20話 薬師ギルド
――チリン……。
私が薬師ギルドの扉を開けると、扉についている小さなベルが音を鳴らしました。
薬師ギルドの中は、混雑はしていませんがそれなりに人がいました。
(みんな薬師なのかな? 薬師ギルドだもんね)
カウンターの席に座ってギルドの従業員と話し込んでいる人。
長椅子に座って、手にした書類を読んでいる者、隣りの者と話し込んでいる者。
壁にずらりと貼られている張り紙を読んでいる者。
(あれが薬師の募集の張り紙かな)
薬師ギルドの掲示板には、薬師募集の張り紙があるとジルさんが言っていました。
――ルネは薬師の仕事を探すと良い。
――回復薬の製薬ができればほぼ確実に雇ってもらえる。
――光魔法は特に珍しいからね。
――薬師ギルドに、薬師募集の張り紙が沢山あるから。
――そこから良さそうな仕事を探せば良い。
(これね……)
私は壁に貼られている薬師募集の張り紙を、端から読み始めました。
――ルネはまだ一人じゃ暮らせないだろうから。
――最初は住み込みの仕事を探すんだよ。
(住み込みの仕事って結構あるのね)
――儲け第一の大きい店は給金は良いけど、世間知らずには危険だ。
――使えると知れたら囲われるかもしれないからね。
――コロッと騙されて変な契約をしたら、また奴隷にされるよ。
――最初は、社会勉強を優先しなさいな。
――世間知らずは、儲けても、騙し取られて終わりだからね。
――女店主がやっている小さい個人店を探しなさい。
――当たれば、店主も光魔法使いだ。
――光魔法で稼ぐ方法を勉強できるよ。
(『ファース商会』。商会って、きっと大きい店よね。これも……これも商会。『ポッツの薬屋』。ポッツって男の人かしら、家名かしら……?)
私はジルさんに教えられた通り、女店主の個人店らしきものを探して、募集の張り紙を見ていきました。
そしてようやく、それらしきものを見つけました。
(『ローナの薬屋』。ローナは女の人の名前よね。家名じゃないよね)
私は『ローナの薬屋』の募集内容を読みました。
(『女性のみ住み込み可能』。住み込みで働けるわ。仕事は……)
薬師の仕事には、製薬と調薬の二種類があります。
製薬は、回復薬の製薬など、魔力を使って薬を精製する仕事です。
これは魔力を持っていないとできない仕事です。
光魔法が最も製薬に適していると言われていますが、他の属性の魔法でも可能なのだそうです。
一方、調薬は、薬の調合の仕事です。
これは魔力は使いませんが、多くの薬についての知識と、数学の才能を必要とする仕事です。
(『製薬』。私にできる仕事だわ)
私ができる仕事は製薬ですので、ローナの薬屋は私が働ける店です。
(でも月給が『金貨一枚』。これって安いんじゃないかしら……?)
他の募集の張り紙の、給金の項目を見ると、どれもこれも月給は金貨一枚よりは多いです。
――給金が安くても、良い環境の店を選びなさい。
――どんな人と一緒に働くかは、ルネには給金より大事なことだ。
私はジルさんの教えを思い出しました。
――神官長や貴族の巫女連中は、駄目な部類だからね。
――あの連中みたいな店主や同僚がいる店はやめておきな。
――図々しいヤバイ奴がいたら、さっさと辞めるんだよ。
――仕事は選べるんだから。
(良くないお店だったら、辞めれば良いんだから)
薬師募集の張り紙を見ながら、私は考えました。
(お給金は安いけれど、このお店に行ってみよう。もし店主さんが光魔法使いだったらお勉強ができるもの)
私は心を決めて、ギルドの従業員がいるカウンターへ行きました。
そして手が空いている従業員に話しかけました。
「あの、すみません。あそこの張り紙のお店で働きたいんですが」
私がそう言うと、従業員は一瞬だけ不思議そうな顔をして、そして子供に向けるような笑顔を浮かべました。
「お嬢ちゃん、ここは初めてかい?」
「はい」
私の返事を聞くと、従業員はにこにこと微笑みながら言いました。
「気に入った店があったら、自分でその店に行くんだよ。雇うかどうかを決めるのは店主だ。ここは薬師募集の張り紙を貼る場所を貸しているだけなんだ」
◆
「すみません、ロビニア横丁はどっちでしょうか……」
私はロビニア横丁にあるという『ローナの薬屋』へ向かいました。
薬師ギルドの親切な従業員が、ローナの薬屋の住所を書き写してくれて、大体の場所も教えてくれました。
ローナの薬屋は、王都の西地区にあるロビニア横丁という通りにあるそうです。
途中、何度も迷いました。
悪い人たちにも会いました。
「一人でこんなところを歩いてるお前が悪いんだぜ?」
(眠れ)
――ドサッ!
私は光魔法で悪い人たちを倒しながら、ローナの薬屋への道を進みました。
迷ったら大通りに戻って、通行人やお店屋さんに道を尋ねました。
「ロビニア横丁はどっちでしょうか?」
「あっちの方だよ。ここからだとちょっと距離があるよ」
「ありがとうございます」
(遠いのね。それなら……)
私は大通りから、建物と建物の隙間にある小路に入りました。
そして自分に光魔法を使いました。
(疾く風のごとき素早さを我が身に貸し与えたまえ……!)
光魔法で運動能力を上げる、身体強化の術です。
一時的に運動能力を上げる術は、使いすぎると体に負担がかかり、体を壊すこともあるので注意が必要です。
術が解けた後に一気に疲労が出るので、場合によっては動けなくなることもあるそうです。
ですが、私はちょっと早足で歩くために使うだけですから問題はないでしょう。
それに私は癒しの術も使えるので、強化の術が切れたら癒しの術で自分を癒すこともできます。
強化の術で健脚を得た私は、再び大通りに戻ると先を急ぎました。
(すいすい歩けるわ!)
神殿にいたときの私は、光魔法は神器や薬草に使うものと思っていました。
ジルさんに教えられて初めて、光魔法は人間にも使えることを知りました。
(もっと早く自分に使っていれば良かった。そしたら畑仕事もラクだったかも?)
そう思った次の瞬間、それは無理なことだったと気付きました。
(神殿では、光魔法の使い過ぎでいつも疲れていたもの。自分に光魔法を使う余裕なんて無かったわ……)
その後も何度も迷いましたが、光魔法で健脚を得ている私はすいすい歩きました。
迷走するうちに、悪い人が出て来る道の雰囲気がだんだん解ってきました。
寂しそうな道を避けて進むことを覚えました。
(この道も、ちょっと寂しい感じだから入らないほうが良いわね。引き返して、誰かにもう一度道を聞こう)
そうして、私が道を進んでいると……。
「誰か! 助けてえっ!」
細い悲鳴が聞こえました。
女の人の声です。
「……っ!」
(誰かが助けを呼んでいる! また人攫いが出たんだわ!)
何人もの悪人を眠らせた私は、悪人に勝てるという自信を得ていました。
それらはすべて光魔法の才能のおかげです。
しかしもし私に光魔法の才能がなかったら、私はとっくに攫われていて、残酷な運命を辿っていたことでしょう。
(急がなきゃ! 攫われちゃう!)
自分と同じく、人攫いに襲われるという不運に見舞われているらしい悲鳴の主に、私は自分を重ねて同情しました。
私はすぐさま悲鳴が聞こえた寂しい小路に飛び込みました。
(間に合って!)
光魔法で強化した足で、私は全速力で走りました。




