35話 カフェの焙煎
「……銀貨一枚分ですか……?」
「はい」
「……」
眼鏡の店員の言葉に、私は少し戸惑いました。
冒険者と名乗って前払いをしたのに、彼には通じなかったことに軽く衝撃を受けました。
(冒険者だって言ったのに信じてもらえなかった)
冒険者だというのは嘘なので、信じてもらえなくて正解なのですが……。
(普通の子供が、親に内緒で買い物をしようとしていると思われてるんだよね。心配してくれているんだから良い人だけど……)
私の見た目は、ニーナには普通になったと言われ、茶房の女性給仕には可愛いと言われました。
今の私は普通の子供に見えるのでしょう。
以前は普通の子供に見えなかったとニーナが言っていたので、冒険者と名乗っても信じてもらえたのは目の下のクマのせいだったのかもしれないと思い当たりました。
(目の下のクマが消えたら、もう冒険者の手は使えないんだ……)
子供に見られる不利を補うための冒険者作戦が封じられてしまったことは不便ですが、見た目が良くなったことは嬉しいことです。
闇の神官と言われるよりはマシなので、冒険者作戦は封印するしかありません。
ここは子供に見られることを受け入れて承諾するしかなさそうです。
(ジルさんから借りたお金に手をつけちゃいけないっていう、女神様の思し召しなのかもしれないわ)
「銀貨一枚分でかまいません。カフェを売ってください」
私はそう言い、カウンターに出した金貨二枚を回収して銭袋に戻すと、代わりに銀貨を一枚取り出してカウンターに置きました。
「お買い上げありがとうございます。ただいまカフェをお持ちいたします」
眼鏡の店員はにっこりと微笑むと、店の奥に引っ込み、しばらくすると小さな布袋を持って戻って来ました。
手のひらに乗るくらい小さな袋です。
「これが銀貨一枚分のカフェ豆です」
そう言って彼は、布袋の中身を私に見せました。
(白い……)
私がジルさんの部屋で見たカフェ豆は、ピッチャーの底に沈んでいた茶色い泥のような物体でした。
しかし小袋の中に入っている豆のようなものは白っぽい色でした。
この白っぽい豆からは、茶色い泥水のような豆茶が作れるとは思えません。
「私が見たカフェは茶色い泥みたいでした」
「カフェ豆は煎ると焦げ色になります。カフェの豆茶の作り方をご存知ないのですか?」
「知りません。どうやって作るのですか?」
私がそう質問すると、眼鏡の店員は困ったように笑いました。
「……そうですね。……実は私はカフェが好きでして、カフェの愛好家が増えることは歓迎いたします。お嬢様方さえよろしければ、カフェの豆茶の作り方を我が家の料理人に説明させます。いかがでしょう?」
「お願いします。教えてください!」
「かしこまりました」
眼鏡の店員はにっこり微笑んで、紹介状を書いてくれました。
「この住所の屋敷にこの紹介状を持っていけば、家の者が世話をいたします」
「ありがとうございます!」
◆
「ネヴィル・マゼラン……」
それが眼鏡の店員から渡された紹介状に書かれている彼の名前でした。
マゼラン商会で働いているマゼランという姓の店員に、私は疑惑を持ちました。
「もしかして……」
ニーナも同じことを考えたようで言いました。
「マゼラン会長の家族かしら?」
この時の私はまだ知りませんでしたが。
ネヴィル・マゼランはマゼラン商会の会長の甥でした。
後から知ったことですが。
私が金貨二枚をポンと出したので、ネヴィル・マゼランは私たちのことを裕福な家の子供だろうと思い、親切にしておくことは損ではないと判断したらしいです。
◆
「大きいお屋敷だね」
「さすがマゼラン一族」
私とニーナは、眼鏡の店員ネヴィル・マゼランが書いてくれた住所にある屋敷へと行きました。
門がある大きなお屋敷でした。
門番に紹介状を見せて中に入れてもらい、私たちの応対のために玄関に来た執事に紹介状を渡しました。
「なるほど。承りました。では厨房へご案内いたします」
紹介状を読むと、執事は私たちを屋敷へと招き入れ、厨房に案内してくれました。
そして料理人ベイカー氏を紹介してくれました。
「ネヴィル坊ちゃんのお言いつけですか。なるほど」
執事から紹介状を見せられて、料理人ベイカー氏は頷きました。
「では僭越ながら、私めがお教えいたします」
私とニーナは、ベイカー氏にカフェの豆茶の作り方を教えてもらえることになりました。
そして、カフェを気軽に飲むためには高価な道具が必要なことを知り愕然とすることになります。
◆
「これはカフェの生豆です」
白っぽいカフェ豆を指して料理人ベイカー氏は言いました。
「この生豆を煎って風味を出します。鍋でもフライパンでも良いですが、蓋が必要です。豆が爆ぜるのでね」
そう言って彼は、ミルクパンほどの大きさの片手鍋でカフェの生豆を煎って見せてくれました。
白っぽかった豆が、煎られて、だんだんと茶色くなって行きます。
そして香ばしい匂いが漂い始めました。
(カフェ豆は焼くと茶色くなるのね。焦げてるから?)
私とニーナは、ベイカー氏の解説を聞きながら作業を見つめていました。
「煎りかたが足りないと青臭く、煎りすぎると焦げて苦くなります。この加減が大事です」
やがて鍋で煎られている豆が、パチンと爆ぜました。
「……まあ、このくらいでしょう。色が茶色になって、一つか二つ爆ぜたくらいが丁度良い煎り加減です。火からおろしたら冷まします。冷まさないと、余熱でどんどん焼けてしまうのでね」
鍋から皿へとカフェ豆を移したベイカー氏は、扇で豆を煽って冷まし始めました。
(泥っぽい色になってる)
煎られたカフェ豆はすっかり茶色い泥のような色になっていました。
「これで豆は出来上がりです。飲むときには、この豆を砕きます」
ベイカー氏は、整理棚に入っていた箱型の器具を出しました。
それは小鍋より一回り小さいくらいの木箱で、ぐるぐる回すハンドルが付いている謎の器具でした。
「これがカフェ豆の粉砕機です」
「粉砕機がないと作れないんですか?」
ニーナが質問すると、ベイカー氏は朗らかな笑顔で答えました。
「豆が砕ければ良いので、すり鉢でも代用できます。しかし豆は砕こうとするとどうしても飛び散るので、専用の粉砕機があると便利です」
「粉砕機のお値段はおいくらですか?」
ニーナのその質問に、ベイカー氏は悩むような顔をして、天井を見上げながら答えました。
「私が買ったわけではないので詳しくは知りませんが。ネヴィル坊ちゃんに聞けば解ります。金貨二、三枚くらいじゃないかな?」
「金貨二、三枚?!」
値段に吃驚して私は声を上げました。
ニーナも呻くように言いました。
「やっぱり……外国の品はお高いのね……」




