39話 黄金世代の巫女たちの転落
「セラフィナ、君の言うとおりだった」
フィリップ王子は、婚約者である筆頭聖女セラフィナに言った。
「薬草園で、ルネは貴族の巫女たちにいじめられていた」
フィリップ王子がそう告げると、聖女セラフィナはよよよと泣き崩れた。
「ああ、可哀想なルネ……。今頃、どこでどうしているやら……」
聖女セラフィナは悲愴な表情でフィリップ王子に訴えた。
「か弱い平民をよってたかって虐待するような恐ろしい方々が、高位貴族の家の夫人となって権力を握ったら、この国はどうなってしまうのでしょう。平民たちの身が心配です……!」
「安心しろ、セラフィナ。調査結果を、巫女と婚約している貴族たちに知らせてやる。巫女たちの真実を知れば、彼らは婚姻を考え直すだろう」
フィリップ王子は聖女セラフィナを慰めた。
だが、ふと思いつき、質問をした。
「セラフィナ、筆頭聖女の仕事が滞っていると聞いた。まだ調子は戻らないのか?」
「ま、まだ……体調が悪いのです。ルネのことが心配で食欲もなくて……」
「……」
目をうるうると潤ませてそう言った聖女セラフィナを見て、フィリップ王子は少しの引っかかりを覚えた。
セラフィナは元気そうに見えたからだ。
「……そうか」
だが体調不良は、本人でなければ解らないこともあるだろうと思い直した。
「体調不良なら仕方がないが……。しかし仕事が滞っている君が筆頭聖女の地位にいることについて不満が出ている。このまま君の体調が回復しないようであれば、別の聖女に筆頭を務めてもらうことになる」
「そんな……。私は必死で頑張っているのに……」
聖女セラフィナは、まるで酷いことを言われたかのように嘆いた。
「……」
その聖女セラフィナの反応に、フィリップ王子は再び引っかかりを覚えた。
心優しく清らかな聖女セラフィナは、無欲なので、すんなり筆頭の地位を明け渡すような気がしていたからだ。
(セラフィナは、地位や権力には無頓着だと思っていたが……)
今まで、聖女セラフィナは無邪気で天真爛漫だった。
筆頭聖女の地位についても「頑張っていただけなのに。みんなに勝手に持ち上げられてしまって。困ってしまうわ」と、地位に戸惑っているかのように言っていた。
しかし今の聖女セラフィナは、それまでとは違った。
まるで筆頭聖女の地位にしがみついているかのように、交代を拒んで泣き出している。
筆頭聖女の仕事は出来ていないというのに。
(セラフィナは本心では、地位に執着していたのだろうか?)
聖女セラフィナに対する小さな疑惑は、フィリップ王子の心の中に蓄積された。
◆
――王宮。
「おや? マドック侯爵、ヒューズ侯爵、貴殿らもフィリップ殿下のお召しか?」
「スタイン公爵、貴殿もか」
「ああ」
「一体何事でしょうな……?」
フィリップ王子に呼び出されて王宮に馳せ参じた三人の貴族、スタイン公爵、マドック侯爵、ヒューズ侯爵は、同じ部屋に案内された。
そしてお互いに顔を見合わせ、訝し気に眉を寄せていた。
何故なら三人の貴族それぞれが、この三人には共通点がないように思ったからだ。
それぞれ関りがなくもないが、この面子で、同時に王子に招集される案件が三人の誰も思い当たらなかった。
「王子殿下のお成りです」
侍従がそう告げたので、スタイン公爵ら三人は起立して礼を取り、フィリップ王子を迎えた。
「よく来てくれた」
文官を連れて現れたフィリップ王子は、形式的な挨拶をすると、三人の貴族に椅子を勧めた。
そしてすぐに本題に入った。
「貴殿らに知らせたいことがある。中央神殿の黄金世代の巫女たちのことだ」
フィリップ王子のその言葉に、三人の貴族ははっとした。
そして三人が三人とも、自分たちの共通点に即座に気付いた。
三人とも子息が黄金世代の巫女と婚約しているという共通点があった。
スタイン公爵の子息は巫女メレディスと、マドック侯爵の子息は巫女シェイラと、ヒューズ公爵の子息は巫女ナタリアと婚約していた。
「中央神殿の薬草園で、平民の巫女がいじめられているという話を耳にして、調査をしたのだ」
フィリップ王子はしかつめらしい顔をして言った。
「調査の結果を、貴殿らの耳に入れておいたほうが良いと思った」
◆
「本当に、巫女たちが平民を虐待していたのですか……?」
「薬草が枯れているのですか……?」
フィリップ王子の話に、マドック侯爵とヒューズ侯爵は、信じられないとでも言うように呻いた。
フィリップ王子は淡々とそれに答えた。
「これは私が実際に薬草園を視察して調べたことだ。疑うなら、貴殿らも薬草園を視察してみるが良い。希望があるなら貴殿らが薬草園を視察できるよう取り計らおう」
「ぜひ視察させてください」
しかつめらしい顔でそう言ったスタイン公爵に、フィリップ王子は視線を向けた。
「スタイン公爵、信じられないなら、その目で確かめるが良い」
「いいえ、信じていないわけではありません。むしろ腑に落ちるものがあります」
「ほう?」
「実は……お恥ずかしい話ですが、我が息子ホバートと婚約している巫女メレディスの兄、バーナム子爵令息ローガンが、平民を虐待する事件があったのです」
スタイン公爵は悩みを打ち明けるかのようにして、苦い顔で語った。
「そのような下劣な兄がいる巫女が、女神様の多大な恩恵を受けているとは、にわかに信じ難くなっておりました」
女性にしか発現しない光魔法の才能は、心が清らかな女性に強く現れると言われていた。
人の心を計る術はないため、検証結果があるわけではない。
しかし伝説の初代聖女が心の清らかな女性であったという言い伝えや、強力な光魔法で歴史に名を残した聖女たちの慈愛に満ちた逸話などにより、心の清らかさに光魔法の強さは比例するという説が広く信じられていた。
「薬草園が枯れているなら、巫女が堕落したことにより、女神様の恩恵を失ったことの証左となりましょう。ぜひともこの目で確かめたいのです」
スタイン公爵の申し出に、フィリップ王子は頷いた。
「よし、早速手配しよう」
◆
フィリップ王子の手配で、スタイン公爵、マドック侯爵、ヒューズ侯爵の三人は薬草園を視察し、そして惨状を目にした。
彼らが目にした薬草園の惨状は、貴族社会に噂として広まることとなった。
やがて薬草の収穫の時期を迎えたとき、収穫量が半減している事実が明らかになり、噂として広まっていた黄金世代の堕落が事実として証明されることとなった。




