26話 黄金世代の巫女の内紛
――中央神殿の薬草園。
「ルネがいなくなったのは貴女方のせいでしょう!」
そこでは貴族の巫女たちが言い争っていた。
「シェイラ様、メレディス様、ナタリア様、どうしてルネの畑を放置して枯らしたんですの?!」
ルネがいなくなる以前から、ルネが手伝いをしなくなったことで、シェイラ、メレディス、ナタリアの三人は、他の巫女たちに糾弾されていた。
彼女たちがルネに頼まれた手伝いを疎かにして、ルネの畑を半分枯らしたことが、ルネが手伝いをしなくなった原因だと思われていたからだ。
そしてルネがいなくなった今は、彼女たちへの糾弾はさらに激しくなっていた。
「ご自分たちが何をなさったのか理解していらっしゃる?」
「こちらだって手が足りなかったのよ!」
シェイラのその反論に、メレディスとナタリアも加勢した。
「そうよ、仕方なかったのよ!」
「他の畑まで世話する余裕がないことは、貴女たちにも解るでしょう?!」
彼女たちのその反論を、他の貴族巫女たちは鼻で笑った。
「手が足りないなら何故、私たちに相談してくださらなかったのです」
「できないから投げ出して終わり、だなんて、まるで子供ですわね」
「どうして後先を考えずにルネの畑を放置したんですの?」
嫌味を投げつけて来る巫女たちに、シェイラ、メレディス、ナタリアの三人は必死に反論した。
「できないものは仕方ないでしょう!」
「そうよ!」
「後からならいくらでも言えますわ!」
「できないなら、できないで、状況を周りに知らせて、手を借りる算段をするものですわ。そのくらいの頭もありませんの?」
「貴女方が無能なせいで、こちらまで巻き込まれたわ……」
「……無礼ですわ……!」
メレディスは、敵意に満ちた視線を向けて来る巫女たちに言った。
「誰に向かって物を言っているかお解りなのかしら!」
メレディスは、スタイン公爵家の令息と婚約していた。
メレディス自身は子爵令嬢だったが、メレディスの婚約者の家は公爵家。
この薬草園の巫女とその婚約者の中で、メレディスの婚約者の家は最も爵位が高かった。
「私はいずれスタイン公爵夫人となりますのよ。無礼は許しません!」
メレディスのその言葉に、巫女たちは怯んだ。
だが……。
「それはどうかしら?」
まったく怯まずに、皮肉っぽい笑みを浮かべながら一人の巫女が言った。
「スタイン公爵は、メレディス様が黄金世代の巫女だからと評価なさり、縁談を申し込まれたとお聞きしましてよ。でも今期の、この収穫を……」
そう言いながら、彼女は畑を指した。
本来なら薬草が生い茂り、全面が緑色のはずの畑は、半分ほどが枯れて茶色のまだらになっている。
「スタイン公爵はどう評価なさるかしら?」
「……!」
「貴女たち三人は、特に、ルネにたくさん手伝わせていらっしゃったわよね。貴女方の薬草畑は飛び抜けた成績となり、高位貴族たちに注目されましたが、収穫量が維持できなかったらどうなるのかしら?」
「……」
「破談にならないと良いわねぇ。破談になったらメレディス様は公爵夫人になれませんものねぇ」
その言葉で、メレディスの婚約者の身分に怯んでいた巫女たちは息を吹き返した。
「いつまで偉そうにしていられるかしら?」
「そのような態度がとれるのも、今のうちだけかもしれませんね?」
「見物させてもらうわ」
クスクス笑いをはじめた巫女たちに、メレディスは眉を吊り上げて言い返した。
「貴女たちだって同じことではなくて?! 収穫量が落ちるのは同じよ!」
「そうよぉ? だから私たちは、無能な貴女方のせいで巻き込まれたって、先程から言っているでしょう。今頃お解り?」
「本当に鈍いわね」
「公爵家に見限られなければ良いですね」
◆
「ねぇ、ちょっと、貴女……」
薬草園で、巫女見習いに声を掛けられ、平民巫女のジルは振り向いた。
「ルネの行方について何か聞いていないかしら?」
「知りません」
「知っていることを教えてもらえるなら、お礼をするわよ?」
巫女見習いは、実質は貴族の巫女の使用人だ。
貴族の巫女に命令されて、ルネの情報を集めているのだろうことが知れた。
(あわよくば、ルネを見つけ出して雇いたい、といったところかしら)
「知らないです。でも、どうして貴族の皆様がルネの行方なんか気にするんですか?」
ジルはしれっとした態度で、巫女見習いに言った。
「貴族の巫女の皆様は、ルネが邪魔で、追い出したかったのでしょう?」
「そんなわけないでしょう。ルネが心配だからこうして探しているのよ」
「ですが貴族の巫女の皆様は、ルネがいると空気が悪くなり迷惑だと、神官長に苦情を入れていたとお聞きしております」
「え?!」
巫女見習いは驚いた顔をして、ジルに問い返した。
「誰がそんなことを言ったの?!」
「このお話って、お礼をいただけますか?」
「銀貨一枚」
「まいどあり」
巫女見習いが差し出した銀貨を受け取ると、ジルは話した。
「ルネが言っていました。ルネが薬草園の空気を悪くしていると、神官長様に訴えた貴族の巫女たちがいたようです。それでルネは神官長様からお叱りを受けたそうです」
「ルネが神官長様に、お叱りを?!」
「はい。だからルネは皆様にご迷惑をかけないために、神殿を出る決意をしたと言っていました。神官長様なら詳しくご存知かと」
◆
「たしかにルネの態度について、注意をした」
ルネが空気を悪くしているという理由で神官長に叱責されたという事件を、貴族巫女の一人は、巫女見習いから知らされた。
彼女は気の知れた貴族巫女たちとともに、神官長に事実を確認した。
神官長は悪びれずに答えた。
「そもそも巫女は、女神様の薬草園に奉仕することが勤めだ。薬草園のために助け合いをするのは当然のこと。そうであろう?」
「はい……」
「おっしゃるとおりでございます……」
貴族巫女たちは神官長に話を合わせながら、情報を引き出した。
「不肖の私たちは気付きませんでしたわ。巫女の規律を正してくださったその方々はどなたでしょう。お礼を言いたく存じます」
「巫女シェイラと巫女メレディスと巫女ナタリアの三人だ」
◆
「あの三人! 馬鹿なの?!」
神官長の部屋を退室して薬草園に戻ると、神官長から話を聞き出した貴族巫女たちは怨嗟を吐いた。
「神官長から言われれば、ルネがまた手伝いをすると思ったのかしら?!」
「きっとそうね。あの人たちは頭が悪いもの」
「権力者に言われたら、言いなりになると思ったのよ」
「平民には、逃げるという手段があることをご存知ないのかしら」
「平民は、名誉も地位も家の縛りもありませんから、すぐに脱走しますわね」
「ねえ、皆様……」
一人が考えるような顔をして、皆に問い掛けた。
「あの三人が平民をいたぶっていたという話にして、広めるというのはどうかしら。慈善は貴族女性の嗜み。平民をいたぶっていたという話は醜聞になりますわ」
「それは名案です」
「良い考えですね。母に手紙を書きますわ」
「醜聞がスタイン公爵のお耳に入ると良いわね。あの女の鼻っ柱を折ってやれるわ」
「あの愚か者がスタイン公爵夫人になったら、それはそれで、見物だとも思いますが……」
「やらかしそうですものね」
暗い微笑みを浮かべて、彼女たちはそれぞれ実家に手紙を送った。
そして彼女たちの中の一人は、実家からの返信で思いがけぬ情報を得た。
◆
「メレディス様のお兄様が、騎士団に捕縛されたんですって!」
貴族の巫女である彼女は、シェイラ、メレディス、ナタリアの所業を醜聞として実家に手紙で知らせた。
そして実家からの返信に、思いがけず面白い事件が書かれていた。
彼女は面白可笑しく、その事件を貴族の巫女の気安い友人たちに知らせた。
「メレディス様のお兄様、バーナム子爵令息ローガン様は、平民が経営する食事処で席を用意しろと暴れて、騎士団に通報されて捕縛されたのですって」
「あら、まあ……」
「ご兄妹そろって平民を虐待するなんて」
「醜聞ですわねぇ」
メレディスを快く思わない彼女たちは、ころころと笑った。
「貧乏貴族が、降ってわいた公爵家との縁談で、急にチヤホヤされるようになって、舞い上がってしまったのかしら?」
「ご立派なご兄妹ですわねぇ」




