29話 天罰の執行人の噂
――王都で、とある怪奇事件が話題になっていた。
「最近、ガラの悪い奴らが減ったな……」
「天罰のおかげだろう」
「天罰?」
「知らないのか? 裏通りに犯罪者どもがごろごろ転がっていた話」
王都の裏通りのあちこちに、ならず者やゴロツキが転がっているという怪奇事件が起こった。
彼らは皆、路上で失神している状態で発見されており、意識不明のまま騎士団や警ら隊に捕縛された。
路上で失神していた者たちは、犯罪の前科がある者たちばかりで、中には賞金首もいたという。
この怪奇事件が発生したのは、たった二日間のことだ。
しかしこの事件は王都民たちの間で大いに話題になっていた。
辻斬りが出たかのような事件であったが、被害者は全員犯罪者であったので、王都民はこの連続怪奇事件を歓迎して喜んだ。
「中央区に人攫いの根城があったんだと。第二騎士団が発見して一網打尽にしたそうだが、そこにいた人攫いたちも天罰を受けていたらしくてな……」
失神状態の犯罪者が転がっていた場所の一つは、人攫いが拠点としている建物の前の道路で、第二騎士団がその拠点を一網打尽にしたことも話題となった。
「騎士団が不審に思って建物を捜査したら、当たりだったらしい」
「きっと女神様が、悪党どもの根城を騎士団に知らせてくださったのよ」
誰が言い出したのか……。
路上に犯罪者が転がっていた怪奇事件は、女神の天罰だと囁かれるようになっていた。
治安が乱れている王都の惨状を、女神が嘆き、犯罪者たちに天罰を下したのではないかと。
「正義感が強い何者かの仕業ではないのか?」
「それなら悪党を倒した後に、騎士団に通報するんじゃないかしら?」
「それもそうだな」
井戸端で、広場で、市場で、店先で……。
王都の人々はこの連続怪奇事件について熱く語り合った。
「行きずりの冒険者の仕業では?」
「そういえば、とてつもなく強い子供の冒険者が王都に来ているという噂を聞いた。子供ながら、指一本動かすことなく暴漢を倒したとか」
「魔術師か」
「指を触れずに倒したなら、魔法使いだろうな」
「冒険者ギルドは、そんな子供の冒険者は王都に来ていないと言っている」
「その正体不明の子供冒険者が、女神様が遣わされた天罰の執行人様では?」
瞬く間に、噂には尾ひれがついた。
体験談らしき話の伝聞も追加され、さらに膨らんだ。
「旅行者が、宿屋で天罰を見たと話していたそうだ」
「どこの宿屋?」
「ほら、中央区の、料理が旨いと評判の……」
「その宿屋は、天罰の被害者が出た宿屋だ!」
「じゃあそれって本当の話なの?!」
作物の不作や魔獣被害により世の中は乱れ、王都には多くのよそ者が流入して治安を乱していた。
荒んだ世の中に憂鬱を感じていた人々の心は、暗い状況を一撃で打破してくれるような英雄の登場を求めたのかもしれない。
「闇の神官が復活したという噂がある。闇の神官を見た者がいるらしい」
「そういえば伝説の闇の神官は、女神様の狂信者で、行き過ぎた正義を執行して闇落ちしたのだったな。悪人だけを標的にした怪奇事件は、まさか……」
「悪人どもを倒してくれるなら、闇の神官でも大歓迎だわ」
「そうだな。闇の神官は悪かもしれんが、世の中にはもっと悪い奴が大勢いるからな」
「闇の神官の首塚に、お祈りに行こうかしら?」
忌まわしき伝説の闇の神官の、斬り落とされた首が葬られているという言い伝えのある首塚の遺跡は、中央神殿が管理する墓地の一画にあった。
そこは寂れた場所であったが、ここ最近、訪れる者が急増していた。
闇の神官の首塚は、今や、人々が供えた花々が山を成し、墓地の中で最も華やかで賑やかな場所となっていた。
◆
――王都郊外にあるペカトル監獄。
その石造りの堅牢な建物は、犯罪事件の容疑者や受刑者たちを収容する施設だ。
「魔法士たちが調査したところ、失神状態の罪人たちはたしかに強い魔力を受けていました」
ペカトル監獄の窓はどれも小さいため充分な明かりが取り込めず、建物の中は昼でも薄暗い。
そのため、ところどころに蝋燭が灯されていた。
この陰気な建物の薄暗い廊下を、二人の煌びやかな容姿の男が歩いていた。
二人のうち一人は、第二騎士団の団長、銀髪碧眼の美貌の騎士エリオット。
「一両日中に目覚めた者たちもいるのですが、まだ目覚めない者もいます」
「なるほど……」
歩きながら説明するエリオットに、そう相槌を打った若い男は、亜麻色の長い髪を後ろで一つに束ねている、中性的な容姿の優男。
いずれ魔法伯になるだろうと目されている宮廷魔術師リロイだった。
「巷で噂の天罰の執行人は、やはり魔術師か」
面白そうに言ったリロイに、エリオットは苦笑した。
「魔法塔の住人も、王都の噂にご興味がおありだったのですか?」
「もちろんだ。犯人は凄腕の魔術師だろうからね。騎士団は犯人の手がかりを掴めたのか?」
「いいえ。捜査はしていません。天罰の執行人が存在したとしても、犯罪者ではありませんから捜査の対象外です」
エリオットがそう説明すると、リロイはニヤリと笑った。
「だが、そんな凄腕の魔術師が野放しになっていることは脅威だろう?」
「その理屈で言うなら、リロイ殿とて脅威ですよ」
天才の名を欲しいままにしている宮廷魔術師リロイは、国一番の魔術師と言っても過言ではない実力を持っていた。
「しかしリロイ殿は犯罪者ではないので、騎士団はリロイ殿を捜査せず野放しにしているのです。それと同じことです」
「何人も失神させ、路上に転がしたことは犯罪ではないのか?」
「被害者が皆、犯罪者なので、正当防衛が成り立ついうこともありますが。被害者たちは眠っていただけです。よって犯罪ではありません」
「魔術をもって不特定多数の相手を失神させるのは、辻斬りと同じ、辻魔法だと思うが?」
「たしかに辻斬りのようなものですので、何かしらの理由をつけて捜査できなくもないのですが、しかし……」
エリオットは小さく肩を窄めた。
「王都民に大人気の天罰執行人を、犯罪者として捜査したら、王都民は騎士団に不満をぶつけることでしょう。王家への批判にも繋がりかねません。であるからして問題がない限りは必要悪として放置せよ、というのが、宰相閣下のご判断です」
「ほう、宰相閣下が。それはそれは……」
二人は雑談をしながら薄暗い廊下を歩き、衛兵が見張る扉の前で足を止めた。
衛兵たちの敬礼に、エリオットは軽く返礼すると、その部屋の中へとリロイを招き入れた。
「こちらが、いまだに昏睡状態にある罪人です」
部屋の中には、三人の男が寝台の上に横たえられていた。
それは天罰だと噂の連続失神事件の被害者の男たちだった。
「この三人が最初の事件の被害者です。これより後の事件の被害者たちは、皆、一両日中に目覚めました。しかし最初に発見された彼らはいまだに目覚めないままです」
「たしかにこれは魔術だね……。気配がある」
男たちが横たわる寝台に近付き、リロイは覗き込むようにして言った。
「魔法士が言うには、水魔法の幻惑ではないかと言うことでした」
「いや、これは水魔法じゃないな。水魔法よりも明るい……」
「明るい?」
「ああ、水魔法ならもっと陰の気が強い。これは水魔法より明るい……。火か風の明るさだが、いやしかし……。光……?」
「観察しただけで、魔法の属性まで解るのですか?」
エリオットがそう質問すると、リロイは勝気に微笑んだ。
「君は私を誰だと思っているんだ。宮廷魔術師はその辺の魔法士とは違うのだよ」
「失礼いたしました。宮廷魔術師殿」
「解ってもらえて嬉しいよ」
リロイは微笑むと、再び横たわる罪人に視線を戻し、手をかざした。
そして何かを確かめているのか、軽い魔法を何度か発動すると、顔を上げて言った。
「……これに一番近い魔法は、聖女の安眠の術だな」
「え……。しかしあれは……」
エリオットはリロイの回答に首を傾げた。
聖女の安眠の術ならエリオットも知っていた。
騎士団でも使われている、眠り袋という神器に込められている術だ。
だがそれは、多くは暴れて興奮する対象の沈静に使われるものだ。
「眠気で、動きを鈍らせるだけのものでは?」
「第二騎士団は、筆頭聖女セラフィナが魔力をこめた眠り袋を使ったことがないのか? 筆頭聖女セラフィナの眠り袋には、敵を昏倒させる威力がある」
「そんなに威力が違うのですか?」
「ああ、筆頭聖女セラフィナが魔力を込めた眠り袋は、他の眠り袋とは桁違いに強力だ。だからこそ彼女は天才の誉れ高く、年若くして筆頭聖女となったのだよ」
「それは、つまり……」
エリオットは難しい顔をして目を伏せ、考えをまとめるようにして言った。
「天罰の執行人は、筆頭聖女並みの光魔法の使い手ということですか」
「そういうことになるな。少なくとも相当な魔力量の持ち主には違いない。……本当に闇の神官の仕業かもしれないな。そのくらい強い魔力だ」
冗談めかしてそう言ったリロイに、エリオットは困ったような顔で笑うと言った。
「光魔法の使い手なら女性でしょう。ならば闇の聖女様では?」
エリオットはまだ知らない。
闇の聖女呼ばわりをした天罰の執行人に、一年後の自分が求婚していることを。
◆
――そのころ、アリーという偽名を名乗りローナの薬屋で働き始めたルネは。
「美味しい! ニーナ、美味しいよ!」
今日もニーナの手料理の美味しさに感動していた。
「アリーが喜んでくれるから作りがいがあるわぁ。どんどん食べてね。スープはおかわりもあるからね」
「ありがとうニーナ。この野菜スープ最高に美味しいよ!」
ローナの薬屋の奥で、掃除と勉強の日々を送っているルネは。
王都で流れている噂も、神殿の混乱も知らぬまま、ニーナの手料理を楽しみに穏やかな毎日を過ごしていた。
「スープのおかわりください!」
「はいよ」
しかし嵐はすぐそこまで迫っていた。
2章終わりです。
次の章でカフェハウスまで行けるかと(予定)。




