑いがあるという。
「その薬屋について、何か気が付かないか?」
そうダレスに言われて、エリオットは書類に再び目を落として、薬屋についての情報を確認した。
「ロビニア横丁の、ローナの薬屋……。聞いた覚えがあるような……」
「闇の神官ちゃんの最後の事件」
「……っ!」
ダレスに指摘されて、エリオットは思い出した。
連続失神事件の最後の事件の目撃者が、ロビニア横丁の薬屋の娘だったことを。
そしてその娘が、警ら隊に事件を通報したとき、フード付きのマントを着た子供を連れていたことが調書に書かれていたことを。
「あの子は、この薬屋にいるのか?!」
「そんな予感がするんだよな。闇の神官ちゃんの魔力は筆頭聖女クラスだ。神殿にいたなら当然ポーションは作れる」
「ロゼラス草を神殿から持ち出していたのか?!」
「どうだろうな? それを調べるのが王都の治安を守る第二騎士団の仕事だ」
「そうだな……」
エリオットは、目の下にクマがある少女の姿を思い出した。
記憶は朧気になっているが、大した荷物は持っていなかった気がした。
「違法なものだったら堂々と売らないと思うがな。その上級ポーションは普通に売っているらしい」
「違法だと知らない可能性はないか?」
「結構、長くやっている薬屋らしいから、店主は知識があるだろう」
ダレスはそう言い、エリオットに問い掛けた。
「で、どうする?」
「何が?」
「その薬屋を調査しなきゃならん」
「私が行こう」
エリオットは騎士団長の顔でそう言ったが、ダレスは面白そうに笑った。
「だよな。気になるよな」
◆
第二騎士団のエリオットとダレスが、ローナの薬屋の調査に向かおうとしているころ。
もう一人、ローナの薬屋を目指して出発した者がいた。
「はあ、緊張するな」
スタイン公爵令息ホバートだ。
ホバートは気合を入れた装いに身を包み、至高のポーションの作り手がいる薬屋を目指して馬車を走らせていた。
「この上着はやはり地味すぎないか?」
ホバートは自分の装いが不安になり、従者に感想を求めた。
フィリップ王子に薬草園の調査書を見せてもらったホバートは、至高のポーションの作り手がルネという十六歳の少女であることを知った。
ホバートはルネに良い印象を持ってもらえるように、装いに気を使った。
もちろん、ルネが市井の薬屋にいるだろうことはフィリップ王子にも誰にも言っていない。
従者にも口止めしている。
ホバートだけの秘密だ。
「庶民の店に行くのですから軽装で良いのです。庶民は結婚式でも、貴族の普段の装いより地味でございますよ」
「そ、そうか……」
「若様、到着いたしました。あの薬屋です」
「おお……!」
馬車から降り立ったホバートは、ローナの薬屋の前に立った。
「なかなか趣がある薬屋だな」
◆
――チリン。
薬屋の入り口のドアに付いている小さな鈴が鳴った。
薬屋の店主ローナは、ドアから入って来た新しい客をチラリと見た。
上等の服を着た青年が、従者らしき男を伴って店内に入って来た。
(貴族の若様かね……)
上等の服を着た青年は、白髪に紅目。
日陰で育ったような白い顔に、ひょろりとした華奢な体形。
一見して、虚弱そうな青年だった。
「ごきげんよう」
青年は、真っ直ぐにカウンターに向かって来ると言った。
「あなたがここの店主か?」
「はい。私が店主でございます」
「ここで働いている薬師殿に会いたい」
「私が薬師でございます」
「上級ポーションを製薬した薬師殿にお会いしたいのだ」
「申し訳ございません。そういったご要望にはお答えできません」
ローナはいつものようにはぐらかした。
だが青年はにこにこと笑顔を浮かべながら言った。
「薬師殿が若い娘さんだから悪い虫がつかないように心配なさっておられるのか?」
上級ポーションを製薬したのは、青年の言うとおり若い娘だ。
子供に見えるが十六歳なのだから若い娘で正解だ。
(この男はあの子のことをどうして知っているんだい?)
「だが心配はいらない。私は怪しい者ではない」
怪しい青年は堂々と言った。
「私はスタイン公爵が息子ホバート・スタイン。以後お見知りおきを」
「店主のローナでございます。公爵様のご令息にお越しいただき光栄に存じます」
「どうか気楽にして欲しい。私はこの店の上級ポーションにいたく感動したのだ。定期購入したいのだが予約はできるだろうか」
「はい。承ります」
「それから、何か、お困りのことはないだろうか?」
「いえ、特にございません」
「いや、店主ではなく、若い薬師殿は何かお困りのことがあるのではないか?」
公爵令息ホバートは意味深に言った。
「私は薬師殿の製薬の腕をとても尊敬している。至高のポーションを作る薬師殿には憂いなく仕事をして欲しい。だから何か困ったことがあれば、何でも私に相談して欲しいのだ。ぜひ力になりたい」
「ご厚情に感謝いたします。ですが困りごとは特にございません」
「いや、何かあるだろう? あるはずだ」
訳知り顔でしつこく食い下がるホバートを、ローナは訝しんだ。
(怪しい男だね。何か探っているのかい?)
ローナがホバートと問答していると、再びドアの鈴が鳴った。
――チリン。
「……!」
ドアを開けて、薬屋に入って来たのは二人の騎士だった。
その二人の騎士のことは、王都に住んでいる者ならば大抵の者が知っていた。
一人は銀髪碧眼の美貌の青年。
王都の治安を守る第二騎士団の団長エリオット卿だ。
もう一人は黒髪の飄々とした青年。
エリオット卿の側近ダレス卿だ。
ホバートがすっと目を細めてエリオットたちを見た。
「第二騎士団がここに何の用だ。買い物をしに来たようには見えないが?」
ホバートのその質問に、エリオットは少し困ったように苦笑した。
「この店に少々尋ねたいことがあって来た」
「ほう。私にも聞かせてもらおうか」
ホバートは堂々とした態度でそう言うと、ローナを振り向いて言った。
「店主、早速、私がお役に立てるときが来たようだ。大船に乗ったつもりで安心したまえ」
(どっちも厄介だよ……)
ローナには、ホバートも第二騎士団もどちらも厄介事を持って来た予感がした。
「申し訳ないが、部外者はご遠慮いただきたい……」
エリオットはそう言ったが、ホバートは引き下がらなかった。
「私は部外者ではない。スタイン公爵の息子ホバート・スタインだ。正規の手続きを踏んで第二騎士団の活動内容を調べても良いが、それでは貴殿らも手間だろう」
(部外者じゃないか)
ローナは内心でホバートに突っ込みを入れた。
スタイン公爵の権威を用いれば、第二騎士団の上にいる国王や宰相に働きかけて、第二騎士団の活動内容を開示させることはたしかに可能だと思われた。
だが部外者だ。
「はあ、しかし……、まだ公表できる段階ではない案件でして……」
エリオットは言葉を濁したが、ホバートは不敵な笑みを浮かべた。
「ふん、解っている。どうせ上級ポーションのことだろう?」
(……!)
ローナはぎょっとした。
「……!」
「!!」
エリオットとダレスも図星を突かれたのか、表情を硬くした。
「さあ、騎士諸君、用件を言いたまえ。上級ポーションについて何を聞きに来た?」
ホバートは悠然とした態度と鋭い視線で、エリオットに言った。
「私はこの店の上級ポーションをとても評価している。もしここの上級ポーションにケチをつけるのであれば、私が許さない」




