27話 黄金世代の筆頭聖女の裏
――中央神殿の本殿。
「ジル、これが今回の仕事よ」
平民巫女のジルは、聖女ベルタに呼び出されて聖女ベルタの祈祷室へ行った。
そこには神器が並んでいた。
「仕事が戻ったのですね」
ジルがそう言うと、聖女ベルタは皮肉っぽく口の端で笑った。
「そうなの。筆頭聖女セラフィナ様は体調を崩したとかで、静養のために実家に帰っているの。それで私たちに仕事が戻ったのよ。……あの人、フィリップ王子殿下の気を引きたくて、他人の仕事を奪いまくって優秀さをひけらかしていたのに。急にどうしたのかしらね」
聖女ベルタは面白そうに、ふっと笑いを零した。
「優秀な助手がいたようだけれど。セラフィナ様のずぼらなやり方に、助手がついに体を壊したのかしら?」
「筆頭聖女セラフィナ様は、他の方々とお仕事のやり方が違うのですか?」
ジルがしれっと質問をすると、聖女ベルタは嬉々として答えた。
「セラフィナ様は仕事を溜め込むタイプだったの。私たちから仕事を奪うだけ奪っておきながら、なかなか処理しなかったのよ。そしてある日、一気に全部提出するの。一気に処理していたんだと思うわ」
聖女ベルタは嘲るような微笑みを浮かべながら続けた。
「セラフィナ様は王宮の行事や貴族の夜会には小まめに出席していたから、そちらを優先して、仕事を後回しにしていたんだと思うわ。助手に小まめに指示を出しておけば良いのに、それすらやっていなかったんじゃないかしら。毎回、一気に大量の仕事を振られていたら、どんな優秀な助手だって潰れるわよ」
(ルネにはそれがいつも出来てしまったから、セラフィナ様も、薬草園の貴族巫女たちと同じで、ルネに慣れ切っていたんだろうね……)
ジルは内心でそう呟き、苦笑した。
薬草園でルネの様子に引っかかりを覚え、ルネを観察していたジルは知っていた。
ルネの魔力量は桁外れで、そしてルネはどれだけボロボロになっていても頼まれれば嫌とは言わず全ての仕事を引き受けていたことを。
(親が当たり前に食事を用意してくれるように、ルネが当たり前に仕事を引き受けて必ず完成させていたから、セラフィナ様もその環境に慣れ切って、ルネに飼い慣らされていたんだろうよ。……嫌な感じの、破れ鍋に綴蓋だ……)
「セラフィナ様が抱えていたのは、聖女何人分かの仕事ですもの」
聖女ベルタは小さく肩をすぼめると言った。
「何人の助手がいたのか知らないけれど。助手たちはみんな体を壊したのかもしれないわね」
「なるほど」
ジルは聖女の話に相槌を打つと、話題を切り替えた。
「……ところで、ベルタ様、これだけの仕事をして本当に良いのですか?」
ジルは並んでいる神器を指して、聖女ベルタに質問した。
「またベルタ様が、王子殿下の妃候補になってしまわないでしょうか?」
フィリップ王子との縁談を聖女ベルタが嫌がっていたことを、ジルは知っているからこその質問だった。
「フィリップ殿下はもうセラフィナ様と婚約しているから、そちらは大丈夫だと思うわ。私は筆頭聖女の地位を取り戻したいの。神殿を去るときに筆頭聖女だったか、それとも筆頭聖女から格下げになった聖女だったかでは、後々の評判が違うもの」
「ベルタ様が筆頭聖女の地位に戻られたら、王子殿下の婚約者様が、筆頭聖女から聖女に格下げになることとなりますが。王子殿下と婚約者様の評判はどうなるのでしょうか?」
「さあ? 知らないわ」
ジルの質問に、聖女ベルタは朗らかに微笑んだ。
「私には関係のないことよ。そういうわけだから……」
それまで気安い態度でざっくばらんな話をしていた聖女ベルタは、表情を正して、雇い主としてジルに命令した。
「ジル、お願いね」
「かしこまりました」
「一週間あれば出来るかしら?」
「はい、充分です。終わり次第、お知らせいたします」
「特別手当を出すわ」
「ありがとうございます」
◆
「セラフィナ、体調はどうだ?」
王都のバンクス公爵邸で、仮病により静養している筆頭聖女セラフィナは、婚約者であるフィリップ王子の見舞いを受けていた。
「医師の診断では、過労と心労が原因だとのことです……」
ベッドの上で半身を起こし、病人を装った姿で、セラフィナはフィリップ王子と話した。
「休養をとり、心を落ち着かせるようにと医師に言われましたが……。ルネのことが心配で、夜もよく眠れませんの……」
「セラフィナは優しいな。だがルネは薬草園にいるのだから心配することはない」
「いいえ、ルネは、薬草園から姿を消してしまい行方不明なのです……」
「行方不明だと? 本当か?」
そう問いかけたフィリップ王子に、セラフィナは悲愴な表情を作ると語った。
「はい……。ルネはずっと薬草園でいじめられていたんです。ルネは平民で、身寄りのない孤児だからでしょう。貴族の巫女たちはルネを軽く見て、ずっといじめていたのです……」
「薬草園の巫女がそんなことをするのか? 黄金世代の巫女たちが? 信じられん……」
「ええ、私も最初は信じられませんでした。ですが調査をしたところ、ルネがいじめられていたことが解ったのです。彼女たちはルネが言うことを聞かないと、ルネを悪者にしたてあげて神官長に告げ口していたのです。それでルネは薬草園での立場を失ってしまい、追い詰められていたようです。平民のルネは、貴族である彼女たちに逆らえなかったらしくて……」
セラフィナは悲しみに打ちひしがれたように、両手で顔を覆って悲壮感を高め、滑らかに語った。
「ルネが私のところへよく遊びに来ていたのは、あれはきっと、私に助けを求めていたんだわ……。私がもっと早く気付いてあげていれば……」
セラフィナは、よよよと泣き崩れた。
「よってたかって、か弱い孤児のルネをいじめるなんて。薬草園の巫女たちはなんて酷いことを……」
セラフィナはうるうると目を潤ませて、フィリップ王子に訴えた。
「ルネは、彼女たちのいじめに耐えかねて神殿を飛び出してしまったんです。今、手を尽くしてルネを探させていますが、見つからなくて……。ルネは身寄りのない孤児なのに、一体どこでどうしていることやら……」
「黄金世代の巫女たちが、裏でそんなことをしていたとは……」
フィリップ王子は苦いものを噛んだかのように眉根を寄せた。
「それが本当なら、貴族として恥ずべき行為だ」
「スタイン公爵のご令息やマドック侯爵のご令息は、黄金世代の巫女と婚約したと聞きました。他にも高位の貴族のご令息たちが黄金世代の巫女たちと婚約しています。皆様は、彼女たちの性格をきちんとお調べになったのでしょうか……?」
セラフィナは怯えるように自分の肩を抱いて震えた。
「よってたかって孤児をいじめるような酷薄な方々が、高位貴族の夫人となったら、この国の未来はどうなってしまうのでしょう……。私、怖くて……」
「それが本当なら由々しき事だ」
フィリップ王子は表情を引き締めると言った。
「セラフィナ、安心しろ。私が何とかしよう。もし薬草園の巫女たちの為人がそのような品性下劣であるならば、私がスタイン公爵たちに話をしてやる」
神殿側の様子に1話、王都の謎の睡眠事件で1話で、さくっと2章を終わる予定でしたが。
神殿側の話が、書いてみたら意外と文字数が多くて4話になってしまいました。
次話が王子と神官長の話で、その次がやっと王都の謎の事件で、それで2章終わる予定です。




