18話 謎の少女冒険者
(何人も健やかに……)
私は心の中で聖句を唱えながら、光魔法で素早く安眠の魔術を編みました。
今の私は、人攫いに遭遇したときのように混乱はしていませんので、神器に魔術を充填するときのように冷静に出来ます。
「さっさとこのテーブルの上を片付けろ!」
「もたもたするな!」
二人の大男は、周囲を威嚇して喚き散らしています。
私は彼らの背後から、安眠の術を放ちました。
(眠れ……!)
控えめな光魔法の、一瞬の輝き。
「……っ!」
「……!」
私が光魔法をぶつけると、二人の大男は沈黙しました。
――バタン!
――ドサッ!
二人の大男はその場に崩れ落ちました。
白目を剥いています。
(出来たわ!)
倒れた男たちを観察して、私は実験の結果に満足しました。
(神器に充填する程度の力でも、眠らせることができるのね)
「……!」
「?!」
しん、とした沈黙が張りつめました。
皆が皆、吃驚顔で、白目を剥いて倒れた二人の大男を無言で凝視していました。
「ぼ、冒険者様……?」
驚愕の表情を浮かべている女将さんの視線が、私を捕らえました。
「な、何が……?」
メレディス様のお兄様、バーナム子爵令息はそう呻くと、すぐに怒気を露わにして女将さんに食ってかかりました。
「おい、お前! 何をした! 誰の仕業だ!」
「し、知りません……!」
「貴族に逆らってただですむと思うなよ!」
(メレディス様に似てる)
バーナム子爵令息のその行動に、彼の妹である神殿の貴族巫女メレディス様の姿が重なりました。
私が薬草畑の手伝いを断わったら、メレディス様は、シェイラ様やナタリア様と一緒になって、私が「意地悪」をしていると決めつけて悪口を言いました。
彼女たちは、私を悪者に仕立て上げて神官長に告げ口までしました。
要求が通らないと不機嫌になって、言いなりにならない相手を攻撃するのです。
バーナム子爵令息も同じです。
特別扱いを宿屋に断られて、不機嫌になって、言いなりにならない相手を攻撃して暴れているのですから。
(空気を悪くすることは悪い事だもんね?)
神官長は、私が冷たい態度をとって薬草園の空気を悪くしていると叱りました。
(最初に、私に協力をしてくれなくて空気を悪くしたのはメレディス様たち。私の悪口を言い出して空気を悪くしたのもメレディス様たちなのに……)
私の中にある怒りの炭火が再び燃え上がりました。
(バーナム子爵令息は、食堂の空気を悪くしているもの。悪い事をしているわ。それに暴力は犯罪よ)
「おそれいります、バーナム子爵令息」
私はバーナム子爵令息に歩み寄ると、話しかけました。
「無辜の民に暴力をふるうことは犯罪ですよね?」
平民が貴族に無礼を働いたら罰を受けますが。
それは貴族が気分のままに平民を虐待しても良いということではありません。
正当な理由がなければ貴族でも罰を受けます。
「小生意気なガキが! 誰にものを言っている! 無礼だぞ!」
バーナム子爵令息はそう怒鳴ると、手を上げて、私の顔を目掛けて振り下ろそうとしました。
(ぶたれる!)
ある程度は予想していたことで、攻撃されたら光魔法で対抗しようと思っていました。
ですがやはり私は、やや動転してしまいました。
「健やかに眠れぇっ!!」
光魔法で対抗すると同時に、動転した私は無意識に聖句を叫んでいました。
安眠の術にも少し力が入ってしまいました。
「……っ!」
私が放った光魔法の、一瞬の閃きの後。
バーナム子爵令息は、白目を剥きました。
――ドサッ!
そしてその場に倒れました。
(上手く行ったわ。叩かれなくて良かった)
バーナム子爵令息を倒して危機を脱した私は、ほっと息を吐きました。
(あ……)
私は、注目を浴びていることに気付きました。
食堂にいる人々の視線がすべて私に釘付けになっていました。
「ぼ、冒険者様……」
宿屋の女将さんが驚きの表情を顔に張り付けたままで、私に言いました。
「ありがとうございます……」
二人の大男にテーブルの席から退かされた夫婦も、私に頭を下げました。
「ありがとうございます」
「おかげさまで助かりました」
「あ、い、いえ……」
光魔法をあまり見せてはいけないという、ジルさんの教えを私は思い出しました。
(これってマズイよね?)
「わ、私は何もしていません……」
私はしらを切りました。
「これは、て、天罰です……。傲慢は七つの大罪。女神様の天罰です」
女性にしか現れない光魔法の才能は、女神様の恩寵と言われています。
ですから女神様がなさったというのは、全くの嘘ではありません。
私に光魔法の力を与えたのは女神様なのですから。
「……天罰でございますか?」
吃驚顔のままの女将さんに、そう確認され、私は頷きました。
「はい。天罰です」
「承知いたしました」
女将さんは得たりと頷きました。
そして強い眼差しで私に言いました。
「仰せのままに」
女将さんは私に深々と頭を下げました。
「冒険者様、ありがとうございました」
「あ、いえ、天罰ですから。お礼は女神様にどうぞ」
「はい。承知いたしております」
女将さんに続いて、大男たちに席を退かされた夫婦も、祈るようにして私に言いました。
「天罰であるとのこと、心得ました」
「仰せのままにいたします」
(天罰だって解ってもらえたんだよね?)
静寂に支配されていた食堂に、人々の話し声がさざ波のように戻って来ました。
「つ、強い……!」
「あの少女、冒険者なのか……?」
「天罰……?」
「あの子がやったの?」
「一瞬だった! なんという強さ……!」
「天才少女だ」
「子供でも冒険者。腕は一流というわけか」
「安らかに眠れって言ってなかったか?」
「まさか即死の呪文?!」
「あの姿、もしや闇の神官……」
人々の不穏な会話の内容に、私は動揺しました。
(私がやったって疑われている? それに闇の神官って何? 私の目の下にクマがあるから変に思われてる?)
闇落ちした伝説の神官の肖像画を見たことがあります。
彼の目の下には濃いクマがありました。
(疑いを晴らさなければ)
私がやったことですが。
女将さんもご夫婦も、説明したら女神様の天罰だと納得してくれました。
周囲の人々には私の説明が聞こえていなかったのかもしれないと思いました。
「み、皆さん!」
私は食堂の皆に向けて、少し声を張り上げて言いました。
「これは天罰です! 私がやったのではありません!」
「……」
「……」
「……」
食堂はまた、水を打ったように静まり返りました。
(……まだ、疑われている……?)
私に視線を向けている皆が、まるで幽霊でも見るような、何かに怯えるような顔をしていたので、私は不安になりました。
私はもう一度説明しました。
「彼らは傲慢の罪で、天罰を受けたのです!」
「はい、天罰でございました……」
一人が、そう私に答えました。
それに続くようにして、皆が解ってくれました。
「冒険者様が、そう仰せになるなら……」
「天罰でした」
「私は何も見ておりません」
「承知いたしました」
「はい。天罰です」
(良かった。みんな解ってくれたわ!)




