40話 スタイン公爵家の事情
――スタイン公爵邸。
「メレディスが……そんなことを……」
スタイン公爵の息子ホバートは、婚約者である黄金世代の巫女メレディスについての良くない話を、父スタイン公爵から聞かされた。
巫女メレディスが薬草園で平民の巫女をいじめていたという話と、薬草園で仕事をさぼり薬草を枯らしているという話だ。
「ホバート、目を覚ませ」
ホバートがメレディスに惚れ込んでいることを知る父スタイン公爵は、しかつめらしい顔で諭すようにして言った。
「メレディス嬢の堕落は明らかだ。何ならお前も薬草園を視察してみるか? フィリップ王子殿下は視察の希望があればいつでも取り計らうとおっしゃられている」
「……父上、その前に、確認したいことがあります」
「なんだ?」
「メレディスに手伝いを強要されていたという平民の巫女は、いつからメレディスを手伝っていたのですか?」
「解らん。しかし薬草園の調査をなさったフィリップ殿下ならご存知かもしれん」
「その平民の巫女が、いつからいつまでメレディスの手伝いをしていたのか、ぜひとも確認したく存じます。もしや……」
ホバートは深く考え込むようにして言った。
「三年ほど前からではないでしょうか……?」
◆
スタイン公爵の嫡子ホバート・スタインは、生まれつき体が虚弱だった。
それゆえ幼い頃から神殿の回復薬を常用していた。
神殿のポーションの容器には、薬草を育てポーションを精製した巫女の名と家名が誇らしげに記載されている。
ポーションを常用していたホバートは、巫女によりポーションの出来が違うことを早くから知っていた。
そして三年前のある日、ホバートは至高のポーションに出会った。
「これは……凄いポーションだ! 薬草の品質が違うのか?! 心まで浄化されるようだ! こんな清らかで美しいポーションが存在したなんて!」
ホバートはそのポーションの作成者に、強い憧れに近い興味を持った。
――巫女メレディス、バーナム子爵家。
ポーションの容器に貼られているラベルにはそう記載されていた。
貴族たちが娘を神殿の聖女や巫女にしたがるのは、名誉を得るためだったので、貴族の巫女が作るポーションの容器には必ず作成者である巫女の名とその家名が記されているのだ。
ホバートは早速、父に頼み込んでバーナム子爵家に連絡を取り、中央神殿で奉仕する巫女メレディスに面会した。
「バーナム子爵が娘メレディス・バーナムです」
そう自己紹介したメレディスは、ホバートが想像していた女性とは違うタイプだった。
(この令嬢が……あのポーションを?)
至高のポーションの作成者は、研究者のようなタイプの物静かな女性だとホバートは勝手に思っていた。
だがメレディスは、流行のドレスを着たおしゃべりな令嬢だった。
メレディスはホバートに対して明らかに好意があるようで、とても積極的にホバートに話しかけて来た。
「ホバート様は夜会へはよく行かれるんですか?」
「いいえ。興味がないので」
「ホバート様はどんなものにご興味がおありなのですか?」
「あなたが作ったポーションです」
「え……」
「あなたが作るポーションは素晴らしい至高の品です」
「ありがとうございます! ホバート様に喜んでいただけて嬉しいです!」
メレディスは至高のポーションの作成者であったので、ホバートはメレディスに最初から尊敬の念を持っていた。
だからメレディスとの会話は全て良い方向に解釈した。
笑顔でホバートに話しかけるメレディスは、ホバートに対して好意を持っているように見えた。
至高のポーションの作成者であるメレディスが、自分に好意を持ってくれていることがホバートには誇らしく思えた。
(これはもしや……『両想い』では?!)
ホバートは運命のようなものを感じた。
だから求婚した。
「メレディス嬢、私と結婚していただけませんか」
「はい! よろこんで!」
「父が反対するだろうが……。私が父を説得するまで待っていてくれますか」
「はい、ホバート様!」
ホバートは「メレディス嬢と結婚できないなら一生結婚しない!」とまで言い切って、父スタイン公爵にメレディスとの結婚の許可を懇願した。
スタイン公爵は、最初は、ホバートとメレディスの結婚に良い顔はしなかった。
公爵家の嫡子の結婚相手としては、子爵家の娘は身分が低すぎたからだ。
だが、ほどなくして、メレディスたちは優れた巫女であるという評判が立ち、世間に『黄金世代』と呼ばれ称賛を受けるようになった。
メレディスが名声を得ると、スタイン公爵の態度は軟化した。
そしてようやくホバートは、スタイン公爵から結婚の許可を得て、メレディスと婚約することができた。
しかし……。
いつでも至高の出来栄えだったメレディスのポーションが、最近、急に劣化した。
そしてかつての優れた効果や、使用することにより心までが浄化されるような素晴らしい感覚も失われた。
メレディスが作るポーションは何の変哲もなくなり、ありきたりなポーションになってしまった。
今風のおしゃべり好きな令嬢であるメレディスと、彼女が作るポーションとの印象のギャップは消え、この人物ならこういうポーションを作るだろうという予想を裏切らない平凡な品となった。
ホバートが黄金世代の他の巫女が作るポーションも飲んでいたなら、他の巫女のポーションとの共通点に気付いたかもしれない。
しかしメレディスの作るポーションに感動して以来、ホバートはずっとメレディスのポーションだけを愛飲していたので、他の黄金世代の巫女のポーションを知らなかった。
(メレディスのポーションの質が劣化した時期と、平民の巫女が神殿からいなくなった時期は一致している)
父スタイン公爵から、薬草園でメレディスが平民の巫女に手伝いを強要していたという話を聞いて、ホバートの心の中に一つの疑惑が浮上した。
作成者によるポーションの違いが判るホバートならではの考察だった。
(いじめられていた平民の巫女が、三年前からメレディスの手伝いをやらされていたとしたら……)
自分が騙されていた可能性に、ホバートは震えた。
(私が愛したあのポーションが、メレディスではなく、その平民の巫女が作り出したものだったとしたら……。私は、ポーションのラベルに書かれていた名に、ずっと騙されていたのか……?)
――コン、コン。
「……!」
ホバートが自室で沈思黙考していると、部屋の扉がノックされた。
思考の世界から引き戻されたホバートは顔を上げた。
「何だ?」
ホバートの部屋の扉をノックしたのは、使用人だった。
「ホバート様、市井の上級ポーションがようやく手に入りました」
「ああ、あれか。見つかったのか」
「はい」
それは王都の薬師界隈や商人界隈で話題になっているという上級ポーションだった。
市井の薬屋が売っているらしいが、神殿のポーションに劣らぬ最高級品だという。
メレディスが作るポーションが劣化して、ホバートがモヤモヤした気分を抱えていたとき、侍従が持って来た話題だった。
ホバートは気分転換もかねて、興味本位で、その上級ポーションを手に入れてくるようにと、軽い気持ちで使用人に命じていた。
「こちらでございます」
使用人は、ポーションの瓶を銀のトレイに乗せてホバートに差し出した。
「なるほど。これは素晴らしい色合いだ」
それは市井で販売されているツベルギア草のポーションとは思えないような、濃い緑色のポーションだった。
「よし、試飲してみよう。すぐに準備を」
ホバートはまず使用人にポーションの毒味をさせた。
市井で売っている品には、信用ができない品もあるからだ。
「坊ちゃま、これは良いものです! 苦味はありますが、良いものです!」
ポーションの毒味をした使用人は高揚気味に感想を述べた。
「その苦味はツベルギア草の苦味だろう。市井の品ならツベルギア草が使われているからな。しかしツベルギア草のポーションであれば色はもっと薄いはず……」
ホバートは使用人に蘊蓄を聞かせながら、いつものようにスプーン一杯ほどのポーションを、グラスの水に溶かし込んだ。
そして味わうようにして飲んだ。
「……っ!」
ホバートは、落雷を受けたような衝撃を受けた。
「こ、これは! この清涼感は……!」
神殿が作るロゼラス草のポーションと違い、その市井のポーションにはツベルギア草の独特の苦味があった。
だが心まで浄化されるようなその感覚は、ホバートが愛した、あのポーションと同一のものだった。
「これだ! このポーションだ! 間違いない! これだ!」
ホバートの頭の中に、電光石火の早さで一つの推論が導き出された。
(メレディスたちにいじめられていた平民の巫女が、至高のポーションの真の作成者だったのだ! 神殿を追放された彼女は市井の薬師になっていたのだ!)
ホバートは、かっと目を見開いた。
「婚約破棄だ!」
ホバートは悪魔のような形相で叫んだ。
「私は騙されていた! おのれメレディス……! 私を謀ったうえに、至高のポーションの真の作成者を影でいじめていたとは……! 許せんっ!」




