19話 満腹な夜と新しい朝
「皆様、お騒がせして申し訳ありませんでした」
宿屋の女将さんが、食堂にいる客たちに謝罪しました。
睡眠中のバーナム子爵令息と二人の大男は、宿屋の従業員たちにより食堂の外に運び出されました。
「お詫びに一品サービスいたします。どうぞお食事の続きをお楽しみください」
客たちのテーブルにはサービスの料理が一品ずつ運ばれました。
「こちらはサービスです」
私のテーブルにもサービスの料理が運ばれました。
「二つも、良いんですか?!」
他のテーブルは一品ずつなのに、私には二品です。
きのこと緑野菜とチーズのキッシュと、香草と果実の砂糖漬けでした。
「はい、冒険者様にはお世話になりましたので。どうぞお召し上がりください」
「あれは女神様がなさった天罰です」
「心得ております。冒険者様と女神様に一品ずつ捧げさせていただきます」
(そっか。女神さまの分なんだ。そういうことね!)
私は給仕の説明に納得しました。
「ありがとうございます。いただきます」
私は美味しい夕食とサービス料理を堪能しました。
(明日から仕事探しを頑張ろう!)
美味しいものを食べて私の気分は上がりました。
◆
「冒険者様」
食堂で夕食を終えた私が、部屋に戻ろうとすると、カウンターから女将さんが出て来ました。
そして事件の顛末を教えてくれました。
「バーナム子爵令息とその従者は、第二騎士団に引き渡しました。騎士たちには、彼らに天罰が下ったと説明いたしましたので、どうぞご安心くださいませ」
何と言えば良いのか解らず、少し迷いましたが。
「……あ、お、お疲れ様でした……」
仕事の報告を受けたら、ねぎらいの言葉を言えば間違いないと思いました。
◆
(夜でも人が歩いている……)
私は宿の部屋に戻ると、窓辺から夜景を眺めました。
孤児院と神殿しか知らなかった私には、夜の街の風景は珍しいものでした。
建物の入口や窓からは灯りがこぼれ、通りを行く人々はランタンを持っています。
窓を開け放つと、爽やかな夏の夜風が吹き込みました。
(なんだか眠くなってきたわ……)
しばらく夜景を眺めていると、私は眠気に襲われました。
お腹いっぱいで、気もゆるんでいたせいでしょうか。
私は窓を閉めました。
(私はもう神殿を出たんだから。眠かったら、眠って良いのよ)
神殿にいたとき。
私は、昼は薬草園で、他の巫女たちの畑の手伝いに追われていました。
そのため製薬の仕事は、夜にやることが多かったです。
本来なら畑仕事の合間に製薬の仕事もして、夜には休めるのですが。
私は他の巫女の手伝いをしたり、聖女セラフィナ様の手伝いをしたりしなければならず、昼間に製薬をする時間がなくなっていました。
それで大抵は夜に作業をしていました。
ですが私は神殿を出ました。
手伝いをさせるために、私を呼びに来る者はここにはいません。
今は無職ですから、夜の間に片づけなければならない仕事の残りもありません。
(もう寝ちゃおう)
私は解放的な気分で、何年ぶりかで早寝をしました。
そしてぐっすり眠りました。
◆
――朝。
(今日から仕事探しよ! 頑張ろう!)
私は宿屋の食堂で美味しい朝食を食べると、ジルさんが書いてくれた地図を持って街に繰り出しました。
外套のフードを少し深めにかぶりました。
(闇の神官だなんて……失礼しちゃうわ……)
昨日、食堂で、誰かが私のことを『闇の神官』と言っていたことが気になったからです。
目の下のクマのせいであんなことを言われたのだろうと思いました。
だからフードを深くかぶって、なるべく顔を隠しました。
(この目の下のクマ、いつになったら消えるかしら……)
目の下のクマは、きっと疲労が原因です。
たくさん食べてたくさん眠れば、いつかは消えますよね?
(薬師ギルドは……)
私はジルさんが書いてくれた地図で、宿屋から薬師ギルドまでの道を確認すると歩き出しました。
夏の朝の爽やかな日差しの下、すでに大勢の人が通りを歩いています。
馬車も走っています。
商店は店を開け、商売を始めています。
(あれ……?)
そして私は、また人通りのない寂しい道に迷い込みました。
何度も。
「お嬢ちゃん、一人かい?」
うらぶれて薄汚れた寂しい道に迷い込むたびに、悪い顔をした男たちに会いました。
(眠れ)
――バタン!
そのたびに私は、光魔法で対抗しました。
「財布を置いていきな」
(眠れ)
――ドサッ!
「貧相なガキだなあ」
「女の子なら売ればいくらかになるだろ」
(眠れ)
――バタン!
――ドサッ!
もちろん私は、倒れた男たちのことなど気にしません。
(仕方ないよね?)
私は仕事を探すために薬師ギルドに行かなければならないので、大変なのです。
大変なときは、まず自分を優先するのです。
(私は今、自分のことで手いっぱいなんだもの)
私が迷い込んだ道筋には、何人かの白目を剥いた男たちが転がることとなりました。
「すみません、薬師ギルドはどこにあるでしょうか?」
どうにも迷ってしまい、私は道を尋ねることにしました。
「あっちだよ。あそこの角をまがって真っ直ぐだ」
「ありがとうございます」
人々に道を尋ねながら、私は慣れない道を進みました。
「あったわ!」
――『薬師ギルド』。
そう書かれた看板を見たとき、私は感動すら覚えました。
「やっと、ここまで来た……」
感動を噛みしめながら、私はひとしきり薬師ギルドの看板を眺めました。
(さあ、ここからよ! 良い仕事を見つけなくちゃ!)
私は意気揚々と、薬師ギルドの扉を開けました。




