41話 黄金世代の巫女メレディスの破滅
(ホバート様のほうから私に会いに来てくださるなんて!)
神殿の薬草園にいる巫女メレディスに、スタイン公爵令息ホバートから面会の申し込みがあった。
メレディスはホバートに会うためにいそいそと面会室に向かった。
(きっとホバート様は、私のことを心配して来てくれたんだわ!)
メレディスは、シェイラやナタリアと一緒に、ルネのことを神官長に告げ口したことでフィリップ王子に糾弾された。
社交界では兄とともに平民を虐待したという不名誉な噂が流れている。
薬草の収穫量も減り、巫女の仕事を怠けているという批判も受けていた。
厳しい状況に立たされていたが、メレディスにはこの状況を何とかするとっておきの手段を持っていた。
(ホバート様なら私を助けてくれる。だってホバート様は私に夢中なんだもの)
メレディスの婚約者ホバートはスタイン公爵家の嫡子だ。
国で一、二を争う大貴族であるスタイン公爵家が味方なら、他の貴族たちに何を言われようと恐れることはない。
スタイン公爵家は王家にも意見できる権力を持っているので、フィリップ王子にメレディスのことを取りなすことも可能だ。
スタイン公爵はとても厳しい人なので、簡単にはメレディスに同情しないだろうという問題点はあった。
(でもスタイン公爵はホバート様を大切になさっているから、ホバート様さえ説得できれば何とかなるわ)
大切な嫡子であるホバートが、メレディスを庇えば、スタイン公爵も折れるだろうとメレディスは思っていた。
実際に、スタイン公爵は、ホバートの望みを優先して折れたことがある。
スタイン公爵は最初はメレディスとホバートの結婚に反対していたが、結果的には折れて、ホバートの望み通りメレディスとの結婚を許したのだ。
「ホバート様、お会いしたかったですぅ!」
メレディスはホバートの顔を見るなり甘えた声を出した。
巫女と外部の者との面会には女神官が付き添う。
またホバートは公爵令息であるため従者を連れていた。
女神官や従者たちの前で、メレディスは臆面もなくホバートに甘えようとした。
女神官が一瞬ぎょっとしたような顔をしたことにはメレディスは気付いていない。
「聞いてくださいませ、皆が私に酷いことを言うのです。私、どうしたら良いか解らなくて……」
メレディスにはホバートに愛されている自信があった。
メレディスが悲しんでいれば、ホバートはすぐにメレディスに救いの手を差し伸べ、力になってくれるだろうと予想して、か弱い素振りで悲劇を訴えた。
しかしホバートはメレディスの話を聞かず、いきなり怒鳴りつけた。
「メレディス、よくも今まで私を騙してくれたな!」
「な、何のお話ですか?!」
いつもと違うホバートの剣幕に、メレディスは面食らった。
戸惑っているメレディスに、ホバートは険しい表情で言った。
「君は平民の巫女をいじめて、無理やり働かせていただろう」
「そ、それは誤解なのです。私はそのようなことはしておりません。言いがかりなのです」
「では、どうしてポーションの質が落ちたのだ」
ホバートはメレディスを見据えると糾弾した。
「平民の巫女に作らせたポーションに、自分の名を冠していただろう!」
「ラベルに私の名が書かれているポーションはすべて私が作ったものです。偽ってなどいません」
「君が平民に手伝いを強要していたことは、フィリップ王子殿下の調査ですでに知れている」
「た、たしかに、畑を手伝ってもらったことはあります。でも誤解なのです。私は強要などしておりません。それに平民には畑を手伝ってもらっただけで、ポーションは作らせていません」
メレディスが自ら製薬を行っていたのは本当のことだった。
だが薬草を育てる過程で注がれる光魔法の質は、ポーションの質を左右する。
そしてホバートは、幼いころからポーションを嗜んでいたため、奇妙に発達した味覚と嗅覚と魔術回路とで、ポーションの違いが判る変人だった。
「嘘を吐くな!」
「嘘ではありません!」
メレディスは悲劇のヒロインのように無実を訴えたが、ホバートはそれを蔑むような目で見た。
「言い訳は見苦しいぞ。いじめられていた平民の巫女が出奔してから、君が作るポーションは質が落ちて別物になった。それが何よりの証拠だ」
世界の真理を説くかのようにホバートは宣言した。
「ポーションは嘘を吐かない」
ホバートは忌まわしい罪人を見るような目でメレディスを睨みつけた。
「偽物め。たかが子爵家の娘が、よくも私を謀ってくれたな」
吐き捨てるようにホバートはそう言うと、メレディスに告げた。
「当然だが、君との婚約は破棄だ!」
「ま、待ってください! ホバート様、お願いです、私の話を聞いてください!」
「問答無用。ポーションは真理だ」
ホバートは冷たく言い放った。
「メレディス、君のポーションは平民の巫女から奪ったものだった。君は偽物だった。偽物のくせに、至高のポーションの作り手をよくもいじめたな! ポーションの価値も解らぬ者が巫女としてのうのうと薬草園にいるとは、女神様に対する冒涜だ!」
「いじめてなんかいません! ホバート様、私を信じて! お願い……!」
メレディスは目に涙を浮かべて必死に訴えたが、ホバートはメレディスの涙にも哀願にも全く揺らがなかった。
ホバートは表情の無い顔でメレディスに言った。
「ポーションを偽った罪は重い。私は君を許さない。私が君に言いたかったことはそれだけだ。では失礼させてもらう」
ホバートはそう言うと、くるりと踵を返してメレディスに背を向け面会室を後にしようとした。
「そ、そんな、ホバート様! 待って……!」
メレディスはホバートに追いすがり、手を伸ばそうとしたが、その手はホバートの付き添いの従者に遮られた。
「若君に触れるな、無礼者!」
「身の程をわきまえよ!」
立ち会っていた神殿の女神官もメレディスを止めた。
「巫女メレディス、控えなさい!」
従者と女神官に行く手を阻まれたメレディスは、ホバートの名を呼んだ。
「ホバート様! 待ってください! ホバート様!」
だがホバートは振り向かなかった。
窮地からメレディスを救ってくれる命綱だったはずのホバートは、メレディスから去って行った。
「あ、あ、あぁ……」
絶望に打ちひしがれメレディスはその場に崩れ落ちた。
◆
「メレディス様がスタイン公爵令息に婚約破棄されたんですって」
巫女メレディスがスタイン公爵令息に婚約を破棄された一件は、瞬く間に貴族社会に広まり、神殿の薬草園にも届いた。
「本当?」
「そういえば昨日からメレディス様の姿を見かけていないわ」
「恥ずかしくて顔を出せなくなって、実家に帰ったのかしら?」
「いい気味!」
公爵令息と婚約したことを鼻にかけていたメレディスを、不快に思っていた貴族の巫女たちは、メレディスの不幸を嘲笑った。
だが彼女たちはまだ気づいていなかった。
貴族たちの中の最上位にいる公爵家の子息が、堕落した巫女との婚約を破棄した、という前例が出来たことの意味に。
貴族たちの手本となる公爵家が、黄金世代の巫女の堕落を認め、先陣を切って堕落した巫女の家と縁を切った。
今後は、巫女の堕落を理由に婚約を解消することが容易になったのだ。
「これでメレディス様は二度と偉そうなことを言えなくなったわね」
「平民虐待の噂を広めた効果がありましたね」
その身に同じ不幸が降りかかることを予想できず、巫女たちは笑い合った。




