23話 さようなら、アレキサンドライト・カルメンシータ
「あ、あの……」
私はおずおずと質問しました。
「神殿の回復薬の色では、いけないんですか?」
「……いや、とても良い。大したものだ……」
老婆は考えるような顔をして答えました。
「うちで働いてもらえるなら、ありがたい……」
「じゃあ合格ですか?!」
「ああ、合格だ……」
(やった!)
老婆に合格をもらい、私は心の中で快哉を叫びました。
ですが老婆は難しい顔をしたままで、私に問い掛けました。
「それだけの腕を持っているのに、どうして、うちみたいなしがない薬屋で働きたいんだい?」
「え……」
どう答えて良いか解らず、私は問い返しました。
「何か、おかしいですか?」
「ああ、まず……名前は、何と言ったかね?」
「アレキサンドライト・カルメンシータです」
「偽名だね?」
「……っ!」
(バレた! どうして?!)
私はそれまでずっと神殿にいて、貴族や高位聖職者がいる環境で暮らしていたので、長い名前をそれほどおかしいとは思っていませんでした。
仰々しい長い名前は、平民としては奇妙なものだということを、後から知ることとなります。
「ぎ、偽名じゃありません……!」
「偽名だと見抜かれたくないなら、もう少しまともな名前にすることだ」
「……!!」
(どうして?! 何がおかしかったの?!)
私は混乱しました。
老婆はさらに私を吃驚させる指摘をしました。
「お前さんは、神殿の巫女だったんだろう?」
「……!!!」
(どうしてバレているの?!)
「どこかの神殿でこき使われていて、辛くなって逃げ出したってところか」
「……っ!!」
次々と言い当てられて、私は大混乱しました。
全てを見透かされている気がして、もう取り繕う余裕がありませんでした。
「ど、どうして! どうして解ったんですか!」
「やっぱり……」
老婆は得心がいったように、うんうんと頷きました。
そしてどうして私のことが解ったのかを教えてくれました。
「回復薬の精製ができるのにツベルギア草を知らない。そして神殿の回復薬と同じ色で精製した。……神殿が扱うロゼラス草しか知らなかったんだろう?」
「ロゼラス草というのが、神殿の薬草ですか?」
「そうさ。回復薬の精製に最も適しているロゼラス草は、神殿が栽培を独占している。神殿以外でのロゼラス草の栽培は禁じられている。勝手に栽培していたら罪人として捕らえられちまう」
「え……」
驚きました。
私が何年もずっと畑で育てていた薬草が、市井で栽培したら罪人として捕らえられてしまう特別な草だったなんて。
「ふつうは回復薬を作る場合、さっきのツベルギア草を使う。でもお前さんはツベルギア草を知らなかった。回復薬の精製ができて、薬草を栽培した経験もあると言っていたのに」
老婆は小さく肩を窄めて見せた。
「そんなの、神殿の薬草園でロゼラス草だけを扱っている巫女しかいないだろう」
「……」
世間知らずの私は、知らずのうちにヒントをばらまいていたことを知りました。
ジルさんが社会勉強を優先しろと言っていた理由が、解った気がしました。
「それからこの回復薬の色……」
老婆は私が精製した回復薬を指して言いました。
「この濃い緑は、ロゼラス草から精製される回復薬の色。この色が回復薬の普通の色だと思っているのは、神殿で回復薬を作っていたからだろう?」
そのとおりです。
それが回復薬の色だと思っていました。
「ツベルギア草でこれだけの濃い色を出すには大量の魔力が必要だ。これだけのことが出来る魔法使いは、そうはいない」
老婆は顔を上げ、私を見据えて言いました。
「お前さんは十六歳だと言うが、それが本当なら成長が随分と遅れている。それに、その顔だ。目の下のクマは魔力欠乏の症状と同じだ」
「このクマは、魔力欠乏のせいなんですか?」
「そうさね。何度も魔力欠乏になって魔力回路が壊れると、大抵の魔法使いは目の下にクマができる。今までかなり無茶な魔力の使い方をしていたんじゃないのかい?」
「……」
「神殿にいたこと、魔力量が多いのに魔力欠乏になっていること、偽名を使っていることを繋げれば、神殿で囲われてこき使われて、それで逃げ出して、隠れたいんだろう、という答えになるのさ」
「……」
ぜんぶ当たりです。
ぐうの音もでません。
「でも、お前さんほどの魔法使いなら、他にいくらでも良い仕事が見つけられる。どうして、うちで働きたいんだい?」
老婆は訝し気に眉を寄せました。
「それは……」
全て暴かれてしまい、この人の前ではもう隠せないことを覚った私は正直に答えました。
「社会勉強がしたいからです」
「社会勉強?」
意味が解らないとでも言うかのように老婆は首を傾げましたが、急にはっとした顔をして、私に質問しました。
「……その姿。子供のころから神殿で働いていたのかい? 何歳から神殿で働いていた?」
「七歳からです」
「七歳?!」
老婆は驚いたように声を上げました。
そして渋い顔をして独り言のように呟きました。
「なるほど。七歳から神殿にいたら世間知らずにもなるね……」
老婆は一人で納得するように頷きました。
そして私に向き直ると言いました。
「お前さんを薬師として雇おう」
「本当ですか?!」
「私も神殿には少しばかり思うところがある。お前さんが身を隠したいなら協力するよ」
「良いんですか?!」
「ただし一つだけ条件がある。この条件を飲んでもらうよ?」
(条件……)
騙されて変な契約をしないようにと、ジルさんに忠告されていた私は身構えました。
「どんな条件ですか?」
「簡単な条件さ」
老婆はにっこりと微笑んで、私に条件を出しました。
「偽名をまともな名前に変えるんだ。それが条件だ」




