03話 飼い慣らされた天才
「ルネ、私は聖女になったのよ」
「セラフィナ様、おめでとうございます!」
「子供の聖女は珍しいのよ」
「すごいです!」
「ルネのおかげね」
光魔法の天才と呼ばれるようになったセラフィナ様は、弱冠十歳にして見習いから正式な聖女となりました。
バンクス領の天才聖女としてセラフィナ様は活躍し、やがて国中にその名を轟かせました。
セラフィナ様の名声を聞く度に、私は誇らしい気分になりました。
だってセラフィナ様が聖女になれたのは、私がお手伝いしたからだから。
それに、皆が天才と誉めそやすセラフィナ様が、私を頼ってくれて、私に感謝してくれることが、とても良い気分でした。
やがてセラフィナ様は、王都の中央神殿に召されました。
セラフィナ様が十四歳、私が十三歳のときです。
国王の名の下に、セラフィナ様は中央神殿の聖女に選ばれたのです。
王都の中央神殿は、国中の神殿の最高峰でした。
「ルネ、王都でも私を手伝って欲しいの」
「はい、セラフィナ様、これからもお手伝いします」
セラフィナ様のご実家バンクス公爵家の推薦で、私は中央神殿の薬草園の巫女として取り立てられることになりました。
私はセラフィナ様と一緒に王都へ行きました。
王都の中央神殿でも、私は変わらずセラフィナ様のお手伝いを続けました。
◆
「あなた、名前は何といったかしら?」
「ルネです」
中央神殿での私の身分は薬草園の巫女で、薬草畑の世話が私の仕事でした。
私が七歳から十三歳まで奉仕していた地元バンクス領の神殿では、薬草園の巫女たちは全員が平民出身で対等な身分でした。
しかし王都の中央神殿は違いました。
中央神殿の薬草園の巫女は、建前は同じ巫女でも、事実上の身分差がありました。
平民と貴族の身分差です。
人数の変動はありますが、大体、平民の巫女は五人ほどで、貴族令嬢の巫女はその三倍から四倍の人数が居ました。
貴族令嬢の巫女たちには、それぞれ二人ずつ巫女見習いが付いていました。
巫女見習いは、巫女の代わりに畑の土を耕したり水やりをしたり雑草を抜いたりしていました。
平民の巫女には見習いは付きません。
平民の巫女は一人で畑の世話を全てします。
「この畑はルネが世話しているのよね?」
「はい」
ある日、貴族令嬢である巫女シェイラ様が、二人の巫女見習いを引き連れて、私に声を掛けてきました。
私に割り当てられている畑の薬草たちが元気な様子を見て、シェイラ様は小首を傾げながら言いました。
「ルネの薬草たちはどうしてこんなに元気なの?」
薬草たちも植物ですから、成長するには、光魔法の他に水や土や太陽の光を必要とします。
しかしその年は悪天候が続いたせいで、薬草たちはなかなか育たず痩せていて元気がありませんでした。
私の畑だけが、薬草たちはすくすくと育ち、元気良く葉を広げていました。
「何か秘訣があったら教えてもらえないかしら?」
「癒しの魔術を使っています」
光魔法は使い方によって様々な効果があります。
光魔法をただ注ぐだけでも薬草は育ちますが。
魔術を使うことで、さらに効率良く育成することができます。
私は七歳のころからセラフィナ様のお手伝いをしていたので、セラフィナ様と一緒に魔術の勉強もしていました。
神器には魔術を込めるタイプもあるため、聖女は魔術も習うのです。
「癒しの魔術が使えるなんて凄いわ。ねえ、ちょっと助けてくれない?」
それが最初の切っ掛けでした。
「お礼は金貨一枚で良いかしら?」
そう、最初は、シェイラ様は報酬を提示したのです。
「え?! お金なんていただけません……」
そのときの私は、お金を欲しがるのは悪いことだと思っていたのです。
それは地元のバンクス領の神殿でそう学習したからでした。
七歳で光魔法の才能が見つかり、巫女として取り立てられて神殿へ行ったとき。
私は神殿に雇われたのだと思っていて「どのくらいお金が貰えますか?」と神官に質問したのです。
すると神官は、少し不愉快そうな顔をして「君は神に仕える巫女になったのだ。俗物のように浅ましいことを言ってはいけない。清らかな心を持ちなさい」と私を叱りました。
だから、お金を欲しがるのは浅ましい行動なのだと私は思い込みました。
私がお金の話をしたとき、神官が不愉快そうな顔をしたことも一因です。
大人が不愉快そうな顔をすると、叱られるかもしれないと怖くなるので、叱られないように行動を正しました。
「あら? そうなの?」
私が報酬の金貨を断わると、シェイラ様は少し意外そうな顔をして、私を上から下まで見ました。
十三歳だった私はこの薬草園の巫女たちの中で一番年下で、一番背が低く小柄でした。
十六歳ですらりと背が伸びているシェイラ様に比べたら、私はちっぽけな子供でした。
「……子供にお金はまだ早かったかしら。どんな見返りを用意すれば手伝ってもらえるの?」
「何もいらないです。お手伝いします」
私は無償で、シェイラ様の畑の薬草たちを癒しの魔術で癒しました。
しおしおだった薬草たちは、みるみる元気になりました。
「ルネ、あなたって凄いのね。ありがとう、助かったわ」
シェイラ様は私を褒めてくれて、感謝してくれました。
シェイラ様についている巫女見習いたちも、口々に私を褒めてくれました。
「ルネさんはとても魔力が強いのね」
「羨ましいわ」
褒められて、感謝されて、称賛を浴びて、私の気分は上がりました。
そしてシェイラ様は翌日、私にプレゼントを持って来てくれました。
「ルネ、昨日はありがとう。あなたのおかげで助かったわ。これはお礼よ。こういうものなら良いでしょう?」
「わあ!」
シェイラ様に手渡された小さなバスケットの箱の蓋を開けると、中にはクッキーが詰められていました。
甘い匂いがふわっと漂いました。
良い事をして、感謝されて、美味しいお菓子も貰えて、私の心は満足感を得ました。
幸福を感じました。
私はすっかり飼い慣らされていたのだと、今なら解ります。
ですが当時の私は、孤児院と神殿しか知らない、世間知らずの子供でした。
「私の畑もお願いできないかしら?」
「ルネ、私もお願い」
シェイラ様から話を聞いたのでしょう。
他の貴族令嬢の巫女たちも、私に畑の手伝いを頼むようになりました。
私が手伝うと、皆が私に感謝して、私を褒め称えました。
「すごい才能ね!」
「助かったわ。ありがとう!」
しおしおの薬草たちを癒しの魔術で活性化させる私は、皆に注目されました。
皆が私に笑顔を向けて話しかけ、私を頼り、私に感謝をして、私を称賛しました。
私は役に立つ人間で、価値がある人間だと思うことができました。
ただの奴隷だとは気付かずに……。
都合良く使われることに幸福を感じていた私が、だんだんに鬱屈を感じるようになったのは、セラフィナ様が筆頭聖女の地位に就いてからです。
私は自分の幸福のために皆のお手伝いをしていましたが、自分がすり減っていることもどこかで感じていました。
そしてある日、言われたのです。
「あなたって、クズな男といつまでも別れられない駄目な女に似てるわ。いつでも逃げられるのに、少し優しくされるとすぐ情に絆されて、クズの世話をえんえんと続けてる女」
私にさらっとそう言ったのは、平民出身の巫女ジルさんでした。
「……え?」
とても意外なことを言われて、私の思考は固まりました。
ジルさんは冷めた顔で言いました。
「ああ、子供にはこういう話は早かった? でも似てるよ。そっくり」




