25話 黄金世代の筆頭聖女の憤怒
――中央神殿。
「ルネはまだ戻っていないの?!」
筆頭聖女セラフィナは小間使いにルネを呼びに行かせた。
だがルネが居なかったという報告を再び受けて、セラフィナは苛立った。
「はい。ルネは昨夜も部屋に戻らなかったようです……」
「部屋にも戻らず、どこで寝ているの?!」
「解りません」
「調べなさい!」
セラフィナが小間使いに不機嫌をぶつけていると、別の小間使いが知らせを持って来た。
「セラフィナ様、バンクス公爵より至急お会いしたいとの言伝です」
「お父様が?」
◆
「お父様、急にどうなさったのです。こちらは今、とても忙しいんですのよ」
筆頭聖女セラフィナは、父であるバンクス公爵に呼ばれて出向いた。
「ああ、解っているよ。だが手伝いのルネがいなくなって大変だろう? 代わりの手伝いの件だ」
「は?」
バンクス公爵の話に、セラフィナは訝し気に眉根を寄せた。
「どうしてルネがいなくなったことを、お父様がご存知ですの?」
「ルネから手紙が届いた。神殿を退去するとね」
「退去?!」
セラフィナは驚愕の声を上げた。
「ルネは神殿を出て行ったんですの?!」
「ルネは、フィリップ王子殿下にセラフィナの手伝いをすることを禁止されたそうだな。もうセラフィナの手伝いが出来ないから神殿を出ることにしたと、手紙にはそう書かれていた」
「……」
「ルネはフィリップ王子殿下のご不興を買ったのか?」
「ええ、まあ……」
「セラフィナは、フィリップ王子殿下がルネに手伝いを禁止したことは知っていたのか?」
「ええ……」
「どうしてすぐ知らせなかった。手伝いを神殿に入れるには面倒な手順がある。次の手伝いを送るにも時間がかかるんだぞ」
「……フィリップ様のご命令は一時的なものかもしれなくて……。まだ確定だとは思わなかったのです……」
「ルネはフィリップ王子殿下に叱責されて、二度とセラフィナの手伝いをしないことを王子殿下と神官長の前で誓ったと手紙に書かれていた。神官長まで立ち会わせたとなると、正式な通達だろう。撤回は難しいのではないか?」
「それは知りませんでした……」
セラフィナは視線を泳がせて言葉を濁した。
バンクス公爵はさらに続けた。
「ルネは薬草園の空気を悪くしていると、神官長からも叱責されたそうだ。それで皆に迷惑をかけないようにと、神殿を出たようだ」
「ルネは薬草園で何をしたんですの?」
「そこまでは書かれていなかった。だが人をやってルネを探させている。見つけたら聞き出せば良い。……あれは逸材だからな。セラフィナの手伝いができなくとも使い道はいくらでもある」
「ルネを見つけたら、私にすぐに知らせてくださいな」
「ああ、知らせよう。ところでセラフィナ……」
バンクス公爵は少し考えるような顔をしてセラフィナに質問した。
「ルネは引き抜かれた可能性はないか?」
「え……」
「金もツテもない孤児が、神殿を出るのはおかしかろう。貧しい平民にとっては、神殿は良い暮らしができる場所だからな」
「……」
「ルネはあの才能だ。誰かに引き抜かれたのかもしれん。心当たりはないか?」
「……解りません。調べてみます」
◆
「薬草園でルネがどんなトラブルを起こしていたか調べなさい。貴族の巫女が、ルネに接触していたかどうかも」
神殿の居室に戻ったセラフィナは、小間使いに命じた。
「それから、私は体調不良のためしばらく実家で静養します。大神官様にそうお伝えして」
「かしこまりました」
◆
「セラフィナ様、ルネが薬草園でトラブルを起こしたという件、解りました」
セラフィナが体調不良の名目で、静養のために王都のバンクス公爵邸へ戻った翌日。
情報収集のために神殿に残していた小間使いが、セラフィナに報告を持って来た。
「黄金世代の巫女たちと見習いたちは、皆、口を噤んでいましたが……。平民の巫女が事の次第を知っていて、教えてくれました」
「平民が?」
「はい。黄金世代の巫女たちは、密かにルネに手伝いをさせていたようです。それで彼女たちは口を噤んでいたのでしょう」
「手伝い?」
セラフィナは一瞬首を傾げたが、すぐに何かに気付いたように視線を鋭くした。
「もしや……あの下位貴族の小娘たちが、黄金世代と持てはやされていたのは……!」
「はい、おそらく」
小間使いは、セラフィナの言わんとしていることに頷いた。
「彼女たちの功績は、ルネに手伝わせていたからでしょう。今、彼女たちの畑は枯れ始めていて、酷い状態です」
「ルネがいなくなったから?」
「おそらく、そうであるかと。彼女たちはルネに手伝いを強要し、ルネがそれを断われば、彼女たちは、ルネの態度が悪いと、神官長にあらぬことを告げ口して圧力をかけていたようです」
「ルネは薬草園でいじめられていたの?!」
「はい。貴族の巫女たちの手伝いを断われば、悪者として神官長に告げ口され、いじめられていたようです」
「……」
セラフィナは盛大に眉を歪めた。
小間使いはさらに続けた。
「神官長にも確認を取りました。神官長はたしかに、貴族の巫女たちから、ルネが皆の手伝いを断わり空気を悪くしているという苦情を受けていたようです」
「手伝いを断わることの何が悪いっていうの。他の巫女の手伝いはルネの仕事じゃないでしょう」
「はい。おっしゃるとおりでございます」
「大体ルネはどうして、薬草園で他の手伝いなんかしていたの?」
「ルネは平民です。貴族の娘たちに命令されたら、逆らうのは難しかったのでしょう」
「巫女風情など、たかが男爵や子爵の娘でしかないくせに……」
中央神殿の薬草園の巫女は、聖女の枠に入れなかった娘達の受け皿だ。
上位貴族の娘が聖女の枠を占めるため、巫女となるのは下位貴族の娘たちだった。
貴族は魔法の才能を血で繋ぐことが仕事の一つだ。
とりわけ光魔法の才能は尊ばれた。
光魔法の才能をもって神殿の聖女となった娘とその実家は、名声と権威を得た。
貴族たちはこぞって娘を聖女にしたがり、結果、聖女の数が増えすぎてしまい何ら特別性がなくなったという過去の歴史がある。
そのときに中央神殿は聖女の人数に上限を設けた。
そして聖女の枠に入れなかった貴族の娘たちの受け皿として、薬草園の巫女の位を用意した。
「……下位貴族の娘どもが、調子に乗って……。よくも私の物に手を出してくれたわね……」
セラフィナは美しい顔を悪魔のように歪め、拳をにぎりしめてわなわなと震えた。
「報いは受けてもらうわ……」




