38話 黄金世代の巫女の調査
――中央神殿。
「ルネは薬草園でいじめられていたようだが、そなたは身に覚えがあるか? 正直に話せ」
フィリップ王子は貴族の巫女たち一人一人を呼び出し、事情聴取をした。
「わ、私は、ルネをいじめたりなどしておりません」
王太子という身分にあるフィリップ王子を前にして、身分が低い男爵家の出身である巫女はおどおどしながら答えた。
巫女の発言を、フィリップ王子が連れてきた文官が記録する。
「ルネをいじめていたのは、シェイラ様とメレディス様とナタリア様でございます」
「その三人は、他の者たちも同じことをしていたと言っているが?」
「い、言いがかりです。神官長様にルネのことを悪し様に言い、いじめたのは彼女たちでございます。神官長様にご確認くださいませ」
「そなたもルネに、畑の手伝いをさせていたと聞いたぞ」
「て、手伝ってもらったことは、ございます……」
巫女は目を泳がせながら語った。
「ですが、ルネは好意で手伝ってくれていました。ルネに手伝いを強要して、それを断られたことを逆恨みしていじめたのは、シェイラ様とメレディス様とナタリア様です」
「そなたはどうして、その三人を止めなかったのだ?」
「知らなかったのです。ルネが三人にいじめられていたことを私が知ったのは、ルネがいなくなった後のことでございます」
「どうして知ったのだ?」
「ルネのことを心配して、あちこちに尋ねていて偶然知りました。私の見習いが、平民の巫女から聞いた話でした」
「ほう……」
フィリップ王子は巫女を見据えると尋ねた。
「平民の、何という巫女だ?」
◆
「そなたは、ルネが薬草園でいじめられていたことを知っていたそうだな」
フィリップ王子は、平民の巫女ジルを呼び出すと言った。
「知っていることを全て話せ」
「いじめられていたかどうかは存じませんが……」
ジルは恭しく礼をとった姿勢のままで答えた。
「殿下がお知りになりたいのは、私がルネから聞いた話の内容でしょうか。貴族の巫女たちが、ルネが空気を悪くしていると神官長様に訴えていたという……」
「そうだ。詳しく話せ」
フィリップ王子は少し身を乗り出してジルに問い掛けた。
「ルネは何と言っていた?!」
「ルネは皆に迷惑をかけないために出て行くと申しておりました」
「それだけか?」
「はい。ですが……」
ジルはフィリップ王子に問い掛けた。
「恐れ入りますが、殿下、私見をお話してもよろしいでしょうか?」
「許す。何でも話せ」
「ルネが貴族の巫女たち数人に囲まれて、何か強く言われている場面を何度か見たことがあります」
「何?!」
「ルネはこれ以上、貴族の皆様とトラブルになることを恐れて、神殿を出たのではないでしょうか。平民には、貴族に強く言われたら逆らうことは難しゅうございますゆえ」
「やはりルネは脅されて、手伝いを強要されていたのか?!」
「無理やりだったかどうかは存じません。ですが、ルネはよく貴族の巫女たちの手伝いはしていました」
「やはりな……」
フィリップ王子は難しい顔をすると、ジルに質問をした。
「そなたは貴族の巫女たちが、ルネの畑の手伝いをしているところを見たことがあるか?」
「ルネが出て行った後は、貴族の巫女の皆様が交代でルネの畑を世話をしているようです。神官長様のご命令だとお聞きしました」
「それ以前はどうだった?」
「一度もございません。貴族の方々が、平民の畑を手伝ったことは一度もございません」
「やはり……」
フィリップ王子は確信を得たように唸った。
「ルネだけに手伝わせていたのだな」
ジルは頭を下げて控えている姿勢のまま、しれっと言った。
「ルネは聖女様のお手伝いもしていたようです。聖女様の小間使いも、ルネをよく呼びに来ていました」
「……ん?」
フィリップ王子は、ジルの言葉の意味が呑み込めずに一瞬戸惑った。
「それは……ルネのほうから話しかけていたのではないか?」
「私が薬草園で見たことでございます。聖女様の小間使いたちは、聖女様とともに神殿の本殿におられます。ルネから小間使いに話しかける場合、ルネが本殿に行かなければ話しかけることは出来ません。その場合、薬草園にいる私の目に入ることはございません」
「まあ、そうだな」
「聖女様の小間使いは、ルネを呼び出すために薬草園に来ていました」
「んん……?」
フィリップ王子は訝し気に眉を寄せた。
聖女セラフィナは「ルネがよく遊びに来る」と言っていた。
平民巫女ジルの話と、聖女セラフィナの話は少し食い違っている気がしてフィリップ王子は釈然としなかった。
「ルネは、聖女セラフィナの部屋によく遊びに行っていたようだが……」
「恐れながら、殿下、ルネは聖女様に呼び出され、聖女様のお手伝いをしていたのでございます」
「まあ、いらぬ手は出していたようだが……」
聖女セラフィナから、ルネが神器をいたずらしたと聞いたことがあるフィリップ王子は言葉を濁した。
だがジルははっきりと言った。
「いいえ、殿下、ルネは聖女様に頼まれてお手伝いをしていたのでございます」
「それはない」
フィリップ王子にとって、聖女セラフィナは愛する婚約者だ。
一方、目の前にいる平民の巫女ジルとは、今日、初めて話をしている。
筆頭聖女である婚約者セラフィナと、初対面の平民巫女ジル。
この二人の主張が食い違った場合、フィリップ王子がどちらの言葉を信じられるかと言えば、筆頭聖女である婚約者セラフィナのほうだった。
だが平民の巫女ジルは、意外なことを言い出した。
「その証拠に、ルネはフィリップ殿下に感謝をしておりました」
「ルネが私に?」
フィリップ王子がルネに会ったのは一度きりだ。
しかもそれは、聖女セラフィナの仕事の邪魔をするなとルネを叱ったときだ。
ルネに感謝される覚えがないフィリップ王子は盛大に首を傾げた。
「はい。ルネはフィリップ殿下のおかげで助かったと申しておりました」
ジルは淡々と言葉を続けた。
「フィリップ殿下がルネに、聖女セラフィナ様のお手伝いを禁止してくださったおかげで、聖女セラフィナ様のお手伝いをしなくて良くなり、助かったと」
「は……?」
清らかな水を濁らせるインクの一滴のように、フィリップ王子の心の中に黒い疑惑がポタリと落ちた。
◆
――中央神殿の本殿、聖女ベルタの部屋。
「と、フィリップ王子殿下のお耳に入れておきました」
ジルがフィリップ王子に尋問を受けたときの様子を話すと、聖女ベルタは楽しそうに言った。
「あのボンクラ、いつ気付くのかしらね」
「フィリップ殿下がお気づきになる前に、筆頭聖女が交代しそうですね」
筆頭聖女セラフィナは体調不良を理由に一カ月ほど静養をしていた。
そして先頃、復帰したが、以前ほどの力はなくなっている。
セラフィナの仕事ぶりは、他の聖女たちを下回っていた。
セラフィナは以前より魔力が弱まった理由を、体調不良のためと言っている。
だがいかに健康上の理由とはいえ、筆頭聖女の地位にふさわしい仕事ができない者を、いつまで甘やかして筆頭の地位に置いておくのかと、他の聖女とその実家を始めとする各所から不満が噴出していた。
「セラフィナ様の新しい助手は、以前の助手ほどの力は無いようね」
聖女ベルタは面白そうに笑うと、思い出したように言った。
「そういえば、宮廷魔術師をしている私の従兄が、面白いことを教えてくれたわ。市井にすごい回復薬が出回っているんですって。ほら、市井のポーションは、使われている薬草の種類が違うから、神殿のポーションより品質が劣るでしょう? でも、神殿のポーション並みの凄いポーションなんですって。よほど強力な魔力を持った光魔法使いが作っているんだろうって従兄が感心していたわ」
口の端で皮肉っぽく笑いながら、聖女ベルタは言った。
「もしかして、セラフィナ様のところから逃げ出した助手の仕業かもね。凄い仕事をする助手だったもの」
「そうかもしれませんね」
ジルは平然として、カフェのカップを口に運びながら内心で呟いた。
(ルネかな?)
「もう一つ面白い話を聞いたわ。今、王都では、闇の神官が復活したっていう噂が流行っているんですって。実際に悪人が何人も倒されたそうよ」
「実際に、闇の神官を見た者がいるんですか?」
「いるらいしわよ。転生した闇の神官は、まだ子供の姿をしていたんですって」
(闇の神官……。子供……)
ジルの脳裏に、子供の身長で、目の下に真っ黒なクマがあったルネの姿が思い出された。
(まさかね……)
「その闇の神官は王都のどのあたりに出たのですか?」
ジルがそう尋ねると、聖女ベルタは小首を傾げた。
「さあ、知らないわ。でも出たのは一度きりみたいよ。一カ月ほど前に……」
言いながら聖女ベルタは、ぷっと笑いを漏らした。
「バーナム子爵家の息子が平民を虐待していて、そこを闇の神官に倒されたんですって。平民は拍手喝采、バーナム子爵家は赤っ恥よ。その恥ずかしい息子は、黄金世代の巫女の兄なんですって。傑作なことに、その巫女、スタイン公爵の息子と婚約しているの。スタイン公爵も恥をかかされたってご立腹らしいわ」
「公爵様が、闇の神官にご立腹なのですか?」
「いいえ、スタイン公爵は恥を晒したバーナム子爵家の息子にご立腹なのよ。スタイン公爵はバーナム子爵家との縁談を破談にしたいらしいけれど、息子が巫女にベタ惚れで婚約解消を承知しないんですって」




