30話 魔力料理
「これ美味しい!」
私はアリーという偽名を名乗り、薬屋で住み込みで働き始めました。
住み込みなら当たり前なのかもしれませんが賄い付きです。
天才ニーナの手料理を、賄いとして毎日食べられるなんて。
ここはとんでもない天国です。
(神殿を出て良かった! 女神様に感謝を!)
その日の夕食も、もちろんニーナの手料理でした。
「ニーナ、お肉の中にチーズと一緒に入ってるこの美味しいの何?!」
「リンゴだよ。リンゴとチーズを薄切り肉で巻いて、バター焼きにしたんだよ」
「お肉にリンゴ?!」
肉料理に果物が入っているなんて、驚きました。
バター焼きにされたお肉のじゅわりとした美味しさと、とろけるチーズの濃厚さを、甘酸っぱくジューシーなリンゴが爽やかに整え、絶妙な味になっています。
「お肉にリンゴなんて、すごい発明だよ! めちゃくちゃ美味しいよ!」
「わりと定番の料理だよ。まあ私は、味付けに葡萄酒と大蒜と光魔法を使ってるから、その辺の定番料理とは一味違うけどね」
「調合と製薬を同時にやったの?!」
調合と製薬は、それぞれ必要な才能が違いますが、どちらも薬師の仕事です。
「そうかも? 調合と製薬をやったことになるのかも?」
「天才だよ!」
私が今日もニーナを大絶賛していると、同じ食卓について静かに食事をしていたローナさんがぼそりと言いました。
「アリーは随分と大げさだねぇ」
ローナさんの素っ気なく思えるその言葉に、ニーナが少し不服そうにしました。
「もう、お婆ちゃんったら。私の料理を解ってくれないんだから。でもアリーは私の料理を気に入って喜んでくれてるんだよ!」
「ああ、そういう意味で言ったんじゃないよ」
ぷりぷりと怒り出したニーナに、ローナさんは淡々と言いました。
「ニーナは料理上手だよ。でもアリーは大げさすぎるからね。もしかしたらニーナの料理は、アリーに何か特別な効果があるんじゃないかって思ったんだよ」
「どういうこと?」
ニーナが首を傾げました。
(私に特別な効果?)
私も興味を引かれて、ローナさんの話に耳を傾けました。
「例えば、喉が渇いているときは、水がいつもより美味しく思えるだろう。日光病になりかけている者は、塩を甘く感じたり、味が解らなかったりするだろう。そういうものじゃないかと思ってね」
「アリーが栄養不足だから、私の料理がすごく美味しく思えるってこと?」
ニーナが難しい顔で推測を語ると、ローナさんは目をキラキラと輝かせて説明を始めました。
「栄養不足のせいかもしれないが。アリーは魔力回路が壊れているせいかもしれない。ニーナの料理は光魔法が注がれているからね」
そう、ニーナは光魔法使いでした。
ローナさんも光魔法使いです。
ニーナもローナさんも魔力量は少なく、ローナさんは薬草園の貴族の巫女たちと同じくらい、ニーナはそれよりさらに弱いですが、私と同じ光魔法使いでした。
「アリーの魔力回路がニーナの光魔法料理を栄養にしていて、それで大げさに美味しく感じるのかもしれない」
ローナさんがそう言うと、ニーナは急に暗くなりました。
「……それじゃあ、光魔法が美味しいだけで、私の料理は本当は美味しくないみたいじゃない……」
私もローナさんの話に衝撃を受けました。
(もし私の魔力回路が治ったら、ニーナのお料理のこの美味しさが消えてしまうの?!)
「ニーナの料理は美味しいよ。ニーナは料理上手だ。これは料理の良し悪しの話じゃなくてね……」
どんよりしているニーナを励ますと、ローナさんは熱っぽく語りました。
「もしかすると魔力回路の新しい治療法が発見できるかもしれないって話だ。ニーナ、料理と、それからアリーの健康状態を記録しておきな。魔力回路の修復ができたらアリーは背丈も伸びるかもしれない。アリーの背丈も計っておくんだ」
「……解った……」
ニーナは気の抜けた返事をすると、ぼそりと独り言のように呟きました。
「私は料理人になりたいんだから、料理が美味しいかどうかが大事なんだけど……」
沈んでいるニーナを他所に、ローナさんは少し高揚気味に、私に視線を向けると言いました。
「アリーも、どの料理が美味しかったか記録をつけておくれ」
「はい」
私はそう返事をすると、不安に思ったことを質問しました。
「私の魔力回路が治ったら、ニーナの料理の味が変わってしまうのでしょうか?」
「それを観察して、記録をつけて欲しいんだよ」
◆
「お婆ちゃんは薬師バカっていうか、薬師の仕事が好きなのよ」
夕食の片づけを終えた後、香草茶を飲みながら、ニーナはローナさんについてぽつぽつと語りました。
ローナさんは帳簿や在庫の整理のために、薬屋の店舗である一階に下りているので、ここにはいません。
「薬師の仕事はお婆ちゃんにとっては趣味でもあるの。薬を作ったり研究したりするのが、お婆ちゃんは楽しいのよ。でも私はお料理がやりたいから、いずれここを出て行くつもりなの。だから薬師を募集したんだよ」
ニーナは『ローナの薬屋』の薬師募集の真相を語りました。
「私が料理人になったら、お婆ちゃんの薬屋の手伝いがいなくなっちゃうからね」
「ニーナはいなくなってしまうの?!」
「いずれはね。でもまだ先の話だよ。料理人になって自分の店を持ちたいけど、それにはお金がたくさん必要だから。どこかの食事処かお屋敷の厨房で働いて、勉強しながらお金を貯めようと思ったけど。お婆ちゃんが、それなら薬屋で給金を出すって言うから、今は給金もらって手伝ってるんだ」
「そうだったんだ……」
「どこかの厨房で下働きするより、薬師の給金のほうが良いからね。お金が貯まるまではここにいるよ」
ニーナは小さく肩を窄めると、私に問い掛けました。
「アリーはやっぱり薬師になって薬屋をやりたいの?」
ニーナにそう質問されて、私は戸惑いました。
「……」
私が薬師の仕事を探したのは、やりたかったからではなく、出来ることがそれしかないからです。
「私は、他に出来る仕事がないからだよ。それにお金を借りてしまったから、返さなきゃいけなくて……」
「え?! アリーは借金があるの?! 悪い金貸しに騙されてない?!」
「金貸しじゃなくて、仕事で一緒だった人が貸してくれたんだよ。賭け事だって言って……」
「アリーはギャンブルしたの?! それで借金ができたの?!」
「ち、違うよ!」
私はニーナに、ジルさんが金貨十枚を貸してくれた話をしました。
「それはすごく良い人だよ!」
私の説明を聞いたニーナは、感じ入ったように頷きながら言いました。
「借金の証書もないんでしょう?」
「うん」
「その人は、アリーに金貨十枚をあげたつもりだと思うよ。証書もなくて無期限だなんて、あげたも同然だもの」
「でも……」
――金貨百枚を楽しみにしてる。
神殿の門まで私を見送ってくれたジルさんの笑顔を、私は思い出しました。
「金貨百枚を楽しみにしてるって言ってたから。早く薬師の仕事をして、金貨百枚を貯めて、返しに行きたいんだ。きっと喜んでくれると思うから」
「そりゃ喜ぶよ。金貨十枚が百枚になったら。誰だって喜ぶよ」
「やっぱり喜んでもらえるよね」
「絶対喜ぶと思うよ」




