28話 黄金世代の薬草園の腐敗
「神官長、そなたは巫女たちの訴えを聞いて、ルネを叱責したというが、本当か?」
フィリップ王子は、ルネが薬草園でいじめられていたという話が、事実であるかの確認をするために神殿へと赴いた。
そして薬草園の統括である神官長に尋ねた。
「はい、たしかにルネには注意をいたしました」
神官長がそう答えると、フィリップ王子はさらに質問を重ねた。
巫女たちがルネを悪者に仕立て上げて神官長に告げ口したという話を、聖女セラフィナから聞かされていたフィリップ王子は、最初から神官長に疑惑の視線を向けていた。
「巫女たちはルネのことを何と言っていたのだ?」
「態度が冷たいと申しておりました」
「それだけか?」
「ルネに手伝いを頼んでも、ルネは拒否するばかりで、空気を乱していると申しておりました」
「巫女にはそれぞれ担当する畑が割り当てられているはずだ。他人の畑を手伝うことは好意であり、必然の仕事ではないだろう。何故、好意を強要するような真似をしたのだ?」
「たしかにそれぞれが担当する畑は決まっておりますが、本来、薬草園は女神様のもの。女神さまに奉仕することが巫女の勤めです。薬草園のために手伝い合うことは当然のことなのです」
「何人もの巫女がルネに手伝いを要求していたと聞く。か弱い平民の巫女が、たった一人で何人もの畑を手伝うのは無理だろう」
「薬草園では、お互いに手伝い合うことは皆がやっていることなのです。しかしルネは皆の手伝いを拒否して、皆に冷たい態度をとっていたことが問題となったのでございます」
神官長は、聖職者らしい清廉な態度でフィリップ王子に説明をした。
「誰しも、いつも万全の体調であるとは限らないものです。ですが薬草は手入れを怠れば枯れてしまいます。ですから薬草園では、誰かが体調を崩して畑仕事ができないときには、他の誰かがその者の畑を手伝います。薬草園はそうした助け合いで維持されているのです。現に今も……」
神官長は得々と語った。
「ルネが突然姿を消したために放置されることとなったルネの畑を、他の巫女たちが交代で世話をしております。薬草園では当たり前の助け合いなのです」
「他の巫女たちも、ルネの畑を手伝っているのか?」
「はい」
「……」
フィリップ王子は少し考え込んだが、顔を上げると神官長に言った。
「念のため、ルネの畑を見せてもらおうか」
◆
フィリップ王子は、神官長と一緒に薬草園の畑を視察した。
案内役は神官シモンだった。
「こちらでございます」
ルネの畑は、平民の巫女たちの畑が並ぶ区画にあった。
平民の巫女たちの畑はどれも薬草が生い茂り一面が緑色だ。
だがその緑色の中に、半分以上が茶色のまだらで地面が剥き出しになり、植えられている薬草の葉も枯れかけて茶色になっている荒れた畑が一つあった。
神官シモンはその荒れた畑を指して言った。
「こちらがルネの畑です」
「……」
神官長は荒れた畑を見て、目を剥いて無言になった。
「……」
フィリップ王子は眉を歪め、神官長に質問した。
「神官長、ルネの畑だけ随分と荒れているようだが? これでちゃんと手伝い合っているのか?」
「……ルネの畑は、もともと半分枯れていたのです。ルネが畑を枯らしてしまったからです」
「ルネは自分の畑の世話ができていなかったということか?」
「はい。このような惨状の畑です。ろくに世話をしていなかったとしか考えられませぬ」
「だとしたら、畑の世話がろくにできないルネに、何人もの巫女たちが手伝いを頼むというのはおかしいのではないか?」
「ルネは自分の畑の世話も、手伝いも、さぼっていたのだと思います。薬草が枯れていることが世話を怠っていた証拠でございます」
「ふむ……。世話をさぼると、このように枯れてしまうのか?」
「はい。薬草はこまめに光魔法を注がねば育ちません。今年は猛暑でございますから、光魔法が足りなければすぐに枯れてしまうのです。薬草が枯れているということは、光魔法が注がれていなかったということでございます」
「なるほど……。薬草が枯れていることが、巫女が仕事をさぼっていた証拠というわけか」
「はい」
フィリップ王子は顔をあげると、神官シモンを振り向いて言った。
「ルネに手伝いを頼んだ巫女たちの畑も一応確認したい」
「はい。ご案内いたします」
◆
神官シモンに案内されて、フィリップ王子は神官長とともに貴族の巫女たちの畑がある区画へ行った。
だが、そこには……。
目を疑う光景が広がっていた。
「こ、これは……っ!」
目の前に広がる光景に、神官長は我を忘れたのか驚愕の声を上げた。
「どうしたことだっ!」
本来であれば一面に緑が広がっているはずであったが。
貴族の巫女たちの畑は、疫病にでも侵されたように茶色のまだら模様になっていた。
先程の平民の巫女の畑の区画にあった、荒れたルネの畑のような光景が、ここでは一面に広がっていた。
「神官長、ここの巫女たちは、皆、仕事をさぼっているのか?」
フィリップ王子は冷めた目で、神官長に質問した。
「世話をさぼると、薬草が枯れてこうなるのだったな?」
「こ、こんな、馬鹿な……っ! こ、これは、何かの間違いですっ!」
「しかし薬草は枯れているぞ。巫女たちが薬草の世話をさぼったから、こうなったのではないのか?」
「ど、どうしてこんなことに……っ!」
「神官長、さぼっていたのはルネではなく、他の巫女たちだったのではないか?」
「そんな馬鹿な……!」
驚愕を叫ぶばかりで話にならない神官長から、フィリップ王子は視線を外すと、案内役の神官シモンに問いかけた。
「ここの巫女たちは仕事をさぼっているのか?」
「……お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ございません」
「言い訳は良い。質問に答えろ」
「はい。申し訳ございません」
「巫女たちは仕事をさぼっているのか?」
「おっしゃるとおりでございます。このところ皆、怠けているようで、薬草がどんどん枯れております」
「ルネが皆に迷惑をかけていたところを、お前は見たことがあるか?」
「……いいえ……」
一瞬、答えが淀んだ神官シモンを、フィリップ王子は鋭い視線で射抜いた。
「正直に言え。王太子である私が質問しているのだ。王太子の前で嘘を吐いたらどうなるか解っているだろうな?」
「う、嘘は申しておりません。ただ……」
神官シモンはうろたえながらも答えた。
「ルネから、神官長にそういったお叱りを受けたと、聞いただけにございます」
「ルネから?」
「はい」
「詳しく説明しろ」
「ルネが神殿を出る前に、私に挨拶に来ました。そのときにルネから聞いたのでございます。皆に迷惑をかけていると神官長からお叱りを受けたので、身の程をわきまえて神殿を退去することにしたと……」
「ふむ……」
フィリップ王子は神官長を振り向いた。
神官長は荒れた薬草畑を前に、魂が抜けたように呆然としていた。
神官長は、薬草の収穫量が大幅に減ることによる大損害、神殿の権威の喪失、国内の混乱、そしてそれらの責任を追及されるであろう薬草園の統括という立場にいる自分の未来を予想して愕然としていたのだが、フィリップ王子はまだそこまでは想像できていなかった。
フィリップ王子は神官長に呼びかけた。
「神官長」
「……はい……」
茫然としながら生返事をした神官長に、フィリップ王子は問いかけた。
「神官長は、ルネが皆に迷惑をかけているところを見たのか?」
「……」
「事実確認をせず、仕事をさぼっている巫女たちの言葉を真に受けて、ルネを叱ったのか?」
「……まさか……まさか、こんなことが……」
「質問に答えろ」
「……っ!」
「神官長は、ルネが皆に迷惑をかけているところを見ていないのだな?」
「はい……。申し訳ございません。巫女たちからの苦情を聞いたのみでございます……」
神官長にとっては、目の前にある枯れた畑から想像される薬草園の損害とその影響が一大事であって、巫女たちの人間関係の問題は些細な出来事だった。
それゆえ神官長は軽く真実を答えた。
「やはり確認もせず、巫女たちの言葉を真に受けたのか」
フィリップ王子は表情を厳しくした。
フィリップ王子にとっては、ルネが薬草園でいじめられていたらしいことが大問題であった。
「ルネが他の巫女たちからどういう扱いを受けていたか、調査をする必要がありそうだな」




